SS詳細
誰が駒鳥殺したか?
登場人物一覧
●「それは僕さ」と、彼は嗤った
それは枯れ葉が風に吹かれ、土を撫で回す時節の事だった。
再現性東京のとある公園に、自らの髪をうざったく払いながら、何かを探し歩く青年がいた。
日の暮れる頃の公園には、遊ぶ子供等も殆どいない。故に、彼がひどく険しい顔で空を睨んでいようと、それを見咎める者など居よう筈もなかった。
「クソ、ここにも何も残っちゃいねぇカ……」
流れ流れてここまで来たが、手がかり一つ有りやしない。悪態一つ、青年はベンチにどかっと腰掛ける。数日前に死霊や屍人で溢れかえっていたこの公園も、今や『事件』の痕跡など何も残っていないのだ。
「青刃の奴、今頃何処に居やがル……」
青刃。遥か昔に離れ離れになった、自身の『弟』。先日の『事件』の首謀者。
腐ったケーキのように不愉快に甘ったるい声は、今でもありありと思い出される。
ーーそうだよ。僕はアリスじゃない。本当の名前は青刃。その少年の中に入っている赤羽の弟。
狡猾な『彼』は、この公園に自ら死霊や屍人を仕込み。か弱い娘(アリス)を演じて、自分達をカフェ・ローレットから連れ出し。その実力を見定めた後、疾く逃げ去ったのだ。流石は死霊術師と言った所か、幾ら歩けど探せど、容易に尻尾を掴ませてはくれない。悪態二つ。
「何が『アリス』ダ、馬鹿野郎」
「『メアリーアン』がどうしたの?」
返す者など居ないと思っていた呟きに返った若い声に、青年は驚き振り返る。
手にした小さな紙袋と夕日に照らされた髪を風に遊ばせる、うら若い女性。
その姿を、『赤羽』は知っていた。『大地』に聞いたとて、同じ答が返るだろう。
何せ、彼女こそ、青刃の起こした『事件』に共に関わった。
いや、それ以前にも、確かVR空間で、共に戦った。
「……有栖川卯月、だったカ」
「赤羽くん? ん? 大地さん、だっけ。何してるの?」
「今は『赤羽』だヨ。……この前、ここで死霊共と戦ったロ。青……あの時の首謀者が何か残しちゃいねぇか探しに来たガ、成果無しサ。お前こソ、こんな所で何してんダ」
「……あぁ、あの女ね。私はほら、ショッピングだよ」
そう言って卯月は持っていた紙袋を胸元まで上げて見せた。紙袋には『Cock Robin』ーー知人のJKが確か、『ここのコスメ、コスパ良くてマジ激アツだかんね!』等と話していたーーのロゴが描かれていた。
「……で、この前、ここでメアリーアンが事件、起こしたでしょ。たまたま近くまで来たから、なんとなーく立ち寄ってみたんだけど」
そうしたら、たまたまキミが居たってワケ。
そう答えた後、卯月は更に言葉を紡いだ。
「それにしてもあの女、アリスじゃないのにそう名乗ってるの、マジムカつくんですけど!」
「そうだナ、アレはアリスじゃねェ。……だガ、アレが何処のジェーン・ドゥだったのかモ、今や誰にもわかりゃしねぇヨ」
本来あの器に在るべき少女の魂は、青刃によって打ち砕かれ、闇に葬られてしまったのだから。そう言い、乾いた笑いを浮かべる背。
本来ならば、ここで話を打ち切り、立ち去っても良かったのだろう。
けれど彼の背は、あの戦いの時よりとても小さく見えて。
あの時、あの場で『アリス』の正体を疑う者は、けして少なくは無かった。
死霊に通じる者。不自然にこの状況を楽しむ者を探り出した者。赤羽。そして何より、卯月自身。
青刃が『黒』たる決定的証拠を揃えたのは他の者だが、卯月の問いが、青刃の本性を暴く一助となった事も、また確かだろう。
もし彼の落ち込む原因が、自分にもあるのなら。
それ以上に、何時ぞや、仕事帰りに見つけた背。静かに傷つき啜り泣く、無垢な『アリス』ーー彼が人前で泣く人物とは思わないけれどーーどうにも、それが想起されて。
卯月はそっと、赤羽の座る、その対に腰を下ろした。
「あの女がアリスじゃないなら、メアリーアンで良いでしょ。だって、似て非なる者なんだから」
「メアリー・アン、ネ」
俯く顔を上げて、青年は静かに、唇を釣り上げた。
「そりゃあ傑作ダ! その調子で『アリス』も誰も彼も殺しまくったに違いねェ!」
男はそう言い、呵呵と笑う。
……青刃をそうは笑ってみたが、己をそれを言えたものか?
ーーそうダ、俺達は死霊術師。
地獄の底から這い上がる為に屍を積み上ゲ、その上にふんぞり返ル、王様気取りの腐れ外道サ!
