PandoraPartyProject

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Inferno

登場人物一覧

ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
ヴェルグリーズの関係者
→ イラスト

 唸れ、唸れ、吠えろ。
 地獄の炎よ、総てを奪え。
 アイツから、何一つ残さずに。
 奪い尽くせ。アイツが後悔して泣き叫ぶくらいに。

 ――――嗚呼、最高の気分だ!


 ブランジュリ・ロイ。
 ヴェルグリーズの嘗ての主の一人に関係する、海洋に在るパン屋。
 地域の住民からも愛される、あたたかい店。
 だから、白昼堂々店舗が壊されるだなんて、思ってすら居なかった。
 それが、しかも、ヴェルグリーズのせいだなんて――

 信じたくないと、思った。


 炎の柱が上がったと通報を受けて走り出したのは、ヴェルグリーズが一番だった。
 聞き馴染みのある名前。友人の一人は此処の顔馴染みだし、それを差し置いても、一般人に被害があるかもしれない。
 嫌な予感がしなかったと言えば嘘にはなるけれど。

『まずは、あのパン屋からだ。それから、オマエの嘗ての主達も皆殺しにしてやる。魔種も、そうじゃないやつも、全部!』

『言っただろ? オレはオマエが苦しむ顔が見たいって。オマエが許してくれって懇願して殺してくれって頼むまで、全部奪って、それからたっぷり痛めつけて殺してやるんだ。アハハ!』

『オマエが持つもの、トモダチ、ナカマ、全部全部奪って、壊してやるよ、ヴェルグリーズ』

『それまでオレは、オマエの振りを続ける』

『守り切って見せろよ。アーデルベルトが剣守だったように、キミはキミの大切なものを、キミ自身の手で』

 同じ顔をした、違う色の瞳のヴェルグリーズ
 ヴェルグリーズの心を酷く揺さぶった。其の火の粉が、心優しい彼らにかかっているのではないかと。
 そんな予感。当たらなくていい。
 焦り。怒り。そのどちらもがヴェルグリーズに纏わりつく。不安で、不安で、仕方がないのだ。
 駆け抜ける。人込みの中を、身軽に。確実に。一秒でも早く辿り着けるように。誰にも、何も、起きていませんように。屹度只の『事故』でありますように。
 火柱が上がっている時点で最早『事故』で済ませるのは難しい。其れでも、事故だ事故だと思わねば、ヴェルグリーズは酷くたじろいでしまいそうだった。
 こんな感情を嘗ての主達は覚えていたのだろうか。だとしたら、どれだけ苦しかっただろう。
 心臓を取り出してしまいたくなりそうな程の焦燥に、ヴェルグリーズは歯を食いしばることしかできなかった。

 そして、辿りついた先に居た、『招かれざる客』は。

「嗚呼、遅いじゃないか、ヴェルグリーズ!」

 ヴェルグリーズにそっくりに、服から髪型から表情から、言葉遣いまでを揃えた。

「――――ッ、フィアンマ!!!!!」

 灰燼の刃を振るう、赤。
  Infernoフィアンマが、其処に居た。


 遅い。遅すぎる。
 怒りを覚えるのも。殺意を『理解』するのも。
 オレはずっとオマエを殺したいのに。
 この手で殺してやりたいのに。
 どうしたらオマエはオレを殺そうとしてくれる?
 オレはずっとオマエを見てる。オマエを反転させて、世界からオマエを奪って、オマエ自身を絶望させてやりたい。
 苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて光にすがって死にたくない、って思った瞬間にじんわりじんわり殺してやるんだ。
 その為にも一つずつ、確実に。
 目の前で殺して壊してあげるからな、ヴェルグリーズ。
 オレ、すっごく楽しみ。オマエが泣いてるところを見るの。


