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後日譚:古代図書館グラ・フレイシス
登場人物一覧
古代図書館グラ・フレイシス。
それはかつて、無数の犠牲者を出した図書館でもある。
本より飛び出す怪物、そして最奥に潜む白い本グラ・フレイシス……。
その事件は解決し、されど未だに多くの謎を残していた。
……そして。それで良しと思わない者も存在した。
たとえばそれは、あの日グラ・フレイシスを鎮めた者の1人である少女。
『グラ・フレイシス司書』白夜 希(p3p009099)であったりする。
恐らくは、あの瞬間からなのか。
グラ・フレイシスとの不可思議な絆にも似たものを感じるようになった希は……再びこの場所、古代図書館グラ・フレイシスへと訪れていた。
「……静か、だね」
あの日以降、グラ・フレイシスは念のための調査期間という名目の下に一時的に閉鎖されている。
それもまた、仕方のないことではあるのだろう。
しかし希には、この静寂は図書館の本来あるべき姿でもあるように思えていた。
「……結局、此処のルールは何だったのかな」
数々の勇士が様々なルールを予測した。
それらはあっていたかもしれないし、間違っていたかもしれない。
疑問を解くために、希は最奥に鎮座する白い本……グラ・フレイシスを開く。
他の本と違って白い本グラ・フレイシスには明らかな知性があった。
ならばこの本にはその記憶が日記のように刻まれているのではないか。
そんな予想を希はつけていたのだが……その予想は、最初の一文で氷解する。
―人は愚かである。争い、奪い、自らその叡知を喪失する。ならばグラ・フレイシスは全てを記録し保管しよう。愚かなる者には適当な餌となる知識を与え、重要なるものはグラ・フレイシスが秘そう。その全ては、欠落を防がんが為。知識に敬意をはらう者には、相応しき待遇を。そうでなき者にも、やはり相応しき待遇を。もっとも、人が力と破壊の信奉者であることをグラ・フレイシスは今さら疑いはしないが……―
「そう、そういうこと……か」
読み進めれば、見えてくる。古代図書館グラ・フレイシスの歩んだ歴史……そして白い本グラ・フレイシスの選んだ道が。
―当図書館グラ・フレイシスは知識の守護の為に作られた。あらゆる知識は散逸してはならない。特に歴史に関しては。人によって曲げられることのない真実の歴史の保存は、このグラ・フレイシスの秘されるべき目的でもある。その為、蔵書にはそれ以外を配置する。この場にそれ以外は『存在しない』と誤認させるためである。歴史の真実を焼きたい者の存在を、グラ・フレイシスの設定者は認識済である―
「歴史の本がなかったのは、そういうこと……」
歴史の本は此処にはない。あまり重要な本も此処にはない。
そう信じさせるための蔵書のラインナップ。
……もっとも、それが趣味人を集めるとはグラ・フレイシスも想像はしなかっただろうが……。
―本を傷つけよう、持ち出そうと思う者のなんと多い事か。これほどまでに『どうでもいい』本の知識すら散逸するというのであれば、もはや『そう判定できる者』を排除するしかない。グラ・フレイシスはそう結論した―
ここまで読めば、希にはしっかりと理解できた。
つまるところ、グラ・フレイシスは様々なマイナス面の感情に反応し襲ってくるのだろう。
それは本を傷つける行為や戦意、警戒心といったものにまで反応する程であったに違いない。
これは結果論になるが……純粋にグラ・フレイシスという知識の集積場に敬意を払い行動できた者には、グラ・フレイシスは牙をむかなかったのかもしれない。
もし、そうであれば……前回の事件は起きる事すらなく、グラ・フレイシスは趣味人の為の図書館であり続けたのかもしれない。
まあ、やはり……今さらではあるのだが。
しかし、それでもと希は思う。
「ねえ、グラ・フレイシス……聞いてるんだよね?」
そんな希の言葉に白い本グラ・フレイシスから白い影が沸き上がる。
それは以前見たよりもずっと小さな……小人程の姿だ。
その姿からは、戦意が全く感じられず……故に、希は対話可能だと理解する。
そして、その予想通り……いや、予想外にも話しかけてきたのはグラ・フレイシスだった。
「グラ・フレイシスはその問いかけを肯定する。司書と認めし少女よ、用件は如何に」
「なんていうか……殺人ではなくもう少しマイルドな方法で退去させるなり抑制するなりの方法はないのかなって」
「グラ・フレイシスは疑問を提起する。簒奪者に情けの必要が?」
「それをやると、イレギュラーズで大騒ぎになるから」
「……グラ・フレイシスはその提言を考慮の余地ありと認定する」
その言葉に、希はほっと息を吐いて。
「グラ・フレイシスは司書たる少女に改善案の提出を要請する」
「うっ……といってもといっても私が思いつくのって鉄槌……はダメだミンチにしかねない。木槌でたんこぶ作る続けるくらいかな?」
「グラ・フレイシスは驚嘆し賞賛する。つまり木槌で全身の骨を」
「砕いちゃだめ」
一体何を作る気なのか。そんな事は言ってない。
「少なくとも私の鉄槌は不殺の鉄槌。正義を謳う剣を砕き、罪を焼きつくせ……自己中心的な考えを正義と勘違いしている思考を砕き、やったことやろうとしたことを焼いて、なかったことにする。これ以上罪を重ねないように、考えを改めるまで殴り続ける。そういう考えでの攻撃方法だから」
「グラ・フレイシスは不明点を指摘する。改まらなかった場合は?」
「うーん……そこは、まあ、話し合おう?」
その言葉に、グラ・フレイシスは無言。
何か言葉を重ねるべきか、と希は思い始めた頃、グラ・フレイシスからの言葉が響く。
「グラ・フレイシスはその提言を承認する。1度目は殺さず反省を促そう。この認識に齟齬があれば再度の意見の提出を要請する」
「……うん。それで、問題ないかな」
ひとまずは、それで問題ないだろう。元々此処に集まっていたのは趣味人たちだ。
反省を促されれば、徹底的にルールを順守するに違いない。
「ああ、よかった」
「グラ・フレイシスはその安堵に理解を示す」
「そっか」
そう言って……ふと、希は最後の疑問を思い出す。
「……そういえば。この図書館にあった本って……寄贈本なの?」
「此処にある全てはグラ・フレイシスの機能によるものと回答する。此処に迷い込む魂や精霊などの非生命体を磨り潰し吸収し、その知識を常にアップデートしている」
「……それもやめよう?」
「グラ・フレイシスはその提案を却下する」
「ええ……」
最後の最後で提案を拒否されてしまったが、とりあえずこの場でこれ以上人が死ぬことは無いだろう。
それを思い……希は、ひとまずの安心を覚える。
「グラ・フレイシスはその安堵に再度の理解を示す」
そんなグラ・フレイシスの言葉を聞きながら……希は、まだしばらくグラ・フレイシスと語り合うのだった。