PandoraPartyProject

SS詳細

お手をどうぞ、紫苑の君

登場人物一覧

レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)
騎兵隊一番翼
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女

 潮風薫る、それは海洋。
 絢爛豪華な舞踏会には貴族達の陰謀が渦巻いている。
 彼らは皆笑顔の仮面の下で、何かを考えているのだろうが――幻想と違い可愛らしいものなのだろう。
 何時もあいつには先に美味しいケーキを食べられるから今回は自分が、だとか。
 流行を作るのは自分なのだ! とか。麗しの紳士の視線を奪うのは自分だ! とか。
 平和そのものの社交界は、今日も明日も気怠い会話が待ち望んでいる――だけだと思ったのだが……

「やあ、ミスタポルードイ。今日も麗しく」
「やあ、ミスタ。以前は宵取引をさせていただきました」
 にこりと微笑むはレイヴン・ミスト・ポルードイーー社交界では彼はミドルネームであるミストを自称せず、レイヴン・ポルードイと名乗っている――だ。サロンに足を運んだ彼に海洋貴族たちは柔らかに声をかける。
 海洋貴族ポルードイ家の次男たる彼が特異運命座標になってからというもの、物珍しさに声をかける者もいたのだとか。
 ゆったりとした旅人風の衣装を好む彼でも今日という日は正装に身を包む。黒のタキシードをビシリと決めれば宛ら麗しの貴公子だ。
「御機嫌よう、ポルードイ様。本日は特異運命座標のお仕事はなくって?」
「ああ、御機嫌よう。フェンゼルスタン卿」
 緑の髪を揺らしたリゼルベス・フェンゼルスタン卿にレイヴンはにこりと会釈を返した。
 こうしてローレットに友好的な貴族たちは皆、特異運命座標達に興味津々だ。
 特異運命座標としての活躍を教えていただいても? と微笑む貴族令嬢にレイヴンは「また機会があれば」と穏やかに返した。
 何時も通りの『在り来たり』な社交界を過ごす。ワルツの音楽が止まり、ざわめきだけが響くその中に、ゆっくりと扉が開く音がした。
 扉が開いた音に反応したかのように幾人かが扉へと視線を送る。
 社交辞令を交らせながら穏やかな時を過ごすサロンはざわりと空気が浮足立った。
「まあ……」
 ぱちりと瞬くフェンゼルスタン卿にレイヴンは「おや」と『お得意のポーカーフェイスで何も知らぬふり』をしてその視線の先を見遣る。
 紫苑の髪は結上げられ、高い位置で丸められる。洒落た編み込みから流れ出る髪先は揺らめく水面の様に彼女の動きでふわりと舞った。
 ひらひらと揺れた桃色は令嬢のドレスの様に裾が広がり、艶やかな脚線美を惜しげもなく主張させた。
 膝に揺らいだ紅色がつい視線を誘う彼女は天女の如き羽衣を揺らし、にこりとだけ微笑んだ。
「御機嫌よう」
 穏やかに淑女の礼を見せる。彼女は特異運命座標のイーリン・ジョーンズ――なのだが、此度はその名を名乗らずレイヴンもそ知らぬふりを通していた。
 誰もが知らぬ美しい淑女。彼女の挨拶に、幾人かが淑女の礼を返し、紳士たちは彼女の様子をつぶさに観察し始める。
「あれは?」
「いや……誰だろうか」
 ざわめきの中、ちらとソルベ・ジェラート・コンテュール卿の視線が動いたが『彼は一応空気を読んだ』のか素知らぬふりだ。
「……あれは……稀に見る美貌だ。さて、どこのご令嬢であろうか」
 そう口元で笑ってからレイヴンは彼女の許へと歩み寄った。
 実の所、この二人はグルだ。レイヴンは社交界へとイーリンをデビューさせる目的を提示し、海洋側とのパイプを欲するイーリンにとっては少女らしい夢見半分、いたずら半分、その案へと乗っかったという訳だ。
 知った間柄であるからこそそうした浮ついた言葉が口に出るのね、なんて普段のイーリンならさらりと言ってのけただろうが、此度は口元にゆったりと浮かべた笑みをそのままに「秘密ですわ」と穏やかに返すのみだ。
「確かに美女には秘密が多いものだね」
「ふふ、お上手ね」
 ひらりと交わしたイーリンに海洋貴族たちはレイヴンの言に乗せられたかのように彼女へと近づいた。
「折角の場だ、名前だけでもお聞かせいただけませんか? レディ」
「ふふ、私のような端役に名乗る名はありませんでして。紫苑の君、とでもお呼びくださいな」
 揺らぐ髪から燐光が瞬いた。それは彼女の魔力の証の様に宝石が如く煌めいている。
 瞬きと共に光の尾を引いた紅の色は空彩る流星の如き輝きを感じさせた。
