PandoraPartyProject

SS詳細

Phantom Pain

【領地】クレシェンテ地区(役所書斎)

登場人物一覧

アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)

 ――私の世界にはどうしても再現出来ない紅茶があったの。
 使用人が淹れてくれていたのだけれど。段々私の部屋に誰も来なくなって。それから私は紅茶を研究するようになったのよね。
 あの世界でも、その味には辿り着けなかったのだけれど……あれは、どんなものを入れていたのかしら――

「リリね、あの玩具をじぃっくり壊すのが……だぁいすき♡ なの」
 きらきら、赤い宝石みたいで。これ、とっても素敵でしょう?
 リリもね、この赤い宝石のこと、だぁいすき。とっても便利なオモチャ!
「最近のポチは言うことを聞くのが上手なのねぇ。リリ、とっても嬉しい!」
 真白い便せんに、飛び切り真っ赤な封蝋ひとつ。乱雑にはぎ取って中身、その紙面をご機嫌に覗き込む――

●She doesn't like the heat.
 夏も満ち七月。麗しき宵髪揺らしたエルスは、待ち人の為に紅茶を入れる。
「……こんにちは?」
 その待ち人の名はアイラ。エルスが信頼を置く友人の一人だ。
 エルスが度々自らの営む砂都茶店Mughamaraに呼ぶ娘として、ティーネ領クレシェンテ地区に顔を出す姿がちらほらと見かけられていた。彼女アイラ自身が持つ血脈せいしつの性でアイラは暑さが弱く、夏場は自らの住まう領地、アウィナイト・フォレストでぐったり、夫に看病されていることもしばしばなのだが、慕うエルスとの約束の日には何故かコンディションを整え、灼熱のラサへと足を踏み入れるのだ。勿論本人とてそれが自分を後々苦しめることは理解している。が、エルスが愛するラサをいつまでも地獄のように感じているのも胸が痛むというもの。幻想からラサ迄、なるべく日に当たらぬように歩けば暑さに弱い彼女にとってはその体力を削がれるのも納得、否、必然と言うもので。結果的に、Mughamaraに着く頃にはへろへろになっている、と言うわけだ。
「ふふ、こんにちは、アイラ。外はあなたには暑かったでしょう、さ、早く入って」
「はいぃ……」
 案の定、とでも言ったところか、普段から薄着、なるべく暑さを逃がすようにしているアイラの肌は真っ赤、その顔色は良いとはお世辞にも言いきれない。が、それも普段の様子から予想済みなので、よく冷やしておいたレモネードを氷と一緒にグラスに注いで、アイラに差し出す。
「まったく、無理はしなくていいっていつも言っているのに……」
「んっんっ……ぷはっ。だって、エルスさん、此処が一番頑張れるかなって思って」
「……はぁ。次こそちゃんと迎えに行くから、家で待ってるのよ」
「だ、だめですよぅ、そんなに甘えてたらダメになっちゃいますから!」
 コップいっぱいに注いだレモネードを一息で飲み干すと、アイラはぷくっと頬を膨らませた。どうしようもなく我儘で、頑固で、可愛ズルいのだ。このは。
「……えと。今日は、紅茶の飲み比べ、でしたっけ?」
「ええ、そうよ。一応アイスでするつもりだったけど、何か問題があったかしら……」
「……ボク、ちょっとだけ。ちょっとほとんど、味覚がくて、だから、はっきりしたどれもおなじ味の紅茶えきたいが、いいかもしれません」
「……それは、喉の怪我が由来のもの?
「あー……ぁー……ち、ちいさいとき、から?」
「あのねぇ……そんな大事なこと、なんで早く教えてくれないのかしら!? もうっ、もう……いいから、アイラはそこに座ってなさい。今日はもう全部おねえさんに任せること!!」
「そ、そんなぁ……!?」
 あまりにもさらっと溢された告白しんじつに、エルスは唇を嚙み締めた。20も生きていない娘が負うには、あんまりにも過酷な人生うんめいじゃあないか、と。
(……でも、私には、教えたよってくれたのよね)
 今日使おうと思っていた茶葉の一部を交換して、エルスは考える。優しいあの娘アイラのちょっとほとんど、と見積もるべきだろう。きっと、気を遣っているに決まっている。本人曰く嗅覚は大丈夫、らしいが、それでもある程度の非戦おくすりがないと解らないレベルなのだろう。
 味覚が死んでいるということ。つまり、これまでの全ての食事になんら喜びを覚えていなかったということになる。
 それは、あまりにも――酷だ。
「ねぇ、アイラ。あなたの好きな食べ物は、あるかしら?」
「えっと……味が強めのもの。匂いが強いものが、好きです……?」
「……わかったわ」
 『あの紅茶』なら、アイラが飲んでも味わうわかることができるかもしれない。そうと決まれば――
(試しましょう。何度やったって、上手くいかなかったけれど――、)
 ――――私は、このこの、笑顔が見たい。

