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燃ゆる獅子の落とし子
登場人物一覧
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フリルのワンピースが似合う少女は言った。
「自分は、人々を護れる勇者になります」
そんな事を言ったのは何時であったか。
姉の凶報を知り、天義の危機を知り、その脚が祖国の土を踏んだ時には全て終わっていた。
ロストレインの不正義とまで堕とされた一族の末妹は、力をつける為に太陽のもとへ弟子入りをしたのだが。
ガキィン――と金属が擦れる鋭い音が響いた。
剣が青空の下で弧を描いて回転しながら飛んでいき、やがてその刃は地面に刺さって止まった。
メルトリリス(p3p007295)の右手が痺れ、その小さな手のひらは剣を握り過ぎたためか指の根本は豆だらけになっている。飛んで行った剣を見る為に振り返り、そしてその顎下から汗が一雫、垂れた。
「休んでんじゃねェよ、ゴミ」
「は、はい……!」
日課になった荒々しい言葉に怯える暇も無く、剣を取りに行ったメルトリリスの後ろ姿を見つめて『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は己の剣の腹で肩を叩いた。
弟子入りと、半ば強引に頭を下げてきたメルトリリスを拒まなかったのは、魔の道へ落ちた彼女の姉とは『似ているようで違う道』を歩もうとしている少女を助けたかったからだろうか。それとも単なる彼女の姉への贖罪か。
ともあれ、現にこうしてメルトリリスはきっちりアランが指定した日時には足を運び、訓練を受けに来る。
困ったことに、指定した時間の数時間前から此処に来ているようで、WPを終わらせている挙句に剣を振るう自主練さえ始めていた。飲み物や食べ物はちゃっかりアランの分まで買っておき練習環境を整えてくるあたり徹底している。
そこまでしてくるものの。
アランから見れば少女は正直、――ロストレイン家の天才騎士ジルド・C・ロストレインや、秀才の次男であるヨシュア・C・ロストレインや、アマリリスが持っている剣の才能というものは無かった。
数回脅かしてやればすぐ辞めるだろうと思っていた。
しかし、一応根性はあるようで、こうして剣を再び構えて何度でも向かってくる姿は目標への執着心とそれへの狂気性さえ感じられるほどだ。
「もう一回最初からだ。あとその持ち方と振り方じゃ、いずれ剣を持てない身体になるぞ」
「型からやらせてください!!」
「何回目だ」
「ごっ……ごめんなさい、次こそ覚えます……」
微量ではあるが、少しずつ。それが一日たった一歩、いや、半歩であっても少女は成長しているようには見える。
しかしまあ、泣くし、喚くし、怯えるし最初の方は大変であったのだ。
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――一か月前。
ガキィン――と金属が擦れる鋭い音が響いた。
剣が青空の下で弧を描いて回転しながら飛んでいき、やがてその刃は地面に刺さって止まった。
メルトリリスの右手が痺れ、その小さな手のひらは剣を握り過ぎたためか指の根本は豆だらけになっているし、僅かに豆が破れて透明な液体と血が出ていた。飛んで行った剣を見る為に振り返り、そしてその顎下から汗が一雫、垂れ、そして夕焼けのような瞳から涙があふれ、そして全身がガタガタと震えている。
「む、……無理です!! 右腕しかないの! 両手で剣持てないのに無理だよおおお!!」
「だああ! うるせえカス!! いやゴミだな、テメェ、んな喚くなら一生練達にすっこんでろゴミ!!」
「それも嫌ですーーーッッ!!」
「じゃあさっさと剣構えろ、ゴミ!!」
「ゴミゴミうるさい!! 教え方が下手なの、ばか!!」
「じゃあ教えねえぞ、ハゲ!!」
「ハゲてないもんんん!!」
結果、その日は一日涙が止まらないメルトリリスだったので、練習は不可能だった。
――数週間前。
ガキィン――と金属が擦れる鋭い音が響いた。
剣が青空の下で弧を描いて回転しながら飛んでいき、やがてその刃は地面に刺さって止まった。
メルトリリスの右手が痺れ、その小さな手のひらは剣を握り過ぎたためか指の根本は豆だらけになっている。飛んで行った剣を見る為に振り返り、そしてその顎下から汗が一雫、垂れた。相変わらず足は震えていた。
泣くか? そうアランは顔を横にこてんと倒して待ってみたのだが。
「……なんで」
「あ?」
「なんでアラン先輩も右手だけで剣振ってるのです? もしかして右腕しかない自分に合わせてるんですか?」
「ああ」
「駄目です!! 敵は大体皆、両腕で戦うのが普通ですよね! 先輩も両腕にして下さい、いやですそんな譲歩」
「俺が両手使ったら死ぬぞ、ゴミ」
「死なない一歩手前でなんとかしてください」
おっ、ちょっと成長したか、と思った。
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そんなこんなで今日だ。
流石に泣く事は無くなってきたし、怯える事は無くなってきたようだ。
