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不滅の愛
登場人物一覧
――その花は、命を喰らって咲き誇るといわれていた。
●おとぎばなし
むかしむかしあるところに、ひとりのまじゅつしがいました。
かれはこどくでした。やさしさゆえに、だれをもあいし。それをよくおもわないものは、かれをきずつけ。
かれはひとりでした。そう、おもっていました。
わかくしてちからを、ちしきをたくわえたかれも、またひとりのはーもにあ。
かれは『こい』におちました。よわくもろい、にんげんの、おとめに。
しかしかのじょとのじゅみょうさはあきらか。
それでもかれはあきらめません。
「わたしは、きみのまじゅつしなのだから」と――
●Pure White
「――ああ、ユースティティア。おはよう。でも、身体に障るだろうから……ああ、身体を起こしちゃだめだよ。もう」
「大丈夫だよ。ティア、強いからさ。ね?」
「……もう」
微かに唇が触れる。くすくすと、彼らは笑い合った。
「レンは最近は? 体調とか、お仕事とか。あと、なんだろう。趣味とか?」
ユースティティア・ロンド。黒い髪に青い瞳。眠り続けた影響で不自然なほど細い四肢。まだ16歳の、未成年の乙女。
愛する人に向けた笑みもまた幼い乙女のそれ。
「全部、そこそこかな。今日は君が目を覚ましたから、きっといいことがある」
レンセット・ロンド。彼女の夫。年齢は彼女よりもずっと年上で、けれど、彼女のことを愛していた。
ユースティティアは籠の鳥であった。幻想種と幻想種の間に生まれた異物。
閉鎖された空間で、『最善』とされる教育を受け、そして家督を継ぎ、子を設け、死んでいく。その筈だった。虚弱故に季節を越えるごとにからだは痛み、非力故に壁を乗り越えるだけでもあまりにも果てしない遠回りが必要で。
つらい。くるしい。ならいっそ、しんでしまおうか。
必要最低限の交流を持ち。平気なふりをして笑顔の仮面を被って。その仮面は厚く、あまりにも自然で。
だからこそ、誰にも気付かれることはなかった。
そう、思っていた。
あなたに出会うまでは。あなたに、恋に落ちるまでは。
「大丈夫? 顔色が悪いみたいだし、今日はもう帰った方が……」
「ああ、また無理をして! もう、直すのはだれだと思ってるのさ」
「こーら。君は懲りないよね、ほんと」
「ああ、じゃあ好きにすればいいよ。私は心配してるんだけどね?」
ただの顔つなぎだと。片付けてしまうのは簡単だろう。
ありふれた舞踏会。ありふれた物語。
彼女は恋をした。
生まれて初めて、自分自身を見て、たいせつに考えてくれたおとこに。
おかしいとわかっていても、それでも好きになってしまった。異種族で、歳の差もあって、それに、おとなとこども!
彼はひどいのだと噂されていることも、なんどか嘘をつかれて傷ついたこともあった。それまで友達として付き合ってきた自分も、ある程度彼といういきものを知っていた。
故に、好きと認めることはできなかった。
彼を愛してしまったら、わたしはしあわせになれるのだろうか。
彼と一緒になることで、わたしはなにを彼にできるのだろうか。
彼は、私を女としてみていないだろう。
(きっと、せいぜい、妹がいいところだろうなあ)
ずきりと痛む胸は恋の証明。それでも、認めたくなかった。彼を愛することは、
「ねえレン」
「何?」
友人だ。友人だ。友達として、適切な距離で。
「わたし、彼氏作ってみたの」
「へ、」
「だから遊べなくなっても嫉妬しないでね、ふふ」
戯れに。
きっと別の誰かを好きになれば、恋なんてしていないと思える。
きみを、忘れられる。
「よかったね、ティア」
応援してくれる彼の声が、少しだけ元気がなかったような気がしたけれど。
それが正しいと信じていた。
「レン、わたし別れることにした」
「え?」
「デート、来てくれなくて」
「……最低だな。私ならそんなことしないのに、」
「……なら、わたしと出掛けるときは、ちゃんと来てよね」
時を重ねるごとに。言葉を交わすほどに。
彼のやさしさに触れて、仮面はとかされていく。
ああ、君が好きなんだ。それを受け止めるまでに、沢山の時間を必要とした。
『深緑の外をでたら何をしようか』
『魔法を教えてよ』
『君の周りの女の子は可愛いひとがいっぱいだなあ』
『キスしてみて、なんて、言ったら怒る?』
嘘をついて。からかって。
そんなことをしても無駄だった。わかりやすい恋だった。
「わたし。レンが好きなの」
歳の差は10を軽く超え。
彼は言いました。
「君とは、付き合えない」
●Dark Blue
