SS詳細
五文字のノイズ
登場人物一覧
殺戮兵器。
呪われた傀儡。
愛されることはない。
其れが、ヒトガタの私に残された、最期の使命だと云うのならば。
●Black
母さんも、父さんも、死んでしまった。
●I wanna save him.
Hi 私、White Dolly。個体識別名称はホワイト。
私は目覚めた。記憶部分は殆ど失われていたものの、理性や知性、言語機能などの必要なものは失われていなかったようだ。
現に、こうして思考することができている。
私は機械体。誰かによって作られた存在なのだと疑わない。
この球体関節も、手の甲に瞬く白銀のコアも、銀糸の髪も、少女らしい姿なのも、ふわふわなロリィタにも合点がいくでしょう。
海洋の潮風にあてられて、段々と朽ちていくこの屋敷の最後の守り人。
外は怖いのだと思っていた。
私の色を奪うのだと思っていた。
彼が現れる前までは。
「ごきげんよう、ホワイト」
「ごきげんよう、マスター」
「僕が見つけたのは本当だけど、僕はブラックって呼んでほしいな?」
「なりません、マスター。私はMasterを知らない。ならば私を見つけてくれた貴方をMasterと考えるのは、道理ではないでしょうか」
「ぐぬ」
「でしょう?」
「……そう、だけど」
Masterブラック。ブラック・パペット。翼を持つ種族。漆黒の髪と黒曜石の瞳、闇より深い黒の衣。私は彼以外のMasterも、同じDollyシリーズも知らない。私の世界は、彼と、私で出来ている。
いつのことだったかはわからない。彼は突如私の前に現れた。少しずつ会話を重ねた。彼は私のMasterなのだと思った。
飽きずに毎日ここへ来て、私に話しかける。そう思考するのは、Errorなどではないだろう?
私は外を好まないし、彼もあまり外が好きではないようで飛翔し此の屋敷に訪れることが多かった。
だから、彼の命が尽きるまで、此の屋敷で二人、時を重ねるものだと思っていた。
其の、筈だった。
「Master。今日は何をするのですか」
「あ、そうそう。今日はホワイトを外に連れ出そうと思って!」
「そ、と?」
「うん、外。ホワイトは外に行ってみたいとは思わない?」
「私の意志は、ありません。……Masterが其れを望むのならば」
「Masterじゃなくってブラック、って。そろそろ呼んでくれてもいいでしょ?」
強引に私の手を引きながら、Masterは軋む屋敷の扉を開けた。
蜘蛛の巣。埃。時折差し込む日光。潮風。
世界は滅びで満ちている。
そう、思っていた。
「じゃじゃーん!」
彼の黒だけが異質に浮いていた。
煌めく色彩。鮮やかな街のコントラスト。
Blue。
世界は、美しいのだと、知った。
「ホワイト?」
「Master、」
「……どう?」
「きれい、です。わたしでは、たりないほどに」
「何が足りないんだい。ほら、一緒に街を見てみよう? 手を貸してごらん」
「はい」
差しのべられた手に、手を重ねる。Masterは私の手に指を絡め、
「いっくよっ……!!」
大きく。其の黒を広げた。
「Master、私は機械です。あなたの手では持ち上がりません」
「女の子が見ていいのは夢と希望とかっこいい男の子の姿だけだ、よっ!!」
飛翔。翔ける。空を。
青の踏み台。屋根の花。我が白は青の贄。
綺麗だった。
「Master、」
「なぁに、ホワイト」
「今まで、私の世界は停滞していました」
「降り続く埃の雪、」
「刻むことを忘れた秒針、」
「潮風の勢いが強くなる度に、屋敷は速度を上げて朽ちて往きます」
「色を忘れていました」
「色を失っていたのです。私の、世界は」
「Master。私の世界は、あの色褪せた屋敷だけでは、なかったのですね」
「そうだよ、ホワイト。君の世界は、広いんだ」
潮風の香り。銀糸攫う太陽。幾多の色彩を踏み台にしている高揚感。
Masterは笑った。私の幸いがMasterの幸いであると云いたげに。
●Black
ホワイト。僕の宝物。
白の人形。永遠の少女。
君の世界でありたいと、心から願うよ。
だからこそ、僕は消えなくちゃならない。
●He save me.
