PandoraPartyProject

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5月_日

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ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド


 ぱしゃりと、池にでも飛び込んだような音がして。
 落ちていく、落ちていく。
 赤い空間。血液のような、もっと薄いような、粘土のあるような、清らかであるような、赤い空間を落ちていく。
 知っている光景。見慣れた光景。
 だから知っている。この先を知っている。この先に、どこへたどり着くかを知っている。
 だから、今回はちょっと、もがいてみた。
 真上に向かって頑張って平泳ぎしてみる。落ちてきたあのへんまで戻れたら家に帰れるんじゃなかろうか。
 そんな一縷の希望を抱いてもがいてみるのだが、この中で、浮力はまるで自分の味方をするつもりはないらしい。
 必死でもがいている。精一杯にもがいている。
 なのに体は落ちていく。
 落ちていく。
 落ちる速度はまるで変わらず。もがく行為はあまりにも虚しく。逆さまに泳いでいく姿はまさに滑稽で。
 落ちていく。落ちていく。
 いやだなあ。
 という声も、がぽりと、泡の音に掻き消されながら。


「…………」
「…………」
 出会い頭に土下座をかまし、何はなくとも謝って、痛い視線を受けること、何十分たったっけ……?
「…………」
「…………」
 気まずい。ただただ気まずい。
 この空間から今すぐ逃げ出したくてたまらない。
 夢なら覚めてほしい。いやこれたぶん夢なんだよなあ。
「…………ねえ」
「…………はい」
 やっと、口を開いてくれた。
 そうなると、返せる言葉はそれだけだった。
「逃げたよね?」
「………………何のことでございましょう」
 くそう、バレている。ここに来る時、ちょっと抵抗したことがバレている。
 ちゃうねん。いや、違うことはないんだけど、ちゃうねん。
「はあ~とりあえず、なんだっけ? 以前助けた妖精と最近仲良くなって、段々特別な存在になっていって、お前でもわかるレベルの好意を持って告白されたと」
 なんだか棒読み口調で、しかし端々にトゲが籠もる言い方で責められる。
「…………はい」
 しかし現状、言い返すことも訂正すべき箇所もないので、頷くしかない。しかし、頷くたびに自分の、こう、立場とか、位置関係とか、そういうものが悪くなっていっている気がする。
 いいんだよね。俺が表でいいんだよね。俺が表、君が裏だよね。あれ、この場合、主人公どっちだ。
「で、ひとりには色恋以外のことで集中したいからって縁を切られ、もうひとりには色々あって……なんだ、色々って? いや、今思い出したくないからいいや。とにかく、もう話もほとんどしていない、と。お前、なんなの?」
「あの、なんなの、と申されましても」
「僕さ、こないだ話してから、なんだか固まってきてるし、もう次に呼び出すのは一年くらい後かなーって、思ってたんだよね。なんでもう呼ばれてんの? なんなの? せめてイベント挟めよ」
「…………なんか、ごめん」
 ここですっげえでかいため息吐かれた。こう立場が上(今はそうとしか言えない)相手にこういうため息されると心が締めつけられる気がする。すっごい気苦労かけてるんだなあって思う。
「言っとくけど、わかってるんだろうけど、もう記憶の封印は出来ないんだからな? お前がこじ開けたせいだかんな?」
「…………ほんと、ごめん」
 ため息。
 また沈黙。
「…………」
「…………」
 つらっ。
「…………」
「…………」
 つっっっら。
 なんだろう、もう冷や汗もかかない。とにかく空気が重い。
 助けてくれ、自分の中の内なる力とかそういうの、助けてくれ。内なる力に説教されてんだよなあ。
 四面楚歌ではなく圧迫面接。ただし内側。敵は外ではなく己の中にいるとはよく言ったものだ。この場合とは絶対に意味が違うんだろうけど。
 なんなの。そろそろこう、少年漫画みたいに融合して真の力とか取り戻したり出来ないの。自分の心とか落ちたちの中で封印された何かと向き合うことで精神的に成長してパワーアップする展開とかないの。
「あー、なんだ。もう、とにかく頑張れ」
 すげえ投げやりなアドバイスもらった。え、ここ進路相談所的なところじゃないの? 懇談会じゃないの? どうしたらいいんですか先生、先生!
「知らねえよ」
 知らねえよって言われた。ていうか心の中を読まれていた。もしかしたら口に出ていたのかもしれない。そういうことにしておこう。
「もう、状況は僕の想定をとっくに超えてるんだよ。こんな状況にアドバイスなんてできるわけ無いだろ。そもそも今のこれを経験則で恋愛相談できるやつなんてどこにいるんだよ。とにかく、もう僕の手に負えるような話じゃないんだよ」
「手に負えないなら、なぜ呼び出したし」
「なんか言った?」
「いえ、滅相もございません」
 深々と、下げていた頭を更に下げる。今回ここに来てから、一度も頭を上げていない。申し訳ないという気持ちより、顔を見る勇気がないからだ。どうしよう、きっと怖い。顔を上げたら憤怒の化け物になってたりしたらどうしよう。
 とにかくこの場はやり過ごさねば。そんな一心で額を地面にこすり続けていた。
 しかし、永遠に思えたこの責め苦も、当然ながらそうではない。どのような時間にも終りがあるし、結末がある。残念ながら結論がないままに終わることは多々あるが、結果だけは残るものだ。
 手のひらに違和感。地面が柔らかくなっている。いいや、正確には、手が少しずつ、沈んでいっている。
 自分をここに固定しておくことに、限界が生じているのだと、なぜだか悟った。
 やっと帰ることができる。ここはまるで針の筵のようだったが、そこから抜け出せるという安堵とは別に、何かをずっと先延ばしにしてしまっているような、そんな罪悪感も同時に生まれていた。
「ほら、だからアドバイスなんてないよ。急に呼び出したから、時間もないしね。わかるだろ?」
「いや、絶対沈黙のほうが長かったと思うんだけど」
「なんか言った?」
「いえ、滅相もございません」
 もう体は半ばほどが沈んでいる。またあの、赤い空間を通って帰るのだ。自分の工房。ベッドの上。見慣れた我が家に。
「とりあえず、少しでも良い運命に転がれるように頑張りな」
 とぷん。
 落ちていく。落ちていく。
 赤い空間を落ちていく。
 なんだか最後は投げやりだったなあ。
 もう運を天に任せるような助言だったもんなあ。
 でもあいつ、あんまりアドバイス求めるからなんとか絞り出したんだろうなあ。
 なんとも微妙な気持ちのまま、粘土のような、清らかなような、赤い空間を落ちていく。
 次は、次会うときは、もうちょっと良い感じに報告できたらいいなあって。
 そんなことを思いながら、この赤い赤い空間を落ちていった。

  • 5月_日完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2021年05月22日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319

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