SS詳細
夜空の姫とダンジョンブレーカー
登場人物一覧
●巡り合わせの日
その日の巡り合わせと言うのは偶然以外の何物でもなかっただろう。
一人迷宮探索を行おうと考えていた『観光客』アト・サイン(p3p001394)。そしていつか見た過去の記憶を振り払おうとローレットの依頼を探す、『物語No.0973《星の姫》』コルク・テイルス・メモリクス(p3p004324)。
二人は互いにそれぞれの思惑を持ってローレットへ足を運んでいた。それを示すようにアトはコルクのことに気づかず、一つ依頼を見つけてコルクボードから依頼書を剥がすと受付へと持っていく。
いつもであればこのままアトは依頼を受けてローレットを立ち去ったことだろう。コルクも同様になにか依頼を見繕って慌ただしく去ったかも知れない。
しかしながら今日という日は二人を結びつけようと、いつもとは違う道を用意した。
「え……ダメなのかい?」
見繕った依頼書を提示して依頼を受けようとしたアトが呻きにも似た声を漏らす。
理由は依頼書を確認していた情報屋のユリーカ・ユリカが難色を示したからだ。
「アトさんの腕前も迷宮への熱い情熱も理解しているのですが、依頼主から安全に配慮して二名以上で、と話を受けているのです。
誰か一緒に行ってくれる方はいませんですか?」
「うーん……そう言われてもな」
アトは急ぎ依頼仲間の顔を思い浮かべていくか、これまたどういう因果か今日という日に限って皆出払っていたいた事を思いだした。
(どうしたものかな)
アトは思案する――割の良い依頼でもあるし、迷宮探索ということもある。できれば受けたい依頼だが――。情報屋に任せて人数を揃えるという手もあるが、いまいち乗り気になれない。できれば顔なじみと二人で行きたいところだが――と、考えていた所で背の辺りをツンツンと叩かれた。
「アト様、なにかお困りですか?」
「ん……君は、コルクか? 悪いね気づかなかった。来ていたんだね」
振り返ったアトの前にはコルクが立っていた。どうやらアトに気づいて寄って来ていたようだ。
「ええ、ちょっと依頼をやってみようと思いまして。まあ簡単な依頼になってしまいそうですけれど。
それで、何かお困りでしょうか?」
尋ねるコルクにアトは事情を説明する。するとどうだろうコルクは両の手を合わせて微笑んだ。
「なら私が同行するのはどうでしょうか?」
「君がかい?」
少しアトは驚いて尋ね返す。
確かに顔なじみならばと思っていた所ではあるが、迷宮探索に連れて行ってもよいものだろうか?
そんなアトの考えを知ってか知らずか、コルクは言葉を続ける。
「丁度、私も依頼を探していたところですし、それに何より迷宮に一緒に行く約束をしたではありませんか!
この機会を逃すことはありませんわ」
ああ、確かに。アトはコルクと約束した内容を思い出す。
いつかダンジョンに一緒に行く。そんな他愛もない約束ではあったが、約束は約束だ。それを違う理由はないだろう。
「ふむ……それじゃ、一緒に行くかい?」
「ええ、ぜひ!」
巡り合わせとは不思議なものだ。
まるでこうなることがわかっていたかのように、すべての舞台装置が揃っていく。
「ではアトさんとコルクさん、がんばってくださいなのです」
依頼書に受け付け済みのハンコを押したユリーカの声を聞きながら、巡り合わせた二人は揃ってローレットを出て行った。
迷宮探索の始まりだ。
●計画と準備の必要性
「それで、まずは何から行いましょうか? すぐに現地に向かうのですか?」
依頼書のコピーに目を通しながらコルクが言う。依頼経験の少ないコルクだ、これはしっかりとエスコートする必要があるだろう、とアトは口を開いた。
「今回は迷宮探索だからね。十分に計画と準備をする必要があるだろう」
そういって今回の依頼を達成するまでの計画と必要なものをコルクに伝えていくアト。
その計画は、アトが依頼書を眺めていた時から頭の中で考えていたことだ。迷宮探索に情熱を注ぐアトにしてみれば今回の迷宮はそう難易度の高い物でもなく、事前の計画や準備に必要な物は大凡推測がつくのだ。
「まあ、すごいです。まるで以前から考えていたみたい!」
驚き目を丸くするコルクに「そんなに難しい物じゃないさ」と苦笑するアト。
そうして二人は必要な物を見繕う為に道具屋や、食材の仕入れに向かった。
コルクにしてみると初めて見るようなものばかりで、驚きの連続だ。それをアトが一つずつ解説しながら購入していく。
「ふむ……さすがにそのままではまずいか?」
「なんでしょう?」
アトが片目を瞑りコルクを眺めると、道具屋の端から一着のクロークを見繕う。
「せっかくのドレスが汚れてしまうのもそうだけど、悪天候だったら困るからね。これを上に着るとよいだろう」
「確かに、そうですね! ふふ、ありがとうございます」
