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とろけて
登場人物一覧
- 赤羽・大地の関係者
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●さびしんぼ
『休館中』という札の下げられた自由図書館で司書業務中の大地を、ずっと頬杖ついて、見守る影が一つ。
「ネーネー大地ー、それいつ終わるんダヨー?」
ぷう、と頬を膨らましてみたり。
「オレと遊んでくんないノー?」
はたまた、机の上にごろんと身体を伸ばしてみたり。そうやって大地の気を惹こうと必死なのは、ダイヤモンド・セブン。大地や赤羽からの愛称は『ダイヤ』。
「お前の遊びは大概ろくなもんじゃないだろ」
と一掃する大地の前で子供っぽくわめいてみたり、瞳を潤ませて情に訴えかけてみたりと必死だ。
「……寄贈された本の確認があるんだよ。それに、お客さんから依頼された修繕もあるから」
両手いっぱいに本の山を抱えて、大地はてきぱきと働く。
「これだから本の虫ハ……だからお前は陰キャって言われるんだゾ」
「赤羽、うるさい」
「大地ってつれないネー、赤羽ー?」
「そうだナ、こりゃあダイヤ以外の『女』もできねぇ訳ダ」
「あー、ドーテーってヤツ?」
自分の身体に住んでいるくせに、何をのたまうのだ。複雑そうにジト目で作業を進める大地を、赤羽は笑いダイヤはにまにまと笑みを浮かべながら大地に付きまとう。
(くっそ赤羽め、お前は俺の味方であれよ……)
面白いから嫌だネ、とでも言われるだろうか。だいたい拒絶されそうだ。まったく、こいつらは。
タイトルに間違いがないか、同じ作者のものか。色々と気にしつつも、本を棚にしまっていく。背表紙の高さがそろったときとか。同じ作者の名前が並んだ時のうつくしさは圧巻だ。だからこそ本は好きだし、本の虫はある意味誉め言葉だと思う。
(ていうか、そもそもダイヤは『どっち』なんだ……?)
男なのか、女なのか。はぐらかしているのか、自分自身が覚えていないだけなのか。
気にし始めていたらキリがないだろうけど、今日の(暫定的に)『彼』は、白と紺の太めのボーダーに、白の短パンにサスペンダーといった中世的な装い。いつものメイクも落として、さらさらとした髪にはカラフルなピンをちりばめていた。アクセサリーはシルバーのネックレスとミサンガのような手作り感溢れるブレスレット。じゃらじゃらと多数つけているが、不思議と喧しくない。着こなしているとはこのことだろう。
靴下はくるぶしまでの短めのもの。若草色のスリッポンを履けば、一人前の春のよそおい。
春先であることから、桜色の薄手のニットも羽織代わりに持ってきたようだけれど、暑いといって脱いでしまったようだ。
「今日は暑いナー……」
「何か飲み物でも入れようか?」
「お、欲しイ」
こんなにも暑い日にはあっさりとしたピーチのストレートティーにしよう。ダイヤは甘いものが好きかわからないけど、バニラのアイスがあったからそれも載せてあげようか。
両手いっぱいもあった本をかたし終えて、大地は図書館の奥へ。赤羽にやいやいそれは俺のお楽しみのーだとか、大地が俺の金だろと指摘したりと一人でごたごた喧嘩をして腕を止めたり止める腕を振り切ろうとしたり忙しかったし、普段器用に飾り付けを行う大地にしては珍しく汚かったものの、別にアイスを買うことで和解してなんとか完成にこぎつけた。
おぼんに二つのグラスを乗せて、なるべく本の近いテーブルからは遠ざかったところに二人は腰掛けた。
「おー……! これ、大地が作ったのカ?」
「ま、まぁな……」
「俺のアイスを奪ってだけどナ」
「おいしそーだナ! これ、オレが食べていーのカ?」
「……嫌なら俺のと交換してもいいけど。アイス、苦手だったか?」
「食べたことナイ」
「「えっ」」
二人分のえっがこだまする。
「赤羽残りのアイスも持ってきていいかな、俺ダイヤが、いやダイヤにアイスをたらふく食べさせてあげたい」
「いや待て大地、まずはダイヤの好みの味を聞いてだナ、俺たちで買いに行くんダ」
「ああああそうだな、そうしようそうだな赤羽、まだ市場は開いてたっけ」
「開いてるだロ、ほら財布もって早くいくゾ」
二人して慌てる大地と赤羽を無視し、ダイヤはご機嫌にアイスをつついてみたり、ピーチティーに溶かしてみたり。
「ん! つべてー……!!」
「……おいしいか?」
「ン、おいしいけド、いっぱい食べすぎたら寒くなりそうダ」
