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歪んだ絆
登場人物一覧
愚鈍なこの身体では、空など飛べやしないのだ。
●あこがれ
小さいころから空に憧れていた。
空を飛ぶことが出来たら、両親のいる天国へとゆけるだろうから。
帝都スチールグラードに塒を構えた少女がいた。彼女の名はフェルム。名字はない。
大闘技場ラド・バウで両親は死んでいったそうだ。直接的な死ではない。間接的な死だ。
例えば、あばら骨のあたりを殴られたとする。当たり所が悪いと、骨は臓器に刺さってしまうだろう。
例えば、頭に武器がぶつかったとする。勢いが早ければ、脳まで骨が陥没してしまうだろう。
ありふれた事故。ありふれた結末。そのひとつを『運悪く』彼女の両親が引いてしまっただけのことだ。『運悪く』彼女が大きくなる前に、『運悪く』死んでしまっただけの事。悲しくないと言えば嘘になるけれど、そのような境遇のものも決して珍しくはない。涙はとうの昔に枯れ果てた。
両親のよすがをなんとか辿って、ラド・バウ近くの酒場で日銭を稼ぐことだけで精いっぱいだった。けれど頑張ればまかないはでるし、給料だってたまには弾んでもらえる。小さくなった靴が痛いのだと客に訴えれば、小さな身体で頑張って偉いなと買ってきてくれる者だっていた。
ひとりでそれなりに生きることだって、できるのだ。
だからそう。ほんとうに、満足していたのだ。
ある、一冊の本と出会うまでは。
「? なに、これ」
見たところ禁書のようだった。読むこともできないほど厳重に封がされていて、それから。
持ち上げただけで意識を奪われてしまいそうな錯覚に陥ってしまう。
「…………きもちわるい」
こんなもの、はやくどこかへやってしまわねば。
手袋越しに掴んで、抱えて。雪が激しくなる前に帰ろうとした、その時だった。
「?」
その本の下には、剣が落ちていた。
「なにこれ……おとしものかな」
おとしものであることに、変わりはなかった。
なんなら、それを落としたであろう『白と黒の夫婦』が鉄帝の街に溶け込んでいるのを、黄金の目は捉えていた。青錆の
「あっ、ちょっと、まって!」
ぼろ布を寄せ合わせたようなみすぼらしい服。マフラーも手袋もブーツも、何もかも、彼女にとっては宝物だったけど、彼らの洋服は所謂富裕層のそれだった。赤いドレスを着た美しい白髪の少女と、黒いコートの男。上質な服なのだろう。
(……もしちがったら、どうしよう)
否、否。気にしていても仕方がない。それがじぶんの運命であったのだから。
「あの、すみません。これを、おとしませんでしたか?」
「やだもーレン、まぁた落として! これ、だいじなんだよぉ?」
「ごめんってば、ティア。……ありがとう、これ、大切なものだったんだ」
胸元に『お揃いの薔薇のブローチ』をしているのだろうか、仲睦まじく腕を絡めた二人は土まみれのフェルムにやさしく微笑みかけた。
「……いえ、ひろった、から。それじゃあ、えっと」
「待って」
白い乙女が手首を掴んだ。フェルムは恐る恐る後ろを振り返って、首を傾けた。
「なんですか」
「『おなかすいてない?』 わたし、ご飯がたくさん食べれそうなところを知りたいんだけど……」
「そっか、もう食事の時間か……ええと、君の名前を聞いてもいいかな?」
「……フェルム、です」
「わかった。フェルム、君の知っている食事処を教えてくれないかな?」
「……それなら、ぼくの職場を」
フェルムの手袋、白い少女は握った。
「わたし、ユースティティア。こっちはわたしの旦那さんのレンセット!」
「……よろしく、フェルム」
ユースティティアとレンセットは、フェルムの手を手袋越しに握ってくれた。
二人の手は、とてもつめたかった。けれど、フェルムの心はとてもあたたかかった。
「こ、こっち、です」
●しょくじ
「わたしたちね、魔種なの」
「ましゅ……?」
「し、知らないんだ……うーん。親御さんにならわなかった?」
「おや、は。いないので」
「……レン。わたし、このこ欲しい。すっごく。子供欲しいってこのあいだいったじゃん?」
「ばっ、で、でも、それはティアがもう少し大人になってからって……」
魔種。聞いても、何もわからなかった。ただ、それは盗みをしたりするのと同じに、悪いことなのだと思った。
「ここ。です」
「わ、お料理のにおいする……ねーレン、わたしおにくたべたい。あと『お肉』!」
