SS詳細
永遠に繰り返す、手に入らない理想を
登場人物一覧
●甘美なる夢と似姿と、永遠に埋まらない欠片
「ルミエールおねーさん……? どうして、そんなに怖い顔をしているの……?」
「だめよ。フルールちゃん。だって、……ううん。その人とは、仲良くなれないわ」
『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)に、『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)は美しい眉を下げる。
ルミエールに付き従う白狼、ルクスが小さな唸り声をあげ、「上手くいかないよ」と警告した。
男は、路地裏で死にかけていた。
――非道な事件で妻子をなくし、彼は呼び声を聞いた。魔種に変貌しつつある。……力を受けたが、身体がもたず、死にかけていたところで、フルールが手を差し伸べた。
「どうして? きっと仲良くできるはずです、……ルミエールおねーさん。私たちなら大丈夫」
ぎゅ、と服の裾を掴んで、フルールは瞳を潤ませる。両手を組み合わせると、下からルミエールを見上げた。
一生懸命な”お願い”は儚くて……、ルミエールはそんなフルールの姿に弱い。つい、お願い事を聞いてあげないといけないような気がする。
心から、ルミエールは思うのだ。
この子の為なら、なんだってしてあげたい。
「おねーさん、私、この人なら大丈夫だと思うの」
フルールは嫉妬心を煽る様に、唇に言葉を乗せる。
ルミエールの表情がまた苦しそうにしかめられる。その奥に、隠しきれない執着心を読み取って、フルールはとても満足していていた。
ああ、とても、大切にされている、と。
心配されている。
想われている。
ルミエールおねーさんに、――愛されている。
ほわほわと浮くような心地がした。
フルールの身の安全。それでも、フルールのお願いを叶えてあげたいと、……ルミエールの中で、天秤がぐらぐら揺れている。
ルミエールは、見た目よりもずっと長い年月を生きている。
ルミエールがそうやって悩む様子を見ると、フルールの胸はとくんと高鳴る。
今、おねーさんの頭の中には、自分だけがいるのだと……。
それは、甘い、甘い考え。頭の中を自分でいっぱいにしたいという、身もふたもない欲望だった。
(ルミエールおねーさんは、優しいですね)
下心に混じる、……揺らめく、嫉妬心。
「おねーさん、お願いします。きっと、大丈夫です。この人を信じてあげましょう?」
他の誰かに心を砕く、フルールの姿が憎らしい。
けれども、そんなところも含めて、ルミエール・ローズブレイドはフルール プリュニエを愛していた。
フルールがこう言えば、……ルミエールならば、きっと許してくれると確信していた。
実際、その通りだった。今にも男を始末しそうな殺気を放っていたルミエールは、額を押さえて、「そう、フルールちゃんは、そんな子だものね?」と、ゆるりと笑みを浮かべ、優しく少女を抱き寄せた。
ルミエールの瞳には、少女しか映っていない。ルミエールにとって、フルールは「全て」だった。
「やさしい、やさしいフルールちゃん。そうね、それなら、試してみましょう。魔種と人間が、共存できるかどうか――」
「……ルミエールおねーさん、大好き」
フルールはぱっと花咲くように笑顔を浮かべて、ルミエールの胸へと飛び込んでいった。ふわりと、すももの花飾りが揺れた。小さな体を抱き寄せて、艶やかな髪の毛を撫でた。
「私も大好きよ……フルールちゃん、大好き」
フルールも、その言葉を聞いて満足そうにルミエールの髪に手を添えて、青い薔薇を撫でた。
●もう何度目の「これっきり」
「これでもう最後にしましょうね」という約束は、結局、守られたことがない。
ぐすん、ぐすん、とフルールがルミエールの胸で泣いている。