俺は出来損ないだった。友達すらもいつかは慣れてしまう恐怖が、心の中を支配していた。
そんなときに彼女と出会った。あっけらかんと笑う彼女の手はボロボロだった。
彼女に優しくするたびに、彼女は幸せそうに微笑んだ。
生きていてもいいんだ、と思えた。
告白を、された。
彼女のことは正直に言うと好きだった。
ただ、ティアのことを思うと、俺と結ばれていい筈がなかった。
彼女にはもっとお似合いなひとがいる。それだけだった。
彼女は俺と付き合うために頑張っていた。勉強も、交流も、今まで以上に。俺の目から見てもわかる程に、無茶ばかりして、だけど。
「ティアはなにになりたいの?」
「んー……元気になりたい」
告白は有耶無耶に。流したままで、いくつかの季節を越えて。
彼女は相変わらず、好きだと囁いてくる。
そんなときだった。
「わたし、心臓がよわいから、にんげんよりももっと、生きることができないんだって」
「え」
「レンのお嫁さんになるのも無理かもしれないなあ」
春風のように軽く、溶けた飴のようにべっとりと。
心に纏わりついて離れなかった、死の告白を受けたのは。
「それは、治らないの?」
「うん」
「そっか、」
ばく、ばく、ばく。
心臓が跳ねて、跳ねて。
君を失うことが耐えられないと気付いたときには、俺はティアを抱きしめていた。
「私が治すから。君の心臓。それから、付き合おう」
「……ばかだなあ」
ティアは泣いた。そして、頷いた。
彼女と同じ時を歩むための禁忌を、俺は探し始めた。
●Contraindications
ヴェルグリーズという魔剣を用いた魔法陣を描くことで、生き物の寿命を延ばすことができるのだと、その魔術書には書かれていた。
彼女は大人にできることができないのだと、告げてくれた。
俺達に時間はなかった。
「レン、無理しなくていいんだよ」
「無理じゃないよ。だって君のためだから」
「……へへ、そっか」
剣は案外簡単に見つかった。
魔剣と呼ばれるにはあまりにもシンプルなデザインのそれ。けれど、幾多の人間の生き血を啜ってきたのだという。
彼女の命を救うためなら、そんなことは些細なことだと思った。
「いい、ティア」
「なーにー?」
「今から君の足元に魔法陣を書きます」
「うん」
「何かしておきたいことは?」
「え、なんでもいいの?」
「すぐ済むことならなんでも?」
白いワンピースと、裸足。身体を冷やすと言っているのに、彼女はいつもそれを好むから、俺は止めることができなかった。
空気の澄んだ森の奥の廃城。俺達の根城。その庭。
木々茂る深緑の隠れ家。虐げられた俺達の最期の楽園。
彼女を救うための魔法を発動する、とくべつな場所。
「こっちきて、レン」
手招いた彼女の腕は、見る間もなく細くなっていた。頷いて俺は彼女の元へ足を進める。
「ん、」
背伸びをして、彼女のがさついた唇が俺の唇をかすめた。
「大人になれたらもっとぷるぷるの唇でちゅーしてあげるね」
「楽しみにしてる」
ぽんぽん、と頭を撫でて。彼女はご機嫌に頷いてから、庭の中央へと戻った。
おとなに、なれたら。
彼女は大人になれる。俺が、そうしてみせる。
二人で幸せになろう。
がりがりと剣で土を掘って、魔法陣を描いて。俺は手をかざした。
『
ひかりが満ちた。
「いたい、いたい、レン、たすけて、いたい」
「ティア!? どうして、ああ、ティア、手を!」
瞳から赤い涙をこぼしたティアは、胸の中央から真っ白な薔薇を咲かせていた。彼女を栄養にするように棘は伸びて、俺をも包んでいく。
「あのね、レン、あのね、わたし、いっぱい、血が、血がほしい」
「血が、ほしい?」
茨は彼女の四肢と、俺の腕に痣を残し。薔薇は咲き誇り。彼女の黒い髪は白くなった。
「おなかがすいたの。ひとを食べれば、元気になれるんだって、わたし」
「レン、おねがい」
その魔法が禁忌たる理由。
俺は、彼女との
その魔法は、人の命を糧にするから、禁忌なのだ、と。
●Black Rose
「ヴェルグリーズ、双薔薇の恋をしっているか」
「? 其れは、いったい?」
片や、黒薔薇を咲かせた幻想種の男。
片や、白薔薇を咲かせた人間種の女。
「魔種であり番の二人が、血肉を求めて殺戮を行うお伽噺さ」
「……うーん? 聞いたことあるような、気が、するけれど」
深緑のバーで話していたヴェルグリーズ。眉根を寄せて、過去を思い出そうとしていた、そんな時だった。
――チリンチリン。
「ああ、いらっしゃいませ!」
「ねえレン。わたし、『おなかがすいた』!」
「そっか。ティアは最近、よく食べるようになったね」
白と黒の、恋人たちは。笑みを浮かべていた。