PandoraPartyProject

SS詳細

灰花咲いて、庭園に

登場人物一覧

フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
灰薔薇の司教
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
アレクシア・アトリー・アバークロンビーの関係者
→ イラスト

「ねえ、師匠」
 資料と睨めっこを続けていたイルス・フォル・リエーネは『押し掛け弟子』の呼び掛けに気付いて視線だけで相槌を打った。
 長い髪が書物に届くほど落ちて邪魔そうだ。櫛とリボンを手にしてアレクシア・アトリー・アバークロンビーは丁寧にその髪を梳いてやった。自身に利があるときのイルスは大体、何も文句を言うことはない。長い若草の色は彼が研究を行う際に邪魔になるのだろ。
「聞きたいことがあるんだけど……」
「資料への質問かい?」
「ううん、ちょっとした好奇心というか……私は師匠とはもうそれなりの付き合いでしょう? それに、アンテローゼの魔女フランツェルさんとも仲良くなったんだ。
 妖精郷アルヴィオンで師匠がフランさんに手を貸していたのをみて、どんな関係なのかなあって。あの時はバタバタしてて聞くことが出来なかったから、気になって」
 問い掛けたアレクシアにイルスは表情を歪めてノーサインを出した。彼がそんな表情をするのだから、アレクシアとしては聞かずには置けない。
 その長い髪を揺って、手を離す。櫛を戸棚に置いてからアレクシアは固く口を閉ざした師をまじまじと見て、微笑んだ。
「……フランさんに聞きに――」
 ぱしり、と手を掴まれる。「話そう」と資料を端に避けてテーブルに茶器の準備をするように告げた彼にアレクシアは意外な姿を見た気がして、小さく笑みを零した。


 ――アンテローゼ大聖堂は代々『ヘクセンハウス』と名乗る魔女が司教を務めて日々、ファルカウへと祈りを捧げている。
 先代は幻想種であったが当代の魔女は幻想貴族であった人間種なのだという。先代の娘が選んだ以上、周囲は何も申し立てやしなかったが『命の短い』人間種に祈りだけの日々を過ごせる訳がないと囁かれていた。
 代々のヘクセンハウスの膨大な記憶を全て継承し、ファルカウに祈る魔女『ヘクセンハウス』――その記憶に用事があったイルスは新たな魔女ヘクセンハウスと出会うこととなった。
 ハニーピンクの髪、鈍い春月の瞳。幼い少女のようなかんばせの、愛らしい娘。
 それが当代の魔女ヘクセンハウス――フランツェル・ロア・ヘクセンハウスであった。
「貴方が魔女ヘクセンハウスに用事のある『魔種の研究者』? 良いわよ、秘密を教えてあげるわ。……勿論、対価は頂くけど」
 そう微笑んだ彼女は魔女で前評判とは打って変わったように堂々としていた。彼女は代々の記憶を語り継ぐために生きている。故に、対価が必要であることはよく分かっていた。
「ああ、構わないよ。自己紹介が遅れたね。君の言うとおり『魔種の研究者』のイルスだ。イルス・フォル・リエーネ」
「イルスね、よろしく。それじゃあ書庫に行きましょう。貴方の求める素晴らしい記憶が存在すれば良いのだけれど……」
 その小さな背を追いかける。背丈から見れば外見年齢は10歳そこそこの少女だろうか。幻想種では珍しくはない外見ではあるが、人間種となれば話が違う。
 老いて、朽ちて死ぬまで。短い付き合いになりそうだとイルスは小さく溜息を吐いた。
 長命の種であるイルスにとって瞬きのような時間でフランツェルは死んでしまう――と、そう思っていたのだが……

