SS詳細
アーマデルと世にも手厚い悪霊達
登場人物一覧
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『ヒャッハァー! チュートリアル悪霊団だーー!!!』
「ちゅーと……何だって?」
『聞こえてなかったならもう一度言うぜぇ!
ヒャッハァー! チュートリアル悪霊団だーー!!!』
そういう意味の"何だって"ではないのだけどなと『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は半眼になった。
海洋某所、海の見える小高い丘にある一等地。そこに別荘を構えている豪商から、屋敷を使わないうちに恐ろしい幽霊が住み着いてしまったと相談を受けたまではよかったが……玄関ロビーでアーマデルを取り囲む4体の悪霊は、霊魂疎通があるにも関わらず何を言ってるか分からない。
「どう思う?」
「どうも何も、わかる事と言えば屍人退治の仕事を手伝わされるたびに、トンチキな霊との出会うってだけっすわ……」
短く問われてアーマデルの隣に漂っていた酒蔵の聖女は頭を抱える。
ちなみに彼女、この状況に頭を悩ませている訳ではない。
『おいおい姉ちゃん大丈夫かァ〜?』
「大きい声出さないでくれません? うえぇ、二日酔いっすわ……』
「だから前日に前払いはしない方がいいと言ったろう?」
注意ももはや後の祭り。介抱するなら仕事を早く終わらせるしかない。
ちらと辺りの様子を伺い、アーマデルは眉を微かにひそめる。
「暫く使われていない別荘なのに、照明が点いている……?」
『テメェ達が来るのに気づいて点けたのよォ!』
『真っ暗だと視界ペナルティがある依頼もあるからな。気をつけてるんだぜェ!』
知ってるよ。何ならしっかり【星晦ましの目隠し布】まで用意したのに台無しである。
『まずは反応判定で戦闘の行動順を決めるぜぇ!
本来なら反応+1d100のダイス判定が入るが、今回は分かりやすくお前から行動していい事にしてやらァッ』
『ちなみに1d100のってのは100面ダイスを1回振るって意ーー』
ボッ! スバシュ!!
「説明が長い」
『悪霊Bーーっ!』
蛇腹剣の一撃で頭を吹き飛ばされ爆発四散する仲間に呆然とする悪霊ACD。
「大人しく成仏するなら手荒な真似はしたくない」
『お……』
(大人しくしてりゃつけ上がりやがって! とでも言うつもりか?)
『おっと、俺達みたいな悪霊には物理より神秘攻撃をオススメするぜぇ!』
「いや、普通に倒されてるだろ」
召喚されたての特異運命座標ならありがたい助言だが、現在のアーマデルはLv.52の大ベテラン。
半端な神秘のスキルを持つより殴った方が遥かに早い。
「完全に釈迦に説法っすわ。……うぷっ」
「ここで吐くなよ? とりあえず片付けたぞ。
話によると別荘の地下の酒蔵に奴らのボスがいるらしい。それを倒せば終わーー」
「さ か ぐ ら!! 一刻も早く向かいましょう。あ、ボス戦のチュートリアルはスキップせずにゆっくりで」
急にキビキビと移動しはじめる酒蔵の聖女にアーマデルは半眼になる。
「酒蔵に着いても酒が飲める訳じゃないだろ?」
「ふひひ、甘いっすわぁ。飲めなくてもその気になれば飲んだつもりになれるものっすわよぉ」
酒クズここに極まれりである。
呆れ混じりに視線を酒蔵の聖女から外し、ふとアーマデルは床の上で光るものに気づく。
どうやら倒した悪霊達が落としていった物のようだ。ひとつ拾い上げてみると、それは宝箱とメモ紙だった。
"アクセサリは装備して効果を発揮する物もあるが、使用しなきゃ意味のない物もあるぜェ!"
――なるほど、除霊されても手厚い。
初心の冒険者の前に颯爽と現れ、わかりやすい説明と扱いやすい報酬を残して去っていく。
おまけに倒せば経験値を貰えるものだから、チュートリアルでも無駄がないと大好評ーー
それがチュートリアル悪霊団なのである!
「ちなみにどんなアクセサリで?」
酒蔵の聖女に促されるままにアーマデルは警戒しながら箱を開け、中から取り出した物に嫌な予感を覚えたのだった。
●
『ヒャッハァ! 距離レンジについて教えるチュートリアル悪霊団だぜェ!』
ズババッ! ちゅどーん!
