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とある夜のバンケット
登場人物一覧
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夜の空だった。
降りそうな星の瞬きに溢れた黒色は、幻想国の上に広がっている。
欠けた月を添えた空の下にあるのは、疎らに広がる生活の光だ。
ローレットも眼下に納められるそこは、とある民家の平坦な屋根の上。
「今頃はまだ労働の中、か」
少し悪い気もするな、と。眺めるシズクは内心で思う。
今自分は、ギルドの仕事を放り出してここにいる。まあ一言声掛けはしているので、悪い訳ではないのだが。
「酒盛りの為、って言った時は、視線が痛かったな」
被害妄想かもしれないが、ああいう、自分だけ先に仕事場から出る、という状況は、ホンの少しだけ申し訳なさがあるものだ。
「シズクちゃんでもそんな事を思うのねぇ」
「どういう意味なのかな、それは」
事の経緯を話したら、アーリアがそんな感想を言ってきた。まだ髪の色がいつも通りの彼女は、しかし、その手にグラスを持って、シズクの隣にいる。
「それにしても、どうしてここ、なのかしらぁ」
「ああ」
疑問の声に、シズクは頷きを返して一呼吸。
元々は、アーリアが酒の相手を探していると聞いたことがきっかけだ。実際、彼女と机を共にした、という話は聞いていた。
それなら自分もと、そう思っただけではあるのだが。
「ここなら、迷惑にならないから、かな」
「え?」
答えにならない応えをして、隅に固めておいた道具を取りに行く。
四角いボックスに納められたそれらを組み立てること、約一分。
「……鉄の箱?」
四つ足で立てられた、煤け色の付いた長方形の箱が出来上がる。U字型になったそこに、乾いた木を放り込んで火を付け、蓋代わりの網を乗せれば、
「BBQさ」
と、キメ顔でシズクは言った。
「あ~……うん、そっかぁ、なるほどねぇ」
「ごめん今の無し」
コホンと咳払い。
「お店で飲むのは、もう慣れてるだろうと思ってね」
そう、シズクは聞いている。
ジゴロみたいな人とか猫みたいな語尾の人とかゆるゆ竜さんとか、その辺りから、お洒落な雰囲気で飲んだのだ、と。
「やはりここは、個性を出さねばならないだろう、うん」
ローレットの情報屋見習いとして、生半可なことは出来ないのだ。
「シズクちゃんって以外と……」
「うん?」
「なんでもないわぁ、うふふ」
可笑しそうに笑うアーリアを、シズクは首を傾げて見ていた。
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「んふぅ」
喉を通したアルコールがお腹へと流れ込み、鼻から吐き出した余韻がヒリヒリと鼻腔を刺激する。
……この解放感、悪くないわねぇ。
パチパチと音を立てる火種を眺めながら、網に乗ったソーセージを箸で摘まみ上げて頂く。
「ほふぅ」
ぴりりと辛味が効いたそれが、舌に強く残る。味の残滓を酒の流れで押し込めば、至福の瞬間が訪れた。
「美味しい?」
「ええ、とっても」
隣では、同じ様に飲むシズクがいる。
問い掛けの答えに満足したのか、その顔は空を見上げていた。
「月には兎がいるんだって」
不意に、そんなことを呟いた。
「どこかの世界の伝説だったかしらぁ」
アーリアも聞き覚えのある話だ。相槌を打ちながらももう一口を湿らせる。
「シズクちゃんのお仲間さんも、月にいるかもしれないわねぇ?」
「……イヤ、ワタシは、ウサギジャナイヨ」
「えぇ~」
もしかして隠しているつもりだったのだろうかと思う。確かに一目では分かりにくいとは感じるが、見慣れると髪と耳の見分けが付くようになる。
……多分みんな気付いてるわよねぇ。
「そういえば、もう二年くらい、かしらぁ」
だが逆に、それしか知らないとも言える。情報屋の見習いで、兎の獣種で、元傭兵。
一緒の温泉で酒盛りもしたし、ギルドで顔を突き合わせる事もある。
「ローレットに来る前は、どんなお仕事をしていたのかしらぁ」
「んぁ?」
肉を頬張りながら間抜けな声を出す様からはとても傭兵らしくはなかった。
もぐもぐ、もぐもぐ、ごくん。
しっかりと味わって、酒を煽って流し込む。
「色々してたけど、こっちに就職……就職? する前、最後の仕事は」
箸を眼下、ローレットに向けて、それからアーリアに向けた。
「貴女達とやり合って――パンツを贈った」
「ごめんなさいよくわからないわぁ」
誤魔化している、わけでもないのだと解る。
そもそもイレギュラーズはパンツ騒動で動き回った実績もあるし、そう言われてしまうと、そうなんだぁ、となってしまった。
「けど大体、貴女達と同じ。依頼があればなんであれ受けて、それを完遂する日々だったよ」
違いは依頼を受ける側から出す側に変わった事なのだろうと、アーリアは推察する。
ただ、もし、そうなった原因が、ローレットとの衝突なのだとしたら。もしローレットに、傭兵として受けた依頼を邪魔された結果、ローレットに就職したのだとしたら、それは。
「さて、折角だ、貴女の話も聞かせて貰おうか?」
「ふふ、そうねぇ。私が天義にいた頃……」
いずれそれも、酒の肴になる日が来るのだろうか。
自分と、家族の様に。