PandoraPartyProject

SS詳細

聖女と勇者と聖少女

登場人物一覧

アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女


 さぁさ、神に捧げよう。
 我らの血と粘液と肉と血を以って。

 裸の男女が涙と鼻水と涎を流しながら笑い、祭壇の上へと上っていく。
 刹那、骨が砕け、肉が弾ける音を出しながら血と油が散乱した。
 ギロチンのような刃が灯火に照らされ、赤い水たまりが床に広がっていく。
 周囲からはとても悲しそうな声が響いていた。
「また駄目だった、もっと強い魂が無ければ」
「じゃないと神様は救ってくださらない」
「勇者だ、勇者が必要だ」
「ああ、もっと高潔なるものの血肉も必要だ」
 信者が狼狽える中、教祖は笑っていた。
 こんな儀式をしても何も起こらないというのに。
 何も起こらないのを知っていて、薄っぺらい伝承を騙るのだ。
 全ては己が、欲望のままに。


「―――勇者さま。勇者さま?」
 駒鳥のような声に導かれて黄金の瞳が開いた――『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は、声がするほうに顔を向けると血のように赤い瞳が心配そうに見ていた。
「アマリリス……?」
「いえ……残念ながら、妹のメルトリリスです」
「そりゃ、そうか」
 太陽が、天の一番高いところをゆっくりと流れていく。
 窓辺に止まっていた鳥たちが羽ばたき、真夏の風が肌を撫でていった。
 白を基調とした在り来たりなデザインである病院の一室で、メルトリリス(p3p007295)は静かに林檎を剥き始めた。
 ゆったりとした時間が流れる中、アランは額の汗を拭い、湿った手のひらを太陽へと翳した。
「魘されてました」
「ハッ、嘘つけ。夏だ、汗くらいかく」
「階段から落ちて重傷とお聞きしました」
「るせ」
 アランはベッドの上で寝返りを打ち、メルトリリスに背を向けた。背中で帰れと言われているようだが、寝返りが打てるくらい元気なら大丈夫そうだと、安堵の表情を浮かべるメルトリリスは、林檎の兎を皿に並べていく。
「んだよ、つかテメェ、何しに来た」
「そのことなんですが、天義(ネメシス)で気になる事が」
「あ? ロストレインの不正義ならテメェで灌げよ」
 メルトリリスはポケットからミサンガを取り出した。金色の宝石が着いている、此の世にふたつと無いデザインのものだ。
「なんでそれを持ってんだよ」
「約束の続きを果たして頂きたくて」
 アランの腕に巻かれたミサンガ。そのワンポイントで着いている金色の宝石がきらりと光った。
 それはメルトリリスが持っているミサンガとよく似たアクセサリー。父親の炎に飲まれ魔に落ちた聖女と交わした『この世界を救え』というグランドオーダーの意味を冠したもの。
「……チッ、聞くだけ聞いてやる」
「ありがとう、勇者さま」


 さぁさ、今宵も贄を捧げよう。崇高な我らが主の為に――。

 視界から見える景色に人の影は無いが、どこか人の気配がする教会にアランとメルトリリスの影が揺らめいた。
 教会と言えども、数年前に事実上不正義で断罪され、閉鎖を余儀なくした邪教の教会である。
 表立って『嘆きの谷』へ身を投げた神父一人の命で罪は拭われているものの、邪教の灯火は今だ奥深くでくべられ続けていたらしい。

