PandoraPartyProject

SS詳細

思い出クロワッサン

登場人物一覧

リヴィエール・ルメス(p3n000038)
パサジールルメスの少女
ニア・ルヴァリエ(p3p004394)
太陽の隣
ニア・ルヴァリエの関係者
→ イラスト

 ファルベライズ遺跡の騒動で、パサジール・ルメスは所縁ある存在として戦場へと駆ることが多かった。
 惨事と呼ぶに相応しき出来事に、リヴィエールが挫けずに進むことが出来たのは共にこの事件を終結へと導いてくれたイレギュラーズの存在が大きいのだろう。
 やっとの終結に、祝勝会も終えて一段落付いた春の日にニアが「二人で秘密の打ち上げに行こう」と誘ったのはクロエの世話をタンペットにお願いした昼下がりのことであった。
「ねえ、本当にタンペットは、良かったの?」
「勿論っすよ。だって、ニアと二人でって決めてたっすから。だからクロエもお留守番っす!」
 にんまりと微笑んだリヴィエールにニアは頬を掻いた。二人でクロワッサンとミルクコーヒーを楽しんで、それからショッピングにでも出掛ければ良い。リヴィエール曰く、タンペットはアクセサリーが好きだからラサに戻ってきてサンドバザールで何か見繕ってやれば許してくれるだろうとの事である。「本当に?」と問えば悪戯っ子のような笑顔が返ってくるのだから――それ以上はニアも追求はしなかった。
 燦々と降り注ぐ太陽は春と言えども強い。慣れた様子で店へと向かうリヴィエールの背中を追いかけながらニアは「リヴィ、体調は? 大変だったろ?」とその手を掴む。
「へ?」
「……ほら、こっちを見ない。無理してるなら日を改めても――」
「あたしは無理なんてしてないっすよ。けど、んー……あたしより頑張った人が多いから、って思うと。
 なんというか、少しだけ気まずくて? ニアを早くもてなさなくっちゃとか思ったりして? ……そんなけっすよ」
 もじもじと言葉を紡いでいるリヴィエールにニアは小さく笑う。頑張ったよと口にするのは簡単だ。それでも、戦闘に不慣れな彼女よりも自身の方が戦場には身を投じていたことだろう。他のイレギュラーズ達だって強敵を相手に戦い続けてきた。其れを思えばリヴィエールが言う『気まずさ』も多少は理解出来る。
「はは、」
 そんな彼女の若葉の色の瞳を眺めればニアは堪らず笑みを零した。
 自分より頑張ったから、ニアをおもてなししたい。
 自分はあまり戦えなかったけど、皆のお陰だったから。お礼をしたい。
 そんな彼女の言葉が擽ったくて堪らないのだ。ニアにとってはリヴィエールは十分に頑張った。パサジール・ルメスは本来的な血の繋がりよりも一族としての在り方を大切にしている。先程から話題に上がるタンペットとリヴィエールは姉妹では無い。勿論、ファルベライズ遺跡の発掘に携わったレーヴェン・ルメスとリヴィエールになれば種族さえ異なっている。それでも彼女たちは家族なのだ。家族のために、頑張る方法なんて山のようにある。
 それでもニアが自分のために頑張ったと感じてくれているのならば――それはどれ程に嬉しい事なのだろう。
「大丈夫だよ、リヴィ。リヴィも凄い頑張ったし、勿論、タンペットやクロエだって頑張っただろ?
 あたしの事をリヴィの為に凄い頑張ったって、お礼がしたいって思ってくれるなら。これはあたしの為のパーティーだよ。
 だからさ、リヴィと一緒に美味しいクロワッサンとミルクコーヒーを味わって、サンドバザールでタンペットとクロエのお土産を買っていきたいんだ」
「そ、それなら――それなら仕方ないっすねえ! 今日の主役様の我儘を聞いてやるっすよ!」
 ふふんと胸を張ったリヴィエールの手をぎゅっと繋いで、今度は二人で店を目指そう。背中を見ているのも中々に見慣れぬ光景で愉快だったけれど、隣に居る方が心地良い。
 結い上げて花を飾ったツインテールがふわふわと揺れて、急ぎ足に歩いて行く小さな背中は可愛らしかった。けれど、同じ視線で――ふと、ニアは気付く。
「……あれ? リヴィ、背、伸びたね?」
「そうっすか?」
「うん。ほら、目線……なんだろうな。あたしより小さかったけど、もう同じくらいになってる」
「それじゃ、あたしはニアを抜かしてずーっと大きくなるっすかね?」
 首を傾いで楽しげに笑った。もう14歳。リヴィエールと過ごし重ねた時を思い返してからニアは「どうかなあ」と揶揄うように笑った。