「かわいそうなフルールちゃん。優しいフルールちゃん……。また、裏切られてしまったのね」
ルミエールの手は、魔種の血で濡れている。
――あれほど、仲良くしましょうと誓ったのに。
力を得て、自身の家族を殺した殺人者に復讐を成し遂げた男。魔種となり果てた男は、フルールとルミエールに、もうこれ以上手を汚さないと誓ったはずだった。
フルールも、ルミエールも、喜んでそれを受け入れた。
けれども、約束は破られた。
魔種の男は、街に戻って、今度は殺人者の妻子を殺した。そして、無関係な人々を巻き込んで暴れまわった。
……大勢が死んだ。
フルールの心は、それはそれはひどく痛んだ。
「どうして……どうしてですか?」
小さな体が震えている。ルミエールはぎゅう、とフルールを抱きしめる。
「過ぎたことよ。そんなことよりも……フルールちゃん、もう丸1日、ご飯を食べていないでしょう。ダメよ、きちんと食べないと」
「でも、お腹がすきません……」
「だめよ」
言い聞かせるように優しく、瞳をのぞき込んだ。
ルミエールは、端に置いてあったサクランボを唇にくわえて、フルールの口元に運んだ。
フルールは、ひな鳥のように、反射的にそれを食んだ。
「美味しい……?」
「ん……」
果実で濡れた唇が、やたらと色っぽく見える。
泣きはらして真っ赤な目元、小さな体。この子のすべては自分のもので、自分が守るのだという気持ちが、どこからか沸いてくる。
二人はゆっくりと柔らかいキスをした。
「起きなくてもいいのよ。今日はゆっくり、休みましょう? フルールちゃんのお話を聞かせて」
――どうして人と魔種は争うの?
ルミエールの話す声は、まるで、子守歌みたいに優しく聞こえる。
全てをゆだねてしまいたい……。
「ねぇ、おねーさん、ぜんぶと仲良くなりたいわ」
……フルールは気が付いた。気が付いてしまった。そう言うと、ルミエールはひどく嘆き悲しむけれど。
「分かったわ、信じてみましょう、フルールちゃん」
凝りもしないで手を伸ばして、裏切られて。……暴れた魔種が、人々を食い殺す。
それをまた、二人が止めに行って、どうしようもなく傷ついて、互いを慰める。
何度も何度も繰り返した。
そして、また、傷つくのだ。
「ほら、やっぱり、だめだった」
ルクスがつぶやいた。
可哀想なフルール。愛おしいフルール。
あなたは全てを救おうとするのは――。
「どうしてうまくいかないのかしら」
フルールは泣いた。めそめそとないた。けれども、少しだけ計算もあった。そうすれば慰めてもらえると知っていた。ルミエールが目尻を優しくハンカチで拭って、温かい紅茶を淹れてくれる。
――ひとつになりたい。
ぜんぶおなじになったら、争わなくてもいいはずだった。ぎゅうとスカートのすそを掴むと、ルミエールは困った顔をして、大丈夫よ、と慰めの言葉を口にした。
二人は、肌を合わせてすうすうと眠る。嵐のような後悔の後に、安らかな寝息が響いていた。愛の形を確かめる様に、粘土をこねる様に、二人は魔種との共存を試した。
「……どうして泣いているの?」
「嬉しいの、ううん、悲しいのかな、ルミエールおねーさん」
寒いよ、と誘うように言葉を投げかければ、ルミエールが柔らかく覆いかぶさってくる。
「さむいの?」
「ううん、これなら、あったかいわ」
「きっと、いつか、理想の世界が訪れるわ」
フルールちゃんの理想がそうならば、協力しない理由はなかった。
誰とでも仲良くなれる日を夢見て互いに口づける――。
●繰り返す物語
作り出す異形の形を変え、姿を変え、二人は繰り返した。
ぼろぼろの傭兵を見つけて、命を吹き込んで、望みの武器を与えた。
――力が欲しいと乞われたから。
恋に破れた青年に、二人は愛を囁いた。
――愛が欲しいと乞われたから。
可哀想な少女を拾い、とびきりの洋服を着せて、姉妹として可愛がった。
――家族が欲しいと乞われたから。
