PandoraPartyProject

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千の剣と不滅の剣

登場人物一覧

アラン・アークライトの関係者
→ イラスト
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者


 結果から言えば、心底何が起きているのか理解は出来ていなかった。
 状況は最悪だ。
 『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は無心に足を奔らせ、無数の街角を曲がった。
 周囲から浴びせられるように発せられる叫び声の原因は、自分であり、あれのせいである。
 なんせ雨や雷や雪が降るならばまだしも、数多の剣が空から降り注ぐのだ。
 いくら冗談でも笑えない。
 今、己に出来る事と言えば、勇者として、顔も知らぬ誰かの為に人の音がない場所へ移る事だけだ。
 これは逃走では無い。
 そもそも勝負なんかしていない。
 だからといって、迎え撃たない訳にはいかない。どうせ逃げたって、混沌の果てへだって追ってくる。
「クソが!!」
 誰に向けた訳でも無い声が木霊した。
 返答のように飛んでくるのは数多の刃。掠れば腕や足を容易く散り散りにする殺人暴風だ。
 華やかな金髪を優雅に風に揺らし、羽も無いのに空を滑って追跡してくる男は――国際指名手配犯アンラックセブンの一人と数えられる者である。
 アンラックセブンの事は、話には聞いていたが、その中でも特に執拗な奴に目をつけられたらしい。それはまるで道を歩いていたらミサイルが飛んできたくらいには不幸な事件なのであった。
 『折れた聖剣ヘリオス』といえど、アランにとって無二の武器だ。その修復に、街の武具修理屋を訪れようとしていた矢先。顔立が整っている金髪の美男に声をかけられた。
「そこな人間」
「俺か?」
 最初はアランの聖剣をいくらで譲って頂けるか? と和やかな会話であったのだが、アランのそれは金で譲れるような物では無い。
 断った刹那、それまで屈託の無い笑顔をしていた表情が別人のように変わったのだ。
 まるで無貌。
 感情がそこに無いかのように、しかしそれが何処までも逸脱してしまった人間の成れの果てのように思えたのは、アランの長年の勇者としての感覚であった。
 ひとつミスがあったと上げるならば、アランは思わず構えてしまったのだ。
 背中の剣をいつでも取り出せるように触れ、しかしそれが眼前の男の更に深い無貌を狩り立たせていた。
「人間は愚かで、野蛮で、いつまで経っても争いを止めることのできぬ傲慢な生き物の名前よ。
 お前たちはいつもそうだ。何故、争わないという簡単なことができないんだ?」
「何を、言ってやがる」
「やはり、この我が制御するしかないか……」
 それは金髪の男の行動の根底にあるものの吐露であっただろう。
 怪訝に眉を動かしたアラン。刹那、上空斜め45度の角度で、アランの心臓目掛けて剣が飛んできた。
 寸前で躱したものの、剣は地面に触れるや地面を抉り取りながら着地し、いや、着弾し、数秒置いた後、周囲から異常を察知した人々が逃げていく。
「その剣を俺のものにする」
 鬼が居た――この男、アパラチア・イムーダ。ある意味アンラックセブンの中でも指折りの傲慢性を飼っている。
「もう一度言う。その剣を、譲れ」
「んな馬鹿な話あるかハゲ!!」
 然るに現在このように、アランは剣の暴風に被弾する人、場所を少なくするように。奔走しているのだ。