 到着したのはレガド・イルシオンに出店したベーカリーだ。併設するカフェでパンを楽しむことが出来ると聞いて、二人でクロワッサンを楽しみにやって来た。
 勿論、クロワッサン以外を食べることも出来る。リヴィエールはチョコレートが好きなのかチョコレートを生地に練り込んだパンを積極的に選んでいるようにも思える。
「ニア、ニア、これ美味しそうっすよね」
「リヴィ、そんなに食べきれる?」
 次々にトレイに乗せて行こうとするリヴィエールにニアは肩を竦めた。目的のクロワッサンに辿り着く前にリヴィエールの小さな胃袋が満たされる気配を感じたからだ。
 バスケットに山積みのクロワッサンとチョコチップメロンパンを何度も見比べて、リヴィエールは「ぐぬぬ」と小さく唸る。
「そんなに気になるなら、また来たら良いよ。リヴィもあたしも、このお店が遠いわけじゃないしさ」
「……! そうっすね。それじゃ、クロワッサン優先で!」
 ウキウキとクロワッサンへと向かっていくリヴィエールにニアはほっと胸を撫で下ろした。どれもこれもちゃんと食べきれると言い切られては困ってしまうところであった。
 折角遊びに行くのだからリヴィエールの好きなものを沢山食べさせてやりたいが料理を残すのは忍びない。それに『次』の約束にもなるからとニアはトレイにクロワッサンをとりレジスターへと向かうリヴィエールの背を追いかけた。
 彼女の背が少し伸びて、流れる時を感じる度にニアは戸惑いを感じていた。出会った当初、パサジール・ルメスという流浪の一族であった彼女に興味を持ったときから交流を重ねている内に、大切な親友だと認識するようになった。彼女の危機には馳せ参じ、手を伸ばしたいと――そう思うようになったリヴィエール・ルメスと名乗る少女。嫌悪感は無い、けれど、そうして他者を慮る気持ちに途惑わずには居られなかった。
 ファルベライズ遺跡で聞いたパサジール・ルメスの出来事や、タンペットやレーヴェンと共に冒険をするリヴィエール。そんな様子を見て、心の中に生まれた『もやもや』をニアは言葉に出来ずに居た。戸惑い、それから一抹の不安。自分のことについては無頓着なニアにとってリヴィエールの事をあまりにも知らない事を目の当たりにしてショックを受けた『自分自身』は何処までも違和感の連続で。
「ニアー?」
「あ、ああ、うん。行くよ」
 ミルクコーヒーとパンをテーブルの上に並べて、二人で向き合って食事をとりながら。
 ニアは何から話そうかと考えた。自分のことだって碌に理解していないニアにとってリヴィエールのプロフィールの何処から聞くべきか。
「リヴィ、あのさ。何が好き?」
「へ?」
「いや、何か……リヴィがチョコレートわりと好きなんだな、とか。タンペットやレーヴェンのことだって初めて知ったしさ」
「んー……持ち歩ける食事はわりと好きっすよ。チョコレートは溶けちゃうんでこう言う機会じゃないと食べれないからついつい選ぶっすね。
 変なニア。あたしの事なんて、ニアが一番知ってそうなのに! だって、あたしをこうして色んな所に連れ出してくれるのはニアなんすよ?」
 星を見にいこう、好きなお店を探そう。秘密基地へ。夏を楽しもう。
 そんな風に沢山のことを積み重ねて。幾重もの層になっていく思い出がリヴィエールにとっては宝物なのだと彼女は微笑んだ。
「パサジール・ルメスは其れなりに歴史があるといえばあるっすね。一族が旅に出た御伽噺が本当だったのには驚いたっすけど。
 ルーツがラサにあって、それから移動しながらキャラバンを率いているからいろんな血が混ざってる。あたしが海種であるような、レーヴェンが飛行種であるような。