「でもね、不思議なの。欲しいものをちゃんと、あげているはずなのに……」
「そうね。どうしてかしら……」
物語はいつも中途半端なところで終焉を迎える。
傷ついた人間を堕として餌付けをして、子守歌のように――呼び声を響かせた。
けれども、上手くはいかなかったわ。
どうして、上手くいかなかったの。
――いいえ、次は上手くいくはず。
――そうね、フルールちゃん。信じて見ましょう、人間の可能性を……。
だって、この世界を愛しているもの。
傭兵は与えられた力を振り回して、差し向けられたイレギュラーズにあっさり殺された。
恋に破れた青年は、「一番に愛して欲しい」と過ぎた望みを告げて、ルミエールの怒りを買った。
可哀想な少女は――。
少女は。
造られた姉妹の像は、それ以上望まなければよかったのに、「どっちが好きなの」と天秤にかけた。
決められないわ、とフルールが泣いた。
だってどっちも大切だから。
おねーさん、どうしましょう。
それなら、ルミエールが一番を決めてあげることにした。
フルールちゃんの代わりなんて、どこにもいないのよ。
フルールだって、……本当はそうするって分かっていた。
二人はチェスの駒のように、魔種を作り出してはもてあそんだ。
分かっていた。自分たちが、狂気を呼んでしまっているのだと。
二人はもうとっくに狂気に蝕まれていて、二人が破滅を呼びこんでいた。
互いの瞳に映る相手は、きっともう正気ではない。
けれども、何がいけないの?
だって、誰とも争いたくはないという気持ちは本物なのだ。
この世界と、上手くやって行こうと思っている。唯一無二の互いのように『特別』なものは間違いなくあったけれども、この世界のすべてを愛している。
彼女たちを咎めるものはいない。
「ルミエールおねーさん、また失敗してしてしまったわ。……なにがいけなかったのかしら」
「そうね、きっと何かやり方があるはずだわ、フルールちゃん」
――上手くいくはずなんてない、と、ルミエールはもちろんわかっていた。そんな都合の良いものは、きっと、物語の中にしかない。
でも、フルールだって分かっていた。そうすれば、ルミエールが慰めてくれるってことを。
失敗するたびに、二人は慰める様に唇を合わせた。
罪悪感が溶けあって一つになるような気がした。
お互いを確かめて、唯一無二で一つしかない宝物なんだと実感する。
「世界中のどこを探したって」
代わりなんていない。どこにもいない。欲しいものなんてなにもなかった。
「次は、やさしい人がいいわ」
枕もとでフルールは甘えた声を出した。
「そうよね。さっきの人間は、汚らわしくてつまらない人だったわね。ごめんなさい。また、用意するわね。フルールちゃんが満足するような、……そんな
――そんなことあるはずない、と分かっていた。
お互いに。
でも、それが永遠に訪れないのなら、ずっと一緒にいられるって分かっていた。
要するに、永遠に終わらない、ないものねだりは都合が良かったのだ。
フルールちゃんがそれを望むのなら、と、ルミエールが世界から駒をつまみ上げる。最初はとてもうまくいくような気がするのだけれど――。
ううん、おねーさん。だめだったわ。
罪のない少女は寝台の上で泣いた。甘える様に声を出す。
ルミエールは、耳元に寄せて、囁いた。
きっと、たまたま、だめだったのね。
だって、世界にはいろいろな人たちがいて。
その人たちは、一人として同じことはなくって。
みんな、みんな、違って、大好きよ。
「私が好きなのは、フルールちゃんだけ。……貴女は私のもの」
「おねーさん……」
満足するまで、試しましょう。
ルミエールは笑う。一つになる。
右目は夕暮れの橙色、左目は深海の紺碧色。
透き通った青い瞳。色白の肌。
何が足りなかったのかしら。
愛が足りなかったのかしら。
それじゃあ、愛を知ってからなら?
