PandoraPartyProject

SS詳細

或る秋の特訓

登場人物一覧

ノースポール(p3p004381)
差し伸べる翼
シラス(p3p004421)
超える者

 涼しさを感じる風が、あたりを吹き抜けていた。
 太陽は頂点にて輝いていたが、夏ほどの暑さはなく、程よい心地よさであたりを照らす。季節は秋だ。
 ローレットが所有する屋外訓練施設。基礎体力トレーニングから、本格的な組手までをこなせる。そんな広めの施設の真中で、シラスは思いっきり正座をしてうなだれていた。
 シラスの眼前にはノースポールが立っていて、その眉は見事に吊り上がり、ぷくり、と膨らませた頬は――どこかかわいらしさを見せながらも――分かりやすく、怒っているのを感じさせている。
「どうして私が怒っているか、分かりますか」
 ノースポールが言う。その問いは反則である。だって正解しても誤答しても怒られるじゃないか。
「はい、その」
 おずおずと、シラスはその手をあげる。
「朝ご飯を食べてこなかったからです」
 ぴく、と、ノースポールの眉が動いた。
 正解だったか。
 間違いだったか。
 シラスは逡巡する。
 さっきも思ったけれど、どっちに転んでも怒られるのである。こんな理不尽な問いは勘弁願いたい。
 とはいえ――なんというか。
 怒られる心当たりはある。
 一応、あるのだ。

 シラスが自身の戦い方について手応えを感じたのは、チェレネントラと名乗る魔種がその姿を見せ始め、ほどなく、蠍達が動き始めた、そんな時期の秋の事である。
 ローレットの戦いは激しさを増し始め、本格的に魔種たちとの闘いも行われていく、その戦いの中で、シラスは己が独自の闘法を編み出し、実践を戦い抜いて見せた。
 例えば、シラスの拳は、文字通りに岩を裂き、鉄を砕く。それは、筋力的な能力ではなく、拳に纏わせた魔力のなせる業だ。シラスの闘法とは、すなわちこの魔力を全身に巡らせ、その身体能力を爆発的に強化するものである。
 原理はシンプルだ。だが、そのコントロールには細心の注意が必要となる。
 攻撃の瞬間に魔力を存分に供給できなければ、相手にダメージを与える事はかなわず、逆に過剰供給の果てに待っているのは、直撃の前に自らの手を魔力で焼いてしまう暴走である。
 魔力を流しているのは、最悪使い捨てが可能な武器の類ではないのだ。自らの拳、自らの肉体。本来なら守らねばならぬそれを、武器と防具にするという矛盾。己が肉体を、最強の矛にして盾とするという逆転の行為。
 魔力を繊細にコントロールしつつ、同時に敵へと意識を向ける。敵の動きに対応し、同時に魔力も其れに最適化する。それは決して、容易な事ではあるまい。
 そのスタイルに手ごたえを感じたという事は、並々ならぬ修練の果てか、天賦の才か。いずれにせよ、シラスがイレギュラーズと呼ばれる通り、特異なる存在であることに間違いはあるまい。
 さて、そんなシラスには、ノースポールという友人がいた。お互いがイレギュラーズとして召喚された、そんなころからの付き合いだ。
 二人はよき友であり、よき同僚であった。ノースポールは可憐な乙女に見えるが、イレギュラーズとして戦う以上、ただか弱い乙女というわけではない。
 ノースポールの闘法は、徒手空拳のスタイルである。とはいえ、ノースポールの場合は、柔よく剛を制す……小柄な体を活かし、敵の攻撃を反らし、その隙に拳を叩き込むスタイルだ。
 その力の拠り所とするものは違えど、徒手空拳という同じスタイル。友としても、訓練相手としても、格好の存在であったに違いない。

