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HNLF調査記録~アストラ・ハスターについて~
登場人物一覧
●幻想種民族解放戦線(HNLF)
「お待たせしちゃったかしら?」
ローレットの近くにある明るい雰囲気のカフェ。
カウンターに座る『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は背後から掛けられた声に振り返り応えた。
「少し、ね。その分、今日の情報には期待していいのかしら?」
手にしたカップに残る少し冷めたハーブティーがその言葉を真実だと告げていて、情報屋であるリリィ=クロハネは申し訳なさそうにファイルを取り出した。
「ごめんなさいね。期待通りの内容だと良いのだけれど。隣座っても?」
「ええ……いえ、奥のテーブルに移動しましょうか。資料もそれなりのようだし」
カフェの店員に移動することを告げて、二人は奥のテーブルへ。新しくハーブティーを頼み直しカップに注ぐと、話を始めた。
「それじゃ情報交換といきましょうか。”幻想種民族解放戦線《HNLF》”のね」
「幻想種民族解放戦線――ハーモニアの民族性を考えれば、とてもハーモニアによる組織とは思えないけれど……調べて見るとなるほどと思うところもあったわね。これを見てちょうだい」
リリィはファイルから資料を取り出すとテーブルの上に広げた。
「別件で調べていた同盟組織らしい”アルティオ=エルム民族主義者同盟”と同様の組織かと思っていたけれど、その性質は完全に別物ね」
「なるほど、戦闘に特化しているのね」
資料に目を通していたイーリンが、その概要に言葉を零す。
「ええ、主に市街戦、及び電撃戦のプロ集団だわ。
ハーモニアといえば森林での行動に長けているけれど、そういう点から見ても異質と言わざるを得ないわね」
「たしかに、ほとんどがハーモニアで構成されていながら、得意とする森林での行動よりも他が優れているとなると、常識外れと言うしかないわね」
資料を読み進めながら、そう話すイーリンの目が留まる。添付されていた写真に吸い寄せられた。
「この写真……ぼやけているけれどハーモニアの特徴である耳がないわね? それに眼帯を着けてる者も多い」
イーリンの言うように写真には無残に耳を失ったハーモニアや、瞳を奪われた者など、痛々しい姿が映っていた。
「ええ、そうなの。調べて見るとHNLFに所属してる大半のハーモニアが、部分的な身体欠損のあるみたいなの。詳しくはわからないけれど、元々は戦火に巻き込まれ取り憑かれた子たちをケアする組織だったとか」
「ケアする組織と戦闘組織じゃだいぶ乖離しているけれど……でも、そうね、認知療法の一環として――例えば自分の身に振り掛かる”脅威に打ち勝つ”という意識を持たせようと訓練していたのなら……」
「戦闘訓練が行われていても不思議じゃない、ということね」
半ば強引とも思える治療法かも知れないが、失った者達に力を持たせ自信を持たせるというやり方は、あながち間違いではないようにも思えた。
何かを失った者というのは、それ以上何も奪われたくはないものだ。
「時期的にはザントマン事件の前から行われていたようだけど、あの事件を機に状況が悪化したと見るのが適切かしらね。患者達がさらに戦闘訓練にのめり込んでいくのは想像に難くないわ」
[そうね。その結果がいまのHNLFを形作ったと言うところかしら」
イーリンは資料を読み進める。HNLFの特徴に目が行った。
「異常なまでの士気の高さに超がつく秘密、少数精鋭主義、ね。実働してる所を見たことはないけれど、やっぱり凄いわけ?」
「ええ、そうね……調べて行く中でHNLFが関わった事件なんかについて聞くこともあったのだけれど、軍隊と言っても差し支えない仕事ぶりだったみたいね。特に統率は精神耐性、感情封印レベルと見れるくらいだったそうよ」
