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武器商人とリリコとチナナの話~飛ばない翼~
登場人物一覧
職人のこだわりは美しい。たとえばこの白のニット。一枚のこれにどれほどの時間がかけられたのだろう。左右均整な黄金比。それをざっくりと着こなし、シンプルな黒のパンツと併せた武器商人は、ちょっとしたひまつぶしに孤児院を訪れた。そしたら開け放した窓際でミョ―ルがチナナへマニキュアを塗ってあげているところだった。
「武器商人しゃん!」
「あら、何しに来たの? 今忙しいんだけど」
「ゆっくり見物させてもらうよ。今日はチナナに用があるんだ」
幼い少女はぱっと顔を輝かせた。
「チナナの番でちか!?」
「そうだよ、今日は素敵な時間と衣装をプレゼントしよう」
「やったでち! チナナすっごいの頼むでちよ!」
「そりゃあ我(アタシ)も楽しみだ。どんなのになるのだろうね」
子ども用のいすを勝手に拝借して座ると長い脚が余った。行儀悪く足を組んで、武器商人はやさしげな笑みを浮かべる。期待でじっとしていられない様子のチナナと、それをたしなめながらマニキュアを塗ってあげるミョ―ルはまるで本物の姉妹のようだ。
「お待たせ武器商人しゃん!」
「おててを見せてごらん。あァきれいだねぇ。ミョ―ル、今度我(アタシ)にもやっておくれよ」
「気が向いたらね」
ミョ―ルはマニキュアセットを片付けながら気のない返事をした。そっぽを向いているミョ―ルの頬は赤い。褒められてうれしいのだと。ある意味わかりやすい。
「アンタのお姫様が来たわよ」
いつのまにかリリコがドアのところに立っていた。ハニー・グリーンに包まれた愛くるしさとは裏腹の無表情。
「やァ、リリコ」
「……来てくれてうれしいわ、私の銀の月。文通もいいけれど……あ、便箋が切れてしまって返事を出してないままだったわ、ごめんなさい」
「おやそんなことを気にしてたのかい。返事なんていつでもいいよ」
リリコの目元がゆるく弧を描いた。それにしてもと話題を変える。
「……今日は練達風の装いね。とてもよく似合っているわ」
「ありがとう。まあ流行の知識だけは定期的にアップデートしていたよ。なんせ人間ってモノは実に飽き性で、ちょっとぼんやりしてたら売っていた服があっという間にダサいって言われちゃうからね」
「……なんでも出てくるいつもの袖はおやすみかしら」
「ポケットを叩いてビスケットを出そうか?」
「……きっと食べきれないわ、小鳥の旅一座を呼んでこないと」
武器商人は猫のように笑った。
「武器商人しゃん! チナナ、チナナのドレス!」
「あァいけない。もちろん忘れてやしないよ。ふたりとも支度が終わったようだし、出かけようか」
チナナのたっての要望で、武器商人たちはかつてロロフォイのワンピースを買い求めた店へやってきた。
店に入った時からチナナはハンターの目だ。店員相手にあれもこれもと欲張っているチナナに、まずは好きにさせておこうと武器商人は壁へ背を預けた。
「リリコ、おまえはチナナにどんなのが似合うと思う?」
「……そうね。私なら……チナナは背中に水色の羽があるから、まずはそれに合う色を探すわ」
「そうだねえ。よれて飛べない翼ではあるけれど、ゆらゆら揺れてかわいいよね」
などと話していると。
「武器商人しゃん、リリコ! 見て見て!」
当の本人が満面の笑みでこちらへ駆けてきたのだが。
武器商人は絶句した。お菓子の柄が入った紫色のワンピースはブローチでごてごてのぎちぎち、頭にはカチューシャが3本、色も柄もてんでバラバラなリボンが7つ。
「どうでちか?」
これで本人は得意の絶頂なのだから反応に困る。店員たちも柔和な顔の下で苦笑していた。
「これはまた玄人向きのファッションだね」
「くろうと?」
「うーん、おしゃれ上級者用といったところかね」
「チナナ、ハイセンス? リリコよりすごい?」
「いや……」
どう伝えたらいいものやら。武器商人は破顔しつつも頭を悩ませた。たしかにそういう、不協和音をあえてテーマにしたようなファッションもあるにはあるが、チナナの場合はとりあえず気に入ったものを全部試してみたという事だけが伝わってきた。
「鏡を見てごらん、チナナ」
「? ……!?」
そう促すと案の定、自分の鏡像にびっくりしている。やがてふるふると震えだし、店一杯に響く大声で泣きはじめた。
「かわいいとおもったのにー! なんでー!」
火がついたように泣きわめくチナナを、リリコが抱きしめた。
「……借り物の服が汚れてしまうわ。そうしたら弁償しないといけないの、わかる?」
「う、うええ、ひっく」
「……だから一度落ち着こう、ね」
「う、ぶえ、ふえん」
リリコが渡したポケットティッシュでちんと鼻をかみ、チナナはどんより落ち込んだままブローチや髪飾りを一つ一つはずしていく。
「かわいいとおもったのに……」
「そうだね、ひとつひとつはかわいいよ。だけども混ぜすぎて闇鍋みたいになってしまったね、ヒヒヒ」