まるで旅人のよう、とクロークを着込んで喜ぶコルクに、アトは初めての冒険を前にすれば皆同じようにはしゃぐものなのだろうか? と微笑み思案する。
そうして買いそろえた荷物を馬へと乗せる。人が乗る余裕はないが、仕方ないだろう。
依頼はとある貴族が領地として所有する山中の古代遺跡の探索。
古代人の墓であると伝えられているその場所から、墓に眠る財宝を取ってくるものだ。
山は険しいことが想定されることから、旅程は出発から三日の予定だ。
「それじゃ、行こうか」「はい」
計画と準備を終えた二人はこうして馴染みの街を出立するのだった。
●二人旅
最寄りの街までは馬車に馬を引いて貰った。そこからは馬を引きながらの歩きだ。
初夏の山は晴れていれば涼しく清涼感あふれる気分に誘ってくれるが、山の天候は変わりやすい。悪天候へと急転すれば途端にハードな登山と変わっていく。
「今日はここで休もう」
「もう少し進めそうにも思えますが……わかりました」
まだ時間は早いが、先の道行きを見越して野営を始める二人。こういうときの”読み”はアトの領分だ。
熾された火が二人の身体を温めていく。無自覚なまま冷えた身体は、熱を求めているようだった。
「少し辛いけど、身体は温まるはずだ」
「ん、ほんとに辛いですわ。でも、美味しい」
二人で香辛料たっぷりのスープを飲み干し、雨の降りしきる中睡眠を取る。固い地面の感触は眠りを妨げるようにも感じたが、疲れていたのかコルクはすぐに寝息を立て始めるのだった。
翌日。
二人は険しい山道を登り切り、そして目当ての遺跡へと辿り着いた。
「――――」
アトが指を立てて静寂を求める。そして音を立てぬように慎重に遺跡の入口にならぶ柱へと近づくと、コルクに合図して後を追うように指示をだした。
コルクがアトの背後へと辿り着くと、アトがしゃがみ込んで、なにやら探している。覗き込むようにコルクが見ると、そこに糸と鋭角な枝を使った原始的な罠が設置されていた。
「罠……ですか?」
「見ての通りだね。ただし、これは遺跡本来の罠じゃない。僕ら以外の第三者がいるのさ」
アトは周囲の足跡や、生活の痕跡から小鬼が住み着いていることを推測した。
「気をつけて進もう。遺跡にも罠があるだろうしね」
そういって入口の扉に仕掛けられた遺跡本来の罠を解除する。見事な手際に「まあすごい」とコルクが口を手で覆った。
「初歩的な罠さ。よく観察すれば誰でも気づける。解除の仕方を教えるからコルクもよく目を凝らして見つけてごらん」
そうしてアトのレクチャーを交えながらの遺跡迷宮探索が始まった。
薄暗い入り組んだ通路を慎重に進む。
アトの予想した通り、そこは小鬼の住処となっていた。
「無駄に騒ぎを起こす必要はない――」
「ドキドキしますね」
音を消し、気配を殺して二人は時に小鬼をやり過ごし、時に闇に紛れて音無く殺していく。
初めてのスニーキングは弾むような心臓の鼓動をコルクに与えていた。
そうして緊張の迷宮探索は、やがて終点へと辿り着く。
「見るんだ。あれが小鬼達のボスだろう」
「胸元の宝玉……あれが古代人の残した宝物でしょうか?」
「その可能性は高いね。下手に知性のあるリーダーはそうしたお宝で自身の権威を主張するものさ」
アトはそう言って剣と銃を両手に構える。倣うようにコルクも武器を構えた。
「迷宮においてはよくあることではあるが、アレを倒すのがイコール依頼の達成に繋がる訳だ。
準備はいいかい?」
アトに言葉にコクリと頷くコルク。
それを合図に二人が奇襲を掛けるように小鬼のボスへと躍りかかった。
戦いは瞬間的な決着を見た。
飛び出したアトが小鬼のボスに斬りかかり先手を取ると、動揺している間に剣戟と銃撃を叩き込む。
小鬼ボスも懸命の反撃を見せるが、アトのリジェネレート力を上回ることができない。どんどんと追い詰められて行った先で、コルクの放った攻撃が小鬼ボスにクリーンヒットする。完全に致命傷となった形だ。
「やりましたわ!」
命中を喜ぶコルクの脇を戦いを見守っていた小鬼達が駆けて逃げていく。
すぐに辺りは静寂に包まれて、戦いの喧噪は霧散した。
ボスから宝玉を回収し、周囲を見渡せばいくつか宝箱が見つかった。
「それじゃ初迷宮踏破の記念に、一つ解錠をやってみようか」
「え! ……爆発したりしませんよね?」
「さぁて、どうかな?」
忍び笑いを浮かべながら、アトは解錠方法をレクチャーしていった。
宝箱が無事開けられたかは……想像にお任せしよう。
「今回はありがとうございました」
依頼を達成した帰り道。丁寧に頭を下げたコルクをアトが見やる。
「こちらこそ、約束が果たせてよかったよ」
顔なじみとの探索は気が楽だったとアトが言う。
「また一緒してもよいですか? もっと色々なことを知りたいです!」
いつか見た過去の記憶は僅かにも薄れたか。新たな刺激を求めてコルクが笑う。
それもまた良いか。アトも釣られて笑った。
冒険は終わらないのだ――