その言葉は、喉の奥で静かに殺す。少なくともこれは、この娘に聞かせるべき言葉では無いと思ったからだ。
殺された言葉の断末魔の代わりに、息の切れるまで青刃を、己を、笑い、嗤い、嘲笑い続け。ふう、と息を付き、赤羽は再び、顔を上げた。
ひとしきり感情を爆発させ、先程よりは穏やかな笑みをしている赤羽に、卯月は少しだけ、安堵の色を見せた。
けれど、まだどうにも、彼が無理をしているように思えて。その様が痛々しくって。卯月は、次の言葉を投げずには居られなかった。
「そういや赤羽くん、メアリーアンに『兄さん』って呼ばれてたけど……」
「あァ、実際俺達は兄弟だったからナ。……だガ、今のアイツにそう呼ばれても、全く嬉しかねェ」
ああ、腹が立つ。
「だったら悪気がねぇだケ、『バネっち』のが百億倍マシだネ」
「えっなになに。そうやって呼ばれてるの!? ウケる」
何気なく零した言葉。しかし傷心の赤羽には、それが己の晒した致命的な隙だと気付く事が出来なかった。
バネっち。
男の口から出た予想外の響きに彼女は目を光らせ、ぐぐいと距離を詰めた。何それ、面白い!
ーーでも、三月うさぎてゃん的にはちょーっと、可愛さが足りない。私だったら?
「私だったらばねぴって呼ぶな〜。その方がなんか可愛くない?」
「だよなァ。ったク、青もだガ、あのJKも大概俺を舐め腐っテ……」
そこまで言いかけ、赤羽は待テ、と小さく零した。
「お前何て言っタ。もっぺん言ってみロ」
「ん? その方がなんか可愛くない? っていうの?」
「そこじゃねェ、その前!」
「あっ呼び名の方かな? ばーねーぴっ!」
バネピ。BANEPI。ばねぴ???
未知の響きに、男は凍りつき、目を白黒させる。
その様が堪らなく面白くて、卯月の瞳に空よりも早く一番星が灯った。
「待って反応可愛い〜♡♡その反応なかなかないから新鮮! これからばねぴって呼ぶね♡♡」
「やめろそのJKノリ! サブイボが立ツ!」
「も〜、三月うさぎてゃんは、JKでなくJD、だよぉ。あっもうこんな時間、帰らなきゃ!」
じゃーね、ばねぴ☆
「おい待て卯月ィ!」
しかし兎は、時計の針に追われる者。それがオシャレ・オシゴトに励む乙女とあらば、尚の事。その姿は夕陽に溶けるように、忽ち見えなくなった。
悪態四つ。しかしそれは、先のものに比べて随分と軽やかで。
「何が『ばねぴ』だあの女ァ! 絶対訂正させてやるからなァ!」
拳を振り上げ、沈む夕陽にそう誓う。
その瞳には既に、憂いの青など、何処にも映っていなかった。
後日、赤羽の(大地と共用の)aPhoneに、このようなメッセージが届いた。
『ばねぴ今日ヒマ? だったらお茶会しよ♡♡』
『行く。首を洗って待て』
『やったー! とりまカフェ・ローレットに集合ね!』
ーーハッ、呑気に構えやがっテ。俺を舐めた事、死ぬ程後悔させてやるからなァ!
そう息巻く赤羽は、この時予想だにしていなかったのだ。
彼女に、赤羽の威厳と威光を見せるどころか。
彼女が後に、共に茶を飲み、共に遊び、対等に語り合える……良き『友』の一人となる事など。
おまけSS『誰が兎の名を呼ぶか?』
●「それは俺ダ」と、彼は笑った
あれから少し時が経ち、いつかの、何度目かの茶会の前。赤羽は急に足を止める。
……このまま『ばねぴ』と言われたままで良いのカ?
「早く行けよ」と片割れが急かすが、お茶会に出るならば、相応の備えというものがある。
目には目を。歯には歯を。クソダセェあだ名には、クソダセェあだ名を。
兎にも角にも、赤羽なりの報復の準備が必要なのだ。
つけるなら直球で意味が伝わって、かつ言いやすい方が良い。
しかしただの罵倒では芸がない。そうなれば訴えられるのは自分だ、旗色が悪い。
そういえば、あの女、度々自分を『三月うさぎてゃん』と言っている。イジるならそこだろう。
……兎の女だから、ウサ子?
駄目だ、それでは中途半端にかわいい。
単純に喜ばれては、何の嫌がらせにもならないではないか。
……うさこ、ウサコ、ウサコー……ウサ公?
その発想に、赤羽は口の端を釣り上げた。
兎の癖して、犬ッコロみたいなあだ名。ああこれがいい面白イ!
今に見ていロ、有栖川卯月。格の違いを見せつけてやル!
ーーそれ、大して変わらないんじゃ……?
しかし舞い上がる赤羽に、大地の声が届く事は無く。辿り着く待ち合わせの場所。
妙に上機嫌に、そして誇らしげに、赤羽はこう言い放つのだ。
「よォ、ウサ公! ビビって逃げたと思ったゾ!」
それを聞いた、彼女の反応は……?