 床のタイルを虱潰しに剥がしていけば地下へと続く階段が現れ、アランとメルトリリスは闇の奥深くへと歩を進めていった。軋む階段だが、壁に音が吸われていく。明かりは乏しく、アランの手の中の炎が導だ。
 ふとその時。
 鼻腔で感じたのは、鳥肌が立つような嫌悪感のある匂いだ。
 酸っぱくて忌避感を覚える、人間特有の生臭さ。歩を進めるに連れ濃くなっていく臭いは、その奥に大勢の人間が存在していることを明確に伝えてくる。
 そして――、一段と大きい扉を目の前にした二人。
「5秒数えたら突入しましょうか?」
「ああそれは良い考えだ」
「では。5、4、」
 刹那、アランは扉を片足で蹴って開けた。
 その大胆不敵な行動に、あまり動きを見せなかったメルトリリスの表情が驚きに満ち満ちていく。残りあと3秒はあったと抗議の文章を組み立てるより先に、人間の体温で温められた空間に充満していた空気が、一気に扉から外へと溢れて二人を包み込み――その不快、忌避感はマックスだ。
 扉奥の生物の視線は、一斉に”開かされた扉”にいた二人に集まった。
 どの人間も誰も彼も裸であり、男女男女が入り乱れている。少しの喘ぎ声とテンポのいい水音。
 まさに今、儀式の最中であったと言えよう。
 その儀式は彼等信者にとっては奇跡なのだと言う。その醜悪な扉くの奥へ――驚く事に、先に入ったのはメルトリリスだ。
 左腕が無いが、細く華奢な身体に確かな信仰を持ち、ドレスにも似た聖衣服が暗闇で奇跡のように目立つ。
「私の神様は分け隔てなく全ての人間を救ってくださるでしょう。けれど、貴方方の神様はどうですか?」
 王座でひじ着いて顎を乗っけていた大柄な男がゆったりと立ち上がった。恐らく教祖だ。その身体に絡んでいた女たちが解けるように座り込んみ、低い声が地下内部に響く。
「ははは、気の強いお嬢さんだ。その顔、ロストレインの娘か。
 特別に答えよう、我々の神は、優秀な者を選抜し、より一層高潔なる魂だけが神の下へゆくのだ。
 此処に集まった者たちは貧相な生まれが多くてね、だがこうして快楽に堕ちれば幸せだと笑っているだろう?」
「それが救済だと?」
「そうだ。幸せを感じた魂は高潔となり神に――」
「どうかしてます!」
 そんな会話の一部も聞いていないアランは、メルトリリスの足が震えているのに気づいて鼻でため息をついた。
 きっと相棒のあいつもそうだった。
 心は一般的な女性となんら変わらない強度の癖に、神と使命の為に鎧を被る。
 打って変わって自分はどうだろうか。
 勇者として目の前の”小娘”よりは強度のあるメンタルは持っている。
 それはきっとアランを襲った多くの経験がものを言っているのだろう。戦う覚悟なんていうものは、ヘリオスと呼ばれた伝説の剣を引き抜いたときにはしていた――いや、もっと前からしてあったかもしれない。
「で、どいつを吊るせばいいんだ? 聖少女サンよ」
「勇者さま……あの、教祖の救いのやり方が気に入らない」
「素直で断然イイ答えじゃねぇか。神のために力貸すなら今すぐ俺は帰ったな」
 じゃらり――。
 教祖と呼ばれた大柄にスキンヘッドの男は、長い鎖の先端にギロチンの刃がぶら下がっている武器を持った。
 それを引きずりながら、階段をゆっくりと降り始める。玉座の左右から剣や槍を持った狂信者が複数現れ、数だけで言えば確実に撤退を余儀なくされるものだ。
 裸の男女が壁に背をつき、無力にも怯えを見せながら、唯一の出入り口ともいえる扉を閉めた。
 360度紛れも無い敵だらけだ。
 しかしアランは全く動じない。
 メルトリリスはアランを護る様に、右手を手前へと出す。そこには十個のリングが五本の指に、二個ずつついている――呪たる武具だ。
「ああ、これは名高い太陽の勇者殿とお見受けする。どうだ? 我々と共に神に――ほら、目の前の血統書着き(ロストレイン)の娘とか、きっと……ねえ?」
「趣味悪いなクソ野郎、こいつなんざ食ったら内臓が腐る」
「どういう意味ですか勇者さま」
「成程、ではこんなのでどうですか?」
 教祖が指を鳴らした瞬間、アランに這い寄ってきた裸の女性たち。
 だがその指先が触れるより前にアランの足元から炎が溢れた。
「触ってみろ、ぶっ殺すぞ」
 怯えた女性たちは一斉に逃げていく。その最中、金属が床に擦れる音を放ちながら、ギロチンの刃がアランへと奔った。が、メルトリリスの指輪から出た気糸が蜘蛛の糸のように鎖に絡みつき、その進行を止める。しかし人の波までは止められない。狂信者が一斉にメルトリリスを突破しアランへ矛先を向け、雄たけびを上げながら突進していくのだ。
「勇者さま!!」
 心配そうに後ろを見たメルトリリス。
 だがその心配とは裏腹に、体術のみでアランは向かい来る信者をなぎ倒していった。
 その身体に傷はひとつたりとも着かない。器用に頭の上の帽子を左手で押さえながら、長い手足を駆使して、雑魚は雑魚らしく……と気絶した人間を山のように積み上げていた。
「なんだ? 準備体操にもならねぇ」
「勇者さまっ」
 レベルの違いを見せつけられたかのようであった。半ばギャグのように目を丸くしたメルトリリスは、しかしすぐに我を取り戻して結んだ気糸が千切れたのを確認した。即座、身体の側面からギロチンの刃がぶつけられメルトリリスの身体は教会の柱にめり込む。
 痛みに悲鳴を上げる事は無かったメルトリリス。次の瞬間、ギロチンがメルトリリスの身体を柱ごと捕らえようと飛んでくる。
 衝撃――更に柱にめり込むメルトリリスの身体。しかしメルトリリスは気糸を組み、ギロチンの鎖と自分の間に隙間を作っており抜け出す。
「おい、メルトリリス。自分の命を自分で守れないやつに勇者を目指したいとか言わせねえからな」
「はひぃ」
「で、おいコラハゲ」
 どうしたことか、教祖はアランを狙わない。どうやら自分のモノで勝負が出来ないとわかっているのだろう――。
「どうした。俺はまだ剣さえ抜いてねえぞ。余程この騒音機を捕まえて盾にしてぇか」
「誰が騒音機ですか」
「飽きたんだよ。いつまでも不衛生な場所に時間使ってられるか。
 後で不意打ちは卑怯とか言われたくねェからよ、宣言しとくぜ、一撃で終わらせてやる」
 人々を救うため武器を持ったのは――きっと、顔も知らぬ誰かを助けたいと思ったから。
「見てろ。これが本当の救いってやつだ」
 右手で軽々戦神の大剣を担ぎ、左手の上で発火、その炎は風を起こし渦を描きながら広がっていく。
 それに対して感じたのは恐怖であった。メルトリリスの脳裏に駆け巡ったのは只々この教会が教会ごと爆発し燃えていく未来。それ程の威力を秘めた魔人の炎を見ている。アランが元居た世界で内包していた力か、それともこの世界に来てから進化した力かは不明だが、厄災にも似たものを身の内に飼っているようなイメージが、メルトリリスを――いや、この教会にいる全ての人間を震え上がらせた。
「アランッだ、だめっ全部、全部殺しちゃう!!」
 悲鳴に似たメルトリリスの声は炎の暴風にかき消され、彼の耳には届かない。
 炎はやがて戦神の大剣に吸い込まれ、その刀身を赤く紅く朱く――触れたら”焼き切れる”程に染め上げていく。そう、それはまるで蝋で作った翼を使って空へ羽ばたき、太陽に近づき過ぎたが故に翼を焼かれた物語のように――。