「ステーキとかあるといいね。いこ?」
「あ、はい」
「ふふん、お金はたくさん『もらってきた』から! たのしみだなあ」
らんらんと声を高くして笑みを浮かべるユースティティア。嬉しそうだと理解して、フェルムも笑みを浮かべた。
この人たちは家族のおはなしをしていた。きっと気に入ってもらえれば、家族になれるかもしれない。
淡い期待。ひそかな夢。
悲劇の引き金は、あまりにも簡単に引かれてしまった。
「ねえ、店主さん。お肉、たくさん焼いてくれると嬉しいんだけど」
「え? はい、わかりました」
「そーれーかーらー」
「フェルム。ちょっと汚れるから、こっちで私……いや、俺とご飯にしよっか」
「? わかり、ました」
レンセットは己の膝の上にフェルムをのせると、近くの客を蹴り飛ばして飯を奪い取る。
「なんだぁテメエ!!!!!」
男の怒号が響いた。ざわざわと声が広がる。
「食事をしに来た、ただの魔種だけど?」
「あなたのお肉も食べたいな!」
茨が鉄を千切る。茨が木を破る。
伸びて、伸びて、それは肉を貫いていく。
「あ、ああ、あ、あ」
「フェルム、目つぶって。ほら、あーん」
「う……」
レンセットはフェルムの目を手で覆い、口の中に肉を運んでいく。けれど空気に広がった鉄分の香りは肉の味もなにもかもを邪魔していく。
「おいしくないなあ。ここのひと、なんか、ごみがついてる……」
「ああ、種族が違うんだろうね。でも人間の部分もあるみたいだから、きっとちゃんと食べられるよ」
「はぁーい」
呑気にひとだったものを口に運んでいくユースティティア。レンセットも同じように食べるが、多くは一般的な食事を食べていく。
「うーん、足りないなあ。ここの人まずすぎ」
「まぁそういうこともあるだろうね」
彼女の白い髪に赤が踊る。
フェルムは理解した。魔種とは、盗みのような犯罪程度で済まないのだ。
世界の敵なのだ。
「で、フェルムはどうしたい? 魔種だってわかってても、わたしたちとついてくる?」
「それともここで死ぬか、だけどさ」
「選んでいいよ」
「ぼく、は」
ぼくは。
「まだ、死にたくない」
「んふ、わかった!」
「じゃあ、家族になろう」
「えっと、レンくーん、あの剣どこ?」
「ここ」
「おっけー」
血の水たまりを踏み分けて、ユースティティアはフェルムを抱きしめた。
「魔術式の書き方わかんないから適当でいいか」
ざしゅっ
「あっ、あああああああ!!!!!!!!!」
「だいじょーぶ、こわくないよ。ごはんがもっとおいしくなって、長生きになれるよ!」
「別に、それは悪いことじゃないでしょ?」
きっと、そうだ。それは悪いことじゃない。
けれど、わかってしまった。
こんなことに手を伸ばしてしまったら。
(きっと、だれもぼくをあいしてくれない)
それでも。それでも、フェルムは欲しかった。
愛が。いつか届くかもしれないという淡い翼では無くて、確かに今、ここにあるという確信が。
「ぼくの、おかあさんとおとうさんに、なってくれますか」
「うんっ! わたしね、こどもほしかったの!」
「そんな単純じゃいけないんだけどねえ。もちろん」
きっとこれも運命だ。
切られた背中にはちいさな鉄の翼が生え、両手を握ってくれる父と母がいる。
「でも、ふたりはおにいちゃんとおねえちゃんみたい」
「ああ!? それじゃあお母さんじゃないじゃん!」
「はは、まぁそれくらいがいいんじゃないの」
赤い血のスープとおいしいひとのおにく。
いただきますの前にはたたかいをして、たくさんたくさんごはんをたのしもう。
「ねえ」
「ふたりのおなまえは」
「なんですか?」
「え?」
二人は顔を見合わせた。そして、笑みを浮かべて頷いた。
「ユースティティア。ユースティティア・ロンドだよ」
「レンセット・ロンド。レンって呼んでいいからね」
「……じゃあ、ぼくは。フェルム・ロンドだ」
髪の色も、ひとみのいろもちがう。薔薇もなければ、血のつながりだってない。
けれど、ぼくは求めてしまった。
てのぬくもりを。
たとえ、歪んでいたとしても。愛を注いでくれて、ともに笑ってくれるような、かぞくを。
満足などしていなかったのだ。
「あのね。ぼくも、ごはんがたべてみたい」
「あ、ほんと? じゃあ次のおみせいこ!」
「いきなりはきっとなれないから、少しずつね」
家族三人で、仲良く手をつないで。
ごはんに、しましょう。