 美しい姫君だ、と誰かが言ったそれに「とんでもございません」とイーリンは静かに笑う。
「紫苑の君。良ければカクテルは如何かな? 君の髪の煌めきの如く淡い光を湛えているだろう」
「まあ、有難う。とても、嬉しいですわ」
 目を細める。その動きだけでどきまぎとしたかのように紳士たちが感嘆の息を吐いた。
「どこのご令嬢かしら? 海洋の貴族の娘ではないようだけれど……」
「案外、新風巻き起こす為に足を運んだ天女かもしれませんよ?」
「まあ、コンテュール卿。お上手ですわね。紫苑の君――ええ、確かに『社交界の新風』ですわ」
 くすくすと笑ったフェンゼルスタン卿にコンテュール卿はゆるりと頷く。
 ある程度の者であれば貴族について把握しているだろう。コンテュール卿もフェンゼルスタン卿も、紫苑の君は海洋の貴族ではなく、誰かが招いた『天女』なのだと口にした。
 そう言われてしまえば紳士たちは舞い降りた天女を我の者にせんと声かけるだろう。
 宝石を思わせる燐光の髪に、鮮烈な印象をも与える紅の瞳。天女の美貌に眩むばかりではなく、その白魚の指先を手にしてワルツをと誘う紳士たちは皆、紫苑の君に声をかけ続ける。
 のらりくらりと、まるで異国の天女伝説が如く躱してしまう紫苑の君に「男というのはそうして躱されてしまうと熱くなるのですよ、レディ」と冗談めかす様に青年たちは口にした。
「さて、あれほどの美人を口説かねば失礼かな?
 紫苑の君。レイヴン・ポルードイと申します。しがない貴族の次男坊ですが、夜空の下、ワルツのお相手になっていただいても?」
 穏やかな口調で膝をついて見上げるレイヴンに貴族たちの間でざわめきが走る。
 ポルードイ卿の挑戦はどうか。紳士たちはその様子を固唾を飲んで見守り、先程迄会話を交わらせてたフェンゼルスタン卿が楽し気にくすくすと笑う。
「まあ、熱烈ですこと」
 扇で口元隠した彼女にコンテュール卿も「まあ、美しい天女には熱烈でなくては」と笑みを溢す。
「夜空の下のワルツとはとても神秘的ですわね。名もなき端役ですけれど、よろしくて?」
「ええ。名もなき端役だなんてとんでもない。貴女は紛れもなく紫苑の君――海洋に舞い降りた天女そのものでしょう」
 歯の浮くようなセリフだわ、なんてイーリンは云わない。ぱちりと瞬く視線がレイヴンと交錯し合い、にんまりと笑った。
「ひらりと飛んで行ってしまうかもしれませんわよ?」
「それでも構いません。さあ、」
 冗談に冗談を返して。言葉の追従を終えた後、レイヴンが手を差し伸べる。
「レディ、お手を」
 その言葉に顔を上げて、紫苑の君はにんまりと笑みを溢した。
 立ち上がった青年を見上げる瞳がきらりと尾を引く。
 踊りだす様に扉を開いて、その儘白魚の指先を攫えば、背後より貴族たちのどよめきが聞こえてくる。
「紫苑の君!」
「ふふ、それではまた」
 穏やかな笑みと共に風の様に攫われる淑女の髪から煌めきが落ちて、その存在を残していく。
 本当に天女のようだ、と言葉が残されて、最後にイーリンの耳へと響いた。
 サロンから飛び出して、控室へと滑り込めば、く、くとイーリンが小さく喉を鳴らした。
「ああ、おかしい」
 其処には紫苑の君はいない。着飾った美しいその姿の儘、普段の彼女がその顔を覗かせる。
「くふふ、さすがにはらはらしたわね。どっぷり浸かる気はないけど、こういういたずらは好き」
 既知の中であるのに知らんぷり。躍る様に社交界を賑わせて、今宵はポルードイの次男坊が攫って行った紫苑の君の話で持ち切りか。
 その笑みに釣られた様にレイヴンも普段通りのローレットに所属するレイヴンの表情を覗かせ笑う。
「なかなか見れるものではないよ。彼らの様子と言ったら!」
「ええ、ええ。悪戯は大成功ね?」
 それに、ちょっぴりプリンセスの気分だったわ、なんて。
 イーリンがくすくす笑う。
 さあ、社交界に鮮烈な足跡を残した紫苑の君は何処の存在かと海洋貴族の中でも噂となった。
 ――後程、コンテュール卿より二人には「面白かったですよ」とカードが送られたのだとか……。

  • お手をどうぞ、紫苑の君完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2019年08月23日
  • ・レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066
    ・イーリン・ジョーンズ(p3p000854

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