PandoraPartyProject

SS詳細

群青色した未来に乞うて

登場人物一覧

宮峰 死聖(p3p005112)
同人勇者
木津田・由奈(p3p006406)
闇妹

 窓の外を見遣れば、雨が降っていた。
 ざぶざぶと決してリズミカルとは言えない響きで空から打ち付けるその音を聞きながら由奈は耳を塞ぐ。
 固く締めきった扉の向こう。玄関に続く廊下で軋む足音が聞こえる。一歩、二歩、三歩。
 そうして、怪物が出ていった音がした。
 悍ましくも愛おしい、たった一人の母。病むときも倖なるときも抱き締めてくれるはずの両腕は今は突き放すために存在していた。
 勉強机の上に倒したままの写真立てには父と母、姉と由奈が笑っている。テーマパークで撮ったそれは色褪せても尚、少女の中の『楽しい家族』を象徴していた。
 ベッドの上で膝を抱える。ひもじい思いで引き出しから効果を引き摺り出す。
 絶望に色がついているなら何色なのだろう。どっぷりと淀んだ黒の中から透明な滴が泣いているように落ちている。
 窓の鍵を開け、靴を履いて外へと飛び出した。お金も持たぬ娘が外に出て何をすることがあるのかと母は糾弾するだろうか――?
 由奈の唇からは不協和音の様に笑みが漏れた。
 滑稽だ。神様が居れば、滑稽でしょうと問うてやりたい。
 頬を打ち付けた雨の気配に、由奈がぐしゃりとスカートを握りしめる。
 滑稽だ。非の打ち所のない不幸の体現者じゃないか。

 少女にとって家族とは、心地よい微温湯であった。
 父と母、尊敬できる姉。その心地よさを引き裂く様に父と母はある日離縁した。
 母はそれに荒み、姉と由奈に見向きもしなくなった。存在を消去するように母は夜な夜ないなくなる。
 その母を『気持ち悪い』と糾弾したときに姉は、言ってはいけないと静かに言っていた。
『私が由奈を護ってあげるから』
 その言葉が、どれ程迄少女の心の支えになったか。密集した黒の色の中に一縷の蜘蛛の糸の如く、白き光に見えた事か。
 その姉が姿を消してからと言うものの少女の中に光は差さなかった。暗澹たる雲間から月は見える事無く、闇の色が濃くキャンバスを塗り固める。
 だからこそ、何かを探して夜を走りだした。只の少しでもいいからと。
 嗚呼、けれどそれも間違いだというのか、神様。

 雨音の中に獣の唸り声が聞こえる。巨大な四肢に鉤爪を持ち獲物を狙う様に浅い息を繰り返す巨大な獣。
 得体も知れない存在を見た時、人間と言うのは呆然とするのだと聞いたことがあった。
 少女は確かに呆然とそれを見遣り――暗澹のキャンバスに浮かび上がった血走った瞳を見詰めていた。
 由奈はその時、口元に笑みが浮かんでいることを理解していた。

 滑稽だ。
 ――私の人生は全体としてみれば不幸だったんだろう。
 両親は離婚して母は荒れて私を見てくれなく…そして尊敬していた姉さんは……突然いなくなった。
 そして、今は訳の分からない化物に食い殺されようとしてる。
「アハ」
 小さく笑みが漏れた。
「アハハ……」
 由奈はゆっくりと獣を見遣る。ぞろりと揃った牙
 捕食者の顔をして獣が笑っている。嗚呼、今日は腹が満たされるのだとでもいうかのように。
「……私の人生って何だったんだろう……でも、もう疲れたしこれで楽に――」
 鮮烈な色が其処にはあった。
 暗澹としたキャンバスを暗転させるように、薄い霞の色をした髪が揺れた。
 ふわりとスカーフが揺れたそれが尾を引いて、まるで流星の様に少女の瞳に映り込んだ。
「え」
 少女の唇が戦慄き、確かな存在が揺らいだことに気づく。
 青年はその身に群青の色を纏わせた。美しい長髪の者が一人、手を取る様に彼を擦れ違った男が一人。
 青年の唇が何かを告げる。指先に沿う様に長髪の女が青年の手をぎゅ、と握った。
「あ、」
 ただ、静かに――声が震えた。青年の傍から眩く光が散り、獣は怯えた様に退散していく。
「……あ」
 それしか、出なかった。由奈は青年を見上げる。絶望の淵の只の一人。
 不幸に塗り固められたキャンバスに突然差した群青色。
「――あなた、は」
「……怖がらせたね」
 ふい、と青年が顔を背ける。あの群青色のひかりは、確かに人の形をしていた。
 その技術を由奈は聞いたことがあった。
 死者の霊と共に戦う事のできる異能――ネクロマンシー。彼はその使い手のネクロマンサーなのだろうか。
「……ごめんね」
 青年、死聖にとって『一般人』の前ではこの異能は使いたくはない代物だった。
 自身の力が足りず恋人と親友を死なせてしまった事から、その力を借りて護るべく戦う青年。
 彼は――死者と意思疎通できることから生者から嫌われ続ける只の一人であった。
「どうして、謝るんですか」
「……怖がらせただろう?」
「怖く、なんて、ないです」
 由奈の唇は震えた。恐怖に慄いているのだろうと死聖は差し出しかけた手を引っ込める。
「……立てる?」
「はい。……助けてくれて、ありがとうございます」
 由奈の瞳は真直ぐに死聖を見ていた。呆れる程に、一目惚れで、呆れる程に同族への好意だった。
 きっと彼もこの世界に飽き飽きしていて――生者に期待なんてしてなくて。
「それじゃ、これで」
 背を向けた彼に待って、と闇を引き裂くほどの声で言って。由奈はその背に追い縋った。
「あの……私と結婚してください!
 駄目? ダメなら私を貴方の『妹』に! 貴方の傍に居たいんです!」
 雨音の中、少女は青年の服をぎゅ、と掴んだ。死聖は由奈を信じられないという様に愕然と見遣る。
「……どうして?」
「もう、死ぬと思ってた。もう、この世にいいことなんてないと思ってた。
 私の英雄なんです。呆れるかもしれないけど、一目惚れなんです。この世界は貴方しか、いないんです」
 声を震わせる。由奈に死聖は結婚は無理だと困った様に笑った。
 諦めることのできない少女に死聖は二人の霊が好意的に彼女を見てることに気づく。
(君達がいいなら……)
 ただ、唇だけで答えて、死聖は少女を見下ろした。
 生者の中で最も距離の近い一人の少女。
 子供である彼女はきっとこれからもっと世界を見るのだろう――
 この飽きれる程に莫迦らしい滑稽な世界を。

 その時、彼女はどうなるだろうか。
 その時、彼女の眼にはどう映るのだろうか?

「由奈」
 その名を呼べば、少女は嬉しそうに笑った。
 だからこそ死聖は彼女が愛おしかった。妹だと思いながら女性とも思えている。
「だから由奈、ちょっと歪だけどこの指輪をあげよう。
 由奈が18になった時、僕は由奈を女性として見る、その誓いの指輪さ。
 今は、これで許してくれるかい?」
 指先飾った指輪口付けて、死聖が見遣れば由奈はゆっくりと頷いた。
 君の世界が闇色を晴らし、鮮やかな群青色に満たされるよう――

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