PandoraPartyProject

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償ってこその罪、覚えていてこその罰

登場人物一覧

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
アーリア・スピリッツの関係者
→ イラスト

●罪と罪
 穏やかなオルガンの音色が、白い建物から聞こえてくる。
 小さな花束と白樺製のバスケットを抱え、ほんのりと酒気を帯びた女性がひとり。建物の前で足を止めた。
「お姉さん、だれ?」
 庭の花壇に水をやっていた少女が彼女に気づいて手を止めると。
 女性は少し困ったように笑った。
「ただの酒好きのお姉さんよぉ」

 ぎしぎしと音のする木目の廊下を、アーリア・スピリッツ (p3p004400)は歩いていた。
 細長い窓から差し込む光が廊下と壁に白い縞模様を作り、前を歩く女性との距離感を曖昧にしていく。
 ちかちかとする視界のなかで、アーリアはすこしばかり過去のことを思い出していた。
 ――過去。それほど遠くない、けれど決定的な過去。
 ネメシス聖教国で大きな事件が巻き起こった。
 魔種の放った『在りし日の故人』月光人形。その存在が引き起こす混乱と狂気は、多くの人々を巻き込んでやるせない不幸や新たな死をもたらした。
 聖アンダモルト教会のシスター、『神の鉄槌』メディカ・スピリッツもまた偽りの復活に誑かされ、狂気に堕ち、聖教会に対するクーデターを起こすに至った。
 だがそれは、もはや過去の話。
「この場所では、他人の詮索をしないのがルールなんです」
 前を歩く看護師のような服を着た女性が、何かもの言いたげなアーリアへと言った。
 釘を刺すようにも、配慮するようにも聞こえたが、ぼそぼそと喋る様子から意図を察するのは難しかった。もしかしたら、両方の意味を同居させていたのかもしれない。
「この部屋です」
「ありがとう」
 小さく手を翳すアーリア。
 看護師風の女性は頭を下げ、足早に部屋を離れていった。

 引き戸を開くと、白い逆光の中でチョコレートクッキーの香りがした。
 手を翳して目を細めれば、そこにあるのは一台のベッド。ベッドの上で眠る紫髪の少女。それきりである。
 白いレースのカーテンが風に揺れ、さほど広くない部屋に光の波を作っている。
 ベッドの横に置かれた木の折りたたみ椅子に腰掛けて、アーリアはバスケットを膝に置いた。
 元『神の鉄槌』メディカ。
 肉体は回復しきっているが、彼女はいまだ目を覚まさないという。
 その理由をアーリアは察していた。
 戦いの中で真実を突きつけられ、狂ったように泣いた姿を、この目で見たからだ。
「……」
 名を呼ぼうとMの母音だけを発音して、アーリアは口を閉ざした。
 今の自分に、その資格があるのだろうか。
 彼女を……この子を、本当は……。

 月光人形を巡る戦いの中で、アーリアは妹メディカと対立し、そして激しくぶつかり合った。
 文字通り、肉体と肉体を、拳と拳を、互いが血にまみれ歪みきるまでぶつけ合った。
 国の正義に断罪される前に、魔種の狂気に犯されきる前に、自らの手で終わらせるのだと……そう、『終わらせる』のだと、アーリアはあの時決意していた。
 目の前で母が再び壊された時の狂いようを、それがただの泥人形であったことに気づいた狂いようを目の当たりにして、尚そうすべきだと……ここで終わりにしなくてはと、自らをなげうつほどの覚悟で、アーリアは妹の顔面を殴りつけた。
 けれどいま……彼女は命を落とすことも、断罪を受けることも、まして狂気に染まり反転することもなく、ただ静かに眠っていた。
「我欲、だったのかしらねぇ。あれで終わりにしようなんて。私の、ワガママだったのかしらぁ……」
 この子は少なくとも、『もう一度三人一緒に』と思っていたのに。