 やがてアランは人気の無い荒野に出た。
 闇市で引いた馬までも奔らせて此処まで来た訳だが、休む暇を相手は与えてはくれない。
「国際指名手配だが、なんとかセブンだろうが知らねえが、迎え撃ってやる」
 それが冷静な判断であると到底言えないのは自覚していた。だが此処で怯んで何になる。
 高笑いをしながら人の聖剣を奪いに来た余裕の顔面を、この拳で一発殴ってやるのが喧嘩の醍醐味とも言えよう。
 すかさず剣は飛んできた。
 後ろに引いて相手の姿を視界で捕らえる。
 相変わらず敵の攻撃発動モーションは、この領域(フィールド)からランダムに出てくるようで、翻弄されるが如く読めない手の内。
 飛んでくる位置が僅かにも掴めるのならば、それが身体に当たらぬように避けるのみ。
「ふん、強情だな」
「テメェだけには言われたくねぇ台詞第一位だぞコラ」
 アパラチアは長い指の先を、ぱちんと鳴らした。
 刹那、アランの頭上――いや、後方側面前方上空からも剣の切っ先がアランを剥きながら、刃が一斉に飛び出す。
 ひとつ、剣で振り払って矛先を弾く。背中に剣が刺さった。
 ふたつ、場所を移動して矛先を反らす。側面から剣が飛んできて腹を抉った。
「くっ」
 ―――混沌肯定の鎖が重い。
 元の世界で魔王を倒したときの自分の動きと、今現在混沌世界に縛られてしまった自分の動きにはラグがある。
 脳内では全てを躱し切るシミュレーションはコンマ数秒で完成させているはずなのに、身体は重かった、重すぎた。
 鼻で笑ったアパラチアは、目の前のちっぽけな存在に多くを語らない。
 ただ、制圧し聖剣を我が物に。彼の頭の中にはそれだけしか無いのだろう。それ以外は全部、ただのゴミである。
 僅か数十秒という時間であったが、アランにしてみれば長すぎる時間であった。
 相手は上から指を鳴らしているだけ。
 反して自分は千剣の降り止まぬ雨を何度も身に受けた。身体から血が流れ、まるで水溜まりを作るように。
 ふと、見上げたアランはアパラチアの手に異形の大剣が握られているのを認識する。
 内臓を混濁し牙や目や口が溶け込むように混じった剣だ。僅か一つで異形のバーゲンのような。魔物であるかのような。それをアパラチアはいとも容易く投げてきたのだ。
 交差する、アランと剣。
 異形の剣の赤色の瞳が、アランの黄金の瞳とすれ違う。同時に、アランの肩は大きく食い破られていた。
 大規模な出血が発生した左肩を抑えて奥歯を噛みしめた時には、アパラチアはアランの眼前に立っていた。
「終わりだ、これ以上の時間を貴様にくれてやるのは勿体ないというものよ」
 アパラチアの手がアランの顔面を鷲掴みにし、そのまま地面へ後頭部から叩き落した。
 衝撃でアランは脳震盪を起こし、頭部中心に地面が割れる。かと言ってアパラチアがアランの顔面を解放する事は無く、その手はそのままアランの後頭部を更に地面に埋めるが如く押し付け、捕らえ続けている。
 アパラチアの逆の手は、アランの手から離れたヘリオスの柄を掴み、抜き取り、品定めを始めていた。
(応えろ……ヘリオス!! テメェは俺の剣だろォが……忘れたのか!!)
 しかし折れた無二の聖剣は、太陽の勇者には応えない。
「成程、美しい剣だ。折れてもなお、その輝きは失っていないと見える」
「こ……のッ……」
 甲虫がひっくり返りもがいているように、アランの手はなんとかヘリオスを奪わせんと動くのだが、アパラチアがそれを軽く払うだけで両腕は空しく地面へ落ちた。
 アランの指先は痙攣していた。こみ上げてくる怒りに反して、アランの身体は思うように動かない。体力の限界だ、ここまでか――。
「命までは獲らぬ。それがこの剣の”駄賃”と思え」
 成程。
 アパラチアからしてみればアランはこの混沌世界にまで美しい剣を運んできてくれた宅配程度の存在。
 最初から勝負はしていなかったはずだが、アランの胸に敗北の二文字が傷跡のように、刺青のように刻まれ、アランの瞳は段々と怒りに血走り、眉間の血管が浮き出ていく。
 そこでやっと、アパラチアはアランから手を離して背を向けた。全て、終わったのだ。少しずつ周囲の千剣が回収されているのか、虚空に霧となって消えていく。
 嗚呼、これが理不尽な厄災というものだろうか。
 久しい感覚がアランの胸を掻き毟っていた。もう、たった小指の先だって動きやしない。
 幼馴染を、相棒を、失って救えなくて虚しくて吐きそうで後悔して己の弱さと小ささを識った。
 それでも。
 せめて。
 小さな小さな希望を護る為に、己に勇者の枷を背負い直して藁に縋るように立ち上がった。
 いつだってそうだった。いつだってアランは傷だらけで立ち上がった。
 でも今回ばかりは無理だ。
 立ち上がれない。
 どんな時も共に戦い抜いてきた剣(相棒)は、真逆の存在に奪われたのだ。
 乾いた風がふき、暴君(アパラチア)の足音が段々と遠退いていく度に安堵している自分がいた。
 己の血に沈む身体を感じながら、目尻から一筋の涙が――零れた。