 ……海洋王国からすると驚きの連続っすよね。空と海、交わらない二つが流浪の民では交わって、一つの血族になってるんすから」
 親戚同士、と言えば良いのだろう。辿ればルーツは繋がっていく。レーヴェンやタンペットが家族だと告げるリヴィエールは嬉しそうに笑みを零して。
「あたしだって、ニアの事をあんまり知らないんすよ。いつか、ニアの故郷に行ってご家族と会ってみたい。
 ニアが頑張る理由を知って、あたしも応援して、ニアと一緒に沢山の思い出をずーっと重ねて行くっすと。過去なんて、取り戻せないから。未来を大事にするんすよ」
 嬉しそうにクロワッサンを頬張りながら。堂々とそう告げて笑ったリヴィエールを見詰めてからニアはふ、と笑う。
 自身の悩みをさも簡単なことのように語って胸を張って。クロワッサンの欠片を口元に付けて堂々と大人びたことを言う。若干14歳の女の子。
「そうだね、そうしていけば良い」
「ですよね? ふふん、流石はあたしっす。ニア、ちょっとだけ暗い顔をしてたっすよ」
「あんまりにもリヴィの事を知らないんだな、って思ったんだよ」
「んー、リヴィエール・ルメスっす」
「知ってる」
「えー、あたしはラサで産まれてキャラバンと一緒に旅をしてきました。相棒のクロエは大事な家族っす。パサジール・ルメスは色んな血が混ざってます。
 血族で無くてもキャラバン隊のメンバーは皆家族だと、そういう風に教えられているっす。
 だから、タンペットもレーヴェンもあたしにとっては大事な家族っす。ファルベライズのご先祖様たちだって、大事な家族っす」
 ああ、それが羨ましいんだ。ニアにとって、家族というのは『得がたき』存在だった。精霊達に愛されて『愛し子』となってから、大切に大切に、宝物のように扱われてきた。
 故に彼女が言うような家族の距離感を感じられぬ儘、過ごしてきたのだから。
「でも、あたしだってニアのこと知らないことはあるっすよ。鬼人種のおともだちとか!」
「ああ、あれは……またリヴィにも紹介するよ。三眼の子なんだけどね、いいこだよ。もう一人の知り合いはリヴィも知ってる人だしね」
「誰っすか?」
「建葉――」
「セイメイさんっすか!? なーんだ。はい。『三眼のお友達』もあたしと友達になるっすよ。そしたら三人で何処かに出掛けたりも……。
 あ、気分的に二人が良ければ二人で出掛けましょうね。ニアが二人が良いって言ってくれて嬉しかったっすから」
 嬉しかった、とニアはリヴィエールの言葉を繰り返してから首を傾いだ。それは一体どういうことだろうか。
 ニアの疑問に気付いたようにリヴィエールはミルクコーヒーのおかわりを注文してから明るい笑顔を浮かべて見せた。
「だって、ニアってあんまり自己主張しないっすから。
 何を食べたいとか何処に行きたいとか、そういうのニアに併せたいっすよ。あたしは旅ばかりで知らない事も多いっすから教えてくれると嬉しいっす!」
 ――困った。
 ぱちりと瞬いたニアにリヴィエールは「ね、ニアってそういうの苦手っすよね?」と問い掛ける。選んだパンもリヴィエールがクロワッサンをたんまり食べたいと言ったからクロワッサンばかりだった。彼女のように様々な種類に目移りすることも無く、彼女の言うとおりにした自分に気付いて「あ」と声が漏れる。
「ふっふっふ、だから、次はニアのリクエストで遊びに行きましょうね。タンペットやクロエが一緒だって良い。
 素敵な星空は嬉しかったっすけど。何かを食べに行くときはいつもあたしを優先してくれてますからね!」
「……努力するよ」
 よろしいと揶揄うように笑った彼女は「そろそろタンペットのお土産を買ってアリバイを作らないと!」と立ち上がるのだった。

