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エーニュ盟主の少女

登場人物一覧

アト・サイン(p3p001394)
観光客
アト・サインの関係者
→ イラスト

●ケネドリルについて
 エーニュ――アルティオ=エルム民族主義者同盟という組織について、情報屋リリィ=クロハネとの情報共有を終えた『観光客』アト・サイン(p3p001394)は、自身も独自の調査を継続することにした。
 いくつかエーニュについてわかったことはあるが、いまだ断片的な情報の集まりにすぎない。特に幹部の動きを追うにしても、取っかかりとなる情報が少ないようだった。
「さて、どうしたものか……」
 リリィより受け取ったエーニュの調査記録を再度目で掠う。組織、活動目的、幹部達の名前――幾度か目を往復させながらテキストを読み込んでいく中で、聞き覚えのある響きを見つけた。
「エーニュの盟主……リッセ・ケネドリル……ケネドリル、どこかで聞いた覚えが……」
 アトはトントンとこめかみを叩き思考する。
 そう、聞き覚えがある。それは極、身近な場所で見聞きしたものだ。
「そうか、領地の拝領時に書面で見たんだ。グゥル・ケネドリル――たしか領地の実所有者だったか。同じファミリーネーム、偶然のものだとは思いたくないか」
 アトが治める領地レルタ・ロッホ遺跡群は、領地とはいえ借り受けているものだ。当然所有者というものがいる土地である。
 その実所有者の名が、グゥル・ケネドリル。アトが口にしたように偶然とは思えない一致であった。
 少しばかりアトは考えて、彼と話をしてみようかと考えた。
 エーニュについて取っかかりを探すアトにしてみれば、僅かでも手がかりを得られるのならば調査対象とするべきだろうと考えたからだ。
 グゥルは、所有領地の遺跡群の発掘状況について視察にくることもある。その時ならば話すきっかけとなろう。
 次の視察はいつだったか。
 アトはスケジュールを確認しながら、グゥルに聞くべきことを頭の中で考えていくのだった。