Masterは私を時折外へ連れ出してくれるようになった。
花の色。名前。
草木の色。匂い。
私には不要な食事。衣服。友人。
Masterはすべてをくれた。
Masterには不要なものを渡すように。
『ブラックの使いだと云いなさい』という言いつけを守り、私はそう名乗っていた。
出会う人が悲しそうな顔をしていた。どうして、だろう。
彼の友人だと云うのならば、違った反応があったはずだろうに。
彼の友人の話をしたら、Masterは困ったように笑った。
「皆気付いてるんだよ、僕の意図に。あ、意図って云うのは僕が死んでも、君が独りでも、寂しくないように、っていうのね」
「Masterは、死ぬのですか」
「うん。近いうちに、必ず」
「どうして、」
「其れはね。僕が、魔種だからさ」
「魔種、と、云いますと」
「世界の敵、かな。僕がなんで毎日ここに来れるのか、考えたことはない?」
私は欠陥品なのだろうか。馬鹿。
彼の身なりはどう考えても貴族の其れ。
名前以外には何も知らないけれど、屹度定められた掟や行わなければいけないことがあったのではないか。
「Master、」
「僕ら、まだ出会ってたいしたこともしてあげれてないけどさ。其れなりに楽しかったし、君は僕の宝物だったよ」
彼は剣を取り出した。
屋敷の前に足音がした。幾多の。大勢の。
華奢で、シンプルな剣。そんなものでなにができるのか。
戦闘経験こそ『未だ』ないが、彼は私のMasterである。傷つけれられるのを黙ってみては、いられない。
「Master」
「ホワイト、駄目だよ」
「Master」
「駄目だ。言うことを聞きなさい」
「足が、震えています」
「は、」
彼は屹度、17程の少年だ。
両親というよすがを失い、絶望し、魔種とやらになったのだろう。
そして其れは世界の敵なのだという。
Masterが世界の敵であるというのならば、私が其方についたところで何ら変わりない。
「Master。けして長くはない私の生涯に、あなたは色を与えてくださいました。僅かに感情も。友人も、思考も、私を構成する総てを」
「ただ、」
「其れはMasterと云う軸がないと成り立ちません、」
「待って、ホワイト。駄目だ、誰か、ホワイトを引きはがしてくれ、頼む、」
「よって、私は、」
「ホワイト!!」
「Masterの味方です」
銃口が向けられる。あまり恐怖は感じなかった。
彼は呼び声を発していたらしい。そして、幾人かが其れに応えたのだ、とも。
あの剣では敵を倒すには足りない。ならば、私が力を奮わなければ。
「Master、ご命令を」
「ホワイト。あの人たちの元へ行きなさい」
「なりません」
「じゃあ、もう、知らない」
Masterは泣いていた。
私の唇に口付け、己のブローチを私につけて。
銀糸を撫で、抱きしめ、首に嚙みついて。
「愛してる」
恋人に謳うものだと思っていた。
彼は私を愛している。頬が、暑かった。
私が動揺している間に、彼は扉に手をかけていた。
其れは普段私が開けるべき扉。
Masterは理解していたのだろう。
扉を開ければ、己は必ず殺されるということに。
扉を私より先に開ければ、私は死なずに済むということに。
「さよなら、ホワイト」
「愛してる」
鉛雨。
銃弾。
血嵐。
怒号。
彼は穴だらけになって、倒れた。目の前に。血の海に。
赤かったはずの絨毯が、色を取り戻していく。
其れは、彼の血を含んで。
「Master?」
「君、大丈夫かい」
「Master、まだ眠る時間ではないはずです」
「おい、そいつぁ、」
「ます、たー、」
死のシステムについて理解が足りなかった。
彼は死ぬ。
幾多の悪意に貫かれて。
躰を起こす。温もりが少しずつ失われていく。
「ブラック、」
「あ、あ。さいごに、なまえ。よんで、くれるんだね」
「うれしい」
屹度其れは、遺言と呼ばれるものだ。
頬を撫でた手が、赤の海に堕ちていく。
彼が綺麗だと言ってくれた白いロリィタは、彼の血を吸い赤く染まっていく。
彼の体温が。彼が存在していたという証明が、消えていく。
「ブラック、ブラック! なりません、まだ、死んではいけません!!!」
取り乱す私に、世界は銃口を突きつける。
ブラックが握っていた剣が、淡く煌めいた。
『ホワイト。もしも、もう一度僕の名前を呼んでくれるなら、』
『僕は、君の傍に居よう』
『君が望む限り。永遠に!』
「は、」
其れは呼び声。其れは囁き。
理性を亡くした
彼の愛してるの意味を知りたかった。
彼を失いたくなかった。
私は、頷いた。
秘宝が煌めく。
私は、シルクで敵の首を締め上げた。
ブラックの、代わりに。
『ホワイト』
『ありがとう』
『×××××』
彼の身体にあいつらの肉を代わりに入れた、
失われたならば取り戻せばいい。
彼は起き上がらない。
足りないのかな。
彼をシルクが抱き上げる。
代わりの命を探そう。
●Black
僕の声を聴くな。ホワイト。
それは、悪意だ。
君は、君だけは。汚れた僕の代わりに、世界に愛されてほしかった。