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ふたつの色した君に約束を

登場人物一覧

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
スティア・エイル・ヴァークライトの関係者
→ イラスト

 戦禍の気配が其処にはあった。未曽有の事件であると白亜の都は揺さぶられる。
 ヴァークライト家とロストレイン家。両家の者として出陣を騎士団より命じられたことによりローレットに合流した際にエミリアは確かに『彼女』の面影を見た。
 流れるような銀の髪に思慮深く、そして好奇に満ち溢れた青。
 それはエイル・ヴァークライトの面影だ。
「義姉様――」
 飲み込む様にして、エミリアはそこに立って居たスティアの姿を見た。
 気づけば、彼女が特異運命座標となったというのは風の便りで聞いてはいたのだが随分と確りとしたようにも思える。
 兄、アシュレイ――は兎も角して――義姉の快活で冒険者気質であったその性質は彼女に受け継がれているのだろうか。
「スティア」
「……叔母様」
 何処か遠慮がちにスティアはぎこちなく笑みを漏らした。
 エミリアとスティア。叔母と姪。その関係性は遠く感じられるが、母代わりとしてスティアを育て上げた『氷の騎士』たるエミリア・ヴァークライトからすれば愛おしい本当の娘のような存在であっただろう。
 無論、その愛情はスティアも感じ取り実の両親の分までも愛されたその感情を『思いだした』事から叔母への嫌悪など存在しない。寧ろ好ましい――のだが。
「その……」
 記憶を失っていて、長らくローレットで活動する『記憶喪失』の冒険者であったことから特異運命座標として召喚されてから実家には連絡していなかった。愛情を注いでくれていたエミリアの事だ。立場上本人が天義より出れない事や任があるからと捜索に当たれないために使用人などに捜索を頼んでいたというその背景事情からもよく分かる。
(し、心配かけた……よね……?)
 記憶がなかったとはいえ、魔力をプールに流し込んでサメだと騒いでいたり、孤児院を燃やして居たり、わりとやりたい放題してきた方のスティアは叔母にどのような表情を向けるべきかを考えていた。ぎこちなく、それでいて困った雰囲気が前面に押し出されている。
「あの……」
「スティア、よく無事で。……兄上や義姉様と交戦したと聞きました。
 実の両親――魔種や紛い物であれどその姿は違わぬでしょう――と刃を交えるなど、本来はあっては為らぬことですから」
 そう言われて、おぼろげな記憶の中でスティアは『父』を断罪し、自身を連行したうえで助命を嘆願した叔母の背中を思い出す。口にすることなく、事情を交える事も無かったが……彼女に取っても苦い記憶ではあるのだろう。
 多くは語らなくてよいと、そう言われている気がしてスティアは瞬いた。
 特異運命座標としてどこで、何をしていたか。心配をかけてごめんなさいと言おうとした唇は引き結ばれる。
 きっと、今はその言葉は言うべきではない。叔母は今だって心配している。彼女は『アシュレイ・ヴァークライト』と『エイル・ヴァークライト』の討伐の為に騎士団より派遣されてきたのだ。
 実際はスティアにはこの作戦本部で待機し父母の最期など目にさせたくないというのがエミリアの本音なのだろう。
(叔母様は優しい人だから……、私が行くと言えば止めないんだろうな……)
 無理矢理に止めるわけではなく、スティアの成長を成長として受け止める。
 そういう相手であるからこそ、スティアは叔母が好きだった。護ってくれようとする気持ちは伝わってくる。けれど――けれど、ここで『叔母様頑張って』と送り出すだけではあの日、不正義に対する断罪で自身を護ってくれた時と何も変わらないのだ。
 スティアはゆっくりとエミリアを見上げてにこりと笑う。指先に飾ったリインカーネーションは決意の証であった。
「ううん。私は、特異運命座標(ひーろー)だから。叔母様もありがとう。今日は、一緒に頑張ろうね」
 ぱちり、と瞬かれた勝気な瞳。彼女の兄と、スティアの父と同じいろ。
 エミリアの呆けた顔なんてなかなか見ないとスティアは可笑しくなって小さく笑った。
「叔母様、ただいまとごめんなさいは戦いが終わったらちゃんと言うから。私と戦ってくれますか?」
「……勿論です。スティア、強くなりましたね。義姉様――エイルとよく似て……」
 愛おし気に細められる。アシュレイもエミリアも、自身にはない何かをエイルに見ていたのだろう。
 茶目っ気に溢れ、それでも尚、貴族の女主人としてのゆとりを持った冒険者。慈愛に溢れ、勇気を持った素晴らしい人だったとエミリアは幼き日にスティアに言って聞かせていたのだ。
「お母様――そのお母さまと、戦うんだよね」
 唇を震わせたスティアにエミリアは頷いた。エミリアもスティアもそれには思うところはある。
 けれど、今は。
 轟轟と炎の気配が近づいてきたと伝令が聞こえる。
 広げられた市街の地図を見詰めていたヨシュア・C・ロストレインが「ヴァークライト卿」と呼ぶその声に頷いたエミリアはスティアの頭をぽん、と撫でた。
「無事にこの都を救いましょう」

