SS詳細
黄金深紅の交差地点
登場人物一覧
再現性歌舞伎町1980――。
練達に存在する『弾けないバブル』に取り憑かれ、ネオンがぎらつき眠らない街として輝くこの街は、今日も欲望が渦巻き一夜の夢に金が舞い上がる。所詮それが泡沫の夢に過ぎないことを気づく者は居ない。現実を忘れ、快楽を齎す光の中に身体を委ねていた。
だが、光が強くなればなるほど影は濃くなるのが道理という物である。
光に選ばれなかった、ないしは見捨てられた者たちは影に融け、この世ならざる存在に堕ちた者もいる。
例えば、ホストに全財産つぎ込んだが見限られ自ら命を絶った女だとか。
一攫千金を夢見てホストになったが芽が出ずあっさり弾けた男だとか。
「――どこかのクラブで粗悪なシャンパンタワーが倒壊してその下敷きになった有閑マダムの霊が彷徨っているとか」
鵜来巣 冥夜 (p3p008218)はスクエアレンズを中指で押し上げた。
此処はホストクラブシャーマナイトの従業員控室。
本日はとある仕事の為に、臨時休業をしておりいつも聞こえてくる賑やかな黄色い声や愉し気な喧騒は無く静まり返っていた。
「なるほど……そのマダム? が今回の
同じくずれた眼鏡を直し、出されたオレンジジュースのストローに口を付けながら手元の資料に目を通しているのがアーマデル・アル・アマル (p3p008599)である。現在の彼は希望ヶ浜学園の学生姿。白いシャツから覗く臍チラが眩しいが一旦それは横に置いておく。何故彼がホストクラブに居るのかというと、冥夜の本職である陰陽師業を手伝う為である。
再現性歌舞伎町の平和が霊により脅かされるという事は訪れる人が減る。
ひいてはシャーマナイトの売り上げに影響を脅かしかねない。
ジャケットに袖を通し、裾を翻しながら冥夜はドアノブに手をかけた。
「では、行きましょうアーマデル様。今こそ本物のシャンパンタワーを見せる時です……!」
「シャンパンを見せたら除霊できるのか?」
「……とりあえず、行きましょうか」
真面目に聞き返してきたアーマデルに、こほんとひとつ咳ばらいをして冥夜は深夜の再現性歌舞伎町へ繰り出した。
●
「……マダムはこの周辺で目撃されることが多いようですね」
「随分寂れた場所だな」
「どうやら此処にはホストクラブが在ったようなのですが、とある事故で潰れてしまったのだとか」
元々は賑わっていたのだろうが店の名前を現す電飾サインは沈黙し眠りについている。
扉にはテナント募集の広告が張られており、その店にはもう誰も居ないことを物語っていた。
「もしかして、その事故が例の?」
「ええ、シャンパンタワー崩壊事件です」
然程練習も重ねられていなかったのであろう粗悪なシャンパンタワー。
重心がずれていたがためにバランスを崩し、一人のマダムが下敷きになった。
宛ら歌劇の様に支えを失ったシャンデリアの如く落下したシャンパングラスの破片がマダムの白い肌に突き刺さり、深紅の絨毯が広がったという。
「さぞ無念だったろうな」
「ええ、ですが霊には変わりませんので……ねぇ?」
冥夜のレンズの奥の鋭い視線が一点を睨みつける。
一気に冷え込んだ気温に白い靄の様な物が漂いだし、形を作り始める。
ぼんやりしていた輪郭が徐々に脚、指、顔と変わり、やがて白地に深紅の飛沫を散らしたドレスの貴婦人へと変わった。
「あれが例のマダムか」
「ええ、間違いないでしょうね」
「つまりあの人にシャンパンタワーを見せればいいんだな。今すぐグラス買ってくる」
「違うんです、アーマデル様。一旦それは忘れてください」
真剣にダッシュを決めようとしたアーマデルの首根っこを掴み冥夜は引き留める。
このアーマデルという少年。
気だるげな雰囲気とは裏腹に真面目そのもので、霊に対し『往くべき処へ逝けるように』送ってやりたいと思っているのだが、如何せん天然な節があるのだ。一方摘ままれたアーマデルはぷらーんと母親に運ばれる子猫の様にぶら下がりながら「そうか、わかった」と大人しくしていた。一つだけ溜息を吐いて冥夜はそっとアーマデルを地上に降ろしてやった。
――あなた達、私が見えるのね?