「――以上が、レルタ・ロッホ遺跡群の発掘状況になります」
「うん、今月もよい報告をありがとう。この分ならばこの遺跡についても、近い将来何かが分かりそうなものだね。私の研究も進むというものだよ」
 見た目の若々しさに反して、おっとりとした老齢の発声を行う男。
 彼――グゥル・ケネドリルに当月の遺跡群の発掘状況を伝えたアトは、グゥルの満足げな様子を見て一息ついた。
 定例となった遺跡の視察を終えたあとは、遺跡群入口の役所で深緑のハーブティーと軽食をとるのが常であった。
「この役所で飲むハーブティーはいつも良い香りだね。アト君の方で調達しているのかい? どこから仕入れた茶葉なのだろうか?」
「僕のほうで仕入れているわけじゃないけど、聞いた話じゃ迷宮森林の西側の方で取れる薬草の葉を使っているとか。たしか……なんといったか、近くになんとかいう遺跡があったような……」
「ふむ、西側となるとヘルト・ノーグ遺跡か、コザトス森林遺構あたりかな? 薬草ということを考えればコザトスの近くに滋養強壮効果のある草の群生地があったと記憶しているね」
「ああ、そうそうコザトス。そこであっていたはず」
「ヘルト・ノーグの方じゃなくて安心だね。あっちにも薬草の群生地はあったけど毒草も一緒に生えてた気もするからね」
 そんな雑談を交えながら、摘み立て野菜のサンドを食べ終えた辺りで、アトは本題を切り出した。
「――ところで、一つ聞きたいことがあるのだけど」
「なにかな?」
「リッセ・ケネドリルと言う名前に覚えは? 女の名前で、例えば親戚とかにいないかな?」
 アトが尋ねるとグゥルは喜色の表情を浮かべて口を開く。
「リッセと知り合いなのかい? それは私の孫娘の名前だよ」
 やはり、とアトは頭が痛くなった。
「アト君も例《ザントマン》の事件に関わっていたのだから、私の娘夫婦のことは知っているだろう?
 あれ以来、孫《リッセ》はふさぎ込み気味だった日々が続いてね、友人たちも離れてしまったようだったんだ。それに――」
 それまで明るかった表情に、暗い影を落としてグゥルが言う。
「ある日、突然いなくなってしまったんだ。そうまるであの事件の再来かと思うようにね」
「だが、あの事件はすでに解決している」
「ああ、そうだね。それにいまアト君の口から孫の名前を聞けてホッとしたよ。生きているのならそれはとても喜ばしいことだ。うん、とてもね」
 孫はどこにいるんだい、と嬉しそうにグゥルが尋ねてくる。
 アトはどう答えたものか、続けて頭を痛めた。
 どうもこの御仁は自分の事を、他の人間以上に良い方向で評価しているようにも思える。それは別に構わないのだが、今回の件だけで考えるとやや困るところだ。
 アトは、ひとまず名前以外の情報が一致するかを確認することにした。
 リリィより受け取ったリッセ・ケネドリルの写真をグゥルに見せる。
「この娘なんだけど……お孫さん本人かな?」
「ふむ……これは……」
 グゥルはやや思案するようにも見える表情を浮かべながら写真を凝視した。そして、一つ頷きそれが自身の孫娘であると再度頷く。
「間違いない。最後に見た孫の姿とは違う――妙な格好をしているし、こんな風に男のような髪型はしていなかったけど、だけどこの顔つきは間違いなく私の孫だ」
「そうですか」
 グゥルの反応に偽りはないだろう。長年見てきた愛する孫娘だ。髪型や服装が変わったとて見誤るはずもないだろう。
「孫はいまどこに?」
「いや、こちらでも把握はしていないんだ。この写真と名前を聞いてもしやと思って尋ねて見たんだ。彼女について聞いても?」
 アトは写真の人物がエーニュ――アルティオ=エルム民族主義者同盟の盟主であることは伏せ、彼女について深く知りたいとグゥルに尋ねた。
 グゥルは穏やかな笑みを湛えながら、大きく頷き「何が聞きたいのかな?」と返事をした。
「そうだな……例えば彼女はどんな娘だったんだい? 性格なんかは?」
「そうだね、リッセはとても心優しい子だったよ。ファルカウの加護を受けたこの深緑に根付く生物や植物を慈しみ、愛するようなね。相手を尊重し、寛容さも持っていた。とてもとても優しい子だったよ」
「なるほど……」
 アトは手に持った写真の中のリッセを流し見る。どこか険のある表情を持つ彼女はグゥルの言う孫娘との乖離を感じさせた。
「それに、ファルカウからの恵みも孫にはあったんだ」
「というと?」
「リッセには不思議な力ガあってね。孫と話したものはみんなどこか安心感を覚えるんだ。そう孫の声を聞けば、どんなに不安を抱えていても、どこかホッとするような安心感をね」
 ふむ、とアトは思案する。
 おそらく、グゥルの言うリッセの不思議な力とはギフトのことだろう。深緑の民が崇拝するファルカウからの恵みと捉えるならばそうに違いない。
「話を聞くに、生粋のハーモニアという印象を受けるね。これは良い意味だけれど」
 アトがそう言うと、グゥルは頷きつつもやや否定するように手を振った。
