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循環する幸福

登場人物一覧

クレッシェント・丹下(p3p004308)
捜神鎌

●旅の手記、XX頁目
 ――すぅっと冴え渡るように、或いは稲妻のような衝撃を伴って、天啓は下った。『信仰』の気配を感じる。その気配に向かい歩みを進めるクレッシェント・丹下(p3p004308)を、人々は口を揃えて引き留めた。

『旅人殿、この先には恐ろしいところだよ』
『ファナム村に行ってはならぬ』
『あそこには既に正気の者はおらん』
『生きた屍の巣さ』
『現人神など存在しない。全ては彼らの妄想よ』

 ……そこまで言われては確かめてみる他ない。その神こそが、丹下の求める神であるかもしれないのだから。夕暮れ時、一本道の先には木で出来た簡単な柵に囲まれた小さな集落があった。此処が人々の言うファナム村かと、柵付近で井戸端会議を楽しむご婦人方に声を掛ける。
「もし。ファナム村は此処で間違いないですか? 此方に神がおわすと聞いたのですが」
『あら、旅の方? 良い時にいらっしゃったわねぇ』
『ええ、ええ。明日は祝祭の日だもの。是非ご覧になっていって』
「……何か、祭りがあると」
『そうなの。の神聖なる姿を、旅の方も見てくださいな』
 そう言って柵を開けてもらい、村の中に入る。そこは一見して農耕で生きる平穏な村に見えた。しかし、誰かが、女性たちが言っていた者の事が気になる。丹下は今度は畑を耕す青年に話しかけた。
「すみません、僕は旅の者です。現人神がおられると聞いてきたのですが、ご存知ありませんか?」
『なんだい! に会いに来たのかい? 今は祝祭前だから会えないが、明日になったら祝福を下さるから、旅人さんも楽しんで!』
「はぁ」
 今日は会えないらしい。どうも皆の言うが現人神であり、此処で奉られている神か、教祖か、そんな感じの存在なのだろう。であれば、明日に備えて休むが吉。宿を探すも無かったが、村長が快く部屋を貸してくれた。こんな誰とも知れぬ旅人に、有難い話だ。


●翌日、逢魔が時
 ――ドンドン! ピーヒャララ♪ ボエー、ボエー。

 午前中は村の中で人々から現人神の話を聞いて回った丹下は、いまいちはっきり浮かんでこない現人神像に疑問を抱いていた。そんなこんなで夕暮れ時になると、村の中央の井戸を輪にするように人々が集まり、笛や太鼓の音が響き出す。丹下もその中に混じった。
『嗚呼、昨日の旅人さん。ご覧になっていくのね。貴方、運が良いわ』
 昨日のご婦人の一人が丹下に挨拶をして隣に立つ。視線は井戸。
 古めかしい、しかし大きくて立派な、屋根のついた井戸だ。何者かの気配を感じるが、人々の『信仰心』が感覚を遮ってよく分からない。丹下は祝祭の始まりをじっと待った。

『今日、この日を迎えられたことに感謝を!』
 井戸の前に立つ村長の言葉に、拍手が巻き起こる。そしてゴポゴポと水が沸き立つような音が心臓に直接響くように伝わってきた。なんだこの、まるで心臓を握られているような――。

