PandoraPartyProject

SS詳細

はじめての――

登場人物一覧

フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)
永遠の少女

●がんばったこと
 労働のごほうびは、ずっしりと重い、つめたい金属のかたまりだった。
 フルール プリュニエ(p3p002501)は依頼の報酬、ほんもののメダリオンを受け取った。
 にせものとの違いは、よくわからない。
 白く細い腕が、重力に負けて沈みこむ。
「ありがとう、ございます」
 透き通った、かろやかな少女の声。
「お疲れさま、これで多くの人が救われただろう。いやいや、さすがはローレットだ」
 ギルドからの激励のことばを、フルールは喜んで――すくなくとも喜んでいるように、受け取って見せた。

 これは、ローレットからの”たいへんよくできました”のあかし。フルールが”がんばった”証拠。別に、これをを集めているわけではないけれど、誇るべき善行のトロフィーだ。
「あの!」
 ひとりの元勇者候補生が、フルールのもとに駆け寄ってきた。あの騒動で助けられたもののひとり。
 ……覚えてはいなかったけれど、頬のやけどの跡をなんとなく見かけた気もする。
「ありがとう、ございました」
 なにについての感謝なのか、フルールは少しばかり迷った。
「おにーさんが無事でよかったわ」
 夢見るような表情のまま、唇はやわらかくことばを紡いだ。
 フルールの本心だった。

 正しい行い。褒められるべきこと。
 おにーさんも、おねーさんも、みんなフルールをほめたたえる。

 あの奴隷商人を放っておいたら、もっともっと罪のない生き物が犠牲になっただろう!
 たぶんそう。

 けれども、そんなにいいことかしら?

 正しいだとか、間違っているだとか、善悪のことではない。
 フルールがやったことはきっと正しいこと。
 そうではなくて――。

「ん……」
 つかみかけた輪郭は、泡のように世界に溶けて消えていった。
……いつもとは変わらぬ表情で、少女は微笑む。
 つめたい金属。メダリオンの表面に反射した自分がこちらを見つめ返していた。
 いつもの通りに。

 淡い金色の髪が揺れた。メダリオンに呑まれた色がわずかな桃色を呈する。メダルのうちに揺らめく炎を閉じ込めるようにきらめいた。
「フィニクス――帰りましょう」

 ちょうど夕暮れ時だった。
 燃える夕日と、深海のような青空のさかいめは淡い。
 赤と碧の境界線を見つけようとして、フルールはよく目を凝らした。どちらともつかず、線を引くことはできない。

 どうして、争わなくてはいけないの?

 答えは、だれも教えてくれない。

 どうして、と、あたまのなかは燃えるように熱かった。
 答えのない考え事。
 フィニクスは、フルールのそばを離れない。
 精霊たちがざわめいていた。

「……」
 馬車の通り過ぎていく振動。我に返る。

 奴隷商人の息遣い、怯えた命乞いの声。言葉がつきたとき、――フルールは。
 腕を、
 振り上げて。

……ガクン、と重いからだが倒れた時の振動が、今でも手のひらにこびりついているようだった。

 フルールは世界を見つめる。
 木々、大地を、花や草。そして、地面に潜む蟲すらも。
 生まれて死ぬのは、自然の摂理。すべてはフルールの周りを巡り、過ぎ去っていった。

 どうして、争わなくてはいけないの?
 生き物の命には、限りがあるのに。

●安らぎ
 見慣れたルクスの青白い炎が遠くからでも瞬いていて、フルールはたいせつな彼女の来訪を知った。
「おかえりなさい、フルールちゃん」
 フルールを迎えたのは、『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)だ。
 ルクスも「おかえり」、と言葉を紡いだ。
 移り行く世界の理から外れて、時を止めた少女。――『愛と哀に狂う魔女』は、慈悲深く微笑んだ。
「ただいま、ルミエールおねーさん」
「あら、ずいぶんと汚れて――」
 愛おしいものを撫でるように伸ばされた腕を、フルールはやんわりと避けてすり抜ける。
「ごめんなさい、ちょっと汚れてしまったの。……洗ってくるわ」
 ルミエールとの邂逅が、いやなわけじゃない。ほんとうはぎゅうと抱き着きたかったけれど。
 ただ、……まだ、あの感触が残っていたから。だから、今、ルミエールを汚したくなかったのだ。
「そう……」
 ルミエールの青の瞳は、少女の瑕を見通していた。
 たいせつなフルールちゃんに、”何かあった”のだと分かったけれど、ルミエールはそれ以上聞くことはない。
「すぐにもどるわ。待っていてね」
 少女はぱたぱたと駆けていき、部屋の奥に消えていった。

 どうして?