 二人でラサのサンドバザールに戻ってきてから、リヴィエールがタンペットに選ぼうと考えたのは髪飾りであった。
 シンプルな装飾を好んだタンペットは傭兵稼業を営むことからアクセサリーの着用を控えているらしい。本当はオシャレが大好きな彼女に少しでも可愛いものをプレゼントして置きたいというのだ。
「着けないなら意味なくない?」と問い掛けたニアへとリヴィエールは「甘いですね、プレゼントなら渋々着けて、それで喜ぶっすよ」とリヴィエールは悪戯っ子の笑みを浮かべて。
 成程、それならば何か選んだって良い。リヴィエールはタンペットの瞳の色を思わせる金の花の髪飾りはどうだろうかとニアに問い掛けた。ニアは「派手かな」と首を傾ぐが、彼女の黒髪には多少派手でも似合うかも知れないとも思い直す。
「クロエにもタンペットと揃いのアクセサリーを買っておこうと思うっすよ」
「いいけど、お揃いなんだ?」
「……似てるっすから」
 毛並みが、とは言わないリヴィエールにニアは何となく察知して小さく笑う。二人で『おでかけ』していたことは秘密にしなくてはならない。
 タンペットも頑張ったのだから一緒に行きたいと言っていたことを思い出し、ニアは「偶然此処で出会ったことにしないとね?」とリヴィエールへと囁いた。
 だが――
「リヴィ――」
 ぎく、と肩を揺らしたリヴィエールがニアの掌をぎゅうと握る。聞き慣れた声だ。サンドバザールから帰路を辿る、直前の話である。
 振り向いたニアはタンペットがクロエの手綱を握って此方を見詰めていることに気付いた。手を振れば彼女は振り替えしてくれる。リヴィエールの友人、それ以上も、それ以下も無い二人がこれから友人となるのにはそう時間は掛らないだろう。
「クロエを預かっててって言って何処に行って――あ、まさか……!」
 ぎくぎく。もう一度リヴィエールの方が揺らいだ。
「あのお店!?」
 ずんずんと近付いてくるタンペットにリヴィエールは「あ、ち、違うっすよ。これは視察、視察で!」と何度も繰り返している。ニアは何が起こったのだろうとまじまじと二人の様子を見てから合点がいった。成程、タンペットもクロワッサンとミルクコーヒーを楽しみたかったのだろう。家族同然の彼女たちだ。当然そうした情報も共有していたに違いない。
「リヴィ、どうして、」
「だ、だってニアと二人で行きたくって。ほら、タンペットに似合いそうなお土産用意してきたっすから!
 可愛いでしょう? 金色の花なんすよ! ほら、タンペットの眸と同じ色」
「わ、可愛い」
「あ、クロエ。クロエのお土産も用意したっすよ。今日はお留守番ありがとうっす! いや~、クロエがタンペットと一緒に居てくれたから楽しい休日を過ごせ――」
「って、違う――リヴィ!」
 叱り付けるその声にリヴィエールは「ニアァァ~~」と涙声で走り寄ってくる。花の髪飾りだけでは怒りは収まらなかったらしい。
 食の恨みはとても恐ろしい。リヴィエールとタンペットはちょっとした部分が大きく似ているのだろう。食いしん坊であったり、そうした事に拗ねたり。そんな共通点を見つけるだけでどこか楽しくて堪らない。
「タンペット、ごめん。今日はあたしの我儘だったんだ。
 あの日は頑張ったからリヴィと二人で打ち上げをしようって約束しててね……。
 また一緒にベーカリーに行こうよ。下調べはしてきたから、タンペットも美味しく色々楽しめると思うよ」
「う、」
 ぴたりと動きを止めたタンペットがリヴィエールとニアを見比べてしおしおと項垂れる。旅をして、日々を移動し続けるパサジール・ルメスの彼女にとって何時幻想に辿り着くかが分からないという切なさを抱いて居たのだろう。
「ニアさんに言われたら――リヴィ、そのドヤ顔は何?」
「き、気のせいっすよぉ……」
 ニアはリヴィエールの表情筋がもう少し『いいこ』であれば話が丸く収まったのに、と彼女の頬をつんと突いた。弾力の良い頬を弾けば「ぎゃ」と潰れたような声を漏らす。
 頬をむにむにと確かめて押さえているリヴィエールは名案でも浮かんだと眸をきらりと輝かせた。
「あ! そういえば、ニア。幻想の市場って出入り自由っすよね?」
「ん? あー、そうかも……?」
「なら、今が商機! ファルベライズ遺跡から出てきた遺物で販売できるものを幻想王国に売るんすよ!
 ああ、パサジール・ルメスの行商で行くのもいいっすよねえ! その傭兵にタンペットがついてくるとか!」
 リヴィエールの提案にタンペットの眸がきらりと輝いた。それならば合法的に幻想王国に行くことが出来る。
 イレギュラーズでないならば地道に道を行くしか無いが、何らかの仕事が都合になるならば彼女だってクロワッサンにありつけるかも知れないのだ。
「じゃあ、『幻想王国で美味しいお店ガイドブック』を買わなくっちゃ。
 リヴィやニアさんにも分けてあげないんだから。置いてったかわりに、一人でとびきり楽しんで――」
「ええー? 食事は一人より二人の方が楽しいっすよ? 妹におやつをプレゼントとかないっすか?」
「妹じゃないもの」
「妹っすよ」
 言い合いをする二人を見てニアは小さく微笑んだ。彼女たちのような『家族』を自分が得られるのかは分からない。
 けれど、その輪の中で過ごしていられるなら――リヴィエールの言う『キャラバンの家族』に自分も含めてくれているならば、屹度、嬉しくて堪らないのだ。

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