正論である。
慌てていたことを隠すように大地はそっと羽織を脱いで、財布をしまい、赤羽は大地をからかった。
「にしても、アイス食べたことないんだな」
「まーネ。今度から買ってみル」
「おウ。俺のお勧めはバニラとかチョコだナ、甘いしうまいゾ」
「俺は抹茶とかもいいかなって。あと苺」
「あれは甘すぎルだろ、普通に飲んだほうがうまいネ」
「それならチョコもそうじゃないか?」
ダイヤの前で言い争う二人を横目に、ダイヤは大地がつくったそれをぺろりと平らげて。
「ゴチソーサマ。うまかっタ!」
「お、そっか。よかった」
自分のはまだ飲みかけだったけれど、ぐいっと飲み干して。さあ立ち上がろう、というところで、
「!?」
ぐらり、視界が歪む。
下に吸われるような感覚。そういえば連日のローレットで働き三昧だったし業務も詰まっていたような。希望が浜の学生としての課題も提出日に遅れるわけにはいかないからと根を詰めていたし、豊穣の領主としての政治に関する資料集めや民からの意見を聞いてみたりと身体ももうくたくたなころだろうか。
学業も仕事も頑張りすぎていた、のかもしれない。
気苦労が重なったのか、或いは。不意に足元がふらついて。
「大地ッ?!」
ガタン、と椅子が倒れる音がした。パリン、とガラスのグラスが割れる音がした。グッバイグラス、結構気に入ってたよ。
衝撃に備えて目をきゅうっと瞑るが、その衝撃はいつまでたっても来ない。
(え……?)
恐る恐る目をあければ、そこには焦ったようなダイヤの顔がそこにあった。
「……ダイジョウブ?」
「え、あ、ああ……悪い」
ほ、と安心したように息を吐いたダイヤ。礼を言おうとした大地は、ダイヤの視線が己の首に注がれていることに気が付いてやれやれとため息をついた。
「……ちょっと待ってて」
今日はもう客は来ないだろうし。
図書館の表の看板を『CLOSE』に変えて、大地はダイヤに向けて頷いて見せた。
それが、はじまりの合図だった。
●待てはきかない
小鳥が啄むようなキス? 嘘をつけ、熱烈に愛し合った恋人たちのキスの描写はそんな軽いものだったけど実際はそんなもので済むはずがない。
なぜなら己を押し倒し、首をぐるりと一周する傷に熱烈なキスをして、キスマークをつけ、片時も唇を離すつもりがなさそうなダイヤ。首筋に熱が触れるたびに身体は跳ねていたけれど、脳はいたって冷静で、どうやってこいつを引きはがそうかと考えている。
「は、は……大地、大地……」
ちゅ、ちゅ、と柔らかい唇が触れて、甘い声で名前を呼ばれるたびに初心な大地はいちいち反応してしまう。とろけるような甘い声は吐息が混じって、欲しがるように口付けの飴が降り注ぐ。熱を含んだ瞳は片時も大地の瞳から逸らされることはなく、火傷してしまいそうなほど熱い唾液がとろりと首筋を伝っていく。
「はは……大地、顔真っ赤だゾ」
からかうように告げられても、声は言葉にならず、「あ、あ」と消えていくばかり。
がり、と歯が当たった。
「おーっと、それ以上はおいたが過ぎるゾ?」
「……いいところだったのに」
ぷう、と頬を膨らませたダイヤ。大地は頭がショートしたのか、赤羽が代わりに不敵に笑っていた。
(この狂犬を俺達で飼い慣らしちまえバ、色々使い道もあル。顔も良いシ、いい身体をしているからナ。クソ初心な大地にモ、良い練習台になるだロ)
大地の身体で、赤羽はダイヤに口付ける。
(小鳥が啄むように、だっけカ?)
(うるさい)
お手本を見せてやる、というふうに、柔らかい唇は掠めるだけのキスを繰り返す。
さらに、赤羽のいたずら心が働いて(のちに大地にこってり叱られるのだが)、赤羽はダイヤの口内に舌を入れて征服するような深い深いキスをする。
「……っ、はあ。キスってのは、こうやるんだゼ?」
「っ……」
さすがのダイヤも恥ずかしかったのか、ぷい、と目を逸らす。
「おっと、逃げんのカ?」
赤羽はダイヤの両頬を片手でわしっと掴み、こちらを向かせて額をこつん、と重ねた。
「……逃げないシ」
ダイヤは赤羽と目を合わせて、目を閉じた。
「だってヨ、大地」
「え、ちょ、赤羽!!」
ぱっと手を離した。ダイヤがあっけにとられて目を逸らしていると、そこにいたのは赤羽ではなく入れ替わった大地だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……ダイヤ!?」
ダイヤは本棚に大地を抑えつけて、先ほどの赤羽にされたようなキスをした。
ああ、今日は逃がされそうにない――