「やみなべ?」
「あまいものとしょっぱいものを一度に食べるとどうなる、チナナ?」
「あまじょっぱい」
「そうだね、そこに辛いものと苦いものを入れるとどうなる?」
「いやでち、食べたくないでち」
「うん、今のファッションはそんな感じだったよ。ようは組み合わせだ。チナナ自身がかわいいのが似合わないわけじゃないよ」
「ほんとうでち?」
「そうだとも」
たとえば、と武器商人はマネキンへ歩み寄った。無地のフレアワンピースがそこにあった。まるで夏の空のような濃淡が晴れやかだ。
「チナナはアクセサリをいっぱい付けたいのかね?」
「うん」
「だったら下地になる服はシンプルなほうがいいよ」
「そうなのでちか?」
「チナナはお絵描きが好きかい?」
「だいすきでち!」
「じゃあ白い紙といろんな色や柄が入った紙、どちらが絵を描きたくなる?」
「白い紙でち」
「そういうことだよ。まずベースになる服を決めて、そこにアクセサリをあわせていく。これがコーディネートの基本だ。慣れたら逆を試してもいい」
「なるほど」
「チナナ、ついつい欲張ってしまうのもわかるけれど、今日はひとつ我(アタシ)に任せてみないかい?」
「おねがいするでち」
武器商人はアクセサリ一式を宝石箱に並べて差し出した。
「この中からひとつだけ選んでごらん」
チナナはさんざん悩んで、翠色の羽飾りのネックレスを選んだ。二枚の羽がぴんと立って、根元には宝石が煌めいている、そんなブローチだ。
「羽モチーフがいいんだね?」
チナナは小さくうなずいた。
「こんなふうに、きれいな翼だったら……ぱぱとままはきっとチナナを置いてけぼりにしなかったでち」
不意を打たれた武器商人は珍しく目を丸くし、そしてゆっくりと笑みを浮かべた。
「孤児院での生活がつらいかい?」
「そんなことない!」
チナナは声を荒げた。
「みんな、みんなチナナに優しくしてくれるでち! 大事にしてくれるでち! チナナはお菓子の、いちばんおいしいのをいつも貰ってるでち!」
「そうだね、チナナ。チナナはいい子だ。孤児院の家族を大切にするといい。だけど同じくらい、両親を想ったって、いいんじゃないかと我(アタシ)は考えるよ」
「へ?」
「だってどっちもチナナだからね。否定するのはよくない」
「そんなこと言われたの初めてでち」
「我(アタシ)はチナナが大好きだよ。チナナはチナナをどう思ってるんだい?」
「もちろんだいすきでちよ?」
「やァそれなら安心だ。キミは愛し愛されることを知っている。それはどんな宝石にも負けない輝きだ。忘れちゃいけないよ」
「さっきから武器商人しゃんの言ってることがむずかしいでち」
「ヒヒ、そのうちわかるとも。それじゃ続きを選ぼうね」
武器商人はブローチを手に取ると似合いのものをと店員へ頼んだ。店員が何着かのフレアワンピースを持ってくる。そのなかでもチナナが気に入ったの春の空のような一枚だ。薄い青空色から淡い若葉色へのグラデーション、裾周りに淡い同系色のカラーストーンが縫い込まれ、裾がひらめくたびにキラキラと光る。
「これ! これがいいでち!」
「うん、きれいだねぇ。これ一枚で着てもいいけれど、そうだ」
満足げにうなずいた武器商人は、今度はチナナを連れて帽子のコーナーへやってきて真っ白なベレー帽を取り上げる。
「これにさっきのブローチを付けてごらん。それが耳のあたりにくるようにちょっと斜めにかぶって……そうそう、かわいいかわいい」
白いベレー帽に翠のワンポイント、それはチナナのふわふわな金髪によく似合った。
「このままだと胸周りがさみしいからネックレスも付けようか、どう思うリリコ?」
「……いいと思う。ターコイズとかの、すこしじゃらじゃらしたのとか、どうかしら」
「それならこっちも素敵だよぉ」
リリコが選んだのはターコイズをつなぎ合わせた三連のネックレス。武器商人が推したのは、大きなアクアマリンの原石をペンダントトップにした皮のネックレス。
「どっちがいーい? ヒヒヒ」
「……えらべないでち」
「それじゃァ我(アタシ)とじゃんけんで決めよう。我(アタシ)が勝ったらアクアマリン、チナナが勝ったらターコイズ。ほらいくよ、最初はぐー、じゃんけん……」
ぽんで武器商人が勝った。武器商人は笑いながらリリコを見た。リリコも小さく微笑んでいる。
キューブ状にカットされたアクアマリンは、チナナの胸で誇り高く輝いている。今度こそチナナは鏡の中の自分に大喜びした。
「すてきでちすてきでちうれしいでち!」
「アクアマリンはね、チナナ。海の精の宝物だという噂があるんだよ。温かくなったら海洋まで遠足に行ってごらん。春の海も乙なものだよ」
「はいでち!」
「海洋は遠いよぅ。歩き疲れたりしないかい?」
「いつもロロフォイとかけっこしてるから大丈夫でち!」
そうだよ、チナナ。キミには、どこまでだって歩いていける二本の足がある。そこまでは武器商人は口にしなかった。それはいつか彼女自身が見つけ出す宝物だからだ。