『おいでくださいませ、我らが神!』
『我らに祝福を!』
 人々の声に呼応するように、水音は大きくなる。
 そして……。
 井戸からした。
 その者は禍々しい形相の仮面で目元を覆っているが、髪型や体つきから女性と推測できる。ざばぁっと井戸の屋根をくぐり人々の前に姿を現した女に、村長は跪き短剣を差し出す。女は長い白髪を自ら何本か切ると、ふぅっと風に乗せるように息を吹きかけた。
 途端、人々は舞う白毛を求めわっと殺到した。丹下はギュウギュウと押され後ろの方へ。どういう訳かは分からないが、皆彼女の白髪を手にしようと躍起になっている。手にした数人が腕を掲げ『やったぞ!!』と叫んでいる。
 人々が疎らに、再び井戸と女を囲むようにして並ぶと、手を組んで言葉を紡いだ。それは丹下には聞き取れない、どこにも属さない言語。崩れぬバベルからも外れた、或いは脳が理解を拒む言葉の羅列。その言葉に女が両手をあげると、ぴたっと声が止む。
 女は一言も発することなく、再び井戸の中へ戻っていった。じゃぽん、と落ちる音も、ちゃぷん、と浸かる音もなく。静かに。
 其れを見送った村長と人々は、井戸に礼をして去っていく。何だったのだろうと、丹下は道行く老人に尋ねた。
「すみません、この席は初めてだったのですが……一体あの人は誰で、どういうお祭りだったのですか?」
『なんだい、知らないでいたのか。勿体ないことをしたねぇ。あの方はこの村の神でね。もう何百年とこの村を守って下さっている』
「と、言いますと?」
『その昔……あの方は人魚の肉を喰ろうた。そして人魚の御業と、永遠を手に入れたのじゃ』
「人魚の御業……?」
『あの方の髪を手にすると、その家は栄える。穀物もよく育つ。牛の乳の出は良くなり、交易も上手くいく』
「……彼女は、元人間という事ですか」
『いいや、今も人間だよ。現人神、生ける神、永遠の象徴……代償は勿論必要だがね。ヒヒッ』
「ほう――生贄、という事ですか?」
 老人の含み笑いへ率直に聞くと、老人は神妙な、しかし若干の驕りがある表情で頷いたのを、丹下は見逃さなかった。
『……十年に一度、供物を捧げるのじゃ。井戸の中に、生きたままの新鮮なを放り込むんじゃよ。はて、前々回……いやその前だったかの。儂の息子が選ばれた。ヒヒッ、名誉なことよ』
「……そうですか」
 丹下は直感的に思った。あの神と崇められているものは、祝福や繁栄の神ではない。嗚呼、誰が言っていたか、生きた屍だ。その効能は本物だとしても、それは自らが此処に居られるように、人々に権能を使い洗脳しているに過ぎないと。
 だが此処に住まう人々にとっては間違いなくあの女は神であり、『信仰』の対象なのだろう。その為に我先にと祝福を手に躍起になり、生贄を名誉だと言う。
「貴重なお話、ありがとうございました」
『それほどでも。ではの、ヒヒッ』
 そう言って去る老人を見送り、昨日世話になった村長の家へと足を運んだ。村長は白髪を手に出来なかったことを終始悔しがっていた。
 その晩、床に入った丹下は夢を見た。井戸の底から、あの仮面をつけた女が見上げている夢だ。見える口元が何か語り掛けてきている。

「……?」
『……で……』
「な、なんですか」
 返事をした瞬間、井戸の底からぐわっとせり上がってきた女ははっきりと告げた。
『おいで』
 驚きのあまりドン! っと女を手で跳ね除けると、そのまま井戸の底へ落ちていった。先程まであんなに鮮明に見えた井戸の底は、もう真っ暗だった。
 ――というところで目が覚める。小鳥が鳴き、きらきらと朝日が眩しい朝だ。
「……夢……」


●別れ際
「二日間もお世話になりました」
『いいや、旅人さんも是非次回の祝祭にきてくれ。また歓迎するよ』
「いえ……どうやらこの村の神は、僕の求める神では無かったようですから、ご遠慮させていただきます」
『そうかい? 残念だ』
 そんなやりとりをして村を出る。途中、村の真ん中、昨日の夜賑わっていた井戸の横を通る。蓋もされておらず、いつでも水が汲めるようになっている。そこで今日の夢を思い出した。好奇心から井戸を覗いてみる。
 真っ暗で、何も見えない。ただ水の満ちている感覚だけがそこにある。
「まぁ、夢ですからね」
『――そうかしら』
「!?」
 耳元で聞こえた夢と同じ声に振り向くも、誰もいない。当然、井戸の中も。此処は自分の居場所ではないと、丹下は足早にファナム村を去った――。

  • 循環する幸福完了
  • NM名まなづる牡丹
  • 種別SS
  • 納品日2021年03月28日
  • ・クレッシェント・丹下(p3p004308

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