 その年の秋に、シラスはノースポールにお願いして、組手の相手となってもらう事にした。ノースポールも、友達のお願いなら、と快く承知してくれた。
 そして――ローレットが所有する訓練施設。もう使い慣れたその場所で、二人は相対することとなったのである。
「よろしくお願いしますね、シラスさん!」
 ぐーっ、と伸びをしながら、ノースポールは言った。動きやすい格好で、準備は万端であった。
 さっと構えをとる。にこやかな笑みを浮かべ――誘ってきたシラスの、訓練の成果にも興味があるのだろう――だがそこに隙は見受けられない。
「お手柔らかにな」
 シラスもにこやかに応じた。構えをとって、すぅ、と息を吸い込む。
 ――30%くらいかな。
 胸中で呟く。流石に全力全開で魔力を供給するわけにもいかない。それに、加減を続ける、という事も、魔力のコントロールという点に関しての訓練になるのだ。
「行くぜ、ポー!」
 叫び、シラスは一気に駆けだした。相手との距離を一足飛びに詰めるや、まずは右手をけん制打として軽くつきだした。
 ノースポールはそれを、左腕で受け止めた。本来ならば受け止めることなく、受け流す、という手段をとるノースポールであったが、今回は組手、という事もあり、あえてシラスの攻撃を受け止めるという事を選ぶ。
 が、その瞬間、ノースポールがきょとん、とした表情を見せた。困惑に近いその表情を、しかし次の瞬間にはきり、と引き締めると、身体を右に大きくひねり、肩からシラスの内へと入り込む。ノースポールはそのまま、右拳による裏拳を叩き込んだ。
 ――なるほど、素早い!
 相手の動きに感心しながらも、シラスは脚部に魔力を一気に流し込んだ。そのまま、後ろに倒れ込むように、魔力で増強した足で後方に飛びずさる。眼前で、ノースポールの拳が止まった。やはり、ヒットの直前で止められるようにしていたのだろう。とはいえ、それは要らぬ心配だ。
 僅かな距離を飛び、一瞬の仕切り直し。脚部へと流し込んだ魔力を、シラスは今度は攻撃に転用することにした。自分の筋力では軽く/魔力では強く、跳躍。勢いを乗せたままの跳び蹴りを見舞う。隙の多い攻撃であるが、組手であり、相手が受け止めるという事を担保されたが故の攻撃である。
 ノースポールは再び、攻撃を受け止める。両の手をクロスさせて、正面から――直撃の音が軽く響き、再び、ノースポールは表情を変えた。今度は、困惑から、どこかむっとした表情へ。
 しかし、シラスはその変化に気づくことは無かった。シラスは蹴りの勢いを利用して着地すると、掬い上げるようなアッパーを、
「ストップ! シラスさん! ストップです!」
 繰り出そうとして、つんのめった。突然の強制終了に、シラスが困惑した表情を見せて顔をあげれば、そこには明確な、怒りの表情を見せたノースポールのそれが見えた。
「えっと……何かあった?」
 思わず首をかしげつつ尋ねるシラス。だが、ノースポールがぷくり、とほおを膨らませると、こういった。
「シラスさん、朝ご飯は食べましたか?」
「……は?」
「ですから、朝ご飯です! ちゃんと食べましたか!?」
 シラスには、訳の分からない質問だった。いや、そもそも、現状、何がノースポールをこうも不機嫌にさせてしまったのか、まったくわからないのだ。虚をつかれていたという事もあり、シラスは素直に、答えることにした。
「食べましたかって……食べた、けど」
「何を食べたんですか?」
「そりゃ……チョコレートを」
「チョコレート。他には?」
「チョコレート、だけだけど」
 その答えは、ノースポールのお気に召すものではなかった話らしい、わなわなと、肩を震わせるノースポール。それは、分かりやすいほどに、怒りの感情があらわされている。
 ――ヤバい、なんかやっちゃったか。
 胸中で呟き、シラスは目を白黒させる。
「シラスさん、座ってください」
「え、いや、ここ地面」
「良いから! 座ってくださいっ!」
 両手を腰に当てて、ぷんぷんと怒るノースポール……これは、逆らってもいい事はない。
 シラスはすごすごと、地面に正座して見せた――。

 話は冒頭に戻る。
 改めて考え直してみれば、おそらくは手加減のせいだろうな、と、シラスは心当たりを思い起こす。
 前述したとおり、シラスの戦闘スタイルは、魔力を流し込み、威力を強化するものである。で、あるならば、その魔力量を加減すれば、威力は低下する。
 もちろん、これは訓練で要らぬケガをしないように、という事情であり、ノースポールもそれをわかっていてくれる……はずなのだが……。
「正解です。半分は」
「半分?」
 シラスが首をかしげるのへ、ノースポールは頷いた。
「良いですか? チョコレートは、確かにすぐエネルギーになります。でも、ちゃんと身体を動かすためには、それだけじゃダメです! まず、炭水化物……ご飯やパン。それに、たんぱく質。大豆やお肉などです。これをバランスよくとらなければいけません! シラスさんにお勧めするとすれば――」
 と、始まる怒涛の食生活改善。シラスが口を挟む余裕もない。
「それから、お野菜もバランスよくとらなくちゃだめです! 昨日のお夕飯は何を食べましたか?」
「えーっと……確か昨日は仕事もあって、疲れちゃったから軽く済ませたかな……サンドイッチと……チョコレート」
「また! シラスさん、チョコレートさえ食べておけば何とかなると思ってませんか!?」
「えっと、そう言う……わけでは……」
 口ごもるシラスであったが、ノースポールがそれで加減をしてくれるわけではあるまい。
「まったくもう、まったくもう! ちゃんとシラスさんの食生活を管理してくれる方がいればいいのですが……!」
「いや、そこまではちょっと」
 苦笑するシラスに、じとり、としたノースポールの視線が突き刺さる。
「そんなのだから、全然、力が入ってないんですよ!」
 ああ、やっぱり、とシラスは嘆息した。
「いや、ポー、そうじゃないんだ。俺の戦い方は、魔力で身体能力を強化するわけだから……」
「知ってますっ! でも、それは基礎体力訓練をおろそかにしていい理由にはなりません!」
「ぐっ……」
 シラスは思わず押し黙った。ド正論過ぎて、何も言い返せなかったのである!
「そもそも、魔力を身体能力を強化する……のであれば、基礎体力をしっかりと鍛えておけば、魔力の消費を抑えられたり、さらに威力をあげたりできるじゃないですか!」
「ぐぅっ……!」
 シラスは思わずうめいた。ド正論過ぎて、何も言い返せなかったのである!
「もう、今日の組手は中止です、中止! 今日はこれから基礎体力トレーニングにします!」
「ええ、大丈夫だって、ポー……」
 メンドクサイし、とは口には出せなかったわけであるが、ノースポールはぐっ、とシラスの手を掴んで、真剣なまなざしで、告げるのである。
「シラスさん……私、心配なんです。私たちの任務は、過酷で、危険で……ほら、見てください。こんな白くてひょろひょろの腕のシラスさんが、ちゃんと無事に帰ってこれるのかなー、って」
 シラスの服の袖をまくって見せつけるノースポールへ、え? ディスってる? と一瞬思ったが、白くてひょろひょろの腕なのは事実である。それに、その瞳の奥に見て取れる憂いの色は、真剣そのものであったから、間違いなく心から、シラスの無事を案じているのだろう。
 と、なれば。
「……やらないわけにも、いかないか」
 はぁ、とため息をつく。
 大切な友人に、心配されている……いや、心配を、かけさせてしまっているのだ。
 そんなことは……とても、居心地が悪い。
「わかった、わかったよ、ポー。今日は体力トレーニングにするよ」
「シラスさん……わかってくれたんですね。あ、今日だけじゃなくて、しばらくトレーニングは続けますから」
 ぐえぇ、とシラスは呻いた。