「リッセの場合は生粋とは言えないかもしれないね。あの子の父親はウォーカーだったし、私も外からの技術を取り込むのに夢中になってたこともある。
 父親の影響なのかはわからないけれど、あの子も好奇心が強く、深緑の外の世界の技術や考え方も好きだったと思うよ」
 外界に対しての興味も持ってたということは、深緑の外の世界の様々な事情を知っていてもおかしくはないだろう。
 それはつまり、外の世界の人間の表も裏も知るということだ。
 きっかけはザントマン事件かも知れないが、自国の民族主義に走るほど強い拒否感を外界に対して持つきっかけになるには十分と思われた。
「彼女はどのように育ったんだい? さっきは塞ぎ込んでいたと言っていたけど、彼女の両親は……」
 アトに尋ねられて、穏やかな笑みを崩さなかったグゥルが悲しみの色を瞳に乗せた。それは純粋な悲しみと寂しさが入り交じったような薄暗い色だった。
「私の娘が、迷宮森林に迷い込んだ旅人と出会い、そして結婚したんだ。
 最初はどうかと思ったんだがね、孫であるリッセが産まれた頃には、家族揃って幸せだったといまは思うよ」
 平和な生活。初孫との楽しく愉快な思い出を語るグゥル。
 その幸せな生活は、あるとき突然終わったのだと、重い息を吐いた。
「ザントマン事件。彼の事件は私達家族を引き裂いていったよ。
 娘夫婦三人、奴隷商人に追い立てられ捕まろうとしていたそうだ。リッセの父親は何としてでも妻子を逃がそうとしたのだろう。そのおかげでリッセは逃げることができたようだ。
 けれど、逃げるリッセの目の前で、その父親は殺されてしまった。
 泣きながら逃げる娘と孫の二人は、しかし奴隷商人を振り切れなかったようだ。母親である私の娘は孫を隠し自ら囮となって連れて行かれてしまった」
 あの事件の被害者は、皆同じような状況だったのかもしれない。だが近しいものから語られる状況は、壮絶なものだった。
「娘……母親の方も半年間行方不明だったんだけどね、その間にラサでの動乱に巻き込まれていたようだ。
 最後は燃えさかる奴隷商人の家の中で、身体の自由を奪われたまま焼け死んでいたよ……。見つけた時のあの姿は、忘れられるものじゃないよ」
 瞳を振るわせて、後悔を零すグゥル。
「そんなこともあるだろう」と、どこか諦められるほどに心が老いてたこともあるが、それでも愛娘を失った喪失感は感じられたのだと、呟くように言葉にした。
 アトは静かにグゥルが落ち着くのを待った。
「……すまないね。続けよう。
 その後に、私がリッセを引き取ったのだけど、先ほども話したように孫は塞ぎ込んでしまっていてね。取り付く島もなかった。
 ただ、そうだね、私の書斎からよく本を持ち出して読んでいたようだ」
「本、というと?」
「遺跡関係のものではなかったと思うけれど……あの書斎には娘の夫である旅人が持ち込んだ本とかも置いていたからね、やはり父親の残したものに惹かれていたのかもしれないね」
 旅人である父親が残した本。
 どのようなものか推察するのは難しいが、持ち込んだものならば異世界の常識が記されている可能性は高いだろう。
 そうした外界の考え方に触れたことが、リッセをエーニュという組織に導いたのかもしれなかった。
「その後、しばらくした後に……気づけば孫はいなくなっていたんだ。忽然と、ね」
「そうでしたか」
 アトはグゥルの話を聞き終えて、情報を整理した。
 リッセ・ケネドリルがザントマン事件をきっかけに、それまでの清廉で優しい心の在り方を変えたのは間違いないだろう。
 何をもってエーニュなどという組織を設立するに至ったのかは不明瞭ではあるが、その根っこに薄暗いザントマン事件の影が根付いているのは理解出来たと思う。
 アトはリッセの所在をグゥルに告げるか悩んだすえ、それを伝えることにした。
「ありがとうございました。色々聞けてよかったよ。
 それで、リッセ・ケネドリルさんだけど……いま、アルティオ=エルム民族主義者同盟――通称エーニュという組織に身を置いてるようだよ」
「エーニュ……それは一体?」
「さて、僕もまだ調べ始めた所でね。ただ、厄介な問題を起こし初めてはいるようだよ。火遊びじゃすまないようなね」
 アトは席を立った。今日の話はこれで終わりにしようと告げるように。
「しばらくは関わらない方が身のため……と言っておこうか。忠告と受け取ってもらっても構わないよ」
「……そうですか、ええ分かりました」
 アトの言葉に、グゥルは曖昧な笑みを浮かべて了承した。その表情に、アトはグゥルが何を考えているのか、読み取ることはできなかった。
 ただ一人の孫。
 娘の形見とも言えるリッセが、何かをしでかそうとしている。
 それを、このグゥルが放任し、見過ごすか、あるいは――。
 アトはエーニュを追っていけば、いずれその答えがわかるだろうと確信を持ち、静かにその場を後にした。

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