口を開いた霊にアーマデルと冥夜はそれぞれの獲物に手をかけいつでも戦闘態勢に移行できるように準備する。今のところ此方を襲うような素振りは見せないが油断はできない。
「これは失礼致しました、お美しいレディ。よければお名前をお伺いしても?」
陰陽師に取って相手の名を
名を握ることで敵を阻害したり、それに伴い除霊等がスムーズになるのだ。
冥夜の問いにマダムは美しい微笑みを浮かべただけで何も応えない。
聞くだけ無駄、という奴だろう。
「アンタはなんで彷徨ってるんだ? シャンパンタワーの恨みか?」
単刀直入にアーマデルが問う。その瞳あの子にそっくりね、なんて呟いてマダムはぽつぽつと話し始めた。
随分年上の夫と結婚したものの、先立たれた事。
寂しさから訪れたホストクラブで一人の若い新人ホストを見初めた事。
そのホストはめきめきと頭角を現し、やがてその店のNo.1に上り詰めた事。
そのお祝いに、シャンパンタワーを入れた事。
「あの子から見たら唯のお金をくれるおばさんだったでしょうけど……すごく嬉しそうにしててね。その笑顔だけで満たされたものよ」
そして、組まれ方が悪かったのか。場所が悪かったのか。死神が迎えに来たのか。
シャンパンタワーが崩壊した。そして、そのホストへ向かって倒れてきて――。
「気づいたらその子を突き飛ばしていたのよ」
最期に覚えているのは泣きながら自分の顔を覗き込んで必死に硝子を取り除こうとするその子の顔。ああ、折角のスーツも血で台無しじゃない、なんて思いながら瞼を閉じたのが最後。
「……あんな顔させちゃったし、あの子の晴れ舞台を台無しにしちゃったのが心残りでね」
「では、そのホストを恨んでいるわけでは無かったのですか」
「当り前じゃない。こんなおばさんに沢山夢を見せてくれたのよ。感謝こそすれ、恨んでなんかいないわ」
予想していたものとは少し違った真実にアーマデルと冥夜はそっと獲物から手を離す。
彼女に人を害を為す気は一切ないと分かったからだ。だが、
「レディ、誠に申し訳ありませんが閉店のお時間です」
「ええ、分かっているわ。痛くしないで頂戴ね」
「ああ、目を閉じていてくれ」
この上なく美しく、この上なく優しい微笑みを浮かべマダムは今度は自らの意思で瞼を閉じた。せめて、向こうでは安らかにあれますように。
数分後、完全に気配が消え除霊が完了したことを二人は確認した。
徘徊するマダムの噂は暫くすれば消えていくことになるだろう。
二人が去った数十分後、花束を持った一人の男がホストクラブの前に立っていた。
「いつか、俺がそっちに行ったら絶対に幸せにするんで、待っててくださいね」
貴女にとって俺は唯のホストで、子どもだったんでしょうけど。
「本気で俺好きだったんで、絶対貴女に相応しい男になって見せるんで」
深紅の薔薇の花束ともう開くことのないホストクラブだったこの場所だけが、男の想いを聴いていた。
おまけSS『お前やんけ』
「あんな霊もいるんだな」
「ええ、とても美しいレディでした」
除霊を完了した二人は帰路についていた。
気づけば薄っすらと東の空が白んでいる。随分時間が経っていたらしい。「あ」とアーマデルが思い出したように口を開く。
「そういえば、俺も霊の噂を聞いたぞ」
「おや、それは興味深い。お聞かせ願えますか?」
「夜の街を徘徊しては制服の前を開いて腹を見せつけてくる褐色肌の男子高校生の霊が居るらしい。露出狂みたいだな」
「ん?」
pPhone12 ProMaxのメモアプリに情報を打ち込んでいた冥夜の親指が止まる。なんかすっごい既視感があるその幽霊。
「そいつはあらゆる建物をすり抜けたりするらしいんだ。霊体だからかな」
「……時にアーマデルさん、物質透過とか出来ましたっけ」
「できるぞ。移動が楽だし」
「お前じゃねぇか!!」
「ええ!? 俺は腹を見せつけたりなんかしないぞ!!」
「褐色肌で腹が出てて物質すり抜ける男子高校生なんてお前しかいねぇんだよ!!」
「ええ!?」