PandoraPartyProject

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Energetic

登場人物一覧

ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

 俺を嗤う声が聞こえた気がした。
 其れは、主の死を見送ることしかできなかった俺に対する嘲笑のようで。
 酷く。強く。
 自覚していなかった『心』を搔き乱されたような気が、した。


 ヴェルグリーズが幾つかの運命を切り裂き、乱し、壊し。幾人かの魔種の手に渡り、何の因果かその手を離れて。
 そうして、次の主となったのは。野望を抱いた、ごく普通の鍛冶屋の男であった。
 ごく一般的な男であった。その野望以外は。どの点を取っても一般的だ。
 その例外たる野望、とは。

 ――意志持つ武器の創造。

 感情がある武器ならば、持ち主と共鳴しより戦力として強力なものになるであろう、と。
 ヴェルグリーズを買ったのはその実験サンプルに過ぎなかった。いくつかのデータを取るが、結果は『失敗』とだけ綴られて、あとは見世物のように放置されるだけであった。
 その筈だった。
 ヴェルグリーズは壊れなかった。ヴェルグリーズは見ていた。自分よりも先に実験が行われた武器たちのその末路を。
 灼熱にあてられて刃が溶け。
 幾度も叩かれて。刃こぼれし、折れて。
 水の中に置き去りにされもした。錆びついてしまうかと思った。
 男の愚痴にも付き合った。答えることはなかったけれど。
 電流も流されたし、自身の罵倒もされた。自我の発芽を望んだのだろうか。
 それら全てを行われたとて、俯瞰していたヴェルグリーズは男の呼びかけに答えることはなかった。ただ、いくつもの実験を行ってもヴェルグリーズは『折れなかった』。その事実が男を昂らせた。実験は成功に近付いているのだと。
 彼にとっては初めて実験を乗り越えた武器だった。だから飾っておくことにしたのだろう。ヴェルグリーズにとっては乱暴をする主で何とも言い難いものだが、それが彼なりの愛し方だと思えば受け入れるのも容易かった。『そのような人間もいる』という事実が面白かった。
 見守ることにした。
 薄暗い作業場。彼のその野望が叶う日を。
 いつか主が死ぬその時まで己は此処にいるだろう。命懸けで夢を叶えるその瞬間を。

 そして、案外あっけなく、その日は来た。
 恐らくは。灼熱が属性だろう。熱く熱く燃える火の因子を宿した魔剣が誕生した。
 名はフィアンマ。黒き大剣。赤の烙印。罪人を跳ね続け生き血を啜り続けた其れが宿した命はまさに狂気そのもの。
 無自覚に享受し続けた赤の雫だけを求める魔剣は、ヴェルグリーズの在り様とは真逆。
 たとえ果てに堕ち、狂ったとしても誰かの救いとして在り続け、希望を齎し――たとえ魔種が愛した剣であったとしても、多くの主を幸せにしてきた。その刃で。
 フィアンマ。
 炎を冠するそれは。
 ヴェルグリーズを酷く、恨んでいた。


 だから、今から、俺もそっちに行くよ。
 
 待っていてくれるか、ブリュンヒルデ。

 俺はベティーナを愛していたのに。

 アーデルベルトは狂っていた。愛していた女の名前も忘れてしまう程に。
 ブリュンヒルデこそが彼の愛した女だった。ベティーナはその母の名。どちらがどちらかもわからないほどに壊れてしまった。粉々に砕けてしまった。諦めてしまった。俺のせいだと攻められたなら、立ち上がることだって、できない。

 狂ったアーデルベルトが手放した大剣。命を奪う剣。虚空に握った剣。
 放火魔の剣。放火魔の咎。
 それがフィアンマ。
 偶然にしては出来すぎた縁だった。
 自我が発露し。精霊種としての命を受け入れたフィアンマは、創造主たる男を殺す。無慈悲に。ためらいもなく。
 血だまりをぴちゃぴちゃと、水たまりでも踏むかのように楽し気に飛び跳ねて、血を啜る。

 壊れている。

 生まれたその瞬間から反転しているかのようだった。フィアンマは視界の淵にヴェルグリーズを見つけると、軽々と持ちあげた。そして、何度も何度も壁に打ち付けた。壊れそうなほどに、何度も、何度も。

「壊れないのか」
「つまんないね、オマエ」
「アーデルベルト、ずっとオマエのこと呼んでたのに」

 あどけない少年のような姿。
 否、それは。
 若かりし頃のアーデルベルトと瓜二つだった。
 ただ、その性質は酷く歪んでいて。髪は灼熱の赤で。
 燃えるような緋色の赤い瞳が煌々と輝いている。

「ヴェルグリーズ。オマエ、薄情なヤツだな」
「あ、でもこれじゃあ聞こえてねえのか。オレと同じ武器のくせに、アーデルベルトのことも見てねえなんて」
「おーい。聞こえてる?」

 子供が蟻を踏みつぶす感覚と等しいのだろう。
 躊躇いもなく破壊行動をとりながら、ヴェルグリーズに語りかける。そんな姿はまさに、狂っている。彼の姿を持つにふさわしい。
 今。アーデルベルトはどうしているだろう。
 痛みを理解した。
 感情を理解した。
 ただ、今は呑気に。嘗ての主を想っていた。



 ――A year later

●I'm feelin’ so,
 6/1
 転寝をしていたら夢を見た。
 酷く懐かしい過去の夢だ。
 彼は俺を酷く憎んでいるようだった。俺はどうしたらいいのかわからなかった。
 この姿を得ていなかったから、何も応えることすらできなかった。
 もしも姿があったのなら、どうしていただろうか。