体力が無いのか、少し動けば口からゼエゼエヒューヒュー言い始めるのは気になったが、それでも向かってくるあたり身体がそのうち慣れるだろう。毎日疲弊して、きっと帰宅したら何も出来ずに床に倒れて寝るくらい毎日毎日よくやるものだ。そろそろその執念に応えてもいい時期なのかもしれない。
「うし。じゃあ今日から修行の中身を変えるか」
「! はいっ」
嬉しそうに顔を上げたメルトリリスであるが、後々それは後悔する事となる。
――実戦だ。
「いくぞ」
「ふぁ、はぁいい!」
メルトリリスが剣を構えられたのは、僅か一秒にも満たない時間であった。気づけばアランは目の前に接近しており、その屈強な両腕を下ろし攻撃のモーションへと入っていた。
「ちゃんと防御しろゴミ」
「かっ……はっ!?」
咄嗟に剣で防御の姿勢を取ったメルトリリスだが、自分の剣ごと押し込まれんばかりの衝撃が剣を伝って全身を震わす。メルトリリスの足が土の庭にいくらかめり込んでいる。
――え? メルトリリスは無意識にそう思った。
直後飛んできた側面からの蹴りに、あえなくメルトリリスの身体は横に吹き飛ばされ庭木へ衝突。胃の中のランチと胃液を全て吐き出しながら、身体が変な方向に曲がり骨が軋む。
一歩、アランが近づいてきた。
身体が強張り汗がにじみ出る。
また一歩アランが近づいた。
手もとが震え上がり視界に星がちらつく。
間違えた――。
メルトリリスは本能でそう思った。
いくら同じイレギュラーズの仲間であろうと、先輩であろうと、今、目の前にしているのは明らかに――異世界の勇者だ。混沌肯定が効いていようが、その二つ名は誰の否定しようが無いもの。
その勇者がどう世界を渡り歩いて力をつけてきたかは”少女”には判らないが、それがオブラートに包むまでもなく伝わってくるのだ。彼の血潮の残滓が。
剣の師匠とはいえ生易しいものではない。
そんな、そんな。
一歩、いや、一手間違えれば―――死だ。
「休んでんじゃねえ」
黄金色の瞳が殺意を語る。
目の前に立っているのは獣のようなものだ。
「――ひっ」
思わずメルトリリスは剣を握り、乱暴に横に剣を凪いだ。
振り方も形もなっていない大振りの一撃を、アランは半歩引いてかわす。
空ぶった勢いで横に体勢を崩したメルトリリスを、アランは掴んで軽々空中へ放り投げた。受け身も取れずに地面に顔を擦らせたメルトリリス。即座に剣を持って構えを取ったが、泥にまみれた手では剣の柄が滑る――その前にはアランが大上段で剣を掲げていた、無慈悲に振り落とされてくるであろう。
あ、死んだ――本能でそう思えた。
一手を、間違えたのだ。
そうメルトリリスは悟った刹那。
「お、ぉ父さま……たすけ、てっ」
強大な炎を見上げたメルトリリスの瞳から、涙がこぼれた。
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ぺたんと地面に座るメルトリリスの真隣には、爪痕のような縦傷が庭を裂いていた。
無気力に地面を見つめていたメルトリリスの顎に、アランの剣先が当てられ小さな顎を持ち上げる。自然と見上げるような形になったメルトリリスは、じっとアランを見つめて泣きそうなのを堪えていた。
「才能ねぇよ、即刻やめろ」
「……やだ」
「実戦でも敵に脅えるつもりか?」
「なんとかするもん」
「なら依頼をこなせ、冠位は、魔種は、事件は、待ってくれねえぞ」
「わかってるも。………先輩。お姉ちゃんもこんな事をしていたの?」
「……」
「なら、メルトは今から変わります。今から変えてみせる」
メルトリリスの顔が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「アラン!! 私は、好きで騎士になるんだもん……!!」
アランの胸に飛び込むように抱き着いて、叫び声のように大泣きするメルトリリスはまだまだ少女だ。
蝶よ花よと過ごしていた方が楽であっただろうが、家族を奪われ左腕を奪われ、次は何を失くすかと思えば、女性らしい生き方を失くすのだろうか。あまり笑わない少女は、代わりによく泣いた。感情が表に出ない人形のような騎士よりはマシなのだろうが。
――アラン、私はね。好きで騎士になったんじゃないよ……――
「嗚呼。逆だな、そういえば」
独り言のように、自分の内側へ向かって放たれたアランの言葉は誰も聞いてはいなかった。
助けられると信じていた相棒は、”自分の炎とは違う炎”に焼かれて堕ちた。
悔しかった、目の前で命の炎は消えていった。
だから、今度こそは。小さな炎(きぼう)を目の前で失わないように、上手くやる。上手くやってやる。
メルトリリスの心に灯る炎は、きっと魔の炎に対抗できるものだ。いや、これからそう育てていくべき炎だ。
今はまだ、泣き虫でひ弱で剣士の癖して神術のほうが得意とかいうイレギュラーではあるものの。
「色んなやつを頼れ、色々見て色々聞いて色々経験しろ。イレギュラーズの友達も作れ、イレギュラーズ以外にも友達を作れ。ゆくゆくはそれが力になる」
「それが命令なら」
「命令じゃねェよ馬鹿野郎―――お願いだ」
不満そうなメルトリリスのおでこを、アランは指の先で弾いた。
「お願いな」
「ん。先輩がそういうのなら、そうします。だって―――」
先輩の事が、大好きだから。