SS詳細
その肉喰らえば脳溶甘美酒池肉毒。
登場人物一覧
場所。そんなものはどうだっていいでしょう?
とにかくここはキッチンで。『お客さま』が座ってこっちを見ているんです。
そういうものなんです。はい。3、2、1……。
「始まりました! 襞々もつのお料理教室。料理人兼解説の襞々もつです。よろしくお願いします!」
パチパチパチ……。
まばらな拍手が室内に鳴り響きました。
「今日はですね、お肉を使って皆さんを満足させちゃいます!」
あからさまに嫌そうな顔をしたお客さまみんなに向かって、私はにこりと笑う。
嗚呼──今からそのお顔を快楽悦楽、愉悦恐悦に歪ませることが出来るこの幸福。私は幸せ。
だって、今回は特別。いつもと違う新鮮な食材。
踊り食い? お刺身? いっそ揚げ物? 何にでも『遭う』、奇跡の食材。
「さあ、ご注目。今回の材料兼アシスタントは此方! 愛しのご主人様です!!」
「Nyahahahahahahaha!」
ガラガラとレストランワゴンに乗って運ばれてきたご主人様が愉快そうに揺れています。大きすぎてはみだしてる。
本当に活きが良くて、腕が鳴りますね。
素敵。いっそ丸ごと食べてしまいたい。
「はい、じゃあまずはこの包丁でテキトーに『良い感じ』で切り分けていきますね。はいざくざくざくー」
先ずは足先から。ゴリゴリとした骨の感触は無く。スッスッときれいに包丁が入っていく。
ぐじぐじと黒い肉があふれ出し、ぷつりぷつりと泡を立て、ぎょろりと眼が私を睨む。
その眼は恍惚に揺れて、嗚呼、きっと期待しているのだわ。
『美味しく作ってね』と。
「我等『物語』はこの程度で『無くなる』程脆弱ではない。さあもっと。そうだ。より刻め」
「ああん。ご主人様が大喜びしてくださって私も嬉しい……」
ついはしゃいで刻み過ぎて、下半身全部刻んじゃいました。
口を抑えて小刻みに震えてるような仕草をしている人が居るけど何してるんだろう。
あまりにおいしそうで期待に震えてるのかな?
「ついつい細切れ肉にしちゃいました。失敗失敗★」
ドジっこアピール★
閑話休題。
「これじゃ作る予定だった焼肉が出来ないので、予定変更してハンバーグを作ります!」
「成程。ハンバーグならば貴様の技量でも創作可能。貴様にしては『良く考えた』」
「ああ、嬉しい。ご主人様に褒められちゃった。今日は特別サービスでいつもよりもっと、も~っと美味しく『仕立てて』あげますね★」
刻んだお肉をぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅとよく捏ねます。
手の爪までがいつの間にか黒に染まるくらい。
「お肉が硬かったり空気が入ると味が悪くなるので、ここで叩いておきます」
ハンマーで叩いていきます。
なんかざんげとか書いてますけど。多分そこにあったからミートハンマーなんでしょう。
「何時になっても慣れぬ。我等『物語』の記録すら忘却せしめる悍ましき『モノ』よ」
何が慣れないんでしょう。叩かれるのがかな?
「良い感じになったら下ごしらえに入ります」
どどんと用意する牛乳、砂糖、蜂蜜。ホイップクリーム。
「角砂糖十個牛乳九割蜂蜜多量をお肉に刷り込んで濃厚な味付けにしま~す」
ぐじゅぐじゅ。
ご主人様は愉快そうに眺めているだけ。
思わず指先を舐め上げると、脳が痺れる程の多幸感。
うっかり塩コショウなど振りかけないで。
せっかくの甘味が壊れてしまうから!
「はい、出来上がったらしっかりと焼いていきましょう。火力は中火で焼き色が付くまで」
真っ黒いお肉の焼き色なんて分からないけれど。
まあレシピに書いてあるからそういうものなのです。
「片面が焼きあがったらひっくりかえします。レアがお好みなら、この時点でお皿に盛りつけてくださいね」
ウェルダン。しっかり中まで愛情たっぷり私の愛というの名の火を通して。
じうじうと肉がフライパンで踊るたびに煙が立ち上り、お客さんがゲホゲホと咳き込んでいる。
「仕上げにはホイップクリームをたっぷり。お好みでシナモンやきな粉を振りかけて。それでお皿に盛りつければ……」
完成!
『ご主人様の(検閲済み)』
「さあ召し上がれ★」
誰一人立ち上がりません。
仕方が無いので一人を指さしてこっちに手招きしました。
「──嫌だああああ!!!」
彼は一目散に後ろの扉の方へ逃げました。
でも逃げだす彼は黒の壁に阻まれました。壁から生まれる顔。顔。顔。眼。眼。眼。
ひい、と腰を抜かす彼に、ぐじぐじと再生を始めるご主人様が嗤いました。
「『料理』を目の前にして逃げるとは失礼極まる。『奇食』でも味は保証する。とあれば」
彼を睨んで、黒い顔と眼はにこりと笑います。
──美味しく食べてね。
「た、助け」
彼の口が黒いお肉でいっぱいになる。
嗚呼、おいしそう。いいなあ。
こんなゴチソウを食べられるなんて幸せね。
甘いのかしら。甘い筈よ。そう作ったのだもの。
甘美な口どけ。豊かな食感。味わい深い風味。
──想像するだけでも涎が止まらない!
「──」
彼が何て言ったかは私には分からなかったけれど。
きっとおいしい、もっと食べたいって言ったんだわ。
嗚呼、嗚呼! 求められる事の何と嬉しい事!
「喜べ。我等『物語』の肉を味わい、咀嚼し、貴様の糧に出来る事を」
このお肉でもっと『幸せ』になって。ねえ。ほら。口を開けて──。
そこの青ざめている顔の貴方も、さあさご一緒に。
だって今日は特別なのだもの。ご主人様に褒められた特別な日。
そう、まだ終わらない。第二幕。
次は何を作ろうかしら? もっと、もっとご主人様のお肉を味わって!
そして──。
何? もう時間?
──嗚呼、何だってもう、こうして時が経つのは早いのかしら?
「名残惜しいけれど、お別れのお時間。襞々もつのお料理教室、いかがでしたか? また美味しい『お肉』が手に入るまで。皆さん、さようなら、さようなら」
ゆっくりと私が頭を下げると、幕が下りてこの話はお終い。
「Nyahahahahaha──肉が随分と余った。さて。どう『処理』するのだ?」
うふふふ。決まっているわ。
だって、私もお腹が空いているもの。
料理人だってちょっとくらい──『つまみ食い』をしても許されるでしょう?
「──いただきます」