「軍隊レベル、ね……そう聞くとちょっと普通じゃないわね。しかし統率か……」
イーリンの頭にある人物の顔が浮かぶ。
資料をめくると、その人物の写真が添付されていて、イーリンは「やっぱり」と内心呟いた。
リリィが写真の人物の名前を読み上げる。
「”アストラ・ハスター”、別件だけれど先のエーニュ――アルティオ=エルム民族主義者同盟による商人襲撃事件の戦闘面での主犯格ね」
リリィの言葉に合わせてイーリンは一口ハーブティーを喉に通すと、僅かに瞳を伏せて言った。
「……知っているわ」
「あら、知り合いなの?」
これは意外と、リリィが驚く。
「まあね。写真を見て気づかないかしら?」
言われてリリィが写真を見て、そしてイーリンと見比べた。
「これは……司書ちゃんにそっくりね」
「もちろん細かい所や性格は別物だけどね。そんな類似もあってか一度彼女と話したことがあるのよ」
偶然の一致ではあるがイーリンが旅人《ウォーカー》であることもあって、そうした類似してる人と出会う可能性は0ではない。
リリィは興味が出たのか、少し興奮気味に尋ねる。
「詳しく聞かせてもらっても?」
「構わないけれど、そう大した話をしたわけじゃないわよ」
そう言って、イーリンは今一度ハーブティーで喉を潤すと、記憶の中のアストラ・ハスターを思い出しながら話始めた。
「彼女はリアリストでね、ずいぶんと深緑という国の行く末を案じていたわ」
「ハーモニアとしては珍しいと言えるかも知れないわね。多くはファルカウを信奉し巫女であるリュミエ様を信じているもの。政治に声を上げるハーモニアは今を持って少数派でしょうね」
「けれど彼女は違ったわ。
ハーモニアという種族の優位性を感じ、しかしその優位性とファルカウという立地に任せた現状を良しとしなかった」
「つまり、このままでは国がなくなると?」
「なくなる、とまでは言わないけれど……そうね、幻想の貴族社会のように国が腐り落ちる。そう感じていたのでしょうね」
「確かな政治的大局観を持っているようね。けれどその実現に暴力を使うのはどうなのかしら?」
「まあね。善し悪しはともかく、利口な手段とは言えないでしょうね。ただ……」
イーリンは記憶の中のアストラ・ハスターを思い出す。言い淀むイーリンにリリィが聞き返した。
「ただ?」
「いえ、以前話した彼女は、資料にあるようなガチガチのレイシストではなかったように思えるのよね」
「深くは調査できてないけれど、ハーモニア至上主義を掲げるのような感じで、幻想種の解放と、幻想種による統治を声高に叫ぶようだったけれど」
「その話が記憶と一致しないのよねぇ。
私が話した彼女は、読書と旅行が趣味で、穏やかな感じだったもの。話をしていても明晰さがよく分かるしゃべり方でね、こんな狂気に駆られたレイシストではなかったわ」
「なんだか普通の女性って感じだったのね」
「そうね。軍事的な知識に長けてはいたし、国のこととなると少し熱く語る面もあったけれど、それを差し引いてもこんな戦闘集団の総統なんてものをやるようには見えなかったわ」
イーリンは資料を見ながら考える。
アストラ・ハスターという人物を。
医療方面に秀でて、軍事的素養を持ち合わせる彼女は、しかし自ら進んで軍事的活動を行うようには見えなかった。
だが、そんな彼女は間違い無くHNLFを率いて、いくつかの事件に関与している。
以前出会った時に、アストラが零していた言葉を思い出す。
――私の考えに賛同する者は少ないさ。特に”深緑《ファルカウ》”の下ではね。
彼女が傷病者を集めて、トラウマを克服させるために軍事教練を行っていたとして、それを支援するものは確かに少ないだろう。
だってそれは、端から見れば異常者の集まりにも見て取れるからだ。
イーリンはそこで傍と気づく。ギフトで知り得なかった情報を知覚する感覚。
