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幸福纏い 〜ふたりの姿を決めるなら〜
登場人物一覧
●迷える子猫と信号機
Rapid Origin Online――
練達ネットワーク上に構築された疑似世界は、特異運命座標を受け入れた。
ログイン中のまま閉じ込められたプレイヤーを救うため、多くの者が電子の海へ旅立つ準備をしている中――『若木』秋宮・史之(p3p002233)と『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)もまた、仮想の地へ降り立つべく支度を進めていたのだが。
「『アバター』が決まらない?」
相談を受けた『境界案内人』神郷 赤斗は顎髭を擦りながら考え込んだ。
「はい。早く現地に行って力になりたいとは思ってるんですけど……」
「いざ"何にでもなれる"と言われると、どんな姿をしたらいいかカンちゃんも俺も迷ってしまって」
人は様々なしがらみに揉まれて生きていく。その中で蓄積された経験が、今の自分を作るのだ。
唐突にゼロから自分で積み上げていいと言われても、露頭に迷う子猫のようにぼんやりするのは必然か。
「事情は分かった。俺でよけりゃ力になろう。まずは色々と調べさせて貰ってもいいか?」
境界図書館の一角でくゆる緑茶のいい香り。お茶請けのどら焼きを味わいながら、ざっくばらんな聞き込みが始まる。
好きなもの、嫌いなもの。これまでの経験やプライベートの過ごし方。
リラックスした状態で判断材料を探ろうという、赤斗なりの交渉術だ。
結果、彼が導き出したプランは――
●Case1.赤斗の場合
「史之、睦月。二人でアイドルデビューしよう」
「待ってください赤斗さん、俺はドルオタであって、自分がアイドルになりたい訳じゃ……」
「まぁ話を最後まで聞け。前提として、二人はR.O.Oの世界でも一緒に行動するつもりなんだろう?」
驚く史之へ赤斗はすかさず待ったをかけ、ジャケット裏から素早くペンを取り出した。廃棄予定の書類を一枚手繰り寄せ、裏面にサラサラとイメージを描いていく。
「アイドルユニットという設定を打ち立てて活動すれば、自ずとニコイチで行動していても疑われないし説明がつく。
将来的には秋之宮の住人そろえて派手なライブが出来ると願ってユニット名は『
出来あがっていく衣装案はひとつだけに留まらない。
まずは王道、西洋軍服風の華やかなアイドルコスチューム。
帝都香る大正ロマンのハイカラ衣装に、四季と
泉の様にこんこんとデザイン画が増えていく。
「赤斗さんの絵って萌え系なんですね。こういうのが描けるのって蒼矢さんだけだと思ってました」
睦月のさり気ない一言にピタリと赤斗の手が止まる。青ざめた様子を見るに、触れてはいけない部分にさわってしまったようだ。
意識を別にそらそうと、睦月は慌てて新たな話題を考える。
「あとですね! アイドルっぽく振る舞うにしても僕にはやり方が分からないというか」
「そこは心配ない。睦月には頼もしい相方がいるじゃないか」
言うなり赤斗が何かを取り出し史之に向ける。次の瞬間ーー
「BANG!」
「――ッ!!?」
爽やかなアイドルスマイル。
指で作った拳銃が、睦月のハートをキュン♡と撃ち抜いた!
『しーちゃん』『撃って♡』
赤斗が出したファンサうちわへ神対応をかました後、史之はハッと我にかえる。いやな汗が頬を伝った。
「こ、これは……」
アイドルを推すという事は、ファン目線で"こうして欲しい"というビジョンが分かるという事だ。
仮想世界で完璧なアイドルの身体を手に入れたなら――その嗅覚は最強の武器になる!
「思い出せ、推し活で苦悶したあの日々を! 徹夜で作ったファンサうちわをスルーされた悲しみ、
握手会でチェキ取った直後に手を徹底消毒されていた時の切なさ! 総選挙で投票した直後に卒業発表!!