「吼えろ、”ヘリオス”」

 大上段から縦に振り落とされた剣。
 灼熱の刃が虚空を切り裂き――、赤色の炎が更に熱を持ち青色となり、更に更に熱を帯びれば白となる――アランを中心として珠玉よりも白い光が全てを包み込み、全ての視界がブラックアウトした。

 パチ、と目を覚ましたメルトリリスは、咄嗟に起き上がり自分の身体と周囲をチェックした。
 どうやら、火傷は一つもなく周囲が燃えている事も無かった。だが炎の斬撃が発生したのは確実で、教会を縦に引き裂いたような”焼け跡”だけは残っていた。
 その焼け跡は綺麗に教祖の真隣を通過し、教祖はあまりの恐怖に失禁しつつ気絶していた。他の信者も同じように。
 ただ、天上からは太陽が見え、光が乏しかった地下を照らし、一人の勇者をスポットライトのように当てている。
「アラン……さま?」
「その『様』っつーの止めろ。いらねえよ、姉から聞いてねェのか」
「……では先輩、と」
「はあ?」
「勇者の先輩、あとイレギュラーズの先輩、ですっ」
「……チッ」
 その日始めて笑ったメルトリリスはアランの手を引いて、天義国の警備に邪教徒たちを連行するよう通達した。


 再び病院の一室で、メルトリリスは曲がったパイプ椅子に座りながら桃を剥き始めた。
「でねっ! あの邪教の信者たちが、先輩に会いたいって言ってるの。太陽の神様だって、崇めたいって」
「勇者は崇拝お断りだ。つかなんだ、テメェの国の奴らはなんでもかんでも信仰したがるな、反吐が出る」
「はわわ、信仰も心のゆとりの一環だよ!」
「興味ねェよ」
「はわっ、信仰心が無い人の気持ちがわからないよっ!」
 真夏の日差しが降り注ぐ。
 椅子に座りつつ足をぶらぶらさせ、皮を剥いただけの桃に齧りつく聖衣服の少女に、あと何度こういった事件に付き合わされるかと考えると、アランの帽子が草臥れたように頭の上を滑った。

  • 聖女と勇者と聖少女完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2019年08月09日
  • ・アラン・アークライト(p3p000365
    ・メルトリリス(p3p007295

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