『グハハハ! 俺達はブロックとかばうについて教えるチュートリ…』
ザシュッ! ぼかーん!!
「酒蔵は……酒蔵はどこだ!」
チュートリアルの煩わしさにアーマデルはすっかり疲弊していた。
一体ごとの戦闘力は大した事がないものの、毎回詰め込まれる情報量の多さといったら!
おまけに「倒されたって分かりやすいから」という理由で毎回爆発するのもいただけない。
もはや正規の移動ルートは通らず、酒蔵の聖女に様子を見てもらっては【神威六神通】の物質透過で壁抜けをしての繰り返しである。
「酒蔵はこの先の扉っすわ」
「ようやくボス戦か。さっさと片づけて帰るぞ」
「それフラグっていうっすわぁ…あっ!」
次の部屋に進もうとするアーマデルを酒蔵の聖女が引き止める。何事かと思えば、最初の戦闘で手に入れたアクセサリの使用をせがむのだ。
やはりなとアクセサリを取り出せば、仄かに香る酒の香り。ラベルを指先でなぞり、彼はそのまま書かれた文字を口にした。
「反応酒。使用すると次の戦闘時、反応が+2000され音速の強さを得られます」
「飲んだらパワーアップ系のやつっすわ。要らないならくれません?」
「だから飲めないだろって」
チチチと指を振る酒蔵の聖女。
「この間、亡霊を成仏させるために焚き上げて薄い本を渡したでしょ」
つまりこいつを燃やせという事か。やれやれとアーマデルは酒瓶の蓋を弾き、火をつけたマッチをその中へ落とした。
アルコールが揮発する独特の臭いと共に、瓶の口から火が燃ゆる。
「やったぞ。というか二日酔いだったんじゃ――」
声をかける頃には酒蔵の聖女の姿はなく。代わりに酒蔵の奥から悲鳴が聞こえ、焦り気味に扉を蹴破る。
「大丈夫か!!」
ザカカカカッ!!
『お助けえぇぇぇ!!』
「うへへ、ひぃっく!」
別荘の最深部。そこには怯えるボス悪霊と――
音速の千鳥足でザカザカと這い寄る酒蔵の聖女の姿があった。彼女はボスの肩をガッチリ掴み、ようやく足の動きを止める。
――が、次の瞬間。
「吐きそっす…わ……お゛えぇぇえ」
『ぎゃあああーー!!!』
(帰りたい……)
地獄絵図と化した酒蔵から視線を逸らし、アーマデルはぼんやり思う。
『やられたって分かりやすいから』と爆発する手下達。
ボス格がこのアルコールいっぱいの酒蔵で例にならって爆発したら?
「…実は今さりげなく、だいぶやばいのでは?」
その一言を契機に、アーマデルは大きな光に飲み込まれ――
●
ザムグは旅の商人だが、根無し草の彼にも思い出の詰まった場所はある。
それがこの別荘だ。海に面した小高い丘の上から、夏は祭りを一望できる海洋ビーチの一等地。
シーズンになると親族一同集まって、それはもう絵に描いた様な温かい家庭の休日を――
ドカーン!!
「温か……あっつゥ!」
突然の爆音と熱気を受けて、ザムグは馬車の中を飛び出した。もうもうと煙を上げる思い出の別荘だった場所。
「家ァあアア!?」
「落ち着け」
「落ち着いていられるかぁ!
どういう事だねアーマデル君! 私の家がドカーンて!ボバムて!!」
あたたかい(物理)家に錯乱するザムグの襟首をつかんで引き留めながら、アーマデルは酒蔵の聖女へと呻く。
「酒を用意してくれ。とびきり度数のキツいやつ」
「ザムグに飲ませるつもりっすの?」
「いや、俺が飲む」
――今日の事は全部忘れよう。彼が誓った瞬間だった。
おまけSS『同人誌『暗殺者くんとヒミツの地下室』』
●はじめに
この同人誌『暗殺者くんとヒミツの地下室』は同人サークル"S号さんと歩道橋"による二次創作です。
実際の人物団体、および特異運命の褐色肌イケメン霊魂使いとは一切関係がありません。……ありませんってば!
●『暗殺者くんとヒミツの地下室』
暗がりの中でアーマデルは目が覚めた。
意識を取り戻すと同時、じくじくと後頭部が痛む。
(敵に背後をとられるどころか強打されて気絶とは……俺もたるんでいたな)
ある程度暗闇に目が慣れたところで、彼はその部屋に自分以外の気配がいくつもある事に気づく。
――監視されている。誰に? 何のために?