 気が付けば、胃の中のものを吐き出していた。
 はじめての感触。
 生ぬるい感触。
 つかれたのかな、と体は理解していた。
 せっけんがしゃぼんを立てている。

 お湯じゃなければ汚れはちゃんと落ちないけれど、この温度が気に入らなかった。
 両腕が血に汚れている気がした。

 あたたかかいものだった。
 二度の感触。
 一度目は巨人、二度目は人。

(あれ?)
 フルールはその場に崩れ落ちていた。どうして? なんで? 
 わからない。
 実際のところ、少女は深く傷ついていたのだけれど――フルールにその自覚はなかった。

 メダリオンを布に包んで、無意識の遠くに押しやっている。
 いまは、これを見たくない。
 ふわりと、太ももを柔らかい毛皮が撫でた。
 ルクスだ。
「ルミエールおねーさん」
 ルミエールが手を伸ばして、後ろから水を止めた。
「私も少し汚れてしまったの。一緒にお湯を使っていいかしら?」
「うん、もちろんよ」

 すももの花弁、青い薔薇が交錯する。
 二人は、湯あみをすることになった。
 あれだけ気持ち悪かった生ぬるい体温も、ルミエールのものであればつらいものではなかった。
 ルミエールは、さらさらとフルールの髪の毛をすくっては、なんども優しくなでつけた。
 色合いの異なる金色の髪同士が、揺らいで、新しい色を作る。
「くすぐったいわ、ルミエールおねーさん」
「ごめんなさいね。つい、触り心地が良いんだもの」
 くすぐったい笑い声が漏れる。
 ルミエールおねーさんは、甘えたがりで甘やかせたがり。
 フルールは、心地よさに身を預ける。
「お仕事、うまくいかなかったの?」
「ううん、うまくいったわ。びっくりするくらい、ぜんぶ」
「そう」
 ルミエールの導きに寄せて、フルールはくすくすと少女らしい声をとりもどしていた。
 あのね、と、小さく言葉を紡ぎだした。
 どこから話そうか迷っている間も、ルミエールは物語を待ってくれた。
 ルミエールはうん、うんと相槌を打ち、時折優しい相槌を打った。
 それは正しいということもなく、それは間違っているということもない。

 少女二人の声が、水場に反響して揺れる。
 ここでは、誰も、彼女たちの話に聞き耳を立てることはない。――秘密の場所。
「ルミエールおねえさん、私、わたし、がんばったけれど、なんだか、褒められたいわけではないの」
 もっといいやり方があった――というのとは違う。
 おそらくこう定められていた。もういちど同じことがあったら、フルールはきっとそうするだろう。
 でも、きっとそのとき、もう一度思うのだ。「どうして、」と。何度だって。
 感情は、うまく言葉にならない。
 けれどもそういう機微をルミエールはほんとうに――驚くほど繊細に、汲み取ってくれて、肯定も否定もしない。
(心地よい)
 花弁が浮かぶ湯船に、色が溶けていく。境界線がなくなるみたいだ。
 ルミエールが手を伸ばした。
(あ――)
 フルールはとっさに手を引っ込めようと思った。
 ルミエールまで、汚れてしまうような気がして。
 けれども、ルミエールの手のひらは優しくフルールの手を握る。
「もっとお話を聞かせてほしいわ」

 どれだけ一緒に話しただろう。
「私はね、フルールちゃんがしあわせなら、しあわせよ」
 ルミエールのその言葉は、本心から発されたものだとわかる。
 暖かい温度に、ゆるゆると嫌な感触が上書きされていく。
「……ねぇ、ルミエールおねーさん。あのね……」
 ルミエールの声は、子守歌のようだった。うとうととまどろむ、幻想と現実のあわい。
 いつも、誰かが足りない気がする。大切な片割れが――。感情が欠落していて、足りない。

 巨人さん、あなたも安らかに眠ったかしら。
 沈み込む前に、「そろそろ上がりましょう」と声がする。

「愛してるわ」

●優しく毛布に包むように
「眠ったみたいだね」
 ルクスがフルールを鼻先でつついた。
 すうすうと安らかな寝息を立て始めたフルールを、ルミエールは優しくやわらかな布で拭っていった。
 額に手を当てて、呪文を紡いだ。
――おやすみなさい、よく眠れますように。
 傷ついた言葉を忘れさせるのは簡単なこと。
 誰かのせいにするのも、たやすいこと。
 開き直って生きることのほうが、きっとびっくりするほどありふれている。

 何人の人が、そうやって生きている?
 人は、誰かを傷つけたことを忘れて生きられる。
 けれども――この少女は、それを抱えて生きるのだろう。
 はじめての感触をずっと柔らかい体に刻み付けて。

 だから、ルミエールがフルールに見せるのはただのつかの間の眠りだけだ。
 頬をつついて、ふわふわとした感触を確かめて。今、ルミエールが知りたいのは、フルールの頬の弾力だけだった。
 ただ、それだけ。
「ねぇ、フルールちゃん、あなたは――」
 大切なあなたは、夢に酔ったりはしない。だから今だけはよく眠れますように、と、呪文はただの祝福であり、安らかなゆりかごをつくる。
 木々、大地を、花や草。そして、地面に潜む蟲すら。
 ありのままを愛して見せる、フルールをたまらなくいとおしく思っている。

″輝く光は深い闇、深い闇は輝く光″

 空にはぽっかりと月が浮かんでいた。

 ルミエールは、――この世界を愛してる。

  • はじめての――完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2021年05月12日
  • ・フルール プリュニエ(p3p002501
    ・ルミエール・ローズブレイド(p3p002902
    ※ おまけSS『おまけの歌』付き

おまけSS『おまけの歌』

誰が巨人を殺したの?
“わたしです”と真紅の大精霊が揺らいだ。

死ぬのをみたのは誰?
“わたしです”と紅蓮の大精霊が揺れた。

その血を受け止めたのは誰?
“わたしです”と赫灼の精霊がうごめく。

誰がお墓を掘ってくれる?

あわれな巨人の弔いの鐘の音を聞きつけて、ルミエールはやってきた。
忠実な「もう一人の私」を伴い、
友人として、姉として。
彼女の、フルールの幸福を願うため。

 ルミエールは、――この世界を愛してる。

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