いいわ、試してみましょう。ほんとうに仲良くできるのかしら。
魔種は元には戻らない。
人は絶望する。笑いながらルミエールは見下ろす。
わかったでしょう、フルールちゃん。仲良くなんてなれないの。そのたびに泣いてしまうフルールのことを、心から可愛いと思っている。
フルールちゃんの望みが、私の望み。
でも、きっと、上手くいくことはなくって……。
でも、つぎは、うまくいくかもしれないでしょう。
これはどちらの声だっただろう。寝室に響く声。重なる声。
影が一つで、どちらがどちらか分からない。溶けあって、身体を放して、夕暮れの橙色を見た時に、ああ、目の前にいるのは愛おしいフルールちゃんだとわかった。
ぎゅうと抱きしめる。
舌ったらずな声は少女のもの、そのものなのにえもいわれぬ色香を持っていた。アンバランスで、美しかった。どうしようもなく吐息が混じった。
どの欠片ならじぶんたちにぴったりになるのかしら。
「大丈夫よ、フルールちゃん。大丈夫。私がついているわ」
「ルミエールおねーさん……」
甘美な甘い香りが立ち上っていた。
互いの瞳は互いだけを映している。
「フルールちゃん」
「……」
「私がやるからいけないのかしら? 今度はフルールちゃんが、お願いをしたらどうかしら」
「わたしが、おねがいを、するの?」
「そう。やってみて、フルールちゃん」
「……上手にできるかな、おねーさん」
「大丈夫、私が付いているわ」
瞳をのぞき込んで、互いが分かる。無限に、二人の姿が映っている。
ねぇ、大好きよ。
――大好きよ。
壊れかけの人形に、新たな命を捧げましょう。
呼び声が響き渡った。
これは、どちらの声?
わからない。
二人はおなじくらい、とうに狂っていた。
握りこんだ、掌の感触だけが本物だった。
●夢から醒める
「ん……」
窓から差し込んできた光で、フルールは目を覚ました。ルクスの鼻先が掌に押し付けられている。
夢を見ていたようだ。
白く、清潔な、柔らかなシーツをぎゅっと抱き寄せる。
「どうしたの、フルールちゃん」
「おねーさん……?」
フルールの声は怯えを含んでいる。泣きそうな声。それが愛おしくて、ルミエールは掌を包み込むように合わせる。
「私、おねーさんのゆめをみたわ」
「私も、フルールちゃんの夢をみたわ」
朝もやの中。
二人は互いを抱き寄せた。同じ夢を見たのだと分かっている。フルールの小さな肩が震えていた。ルミエールがそれをなだめるけれども、指先の力は驚くほどに強い。
閉じ込めて、このまま離したくはない、というように……。
「おねーさん」
「どうしたの?」
「大好き……」
「大好きよ……フルールちゃん」
なにもかも不確かなこの寝台の上で、それは、心から信じられる本当のことだった。
ルミエールの指はフルールの唇をなぞり、なだめるように細腕で小さな体を抱きしめる。フルールもぎゅうと腕を回してそれにこたえる。くすぐったい、と、笑みがこぼれた。
おまけSS『覚えている?』
「おねーさん、おねーさん」
フルールは甘えたように、ルミエールの名前を呼んだ。
「どうしたの、フルールちゃん」
「お腹がすきました」
少しだけ目を見開いて、ふふ、とルミエールが笑った。
夢の内容を覚えている?
それは、なんだか気まずくて、……それ以上に気恥ずかしくて、互いに何も言わなかった。
「おねーさん、私のこと、嫌いになりましたか?」
「どうして? ずっと好きなままよ」
「ん……そうね」
あの狂った夢の中でも、今だって。ずっと。
二人は、互いのことが大好きだった。
ぎゅっと掌を握ろうとして、暖かい感触が当たり前のようにあることに気が付いた。
……二人は、手をつないだままだった。
「もう少し、こうしていてもいいですか?」
「おかしな子ね」
今日は、もう少しお寝坊していくことにした。