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坂の途中にて

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
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 紫の影がまだらに覆う坂道の果てで、波がゆっくりと寄せては返す。この世界に召喚されから聞き馴染んだ音に、なぜか濃く滴るような緑に覆われる故郷の大森林と聖樹を思い出し、少しだけ泣いてしまいそうになった。
 わたしは胸に射しこんだ淡い悲しみとともに、春の朝早くに生まれたばかりの白い光に包まれながら、閉じた目蓋の裏に夏を思い浮かべる。この港町も間もなく、町中の緑が萌え立ち、輝く夏がやってくるのだろうな、などと思いながら。我が家宝を盗んだ賊であり、弟子でもあり、そして友でもある男に出すローレット止めの手紙を持ったまま。
 未だにわたしが腐れゴブリンと呼ぶその男の名はキドー。一族の名前は知らない。きっとゴブリンにはないのだろう。
 未だにキドーがクソエルフと呼ぶ私の名はラゴルディア。一族の名は語れない。盗まれた家宝、『時に燻されし祈』をキドーから取り戻すまでは。
 いや、、か。
 そうだ、『時に燻されし祈』は盗まれたのではなくなのだ。だから『時に鎧われし心』の継承者であるネミアディアと再会しても、やましく思うことは何もない。守護者の証を一族の誰に貸し与えることすら異例中の異例、ゴブリンに貸し与えるなど以ての外……ではあるのだが。
 そのことを指摘されれば、わたしはたちまち言葉を喉に詰まらせて、みっともなく狼狽えるかもしれない。
 しないかもしれない。
 たぶん、しない。
 それがどうした、信頼する友に大切なものを預けている、ただそれだけのことだ、と声を荒げることなく自然に言い返せるだけの余裕が、いまのわたしの心にはある。
 もちろん本人には言わない。言ったら間違いなく調子づく。なぜならやつはゴブリンだから。
 おーい、と坂の下でわたしを呼ぶ声がした。
 目をゆっくり開く。
 ピカピカに磨かれて黒光りする靴を履いたオークの税理士が、純白のハンカチで鼻を拭きながら坂を上がってきた。
「おや、まだ手紙を出していなかったのですか? もしかして、朝食もまだ? 船に乗り遅れてしまいますよ。今回の相手は狂王種です。全員で挑まなくては……他の方々はもう港にきていますよ」
「すまない。この手紙を出したらすぐ行く」
 人探しのために深緑に籠ってばかりはいられない。
 生きるために時々わたしは依頼を請け、混沌の世界を回っている。
 汗を浮かべたピンク色の猪鼻を見て、ああ、夏はもうすぐだな、と思った。

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