「君は案外しぶとい」

 溜息を漏らしたイルスは朝のお祈りを終えたばかりのフランツェルの顔を見て開口一番にそう言った。
「どういう意味かしら。今日もフランツェルに会えて嬉しいってこと?」
「……言っていないだろう?」
「そう聞こえたってことにしちゃいけないのかしら?」
 悪戯めいて、揶揄い半分に。トリッキーな彼女は非常に魔女らしい娘であった。割り切ることと諦めることを知り、神を冒涜することさえも理解している。
 秘密だらけで過去の己を捨て去ってただの『フランツェル』ではなく魔女『ヘクセンハウス』として生きる彼女は昨日もリュミエ・フル・フォーレを困らせたらしい。
「リュミエ様が困っていたぞ。昨日は何をした?」
「嫌だわ、丁度外から迷子がいたから保護して適当に此処に置いていたら他の幻想種に叱られてしまったのよ。
 余所者をアンテローゼに招き入れるなんて! って。なんて言うから頭にきちゃって――」
「……」
 イルスは聞かなかったことにした。苛立ってフランツェルが何か悪戯でもしたのだろう。未だ未だ幼い少女に幻想種の機微を全て感じ取れなどと言う方が無茶では無いか。
 そうした事をしないようにアンテローゼの者達が世話役とお目付役を担っているはずなのだが、フランツェルが彼女たちの目の届かぬ所で行動することが多いのだという。
 貴族令嬢であったわりに先代のヘクセンハウスの元で修行を積んだ期間が長いからか一人で何でもしてしまうそうなのだ。
「アンテローゼの者を余り困らさないように」
「ええ。それで、今日は何をしに来たの? 私の生存確認ではないでしょう?」
「ああ、魔種が近々この辺りでも活動していると聞いたんだ。どうだい?」
「見ては居ないけれど……ねえ、イルス。ちょっとだけ冒険しない?」
 ――嫌な予感がする。
 イルスは溜息を吐いた。今に思えばそれはアレクシアが押し付け弟子になった時と同じ感覚であっただろうか。
 夜更け過ぎに、イルスを伴ってフランツェルはアンテローゼ大聖堂を抜け出した。向かうのは深緑には幾つも存在して居る古代遺跡だ。
「フランツェル、叱られるだろう?」
「そんなこと言って。イルスだって楽しくなってきたでしょう」
 ずんずんと進むフランツェルの背をイルスは追いかける。危険も承知、いざとなれば自身が彼女を守らねばならない――と考えているが、初級のまじないくらいは出来ると豪語するフランツェルは魔女らしくモンスターを撃退して行く。
「全く……私は戦闘は本業じゃないんだ。君みたいに若くもない。そうそうと帰って暖かいシチューを飲んでからベッドで眠りたいのだが」
「そんな事を言わないで。私だって、好きでして居るんじゃないわ?
 好奇心は魔女ヘクセンハウスにとって一番大事なことなの。大樹様のために記録を残す。その為ならば、野を越え、山を越え、そして、野宿だって!」
「……フランツェル。そんなことを言って魔種に出会ったら如何するんだい?」
「その為のイルスでしょう。頼りにしているわ。屹度、私の方が先に死んでしまうから次のヘクセンハウスに『素敵な魔女だ!』って伝えて貰わなくっちゃいけないもの。
 たっぷりと私と冒険して貰うわよ。因みに、リュミエに見つかったら共犯ってことにするから」
 フランツェルは野を越え、山越えの勢いであった。古代遺跡の中に入ってはモンスターに追いかけられる。罠を踏み締めれば笑い乍ら助けてと叫んでいる。
 ころころと表情を変える彼女は幼い頃から毎日楽しげであった。天真爛漫であったフランツェルもある程度の年齢になれば其れなりに落ち着いてくる。
 アンテローゼ大聖堂で朝の祈りを終え、何時ものように訪れる者を笑顔で迎え入れる司教として。
「ねえ、イルス。私と冒険できなくなって寂しい? 寂しいわよね。でも、仕方が無いの。リュミエに叱られてしまったんだもの!」
「寂しくはないさ。元から、君は直ぐに死んでしまうちっぽけな存在だと思っていたからね。私と君では命の物差しが違うから、諦めることを知っているのだよ。
 だからこそ思い入れも愛着も何一つ持たないようにしてきたけれど、感情というのはバグだね。私は君を友人だと認識してしまっている」
「あら、口説かれたのかと思った。ええ、ええ、だって私とイルスは友人だもの。仕方が無いわ?
 大切なお友達になれるように誠心誠意頑張ってきたんだもの。私の頑張りに貴方が応えただけじゃない。私は未だ未だ死なないわ。人間ってしぶといのよ」


 ――其処まで語り終えてからイルスは溜息を吐いた。アレクシアが淹れた紅茶も冷めてしまったか。
「師匠とフランさんって昔からの付き合いで、冒険仲間で、共犯者なんだ?」
「まあ、今になってしまえばそうだね。私も長く生きている。彼女なんて子供の――いや、孫のような存在で、ついつい甘やかしてしまったよ」
 小さく微笑んだイルスに不思議な感覚だとアレクシアは呟いた。アレクシアとて気付いている。何時か、彼女の年齢を『追い越す』時が来るのだと。
 命の物差しが違う。人間種のフランツェルと幻想種のイルス。彼等は大切な友人でも、片方の死を最初から念頭に置いて付き合ってきたのだと、彼は静かに告げた。
「アレクシア、今日はこの後の予定は?」
「師匠の手伝いをしようと思って何もないけど……」
「アンテローゼへ行こうか。同じ事でも、魔女の言葉では大きく変わるだろうからね。ああ、けれど彼女は悪戯娘だ。大仰に私の失敗談を語るかもしれないけれど、それは聞き流すように」
 例えば、フランツェルがダンジョンで掛った罠から逃れてイルスに押しつけたり。例えば、モンスターを惹きつけてイルスに押しつけたり。例えば……。
 そんな悪戯とも言えない恐ろしい行いを繰り返すフランツェルが妖精郷の一件で自身を巻き込んだときイルスはこう思ったのだ。

 ――ああ、まただ!

 それでも憎めない魔女ヘクセンハウスは今日も礼拝を行っている。選ばれない未来をその目に映して神託は魔女だけが知る事のできる唯一の秘密のように抱えながら。

「いらっしゃい、イルス。アレクシア。
 今日も元気そうで何よりだわ? ルクアも元気そうにしているのよ。是非会っていって頂戴。
 それから、イルス。新しい本が増えたの。どうかしら、対価は頂くけれど私より先に読んでみない? 屹度、素晴らしい知識が手に入る筈!」
 ――結果はもう見えているけれど、と唇に悪戯めいた言葉を載せて。

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