「フィアンマ」
「うん? オレはヴェルグリーズ……いや、インフェルノ。インフェルノ、って名乗ることにするよ、アハハ!」
「フィアンマ」
「――――ッ」
 銀蒼の軌跡は鮮烈に。急接近して、フィアンマの首を狙う。
 『フィアンマ』でギィン、と剣を弾いた。腕が痺れる程に正確な太刀筋に、フィアンマは頬を紅潮させた。嗚呼、と芝居がかった口調で、ヴェルグリーズを愛おしそうに見つめて。
 ギィン、カン、キン。
 息を吐いたら死ぬ。そんな予感さえさせる、息を吐く間もない剣戟。魔種であるからか、或いはフィアンマの方が『格上』であるのか、状況はヴェルグリーズが劣勢であった。頬をじりりと焦がす炎が、肌を舐める刃が、徐々に傷つけていく。壊していく。
 大剣が、その大きな刀身が、ヴェルグリーズもろとも破壊しようと威力だけを重視した一撃を連続させていく。序破急を思わせるような美しい炎撃が、ヴェルグリーズを、ヴェルグリーズの宝物を壊していく。
 頬を殴り腹を蹴り、肉弾戦を交えて。パン、パンと受け身の姿勢で、手で庇ったところにフィアンマが畳みかけるその繰り返しだった。
「ハハ、やっぱり、キミには無理だよ、ヴェルグリーズ。俺ならキミの代わりになれるし、キミにこの世界は相応しくない。
 にぃ、と。幸せそうな恍惚とした笑顔を浮かべ、フィアンマは只破壊に勤しんだ。火災となったブランジュリ・ロイ。その前で戦う男二人。街に人はいない。誰も彼も消えてしまった。

 守りたかった。この手に届くもの全てを。

 負けたくない、なんて、子供じみているだろうか。
 とられたくない、なんて、ふざけているだろうか。
 それほどまでに特別だった。何も知らない部外者如きに壊されていいような場所などではなかった。

「ヴェルグリーズ、聴いているのかい?」
「五月蠅いな」
「ッ――」
 業火は息を潜める。ヴェルグリーズの放つ一言にたじろぎ、炎は勢いを弱めて。
 ヴェルグリーズは吐き捨てた。口の中に溜まった血痰、それから、ちゃちなプライドも。
 守りたいなら守ればいい。負けたくないなら負けなければいい。とられたくないなら、とりかえせばいい。
 終わりなんかじゃない。諦めるにはまだ早い。勝ち筋はある。

 ――それを、俺は知っている。

「ハァッ!!」
「……っ、オマエ」
 一撃で敵わないのであれば、素早さで勝ってやる。身軽なブロードソードは、的確に突いた。脇腹を、アキレス腱を、首筋を。防戦一方になるフィアンマは舌打ち、大きく飛び後退して。
 戦い方にこだわり続けていては死んでしまう。嘗ての主の言葉だ。
 戦に、狂愛の果てに、ケーキに、悪縁を絶つために、嘗ての主達はヴェルグリーズを用いた。で、あるならば。自分自身が『ヴェルグリーズ』を一種の願掛けとして使ったところで、何一つ問題はない。
「フィアンマ。俺は、キミと仲良くしたかったけれど、無理そうだ」

「俺は少し、怒っているのかもしれない――あまり、ふざけた真似をしてくれるなよ」

 流星走り、運命は別たれた。
 運命の因果を辿り、絶ち、奪う。フィアンマから、ブランジュリ・ロイへの執着を、絶つ。
 銀星唸り、剣は舞い踊り――斬。

「――ッ、オマエ、オマエオマエオマエ、オレに何をしたァッ!!!!」
「さぁ――キミに不必要なものを『分割』してあげただけだよ」
「ふざけるなッ、ヴェルグリーズ――」
「もうすぐ、」
 頬に伸びた拳を、ヴェルグリーズの手が抑える。ぐい、と握り、離すつもりはないのだとしめして。
「もうすぐ、俺の仲間が来る。此処に。キミは此処で終わりだ、フィアンマ」
「くそ――――――クソクソクソクソクソォ!!!!!!!!」
 豪。
 業火がフィアンマを包む。慟哭に塗れたフィアンマを。握った手が離れる。解ける。ヴェルグリーズとフィアンマを、別つ。
「フィアンマ!!」
「ッ、ハハ、ハハハハハ、アハハハハハ!!!! オレは負けてない、負けてなんかない――!」
 炎の中に溶けて消えたフィアンマの笑顔――その淵に、涙が見えたような気がした。

おまけSS『殺意』

「こんにちは――あれ、」
「ああ、ヴェルグリーズくん。大丈夫だった?」
「まぁそれなりに。パン、売っているんですね」
「幸い調理器具に被害はなかったからね。今日も買っていくかい?」
「――ぜひ。ええと、クロワッサンと、レーズンパン、それから、ベーコンエッグと、チョココロネを」
「今日はたんと買っていくんだねぇ。ちょっと待ってておくれよ!」
 青空教室ならぬ青空パン屋。
 傷だらけのヴェルグリーズの見目は痛々しいものだった。
(――また、キミは、俺から奪いに来るのかい、フィアンマ)
 握った手の痛みは、あの時とは似ても似つかぬほどに僅かだ。



 フィアンマがヴェルグリーズに残した感情の名前を、ヴェルグリーズは未だ、知らない。

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