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花のさかりになりにけり
登場人物一覧
――花を頂戴。春が来たら。それを私達の墓標に飾って欲しいの。とっても、素敵でしょう?
あの時の、彼女は死を待つ巡礼者のようだった。葬列の気配は程近く。真白の身体に似合う花は何だろうかとヴァイス・ブルメホフナ・ストランドは考える。
彼女は『生きている個人』だった。ソレと同時に『生きてはいけない偽物』だった。命を選別する必要は無いのだろうが、それでもあの時の眼前で消えてゆく命の焔が『誰かの悪戯』で生み出された存在であったことには違いない。
ヴァイスと、ヴァイスの『アルベド』。
彼女の事を弔って、季節が巡って春が来た。と、言えども妖精郷は何時だって春なのだけれどとヴァイスは小さく笑う。彼女が死んだのは冬の王の力によって長い春が鎖された時だったか。外の世界に春が訪れ、ヴァイスが幻想王国で管理する『ローズ・クラウン』にも春が訪れた。
彼女が求めた花を、手向けに行こう。美しい白い花。何処か可笑しな気がするけれど――『自分たち』には白薔薇が一番似合う気がしたからだ。
妖精郷の花は何時もの如く咲き誇る。温暖な春に包まれた庭園。小さな精霊達の棲まいへと踏み入れてからヴァイスは「素敵なお花に囲まれているのね」と微笑んだ。
花束を手にして、ゆっくりと膝を突く。アルベド――核に妖精を埋め込んだ紛い物の生命――であれども、彼女たちは生きていた。
あの時、命を奪った者として出来る事を。せめてもの手向けの花を墓前に供えてから「こんにちは」とヴァイスは微笑んだ。
「此方はいつも温かくて良いわね。妖精郷の春は、何時だって変わることもない。
だから、花はとても綺麗なのでしょうけれど……約束の花を持ってきたのよ。それからね、今日は素敵な思い出をお話ししようと思ってきたの。
貴女が見ることの出来なかった世界のお話なのだけれど……少し聞いてくれるかしら? あれから沢山のことがあったのよ。随分と、時間が経ってしまったから」
スカートを折りたたんで、ビスクドールのようなかんばせに笑みを咲かせたヴァイスはハンカチーフの上に腰掛ける。
湿っぽい空気感はこの春には似合わない。温かな春に似合うような、もっと楽しくて、可笑しな噺をしよう。
例えば、新天地だと辿り着いた神威神楽の噺。例えば、願いが叶う宝物を得る為に争った噺。例えば、再現性倫敦に訪れた噺。
「貴女とは違うのだけれど、色宝と呼ばれたアーティファクトを使って『命を作り出す』研究が行われていたの。
私と生き写しだった貴女みたいに、誰かを模して動いていた命を沢山見たわ。彼等は土に還っていったのだけれど、そうした命を沢山見たの」
アルベドとホルスの子供達では少し事情が違うけれど。それでも似た命である事は確かだ。
彼等にも手向けの花を持っていっても良いかもしれない。沢山の命を見送りながら、過す日々。そんな切なくも、愛おしい毎日をヴァイスは苦しいとは思わなかった。
沢山の思い出を自分が見て、語ってやれば良い。今のように、沢山の『思い出』と『出来事』を彼等にとっても素敵な事があったのだと!
「……それから、コシュモという花を摘みに妖精郷に来たのよ。明るいブラウンの花弁で……チョコレートのようだっていうの。
思わず食べてしまいたくなるような花だったのだけれど小さなブーケにするととても可愛いとオススメして貰ったの。今度持ってきましょうね」
妖精郷には素敵な花が沢山あるとヴァイスは語った。美しい花が多い場所だから、選ぶのは困ってしまうのだ。
その中でも自分が綺麗だと思ったものを余すことなく伝えてやりたかった。今度は再現性倫敦や神威神楽のお土産でも良いかもしれない。
ファルベライズで宝石を拾ってきてブーケに飾るのも可愛らしいかも知れない、と。『彼女』の気に入る花を――屹度、好きなものは『私』と一緒だ――探すように指折り数える。
語る言葉は尽きることなく。それから、それから、と繰り返した言葉にふと陽が傾いだことに気付いた。赤く染まった陽の色が花々を照らし、大きく影を作り出す。
黒いそれに捕まってしまいそうだわとヴァイスはゆっくりと立ち上がった。
「いけないわ。もう、こんな時間」
うっかりしていたと小さく笑ってハンカチーフをポケットに仕舞い込む。花々を供えたことで空になったバスケットを抱え上げてからヴァイスは微笑んだ。
「それじゃあ――また、今度。次はとっても素敵なお土産を持ってくるから」
応える者はいないけれど――それでも、もう一度約束するのだ。
彼女は死ぬ間際にそう言った。墓標に飾って欲しい、と。それが一度きりでは余りに寂しいから。
何度だって約束しよう。『彼女』は『私』だから。屹度、花がとても好きなのだ。彼女が喜びそうな変わった白い花を見せてやらねばならない。
だから。
――また、春に。一等美しい花を持ってきましょうね。