「そっか……そういうことね……」
「……どゆこと?」
一人得心いくイーリンにリリィが小首を傾げて問いかけた。
イーリンは天啓により気づいたことを、ゆっくり飲み込みながら言葉にする。
「支援者の少ないアストラは、志はともかく追い詰められていたと思うの。それは経済的な面だけじゃなく、軍事教練を施した傷病者達がエスカレートしていくことでね」
「何の為に訓練をするか……そうか、ショック療法的にトラウマに打ち勝つように訓練していたら、さらに生々しいもの――実戦を求め始めたのね」
「実際、自分達がトラウマに打ち勝てるようになったかどうか、それを確かめるには実戦が必要だと考える人もいたでしょうね。
アストラとしては不本意でしょうけど、そうした声を抑えることが難しくなってきた」
「でも、そう都合良く――適切なレベルの戦場なんて用意はできないわよね」
「いいえ、それが出来てしまったのよ。AeNUという組織からの同盟の提案でね」
「あ! エーニュ……アルティオ=エルム民族主義者同盟ね! そうね、確かに同盟を結んでエーニュ主導の計画に参加すれば……」
「ええ、いくつか事件になってた幻想種救出作戦や、ラサ商人へのテロ活動なんかは丁度良い難易度でしょうね」
アストラの軍事的才能を鑑みれば、どの作戦もきっと万事上手くいったのだろう。いや、きっと上手くいきすぎたのだろう。
「彼女は救いを求める者達を心の底から愛して、救いたいと考えていたのかもね。そんな患者達が戦いを求めたのなら――」
「引くことのできない立場にならざるを得なかった、のかしらね」
「真相は彼女自身に聞くしかないでしょうけど……まあ面と向かって聞きづらいわね」
「聞く機会もなさそうよねぇ……司書ちゃんのコネでなんとかならないのかしら?」
「あまり期待はしてほしくないわね。あれから会ってないし、あの時とはずいぶんと状況も変わってしまったのだから」
もう以前あったときのような、関係性ではいられない予感はある。イーリンが個人的に敵対しているわけではないが、ローレットに所属している以上、相手が事を大きくすればするほど、関わる可能性が高くなるのは道理だ。
イーリンはカップに入ったハーブティーを飲み干す。
できればもう一度、アストラとはお茶を酌み交わしたいものだと思った。
「さて、今日の分はこんなところかしらね」
広げていた資料を纏めてファイルに戻すと、リリィは同じようにハーブティーを飲み干した。
「そうね、HNLF、それとアストラについてはそれなりにわかったように思うわ」
「総統に関しては司書ちゃんの話がだいぶ参考になったけれどね」
「だといいのだけれど。
しかし、AeNUにHNLFか……ザントマン事件から深緑も落ち着きを取り戻せないわね」
ハーモニアであるリリィ的にどうなのかと尋ねると、リリィは肩を竦めて苦笑する。
「まあ、私は小さい頃から深緑の外に出たかったし、あんまり種族としての考えはないのだけれど……でもそうね、同じハーモニアが望む望まないにしても戦いに巻き込まれるのは少し辛いかしら」
種族として声を上げるのは悪い事ではないと思うけれど、と付け加えるリリィにイーリンは「なるほど」と頷いた。
「どちらにしても、これからさらに活動が過激になりそうよね……司書ちゃんもまたなにかあれば聞いてちょうだい。また情報を集めておくわ」
「ええ、またよろしく」
そう別れを告げて二人は席を立った。
店を出て、イーリンはもう一度記憶の中のアストラ・ハスターを思い出す。
(あまりにもレイシストとして狂気染みてるけれど……まさか”反転”……いえ、それはないか)
記憶の中の彼女はどう転んだって魔種になりえそうもない。
それだけ強い意思と使命感を持っていたように思う。
(願わくば――刃をぶつけ合わないことを祈りましょうか……)
イーリンはそう心に思うと、高くなった陽射しの中歩き出した。