 ――その光景を、たった一本の剣が……いや、剣と呼ぶにはかけ離れ過ぎている存在が、見つめていた。

「……なんだよ」
 脈打ちながら牙や骨や目が入り混じる、生命が混濁したような赤黒い剣が。
「もう疲れたんだよ」
 ただ。
「見んなよ……もういいだろ。良い歳して勇者とか、勘弁してくれ」
 アランを見つめていた。
「俺は、戦う事なんざもう」
 できない。
 そう言おうとして、無意識に言葉を飲み込んだ。
 嗚呼。
 これで終わるのだろうか。
 嗚呼。
 これで終わっていいのだろうか。
 嗚呼。
 勇者であれと決めた志は。
 嗚呼。
 こんなに容易く終わるのだろうか。
 嗚呼。
 嗚呼。もう失いたくない。

 嗚呼嗚呼嗚呼。

「クソがァアア!!」

 アパラチアが咄嗟に足を止めて振り返った、その瞳が大きく見開いていく。
 眼前で沈んだはずのアランであったが、一度大きく拳で地面を叩き、叩いた瞬間に灼熱が渦を巻くように”真っ黒な炎”が吹き荒れたのだ。嗚呼この黒い炎には見覚えがある、憎悪と苦しみに浸る魔の炎だ。
 アランは砂を掴んで上半身を起こし、泥を口に含んで立ち上がった。
 もう限界を迎えた身体は軋み、想像を絶する激痛が襲っているはずだが、もとより世界の外から来たアランは、この世界の常識が通じない相手。いくら立ち上がれない傷を作っても立ち上がる、そんなイレギュラーは日常茶飯事。
「何故」
 そこでアパラチアは初めてアランに関心を持った。
 アランは額から流れて顔面を真っ赤に染める血を乱暴に拭いてから、利き手を横に――。
「貴様何をする!!」
 アパラチアの声を掻き消す声量でアランは叫ぶ。
「――来い!!!」
 ぐりんと回転した瞳を持つ臓物の剣が、意志を持っているかのようにアランの右手へと飛び込んだ。
 柄を掴んだ瞬間、アランの腕を侵食するが如く触手が絡みその肌と肉を突き破り、ただでさえ少ない血を飲み込んでいく。
「俺の命なんざいくらでもくれてやる――だがな他の誰でもねえ、この俺に従え、クズ!!」
 刹那、赤かった剣の瞳が黄金に変わる。アランは左から右へ剣を振り切り、螺旋に廻る黒い炎を、輝きの赤色へと変えた。
 さあ、再戦(リベンジ)といこうじゃないか。
 逆境くらいで丁度いい。

 勇者とは、何度倒れても立ち上がる存在――それがアラン・アークライトという希望(デュランダル)。

「テメェはむかつくからこの俺が直々にぶっ殺す!!」
「貴様、その剣は我のもの――いや、しかしその剣は貴様には扱えん。やめておけ、喰われるぞ」
「ハッ!! そんなの試してから言え、カス!!」
 アパラチアは折れたヘリオスを、アランは魔の剣を振り被り刃と刃が――羽鳴り散らす。
 金属が擦れる音を繰り返しながら剣戟は続いた。刃がぶつかる度に、そこを中心として衝撃波が生まれた。
 そして、僅かに体勢を崩したアランにアパラチアの一撃が入ったその時、アランの鮮血がアパラチアの瞼を偶然にも濡らした。
 汚いものを払いのけるような動作をしたアパラチア――その、一瞬の隙。
「ヘリオス!! 言う事を聞け、クズ鉄にすんぞ!!」
 その瞬間、アパラチアが持っていたヘリオスが光り輝く。
 矢張り持ち主は誰なのか聖剣(ヘリオス)は理解していた――柄を掴まれていようがヘリオスはその手を拒否するように輝き、役目を果たすかのように炎を生み出してアパラチアの身体を灼熱で焼くの――だが。
 爆炎の渦の中、アパラチアの黒い影がアランを指さしていた。
「成程、我が物に手を出すとは――矢張り勇者とは相容れぬ存在よ」
 その声には、明確な憎しみが込められている。

 ――覚悟しろ。太陽の勇者アラン・アークライト。その名、覚えたぞ。

 その後は、どうやって帰ってきたのか覚えてはいない。
 全身傷だらけで瀕死の状態のアランが、空中庭園で血溜まりの中に倒れていたのだ。
 手には、一本の剣が握られたまま。
 勇者が持つ剣としては、狂気性を隠しきれないものだが。確かにその脈動はアランに繋がり一蓮托生のように結ばれている。
 またひとつを失って、またひとつを得た。
 今はそれだけでいい。
 今は。
 それだけで――いいのだ。

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