PandoraPartyProject

SS詳細

なんでもない、特別なきょう

登場人物一覧

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
白いわたがし
ラヴ イズ ……(p3p007812)
おやすみなさい


 煉瓦道を往くラヴの足取りは、ふわふわと軽い。
 なんだかまるであの時――鏡の迷路で鹿になった時みたいに、歩けばトコラトコラと足音が聞こえてきそうだわ、なんて。
 ラヴの手の中には、淡い生成色のカードがひとつ。
 星の瞬く夜空に似た群青のインクで「招待状」と書かれたそれには、今日の日付と秘密の道案内。端にはぽん、と並んだ二つの蹄のサイン付き。道案内に従って、街の外れのパン屋さんを背に。いつも二人で口ずさむ歌が終わるまで左に歩いたら、次に見えた大きく曲がった樹を右に曲がって森の中へ。
 そうしたら、ほら。

 見上げた大きな木の上には、ころんとかわいらしい、お菓子の家みたいな優しいツリーハウス。
 こんこんこん、とリズミカルにノックを三つ。中からは、耳を傾けなくても聞こえる弾んだ足音。
「鹿のおうちへようこそ、大好きのキュウ!」
 花開く笑顔で出迎える家主のポシェティケト。いつもふわふわ、愛らしい洋服を着ている彼女の今日の装いは少しばかりカジュアルで。ポシェティケトのきらきら星のオールインワンと、ラヴの夜色のワンピースは示し合わせたよう。
「こんにちは、ポシェ。お招き頂きありがとう」
「待っていたわあ、キュウ。今日はたくさんお話をしましょうね!」
 さあさあ、と手を引かれ、愛らしいキノコ型の椅子に招かれる。お客様への最初のおもてなしは、暖かい紅茶から――それはポシェティケトが、魔女とのお茶会で学んだこと。
 もうすぐ夏が来る今、歩いて来た客人にはすこうし熱いかもしれないけど、ごめんなさいねと前置いて。お揃いのカップでお出迎えのお茶会を。
「うふふ、今日のことはワタシもクララもとおっても楽しみにしてたのよ」
 膝にクララシュシュルカを乗せたポシェティケトは、幸せそうに微笑む。
「ありがとう……と、そうだわ」
 ラヴはぽん、と手のひらを合わせて目の前の一匹と一人に向き直ると、ゆっくり、伝わるようにと話し出す。
「こんにちは、クララさん。改めて、Cucumberのキュウです。こうしてお話できて嬉しいわ」
「ニュ!?」
 ころん、と膝から落ちそうになるクララシュシュルカに、ポシェティケトも慌ててカップを置いてまあるい瞳を輝かせる。
「もしかして、キュウ。あなた」
「ええ。折角こうしてお招き頂いたのですもの、私もクララさんとお話したくて」
 ラヴが指を当てた唇は、夜空に輝く三日月みたいに弧を描く。この日の為に、とラヴが特訓してきた精霊とのおしゃべりを使えば、途端にツリーハウスの中はかしましく。
『お喋りできて嬉しです! Cucumberさん、クララとおんなじ《C》ではじまるお名前のCucumberさん!』
 短い手をぺちぺちと打ち付け、クララシュシュルカは興奮冷めやらぬ様子でおしゃべりが止まらない。ああもう、と眉を下げて笑うポシェティケトも、その胸の内は腕の中の愛し子と変わらないのだけれど。
(だって、キュウがワタシの家に来て、クララとお話する為にお勉強をしてくれるのよ)
「Cucumberさんもクララとお喋り嬉しですか?」
「ええ、とっても。ポシェはいつも耳がこんなに賑やかなのね?」
「いつもはもうちょっとだけは静かなのよう。今日のクララは全開おしゃべりさんだわ!」
 紅茶が冷めてしまうまで沢山お話をしたら――ご近所さんの散歩へと行きましょうか!