仮想世界のドルオタが傷つかないためにも……史之自身が! 理想を演じて!彼らを救ってやるんだよ!!」
「赤斗さん! 分かりました。俺、いつか辿り着いてみせます。アイドルのトップステージに!!」
「アイドルのしーちゃん、アリかも……ってダメダメ! しーちゃんのファンサは僕が独り占めするんだから!」
キラめきいっぱいのファンサを受けてぽーっとしていた睦月も、ようやく我に返って提案を止める。
「アバターの姿だったとしても、あんなキラキラオーラのしーちゃんと一緒に居たら、僕の心臓が保たなーー」
説得しようと語る途中、金色の瞳と目が合った。それはぱちぱちと数度またたいた後、嗜虐的に薄められる。
「どうしたんだい睦月。もしかして赤斗に虐められてる? 殺しておこうか?」
「ダメですよ黄沙羅さん、簡単に人を殺すだなんて」
諭されると彼女――『境界案内人』神郷 黄沙羅は隠しもせずチッと舌打ちひとつ。
少し前に捕まえたい得物を赤斗に横取りされてから、怨みがつのっている様だ。
「睦月がそう言うのなら。ところで、何の話をしていたんだい」
ちゃっかり赤斗の分のどら焼きをくすねてモグモグと咀嚼する彼女に、睦月はかくかくしかじかと事情を手早く説明する。
「混沌はまた面白い事になっているね。じゃあ僕からはも提案しようかな」
●Case2.黄沙羅の場合
「睦月と史之は恋人であり、主従なんでしょう? それならアバターにも反映しなきゃ」
黄沙羅が提言したのは"夫婦で主従"。悪魔の若奥様とその契約者である旦那様――という図式である。
「奥様が僕だとしたら、仮想世界ではしーちゃんを守る側になれるって事?」
「だーめ。カンちゃんは俺が守るんだから悪魔と契約者のポジションは逆にするよ」
お互いに相手を想うあまり役の取り合いになる睦月と史之。その様子を微笑ましげに見守りながら黄沙羅はつづけた。
「主従が変わっても素敵だし、いっそ性別を逆にするのも面白いかもね。せっかく現実と仮想の世界、両方を楽しめるんだから。
思い切って普段と真逆の立場になったら、お互いの視野が開けるかもしれないよ?」
守る者と守られる者。立場が違えば見える景色も違う。
二人の距離をより一層縮めたいなら、交換するのが手っ取り早い。
「この案にはアクセスファンタズムも提案しよう。悪魔と契約者の組み合わせには魔力供給がつきもの。つまりーー」
「供給方法を触れ合いに設定すれば、公の場でイチャイチャし放題」
「しーちゃん今すぐこれにしようっ!!」
「カンちゃん落ち着いて!?」
睦月はすでにノリ気の様で黄沙羅と外見の相談をはじめている。
「若奥様らしさを可愛いエプロンで出して、悪魔の翼は小さめで愛らしく。
角はチャームポイントのアンテナを邪魔しないように羊みたいなまき角風とか……」
「結構ファンシーに纏まりそうですね」
止める方法を頭の中で整理するうち、花の香りが史之の鼻腔をくすぐった。振り向けばそこにはーー
●Case3.ロベリアの場合
「貴方達だって、ログインしたら戻って来れる保証なんて無いんでしょう?」
アバターを決めは死装束選びに近いと『境界案内人』ロベリア=カーネイジは妖しく笑った。
こう見えて彼女なりに心配をしている様だ。ニヤニヤ笑いを止めて少し考え込んだ後、睦月の頭に手を伸ばす。
すると小さな黄色い花がふわふわ現れ、銀の髪を彩った。
「
"優しい心"を花言葉に持つその花は、どこかの異世界、中国という大国生まれのものだという。
「チャイナドレスをまとった愛らしい妖精アバターはどうかしら。スリットが恥ずかしいなら華ロリィタも素敵よね」
「花の妖精さんですか。それは可愛いですね!」
乙女らしい新たな提案に睦月が微笑む。じゃあ俺は? と言いたげな史之の視線に気づき、ロベリアはクスクスと小さく笑った。
「史之の服は蝋梅の刺繍が入った
鳥は種を遠くへ運び、花は甘い香りで鳥を包む。とっても幸せな関係だと思うの。因子はメジロやうぐいすとか。黄色の花に緑の小鳥はよく映えるわ」
「飛行種なら今まで出てきた姿よりハードルが低そうだね。カンちゃん、ロベリアさんの案でアバターを――」
「ちょっと待ったあぁぁーーー!!」
●Case4.蒼矢の場合
境界図書館のロビーに大きな声が響き渡る。その場の誰もが声の主を察し、睦月が口を開く前に史之は席から立ち上がった。
「やっぱり何案かもらったし、家に戻って考えてみよう」
「嗚呼、せっかく新しい世界を冒険するんだ、二人のペースで考えればいいさ」
「史之も赤斗もスルーしないでよぉ!」
――そりゃあマトモな案が出ないからだろう。
黄沙羅のジト目に気づく事なく『境界案内人』神郷 蒼矢は拳を握り、ブンブン振りながら力説した。
「今、そりゃあマトモな案が出ないからだろう……とか思ったでしょ?
安心してよ、僕は新しい一歩を応援する"青信号"なんだから!」
はいドーン! と蒼矢が取り出したボードには、赤いアンテナのついた白い犬と眼鏡をかけた黒い猫が仲良くじゃれあってる絵が描かれている。
「睦月はビション・フリーゼで史之はボンベイ! ほっこり癒やされるわんにゃんアバターで、二人は聞き込み調査が捗る。僕はモフモフに癒やされる!まさに一石二鳥だよね!」
「蒼矢さん、提案ありがとうございます。でも、えっと……アバターの姿では境界図書館に来れないので、蒼矢さんがモフモフできる事はないような……」
睦月の話しを頭の中で噛み砕くのに、蒼矢はしばしの時間を要した。
「嘘でしょ、そんなの聞いてないよー!!」
「そりゃ始めっから居なかったからだろーが」
かくして境界案内人たちによるアバター相談会は幕を閉じた。
二人がどんな姿をとったか――それはまた、別のお話。