 6/2
 また同じ夢を見た。後悔、しているのだろうか。
 文字を書く練習に始めた日記が意味を成しているような気がして、少しおかしい。
 俺が覚えていられているのなら、彼も覚えていることだろう。
 俺がこの姿を持ったことは、知ってるのだろうか。
 特異運命座標イレギュラーズとして名が上がって来た以上は、何があってもおかしくはないだろうけれど。

 6/3
 パンを買いに行った。嗜好品の域はまだ越えないけれど、何かを食べるという感覚は面白い。噛むという行為が、特に。
 そういえばマダムがそっくりな人が店に来たと言っていた。
 そろそろ、近いかもしれない。

 6/4
 魔種の噂を聞いた。俺にそっくりなのだという。

 6/5
 また魔種の噂を聞いた。
 ヴェルグリーズと名乗っているらしい。迷惑なことをしてくれる。

 6/6
 アーデルベルトは、無事だろうか。

 そして六月七日。
 天気は晴れ、特にすることもないから、アーデルベルトが生まれたあの地へと赴きのんびりと過ごす、筈だった。
 彼の地を、、大地を、突風が駆け巡る。
 アーデルベルトが嘗て暮らしていた場所にあった小さな小屋。
 それが、嗚呼、嗚呼。

「火事……!?」
「ど、どうして、」
「中に人が居るわ!」

「俺はヴェルグリーズ」

「魔種だ」

「殺されたくなかったら、俺から逃げてごらんよ」

(俺の名前……!? アーデルベルトの子供か、嫌でも、彼に子は無かったはずだ)
 突風に、熱気に、目が眩む。黒髪を銀へ、黒へと点滅させながら、ヴェルグリーズは炎の中央に立つ男を見た。

 赤い髪。血よりも赤く、鮮烈な赤。
 緋色の瞳は燐光帯びて。無邪気に、純粋に。戦いを欲する飢えた獣の目をしている。
 その口には三日月。きゃらきゃらと笑みを浮かべた純粋な子供のような。

 ヴェルグリーズにも、アーデルベルトにも、似た青年。

「フィアンマ」
「何、オマエ……キミ、俺のことを知ってるのかい? へぇ」
 現れる本性。を、取り繕い、温厚な『ヴェルグリーズ』の皮を被る。それは普段のヴェルグリーズと同様に。
「ね。キミの名前を教えてよ」
 大剣が陽光を受け煌めいた。禍々しく、黒い刀身に赤を滾らせて。
 ヴェルグリーズの首に、当てて。薄皮を切り裂き、血を、吸う。
「俺は。俺が、ヴェルグリーズだ」
「へぇ。オマエ、姿を手に入れたのか」
「俺の名前を騙るのはやめてもらおうか」
 手で刃を押し返し、己を握る。華奢なブロードソードが空を斬る。風を切り縁を絶つ魔剣。
 青の軌跡が赤を退ける。
「オマエ、あの時殺しておけばよかった。って、思ってたけど、」
 金属と金属がギリギリと火花を散らす。精霊種同士の戦い。それは妖精の羽搏きにも似た刹那の花火。
「オレ、オマエが苦しむ顔が見られるまで殺してやらないことにした」
 にぃ、と意地悪く笑みを浮かべ。大剣を握ったフィアンマは地面に刀身を打ち付けた。
 ぼう、と罅割れた地面伝いに炎が天高く吠える。唸る。跳躍し距離をとったヴェルグリーズ。それこそがフィアンマの狙い。

「まずは、あのパン屋からだ。それから、オマエの嘗ての主達も皆殺しにしてやる。魔種も、そうじゃないやつも、全部!」
「どうしてだい。俺が憎いなら俺だけでいいだろう」
「言っただろ? オレはオマエが苦しむ顔が見たいって。オマエが許してくれって懇願して殺してくれって頼むまで、全部奪って、それからたっぷり痛めつけて殺してやるんだ。アハハ!」
 燃え続ける家屋の屋根に立ち、フィアンマは楽しげに笑った。プレゼントをもらった子供のように、幸せそうに。
 ヴェルグリーズは声をあげ避難するように民に促した。
「オマえが持つもの、トモダチ、ナカマ、全部全部奪って、壊してやるよ、ヴェルグリーズ」

「それまでオレは、オマエの振りを続ける」

「守り切って見せろよ。アーデルベルトが剣守だったように、キミはキミの大切なものを、キミ自身の手で」

 激しく炎が燃え上がった。
 フィアンマは一瞬のうちに消えてしまった。
 後に残ったのは、耐えようがない焦燥と、堪えようがない不安。

 嗚呼。どうか、どうか。

  • Energetic完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年06月06日
  • ・ヴェルグリーズ(p3p008566
    ※ おまけSS『Curious about you.』付き

おまけSS『Curious about you.』

 フィアンマ。炎の精霊種にして剣使い。
 己が生まれるきっかけとなった大剣を愛用している。
 もともとの自己は付喪神のように剣にあったのだが、覚醒したきっかけは鉄を打ったときの火花がかけたものによる。

 アーデルベルトの呼び声に必死に耐えていたが、総てを理解し受け入れた。

 赤い髪と緋色の瞳。光を受けてオレンジに輝く短髪。
 ヴェルグリーズを真似た言動をとるが、本来は大雑把で粗野。
 最初で最後の持ち主、アーデルベルトのことを心から愛していた。たとえそれが、魔種であったとしても。

 次の目的地は、海洋のパン屋。

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