 ――
 ―――
 伽藍洞となった白き都は煤汚れ以前の清廉なる『聖都』の面影のみを残していた。
 つぶさに周囲を見て回れば、翼の折れた天使像や住まいを失った者たちが身を寄せ合う様子も見て取れた。
 特に、家屋が焔により損傷した者や狂気に飲まれた聖獣により崩された瓦礫で怪我をしたものたちは『この世の終わり』を感じさせる雰囲気を身に纏っている。
 スティアは静かに息を飲む。騎士団――リンツァトルテ・コンフィズリーやイル・フロッタも駆り出されていた――達の尽力や特異運命座標の復興計画の甲斐もあってか、戦闘終了後から比べればある程度は暮らしていける様子には整っただろうか。
 貴族たちの屋敷や聖堂は残っている部分もあるが、聖堂などは炊き出しや身を寄せ合う避難所として使われている部分もあり、凄惨さが伺えた。
 スティアが歩を進めるのは人気のない聖堂であった。瓦礫や煤の気配から逃れる様に歩を進めていく。
 徐々に街並みは整い始め、被害区域と比べれば以前の聖都を思い出させるようではあった。
 敬虔なる聖都の民。スティアにも祈りの習慣はしっかりとある。
 聖なる都に居る以上は、神を尊び、神に祈り、そして神の言葉を遂行するべきなのだと幼き日に父より教えられた。皮肉なことに、神の言葉を遂行できずに罪を背負った父の姿を目の当たりにしたのだが……。
(お父様も、お母様も、『護りたいものがあった』だけだったんだ……)
 その護りたいものは父にとっては愛しい妻だった。
 スティアはぼんやりと考える。父に刃を向けられたあの瞬間、ぞお、とその身体から血の気が引いた。
 愛しく、たいせつであったはずの父。彼は自身を殺すための刃を向けたのだ。娘ではないと宣告された気さえもした――だが、あれは意思表示だったのかもしれない、とも思える。
 幼い娘の面影を感じさせた子供の断罪が出来ず、自らが罪人となったアシュレイ・ヴァークライト。
 彼は『護るもの』をしっかりと見極める人なのだ。
 エイルを殺し、月光人形(まもるべき)を殺し、共存の道を断つスティア大切でかけがえのない愛娘であったとしても、彼の眼には奇異なる存在に映ったのかもしれない。
 特異運命座標は世界の為に可能性を蒐集する。魔種は滅びのアークを蒐集し、この混沌世界を破滅へと導くのだ。
 不幸を届ける様に月光人形は狂気を奏で、罪なき大多数のいのちを奪いかねない。
 大を取るか、小を取るか。スティアは特異運命座標だった。特異運命座標は大を救い、小を切り捨てるしかなかった。――月光人形との共存を考え狂気と共に在る事は『是』とはされないのをよくよく知っていたからだ。
(……お父様は、それでも、お母様と子供達と幸福な世界を作りたかったんだ)
 罪である。神の言葉である。そう言って、幼き子供であれど残忍に断罪する国家。
 その在り方に疑問を覚えないわけではない。寧ろ、特異運命座標の中ではそれこそ悪と断ずるものもいるだろう。
 盲目的な神の存在に異を唱え進軍する彼は紛れもなく一つの個であり、スティアもそれを否定するわけではないが――月光人形と共に全てを塵芥とし、新たな場所を想像するという思想には同意できなかった。
 考えないわけではない。
 父と母。『得られなかった幸せ』をエイルの手を取って得られたのではないか、と。
 大切に、それこそ両親の代わりに慈しんでくれた叔母の事を思えばその気持ちはうっすらとしていくが両親に憧れない訳ではない。
(お母さま……)
 母を護るための父の兇刃。知っていたし、分かっていた。けれど、どうしても受け入れられなかった。
 母は、それでも尚、父の背後から言っていたではないか。

 ねえ、スティア。愛しい我が子――おいで、抱き締めさせて?
 ねえ、スティア。愛しい我が子――母を『お母様』と呼んでくれませんか。

 あの時、確かに気持ちは揺らいだ。
 本来ならば触れることのできなかった母のあたたかさが確かにそこに有ったからだ。
 スティアは片翼を無くした天使を見上げて目を伏せる。祈る様に、手を組み合わせて。

 ――貴女には笑って欲しいの。だいじょうぶ、大丈夫よ。……私はね、スティアのお母さんなの

 私だって。
 私だって。
 私だって、笑っていて欲しかった。お母様。
 私だって、抱き締めて欲しかったよ。お母様。スティアって呼んで、スティアって、頭を撫でて。

 唇を噛み締める。父も、母も、護りたいものがあって、喪いたくないものの為に戦った。
 彼らは魔種と月光人形で道を違えた存在だったから、それ以上のことはないのを知っていた。
 けれど、とスティアは唇を噛み締める。せめて、その命に安寧を祈りたい。彼らの幸せを祈るのは間違いでは、ないでしょう?