「キュウ、キュウ。見て見て。これはねえ、美味しい草。こっちは、綺麗な花よう」
 ツリーハウスの梯子を下りて、二人と一匹はご飯の前の散歩へ。
 夏がすぐそこの森は、生命の匂いで溢れている。大好きなものを大好きなラヴへと沢山紹介するのだとポシェティケトは浮かれきっていて――「美味しい」の言葉に小首を傾げたラヴに、どうしたのかと無邪気に問うた。
「綺麗な花」
「ええ、これは今しか咲かない花なの」
「美味しい草?」
「ええ、とっても青々しくてねえ」
 ひょい、と摘まんで鼻の前に。なるほど確かに瑞々しい香りがして――そんなに美味しいのかしらと口に放れば、サラダでは感じない苦みが襲ってくる。
「ふふ、確かにいい匂いだわ……そのまま食べるのはちょっと苦いけれど」
 美味しいでしょう、と自慢気な顔からすぐにひゃあ、と目を回すポシェティケト。鹿には美味しい草も、ヒトにはほんの少し上級編なことはすっかり抜け落ちていたよう。
『ニュニュー! ポポちゃんはすぐ食べられるかしら? ってにおいをかぐし、草を食べた後は口の周りがみどりです』
「あら、まあ」
「く、クララあ!」
『ポポちゃんはCucumberさんからお手紙をもらうと、だいたいにおいをかいでるですよ! 動物さんすぐにおいかぐ』
「クララあのね、いい子だからおちついて、お願いだから」
 おしゃべりな金色妖精のとっておきのタレコミに、咲いている花よりずっと赤くなったポシェティケト。もう、と捕まえようとしても、ふわふわ転がって跳ねる妖精はするりと腕を抜け、その口は止まらない。
『ポポちゃんねえ、朝起きるとクララのことべろべろ舐めるですけど、まったくもう!
 焼きたてパンと間違えだよね。ポポはおいしくないです!』
 Cucumberさんもごはんと間違えてべろべろされないように気をつけくださいね――とどめの一撃に、もうポシェティケトはお手上げの撃沈!
 けれどそんなやりとりだって、ラヴがおしゃべりを身に付けたからこそ聞けたもの。こんなにも狼狽える姿すら愛おしくて、気の毒だけれど笑いは抑えられない。
「ポシェティケトさんって、普段は本当に鹿なのねぇ」
「……もう! ご飯の材料を採ったら帰りましょう!」
 バスケットに『美味しい草』を詰める背中には、恥ずかしいという文字が書かれている気がして――足早に歩くその背を、ラヴも追っていった。


 散歩の合間に、バスケットに沢山の草と木の実とキノコを詰め込んで。
 木々の間から射す光が橙色を帯びた頃、ツリーハウスへと帰って来れば、次は晩ご飯作り。
『キッチン使うは珍しです! だってポポちゃんいつもは草をそのまムギュ!』
「しー、クララ! あっちに行ってテーブルを用意しておいてちょうだい」
 クララシュシュルカの口を手で塞いで、そのままぽんと放り投げ。さて、とポシェティケトは包丁を握る。普段は草を食べればいいけれど、今日はなんでもない日のごちそうをキュウに振る舞わなきゃ――けれど問題がひとつ。
(料理って……どうやるのかしら?)
 包丁をじい、っと見つめるポシェティケトに気付いたのか、ラヴは持参した大きな皮の鞄から、クララシュシュルカほどの大きさのベーコンを取り出すとリズムよく刻んでみせる。
「大きくても食べごたえはあるし、小さくても火が通り易いから大丈夫。材料を全部切って、お鍋に入れていきましょう」
「ありがとうキュウ、ワタシ頑張るわね!」
 おっかなびっくり、ポシェティケトはベーコンを刻んでいく。手は猫のように、とラヴが後ろから支え、ぐにゅ、とつぶれて切り難ければ、すっと引くようにとアドバイスを受けて。ようやく一つ切り終わって一息つけば――横にはまだまだ材料がてんこ盛り。
「ねえ、キュウ? これは10人前なのかしら」
 だって、まるでキッチンが街のお店屋さんみたいに食べ物で溢れているわ――けれどラヴは「いいえ?」と返す。
「一食分よ? 私、ご飯は沢山食べるもの」
 人よりちょっとだけ、よ。そう付け足すと、ラヴは手際よく次の材料を手に取って。
 ポシェティケトはといえば、お鍋もお皿も足りるかしら――と、キッチンの隅っこ、いつぶりかに開ける棚をがちゃがちゃと捜索するのだった。