●Decorated taste.
「……これは、なんだろう。くだものっぽい、味……?」
「そうよ、アイラ。これは林檎の茶葉なの。匂いも結構、強めなんだけれど……」
「はい、そうですね。甘い匂いが、するようながします」
「ええ、そうね」
 グラスが音を立てる度に、アイラはそわそわと紅茶の色を眺め、においを嗅いで、舌に味を広げているようだった。時折首を傾げたりもしていたのだが、何味だと伝えると理解したようで、ちびちび飲み進めていた。
「はぁ……」
「エルスさん?」
「ん? 嗚呼、今日も作れなかったな、って思っているだけよ」
「作れなかった? 何をですか?」
「私が元の世界で飲んでいた紅茶よ。この世界にも似たようなものがあるかと思って、時間があるときに作れないか試していたんだけれど……」
 結局は、今日も失敗だ。
 最初に作ってみたものは甘すぎるし、少し渋みが出ていたり、さっぱりしすぎていたり、様々だ。うん百年単位で飲んでいただけあって、その舌が高々四年ぽっちで忘れることはないのだけれど、こんなにも飲まないと忘れていそうで不安になる。
 使用人たちが入れてくれたあの紅茶でなければ。
 一人で入れるようになってからというもの、元の世界ですら同じ味に辿り着くことはついぞ無かった。混沌であればまた辿り着けるかもしれないと思ったのだが、そう簡単にいかないのが探求というものである。
「これはこれでおいしいのだけれど、折角ならアイラにも飲んでほしかったの」
「そう、でしたか」
「……はぁ。何か特別な隠し味を入れていたのかしら」
「かくしあじ……」
 落ち込むエルスの隣に、少し席を詰めて、アイラは隣に腰掛ける。
「ボクはこの紅茶も好きですよ。エルスさんの愛情がいっぱいいっぱい、入ってると思います」
 燐葉と氷蒼の瞳が柔らかく融解する。幸せそうに蕩けた双眸は、エルスの宵闇の瞳を見つめる。気にすることはないのだと、祝福の蝶が告げて。
「それに、隠し味なら、まだまだ探せると思いますよ」
「ど、どうして?」
「混沌、とっても広いですから。特有の季節だけにしか咲かないお花とか、まだ未開拓の土地にある果物とか。そんなものを使ってみるのだって、手だと思うんです。試す時間は沢山あるでしょう?」
 例えば、と。
 アイラは空のグラスに、飲みかけの二つの紅茶を注いで混ぜる。
「これだって、新しい味になる……なってるはずですから」
「……そうね。試せることは全部試してみなくっちゃ」
 小さく頷いたエルスは、混ぜた紅茶を飲んで不思議そうな顔をしているアイラを見てほほ笑んだ。
 幸いなことに、まだ日は落ち切っていない。まだまだ、試すことは出来そうだ。
「そうだ。アイラ、茶葉を見に行かない?」
「茶葉?」
「ええ。アイラが家で飲めるように、っていうのと、新しく店に入れたいものもあるし。練習用に、いくつか買い足しておきたいものもあって……どう、かしら」
「! ――はいっ、勿論です!」
 嬉しそうに微笑んだアイラ。エルスは頷くと、扉を開けて、灼熱の中へと進みだした。

●She still young.
 ――私の世界にはどうしても再現出来ない紅茶があったの。
 使用人が淹れてくれていたのだけれど。段々私の部屋に誰も来なくなって。それから私は紅茶を研究するようになったのよね。
 あの世界でも、その味には辿り着けなかったのだけれど……あれは、どんなものを入れていたのかしら――

「リリね、あの玩具をじぃっくり壊すのが……だぁいすき♡ なの」
 きらきら、赤い宝石みたいで。これ、とっても素敵でしょう?
 リリもね、この赤い宝石のこと、だぁいすき。とっても便利なオモチャ!
「最近のポチは言うことを聞くのが上手なのねぇ。リリ、とっても嬉しい!」
 真白い便せんに、飛び切り真っ赤な封蝋ひとつ。乱雑にはぎ取って中身、その紙面をご機嫌に覗き込む――

 ――――Lillistine様へ
 あなた様から預かった赤い宝石を粉末にさせたものの完成と、赤犬の傍を彷徨くエルス・ティーネがよく飲んでいる紅茶の割り出しが完了致しました。
 この赤い宝石には私共には何の作用もありませんでしたが

 ・目眩等の意識障害や毒特有の症状
 ・長期間少量ずつ服用すると精神崩壊を起こす

 等の作用があるとリリスティーネ様から説明がありました通りであれば試してみたいと思うのですが
 あなた様のご意見を頂戴したく思います――――

「ふふ、アハハ! あの玩具、まだ生きてたんだ。へぇ――――壊しがいが、ありそう」
 無邪気な猛毒に決着カタをつける日は、まだ。

  • Phantom Pain完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年07月18日
  • ・アイラ・ディアグレイス(p3p006523
    ・エルス・ティーネ(p3p007325
    ※ おまけSS『姉妹』付き

おまけSS『姉妹』

「エルスさん、おすすめの紅茶なんてありますか?」
「え? そうね……アイラは甘みの強いものが好きだと言っていたから、これなんていいかしら」
「……ふむ? でもこれ、甘さはちょこっとだけみたい」
「だって、あなた、家でひとりで飲むわけじゃないでしょう?」
「はっ、確かに。あとあと、おもてなし用の紅茶と、ちょっとお高い茶葉も見てみたいかもしれません!」
「それならこっちよ。アイラ、ちゃんと暑くなったら言うのよ?」
「はいっ! さぁ、いきましょう!」
「……もう」

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