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ローレット夜話
登場人物一覧
●仕事帰りに
「――あら、珍しい。レオンくんがこんな時間まで残ってるなんて」
扉が開く音とそんな言葉にレオンが視線をやればそこには少し『日焼け』したアーリアが立っていた。
「オマエこそ、この時間まで素面は珍しいね」
「あら、そう見える? これでも帰りに一杯はやったんだけどね」
些か皮肉めいた冗談を口にしたカウンターのレオンに片手に下げた酒瓶を振るアーリア。
「それはそれは結構な事で」と肩を竦めたレオンにアーリアは「疲れてるわね。レオンくんが見落とすなんて」と華やかに笑う。
ローレットに他に人影はない。カウンターにやってきたアーリアを一瞥したレオンは「おかえり」と隣のスツールを引いていた。
「ラサ帰りだっけ」
「この何日かはあっちに居たわ。ディルクさん直々にお願いされたら、ねぇ」
「オーダーは『綺麗所を何人か寄越せ』だっけ? オマエも中々自信家だね」
「あら、認めてくれないの?」と流し目を送るアーリアにレオンは「いいや、オマエは綺麗だよ」と真っ直ぐに応じてみせた。
……根を詰めた仕事の後は喉を潤す一杯が恋しくなるものだ。
ましてや現場が砂塵舞う砂漠での冒険なら尚更、三度の飯より酒が好きなアーリアならば尚更の話だった。
「レオンくん、お酒作れたっけ?」
「マスターの見真似ならね。下手でも抗議は受け付けないけど」
「言わないわよ、そんな文句。美味しいお酒は好きだけど、誰と呑むかも重要なの」
「成る程、こんないい男が肴なら多少のヘタクソは許容内だな」
「どっちが自信家なのよ。当たってるけど」
『綺麗所』を必要とする仕事に何日か付き合わされ、漸く開放されたばかりだ。
(本当に誰と呑むかが大事なのよねぇ……)
疲れた彼女が寛げるローレットで呑み直すのは別に不思議な話では無い。
深酔いしてはいないが軽く引っ掛けていた分か、楽しそうに言うアーリアの空気は緩んでいた。
「ならいいけど。で、リクエストは?」
「直接お願いしても面白くないじゃない? そうね、レオンくんが私の気分を当ててみて」
「……また面倒くさい酔い方してるね、彼氏持ちが」
「二度同じ轍は踏まないわよぉ」
けらけらと笑うアーリアに『おっかない』彼氏がいるのは周知の話。
この間の『火遊び』で彼女が出遭ってしまった『とんでもない目』は噂話にしては生々しく飛び込んでくるものだ。
懲りない彼女は唇にそっと指を当てて艶っぽく言う。
「今回は本当にただの偶然だから。家に帰ったらちゃんと報告します。
それとも? 報告できないような話になるかしら? ふふ、レオンくんがその気ならそうなるかも知れないけど?」
「お生憎様。俺は本気で言ってない女に手は出さないの。それから――」
「――本気の子も相手にしない、でしょ? 本当に面倒くさいんだから!」
言葉を継いだアーリアを肯定するでも否定するでもなくレオンは手元の作業を始めていた。
本人は
ロゼ・ワイン。それからオレンジ・ジュース。
「それで、ラサはどうだった」
「埃っぽかった、っていうのは置いといて。これからの季節は少し大変になるかもね」
「直指名の仕事の方は?」
「首尾よくやりました。レオンくんは労って――褒めてくれてもいいのよ?
……まぁ、何ていうか。オーダーの理由が分かる仕事って言えばそうだったわ。
でも悪徳商人の屋敷に潜入任務とか、あんまりぞっとする仕事じゃないわよねぇ……」
「成る程、メイド服でも着たかい。そりゃあ、見に行けなくて残念だ」
レオンの軽口にアーリアは嘆息した。
「全く同じ事を言うのねぇ」
「あん?」
「ディルクさんと。ディルクさんと言えば全く今回の仕事のオアシスだったわよ。
ラサの砂漠の真ん中の、ネフェレストみたいな――癒やしっていうか、何て言うか」
そう言ったアーリアの脳裏に過ぎったディルクは成る程、とんでもなくいい男だった。
本当に危ない男っていうのはああいうのを言うんだろうと良く分かる位の。
「ラサも賑やかよねぇ。ディルクさんがあれじゃ周りの子は大変な訳だわ。
そう言えば……レオン君はディルクさんとは長い付き合いだったっけ?」
レオンが微妙な顔をしたのを目聡く見つけたアーリアが少し意地の悪い顔をした。
「お仕事のご褒美に昔話をしてくれる――とか。ちょっと素敵だって思わない?」
「聞いて面白いネタはそんなに無いけどね」
「謙遜なんてしなくていいわよぉ。聞き齧った覇竜の事件だけでも
……でもそうね、どうせ聞くならもっと個人的な話がいいかも。他所に言わないような、もっと個人的なお話。
『英雄二人』が幕間ではどんな風だったか――聞きたくない女の子はいないわよねぇ?」
シェーカーにグレナデン・シロップを少々。
くすくすと笑うアーリアの意図を察してはいるのだろう、レオンは何とも言えない苦笑をした。
「まぁ――一言で言うなら、一言で言うのは難しいが、競争相手で腐れ縁って所だろうな。
大抵の馬鹿は一緒にやったし、こっちも向こうもお互いの弱みは叩き売り出来る位には握ってる、と。
逆にだから均衡は取れててさ。どっちも貝のように余計な事は言わない――墓場まで持ってく話も沢山だ」
「そこを何とか」
「……じゃあ。アイツと俺、どっちの方がモテたと思う?」
カウンター越しにじっと視線を絡ませてレオンはやぶからぼうにそう尋ねた。
「ははあ」と合点したアーリアは『大体の正答』を予測はしたが、こう答えた。
「ディルクさんは相当素敵な人だけど、私が選ぶならレオンくんの方だわね」
「そりゃあ、ありがとよ。彼氏持ち」
逆にレオンもアーリアの心算に気付いていたのだろう。
苦笑のままにそう答えた彼はアーリアの期待に沿って言葉を続けた。
「アイツはねぇ。兎に角何ていうか……こう。
ホントに手が早くて危ねぇってのはああいうのを言うんだろうな。
三勝七敗って感じだが、俺の方がいい女は連れてたって事で――オマエみたいな」
「はいはい」
アーリアは思わず吹き出した。
レオンも呑んでいたから、少し酔っているのかも知れなかった。
聞く人が聞いたら眉を顰めるかも知れないし、レオンやディルクの周りの『女の子』は目を白黒させるかも知れないけれど。
若い頃の『おいた』のスコアを並べたがるのは成る程、『男の子』らしい話ではあった。
「まぁ、そういうくだらない思い出を共有出来る相手って事さ」
最後にホワイト・キュラソーを足したレオンがシェーカーを振る。
棚から出した足の長い細いグラスにスマートな一杯を注いだ彼はアーリアに夕焼け色のカクテルを差し出した。
「どうぞ、お嬢様」
「……レオンくん、私のオーダーは『私の気分を当ててみて』だったんだけど?」
「勿論、分かってるよ」
何事でもないかのように言いやがる。
(二度目だけど、どっちが自信家だっていうのよ――)
今度は苦笑させられたアーリアは甘く苦いその味わいに口付けた。
レオンが差し出した一杯の名はワインクーラー。
このカクテルの表す意味合い、言葉は『私を射止めて』――
- ローレット夜話完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2021年05月20日
- ・レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)
・アーリア・スピリッツ(p3p004400)