PandoraPartyProject

SS詳細

煉獄

登場人物一覧

白薊 小夜(p3p006668)
永夜

●刹那I
 奇妙なまでの静寂の中、閃いた銀光は鈍く鋭く。
 斬撃の奇跡は鍛え上げた武技ですら反応出来ない程に疾かった。
(ああ――)
 間違いなく迫る『死』を目の当たりにした時。
 彼女の世界は走馬灯の中に置き去りにされたが如しであった。
 彼女は半生と呼ぶには些か長過ぎる時間を述懐する。
(――ああ……)
 もし、『あの時』に。
『彼』が、或いはこの私が。目の前の絶対(りふじん)のようであったなら。
 永劫の呪いもこの世煉獄も別の顔を見せたのだろうか――?

●なまくらI
 人間は相反する。
 時に動物らしき合理性を追求し、翻ってしばしば動物らしからぬ非合理性を優先するものだ。
 1612年――禁教令。日本で信仰が禁じられた時、白薊家はその大波に攫われようとしていた。
 父祖代々の武家であり、九州の或る藩に属した白薊高誠は同僚にも領民にも慕われた良き藩士であった。
 つまり『高誠が即時の棄教を拒否した事は非合理的であり』、『最終的な逃げ道の着地点を探そうとした事は実に合理的であった』。
 計算外だったのは彼には味方が居たのと同時に口を開かぬ敵が多かった事であった。高誠は自家と領民、藩が十分ならばと出世欲の薄さから藩ではそう重い役には無かったが、口さがない者は「現家老より重職は高誠が相応しい」と言って憚らなく、野心なき彼にとってこれは不幸であった。
 藩内政治の力学において白薊は弱く、一家全員が棄教を迫られ拷問を受ける惨状に到る。信仰を捨て切れぬ高誠は屋敷への蟄居を言い渡され、切腹での切支丹助命を囁かれ大いに悩む事になる。切支丹の自殺は大罪。切腹なれば棄教に等しいという侮りであった。
 蟄居した高誠が見たのは拷問で両目を失明した愛娘の姿。小夜は武家の娘らしく弁えた、そして我慢強い女であった。
 絶望する彼に娘は言った。「父上を私が斬ればそれは自殺にはならないのでしょう? 父上の魂がどうか天国に到りますように」。
 恨み言の一つも言わぬ娘に高誠は涙し、背負わせる罪深い選択を受け入れる。
 奇しくも父も娘と同じ事を考えて、刃等握った事もない白魚のようなその指に、不慣れななまくらに何度も頸を斬りつけられる苦痛に悲鳴の一つも上げずに耐えきった。

 嗚呼、何と非道い話なのだ。

 ――お小夜、安心しろ。私が父に働きかける。
 殿も白薊の献身をご存知の筈だ。きっと悪い結果にはならない――

『彼』はああ言ってくれたのに。
 どうしてこうなってしまったのか。
「父上……」
 茫と呟けば大粒の涙は止めどなく零れ落ちた。
 鼻の奥をつくのはその塩味か、それとも夥しい程の鉄分の香りか。
 震える白い手は赤く染まり、『昏い瞳』は色彩無き世界をも後悔と痛恨に染めていた。
「……父上……」
 彼女は両手で顔を覆いこの世の地獄を呪っていた。
 誰よりも愛し、尊敬する父を斬った感触は彼女の魂を最早幽境より逃すまい。

●なまくらII
 白薊小夜が父の死を藩に報告し、約束の遂行を申し出たのはその翌日の出来事だった。
 当然ながらその話を信じていたのは実直であり追い込まれていた白薊の二人だけであり、家老は申し出をせせら笑う。

 ――そんな都合の良い話はない。現にその証文にも一筆も書かれていないではないか。

 盲目の小夜は言葉への反論の術を持たない。
 居並ぶ藩士達の軽侮の中、彼女が求める救いは『彼』だけだった。
「……家老様、畏れながら、私は目が見えませぬ。新道藤十郎殿に証文検めを頂きたく」
 事態が動き出した時、小夜に助力を約束してくれたのは幼馴染の彼だけだった。
 若くして将来を嘱望され、藩で一番の剣士で美丈夫。年長の彼に小夜は仄かな恋さえした。
 故に彼女は信じていた。父の言葉と、それから他ならぬ『彼』の検めを。
「良い。では藤十郎、これを検めよ」
 変わらぬ軽侮と共に了承の言葉が降りた時、小夜は愚かにも光に縋っていた。
 両目はとっくに見えないのに、耳の奥に残る優しい言葉の残り香に縋らずにいられなかった。

「――家老様の仰る通り、証文に記述はありませぬ」

 地獄は無数の笑い声で出来ていた。
 盲目の女なぞ捨て置いても野垂れ死ぬわ、と嘲られ。
 白薊は歴史から名を消した。否、最初から歴史に残っては居なかった。
 全ては残酷で単純な、つまらない結末に過ぎなかったのだ。

●刹那II
(――死にそびれた。あんなに綺麗だったのに)
 気付いた時は自宅の布団の上だった。
 泣き腫らした目で自分の手をとる恋人、拗ねながら安堵を見せる『親友』に小夜は力なく微笑んだ。
「……夢を見たのよ」
 どうしてあんなに焦がれるのか――
 もう四百年近くも前の事。擦れて褪せてディティールは欠片も残っていないのに。
「いい? 二人共。好くなら強い相手じゃないと駄目。特に弱い男は絶対に駄目よ」
「どういう意味ですか! またあんな無茶をして!」
 ――やぶからぼうに切り出した自分に小首を傾げ、それから怒り出した二人に小夜は小さく息を吐き出した。

  • 煉獄完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2021年05月16日
  • ・白薊 小夜(p3p006668
    ※ おまけSS『そういうところよ』付き

おまけSS『そういうところよ』

「本当に分からぬ娘じゃな」
「……何が?」
「帰りを待つ健気な娘もいる。あの犬娘等拗ねて大変ではないか。
 見舞いに行けば睨みつけられるわ手もつけられぬ」
「ああ、あの子達は可愛いから……」
「あれ等がおって何か不満か?」
「いいえ、ちっとも」
「つくづく分からぬ。わしに構えとせがむ主の在り様はな」
「……『女怪』は得てして多情なものなのよ。これでも長生きしているから」
「酔狂よな。敢えて問うても良いか?」
「貴方が尋ねるなら何でも。すりーさいずでも構わないわよ」
「戯け」
「戯けたわ」
「主はどういう人間を好むのじゃ」
「それは『そういう』意味?」
「それで良い」
「男性? 女性?」
「……その問からして『女怪』じゃが、この際両方で構わぬ」
「女の子なら『可愛い子』」
「理由は」
「私が可愛い女じゃないから」
「では男なら?」
「……質問に質問で返すけど。
 ねぇ、梅泉。貴方はもし自分の獲物(おんな)を他所に取られそうになったらどうする?」
「当然、鏖じゃな。わしが死ぬならそれも一興、それまでよ」
「そういうところよ」
「?????」

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