 席を立つ。
 バスケットと花束を棚に置き残し、アーリアは妹に背を向けた。
 今更何ができるだろうか。呼びかけたとて、触れたとて、彼女の罪やあの日の痛みは消えないのに。
「――」
 ふと、声がした。
 か細く小さな声だったけれど、確かに聞こえた。
 『お姉様』と、言ったように聞こえた。

●罰と罰
 むかしむかしあるところに、幸せな一家がありました。
 清く正しい父と母のもとに、二人の姉妹。
 町でも評判のいい父は娘たちに、国のすばらしさと誇らしさを説きました。
 妹はそのお話を、輝く太陽やお星様を見つめるように、うっとりと聴き入っていました。
 そんな父は誇り高いまま天寿を全うし、教会で誇らしく葬られました。
 残された母と二人の娘は、それから静かに暮らしていく……その筈でした。
 母は海洋の商人と恋に落ち、国の仕組みに異議を唱える新しい父と共に天義の外へと亡命をはかりました。
 亡命は、うまくいきませんでした。
 密航船が出るはずの夜の港には覆面を被った審問官たちが並び、その中に、『妹』が立っていました。
 誇らしそうな笑顔でした。まるで亡き父の語りを聞くあの日のような、笑顔でした。
 『姉』は母と義父に庇われるように逃げて、逃げて、逃げて、気づいたときには、夜の酒場で飲んだくれる大人の女になっていたのでした。

「――おねえさま」
 聞こえた声に、アーリアは固まった。
 背中から電流を流されたようにしびれ、目の前が虹色に点滅するようなめまいに襲われた。
 流れる汗もそのままに、はじかれるように振り返る。
 妹の……メディカの目は閉じたままだった。
 眠った、ままだった。
 安らかに唇を開き、うっとりと笑う。
「クッキーを、たべましょう……おねえさま……」
 そう呟いたきり、また安らかな寝息をたてた。
「そうねぇ……」
 再びベッドに歩み寄り、アーリアはメディカの額に手を当てた。
「あなたが目を覚ましたら、一緒にチョコレートクッキーを食べましょうねぇ」
 自らが誇っていた、正しいと信じていたものを、メディカは自ら誤り、否定してしまった。その痛みが彼女を深い眠りに落としている。
 目覚めたとしても、きっとその痛みと向き合わなければならないだろう。
 それはメディカだけの話ではない。
 彼女を『終わり』にしようとしたアーリアもまた、その罪と向き合っていかなければならない。
 父も母も、そして義父もなくした今、たった二人だけの姉妹なのだ。
 きっとこれから、向き合わなければならないだろう。
 けれどせめて、その時は。
「テーブルにお菓子をいっぱいのせて、明るい日の下で、向き合いましょうね」
 彼女の好きなお菓子を沢山教えて貰おう。
 そのお返しに、彼女の好きになりそうなお酒を沢山教えてあげたい。
 大人になった二人が、他人のぶんまで過去を背負って、未来に向けて歩いて行けばいい。
「憎んでも、恨んでも、大嫌いでもいい、だから」
 頭から頬へかけて、やさしく撫でる。
「おやすみなさい、メディカ」



 施設を出ると、もう夕暮れ時だった。
 顔にひどい怪我をした神父が、庭の雑草をむしっている。
 その特徴的な顔に見覚えを感じて、アーリアは小さく会釈をした。
 そのまま通り過ぎようとするアーリアに、神父は立ち上がって言った。
「あなたの父には、世話になったことがある」
「…………」
「日曜日の教会で、チョコレートクッキーを焼くあなたの父を、今でも覚えている」
 そう言われて、やっと思い出した。
 病室にほんのりと漂っていたクッキーの香り。
 かつて幼少の頃、父からしたあの甘い香り。
 そして今、神父が纏っている香り。
 その三つが、同じ香りだったことに。
「立派な方だった」
「ええ……」
 アーリアは苦笑して、目を瞑った。
「母が恋した人だものねぇ」

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