「スティア」
 背に、静かに掛けられた声にスティアは顔を上げた。貴族然とした装いのエミリアはその手に白百合を抱き、スティアを見ている。
「叔母様……?」
「弔いに、と」
 兄と義姉のと続けたエミリアはスティアも同じだったかと小さく笑った。


 普段であれば冷徹な騎士の仮面はスティアの前では溶けた様に善き理解者の顔をする。
「あ……」
 ふと、思いだしたようにスティアはエミリアへと近寄り、何所かぎこちなく彼女を見上げた。
「その、勝手にいなくなって、連絡しなくて、ごめんなさい。それから……ただいま、叔母様」
「ええ、お帰りなさい。貴女が居なくなった日、エイルの大切な忘れ形見を何処へとやってしまったのかと慌てました」
 冗談めかして笑ったエミリアは「それでも、エイルが望んだ以上に立派になって帰ってきてくれた」とスティアの頭をぽん、と撫でる。
「国王が言っていたでしょう。汚名を濯げ、と。
 ヴァークライト家は没落はしてませんが、一家断絶に近しいのです。私と貴女しかいない弱小貴族だ。
 此度の事で我が家が兄が当主であった時の如く、しっかりと復興したならば……貴女にとっても両親に誇れるでしょう」
 柔らかに告げるその言葉にスティアはぱちりと瞬いてから大きく頷いた。
 国王シェアキムはロストレイン家とヴァークライト家、そして、コンフィズリー家の功績をしかと讃えた。不名誉であった全てを払う様にと指示をし、ひかりの道を歩む事を推奨してくれたのだ。
「叔母様の踏ん張り時?」
「いいえ、スティアの踏ん張り時です。家督を継いだのは兄であり、現在の名代は私ですが――跡取りは貴女ですよ、スティア」
 エミリアの言葉にスティアは更にぱちりと大きな瞳を瞬かせるしかない。
 記憶もおぼろげな部分はある。全てを覚えている完璧なスティア・エイル・ヴァークライトではない。
 けれど――今なら、言える言葉がある。
「特異運命座標として、一人の人間として、やらなきゃいけない事が沢山あるの」
「ええ」
「だから、天義を救ってくれたように、私も皆を救わなくちゃいけないの。
 大切な……私が居てもいいよと、言ってくれたお友達の為にも」
 確りと前を見据えて、スティアは云った。エミリアは総言われる事が分かっていたかのようにどこかおかしそうに小さく笑うだけだ。
 いのちがランタンで運ばれて、冥府の川に辿り着けるよう。
 その行先に安寧があるようにと祈ったスティアはエミリアにまた、と手を振り歩き出す。
 ふと、白百合を喧嘩したエミリアはゆっくりと、僅かに戸惑ったような声音を震わせながら、その背中を見詰めた。
「スティア」
 呼ばれた声に振り仰ぐ。スティアの瞳は、敬愛した義姉と、兄の色を乗せているのだとエミリアは目を細めた。
 ああ、エイルによく似ている。彼女の用に素晴らしい冒険者なのだろう。
 エミリアはゆっくりと笑みを浮かべ、優しい声音でスティアともう一度呼ぶ。
「……今度、久しぶりにお茶会でもどう、でしょうか」
 勝気な紅色の瞳を見遣ってから、スティアは只、静かに笑う。
「よろこんで。叔母様。
 今度は友人と――ローレットで出来た沢山のお友達と――美味しいねって話したお菓子を持っていくね」
 幼い頃に、何時か言った事がある。

『おばさま、約束しましょ? 約束って言うのはこうやるの。指切りげーんまん』

 其れを口にしたエミリアにもう大人ですもの、と頬を膨らませるスティアを見れば彼女はまるで変わらない。
 エミリアの中では兄と義姉の忘れ形見。いとしい宝物の形だ。
「じゃあ、私がしたいのです。約束というのはこうするのでしょう?」
 小指を差し出して。人は、何時だってそうやって縁が切れぬようにと指先を絡め合う。
 おずおずと差し出して、スティアは可笑しそうに笑った。

 指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った!

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