 テーブルいっぱいに並んだカレーと、『美味しい草』に森で摘んだベリーのドレッシングをたっぷりかけて。あつあつキノコのアヒージョには、近くのパン屋さんのバゲットを浸して――賑やかな晩餐は、あっという間に終わり。
 二人で後片付けをして(もちろん全部平らげて!)、金色の猫脚をした、つるんと真っ白たまごのバスタブで泡だらけになって。出て来たポシェティケトは泡を纏ったままのような真っ白な鹿の姿。
 綿菓子みたいなマットと、お菓子の形のクッションを並べたら、もう良い子はお休みの時間。
「よいしょっと……キュウ、狭くない?」
「大丈夫よ、ポシェこそ平気? ……ふふ、ふわふわね」
 マットの上に寝転がり、ラヴは向かい合ったポシェティケトの頬を撫でる。気持ちよさげに目を閉じて、手のひらに頬を擦り付ける姿は、本当に愛らしい動物だわ――なんて思案は、降ってきた柔らかい衝撃に打ち消される。
「あら」
『真ん中クララです! 大好きなポポちゃんと、ポポちゃんが大好きなCucumberさんとでサンドイッチ! でもでも、明日はクララを食べないでくださいよう!』
「もう、クララあ!」
 折角キュウの感触を堪能していたのに、そんな抗議の気持ちを込めてぎゅう、と妖精にのしかかる。必然的に近づく二人と一匹――いや、一人と二匹はもうぎゅうぎゅう。
 もう少し先、夏になればきっとこの距離は暑くて目を回してしまうかもしれないけれど――境目の今なら、幸せな温度。
(しあわせねえ……だって今日は、キュウに直接『おやすみなさい』を言えるんだもの)
 今日はどんな便箋に、何色のインクを使って。そんな悩みも楽しいけれど、唇に乗せた言葉はもっといろんなものを籠められるから。
「おやすみなさいねえ、キュウ。一緒にいてくれて嬉しいわ」
 同じ石鹸の匂いの手のひらに、鼻を擦り付ける。うとうと、本当はもっと起きてお話をしたいのになんて思うけれど――でも、また明日があるわ。
「それじゃあ……おやすみなさい。クララさん‪に──‬ポシェ」
 今宵の「おやすみなさい」は、過ぎ去った夜に囁かれなかった誰かの愛の為にではなくて――私から、あなたの為に。

 何でもない日の夜は、半分この布団で――優しい夢へ、おやすみなさい。

  • なんでもない、特別なきょう完了
  • NM名飯酒盃おさけ
  • 種別SS
  • 納品日2021年05月24日
  • ・ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802
    ・ラヴ イズ ……(p3p007812
    ※ おまけSS『クララシュシュルカ’s Diary』付き

おまけSS『クララシュシュルカ’s Diary』

 ○月×日、おひさまぴかぴか、ちょうどいい日。

 寒くもないし、暑くて干からびることもない日は、元気がいっぱい。
 今日のポポちゃんはいつもより早起きして、とてもうきうき。
 いつもなら朝ごはんみたいにクララぺろぺろするのに、今日は「おはようクララ!」って起きたのでびっくりでした。
 早起きさんのポポちゃんは、とても力持ちさんで、マットとお布団とクッションをいっぺんに木の枝にぽいぽいしてます。
 クララはもうちょっと眠いさんだったからあめだまクッションにしがみついてたら、あめだまといっしょに投げられて大変だったですよ。
 ポポちゃんが時々楽しくお買い物する惑星百貨店で見つけたほうきと、勝手に動くころころさんとでお掃除をして。
 いつものおうちはポポちゃんとクララのふわふわ毛がいっぱいなのです。
 いつもは使わないキッチンも、やわらかふきんで一生懸命お掃除して。二つ目のカップも出しました。
 そうして準備がばっちりなポポちゃんと、朝ごはんとお昼ごはんの真ん中みたいなごはん。
 ポポちゃんは口をみどり色にしながら「これはキュウにもおすすめねえ」なんて言ってます。
 ヒトになったポポちゃんは、どきどきそわそわ。窓からそおっと外を見ていたですが、Cucumberさんを見つけたらおうちに入っちゃいました。お外に出ればいいのに。
 Cucumberさんはなんとびっくりクララとおしゃべりできましたので、とっても楽しくお話したです。クララとおなじの《C》のひと。
 お散歩ではCucumberさんにたくさんポポちゃんのお話でした。Cucumberさんもはっぱを食べてびっくりです。
 ごはんもおいしですし、皆でおやすみなさいもうれしでした。

 あしたもあさってもその先も、楽しいがいっぱいでありますように。
 ポポちゃんは楽しいが好きだし、クララが楽しいもすきだから!

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