「目を覚ましたか、アーマデル」
かけられた声には聞き覚えがあった。しかし感動の再会という訳にもいかない。
何故なら彼は犯罪によって投獄中。牢屋の中で体を1680万色に光らせながら、薄暗いんだか眩いんだかよく分からない囚人生活をしているべき人物だ。
「お前……ちゃんと喋れたのか」
「ツッコむ所はそっちでいいのか?」
前回ゲーミング人間椅子と化してしまった誘拐犯は暗がりの中でぺかぺかとカラフルに輝きながら、ククッと口角をつり上げた。
嬉しい時はひときわ綺麗な暖色カラーで輝いてしまうようである。闇になれた目にはとにかくキツい。
「じゃあ一応聞いておくが、俺にこんな拘束をしてどうするつもりだ。
イシュミルの誘拐に失敗した次は、俺を誘拐して身代金でも奪うつもりか?」
両手と両足を戒める鋼の枷。大きく身動きを取るためには解錠の時間が必要だが、目の前のゲーミング誘拐犯は今ここで事を起こそうと魔導銃を手に取った。
「身代金だなんて、とんでもない! そんな事で俺の怒りはおさまらない……輝く俺より惨めな思いをさせてやるよ!」
「……ッ!」
トリガーを引かれた瞬間、アーマデルは身を固くした。
身体に痛みは走るだろうが、BSの類なら無効にできる。ただ今はこの男の溜飲を下げるために痛がるフリを――
ぽふ~ん! ぴょこっ☆
「……は?」
あまりにも可愛らしい効果音にアーマデルの氷点下めいた声が刺さる。
頭上で揺れる黒いウサ耳をゲーミングの灯りを頼りに視認し、視線を落とせば更にジト目で「……は?」と重ねる。
ふわっふわの黒い尻尾、身体をぴっちりと覆うレオタード。網タイツの太ももをやや内股にして、状況をなんとなく悟る。
「なん……だとっ……!」
無駄にシリアスな誘拐犯の声がシュールな笑いを誘う。
「ウサギになる呪いをかけてやろうとしたら……BS無効が中途半端にいい仕事をしてバニーボーイに留まった、だとっ!?」
「……。頭痛くなってきたから帰っていいか?」
「なんのっ! 誤算はあったが貴様は今日から俺のペットだ! おいお前ら、ウサちゃんを可愛がってやれ!」
「ぐへへ、やっちまっていいのか?」
「やるぜぇ……なんせ俺達はうさちゃんが大好きだからな」
闇に紛れていた気配達は誘拐犯の仲間のようだ。下卑た笑みを零しながら男達は右手に持ったソレをアーマデルの口元へ強引に押し付けた。
「ほら、ごはんの人参だ。ちゃんと茹でてるからしっかり食えよ」
「ぐっ……や、めろ…! 頬にぐりぐり押し付けるな!」
「世話したい奴で後ろが詰まってんだ。いつまでも強情はってると終わらねぇぞ」
(訳が分からない……何なんだ、バニーとか茹で人参って……うっ。でも少し美味しそうな匂いがする……これもウサギの呪いか……)
「あむっ。むぐ……ぅ……」
かじってみると甘みが強い。美味しい茹で人参に次第にアーマデル自ら口を開くようになり、やがて――
●締切よりも怖いもの
境界図書館、事務スペース。
トーンくずに塗れた手を止め、死んだ魚のような目をしたアーマデルが蒼矢を見る。
「なあ、これ……」
「そこの影はスクリーントーンの8番だよ。重ね張りすると
「いや、そういう訳じゃなくて」
先日、別の境界案内人と間違えた詫びをしたい――そう申し出たのはアーマデル自身だが、
自分をネタにした薄い本のトーン貼りをさせられるのはまったくの想定外だ。
……というか、助けたばかりの芸術世界『モイラ』において同人イベントが開催される事自体もかなりの衝撃なのだが。
『渇きを満たしたければ、お前自身がやってみろ』
(あの時はああ言ったが、本当にこれでよかったんだろうか……)
「当日は売り子も頼んだよ! 僕も褐色イケメン本……買い揃えなきゃ!」
「買い揃えてどうするつもりだ?」
「読むに決まってるじゃないか、本なんだから」
「それはそうだろうが……」
アーマデルの苦労はまだまだ続く。