「ポー、ダメ、ダメだ……もう休憩で……」
 訓練場の外周を走っていたシラスが、たまらずぶっ倒れる。その顔は汗がだらだらと流れていて、もう体力の限界というのは見て取れた。
「ええ、まだ10周しか走ってませんよ!?」
 ぷう、とほおを膨らませるノースポールに、シラスは息も絶え絶えに答えた。
「あの……10周……10周『も』、走ったの……此処の外周っ! 400mあんだぞ!? それを10周!? 4kmだぞ4km!」
「そんなぁ、100周は走ってもらおうかと思ってたんですよ?」
「初日からフルマラソンさせる気だったのかよ!? 鬼! 悪魔!」
「もう、しょうがないですね……」
 ノースポールは苦笑を浮かべながら、近くの井戸から冷たい水をコップに汲むと、シラスへと差し出した。シラスは一気にそれを飲み干して、額の汗をぬぐう。
「依頼に出る前に殺されてしまう……」
 ジト目でノースポールを見やるシラスだったが、当のノースポールは腕を組んで、うんうん唸っている。どうやら、新たなる訓練メニューを考えているようである。
 このままではマジで鍛え殺されかねない。シラスは何とか立ち上がり、井戸から直接、水を被って身体を冷やしてから、ノースポールの下へと再度近づいた。
「うーん……あ、タイヤをひきながらならば、50周くらいで……」
「あー、あの、ポー?」
 何やら恐ろしい事を呟いているノースポールへ、シラスはおずおずと声をかける。
「あのさ、まず、その、基本的なところから始めてみようかなーって、思うんだけど?」
 シラスの言葉に、きょとん、とした表情を見せたノースポールは、ようやく自身の訓練メニューがハードすぎることに気づいたのだろう、やや頬を赤らめながら、苦笑した。
「あ、あはは、そうですよね! やっぱりタイヤじゃなくて、うさぎ跳びとかの方が」
「それ体壊すだけだからな!? そうじゃなくて!」
「むー、冗談ですよ、冗談」
 くすくすと笑うノースポール。果たしてどこまでが冗談であったのか。いずれにせよ、シラスの想いは何とか伝わったようである。
「では、筋肉が足りないシラスさんのために、これをお貸ししましょう!」
 と、差し出したものは、格闘技大全なるやたら分厚い大きな本だ。シラスが受け取ってみれば、見た目通り、ずしりとした重さが、その両手にかかる。
 ぱらり、とページをめくろうとしてみれば、使い込まれているのか、ボロボロになり張り付いたページは、開くことすら困難である。
 なるほど、これを毎日読んでいるのか、とシラスは思わず、感嘆のため息をついた。
「凄いな……これを読んで、トレーニングしてるのか……」
「読む? いいえ、これはですね」
 にこり、と笑って、ノースポールは格闘技大全を取り上げると、それを軽々と、ぶんぶんと、片手で振り回し始めた。
「毎朝毎晩、これをこうやって振り回してるんです!」
「なるほどなるほど、なるほどね! 読むんじゃねぇのかよッ!」
「さあ、シラスさん! これを使(ふ)ってください! きっと筋肉モリモリになれます!」
「あーわかった、もう自棄だ! 振ってやらぁよ! 振ってやらぁよ!!」
 かくて初秋の訓練場、分厚い本を振り回す、シラスの奇妙な姿が目撃されたのだという。

 追記、ちゃんと格闘技の本としても読みました。凄い参考になりました。

 追記2、翌年の夏、これらの訓練の成果が出たのか、シラスの身体は水着の似合う引き締まったものになったそうです。

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