SS詳細
都合のいい夢は幸せと色を敷き詰めて
登場人物一覧
●色鮮やかな世界で
私達は街から遠く離れた、花畑に居た。
何故此処にやって来たかは、あまり思い出せないけれど──。
「見て。兄さん、リゴールさん。一面の花畑!」
凄いわ──と、カティの楽しそうな声に、私は思わず笑みを零してしまった。
今は、どうだっていいか。そんなことは。
「そんなに走ったら、また転んでしまうよ。カティ」
私がそういって嗜めるけれど、彼女はくすくすと笑う。
「もう。いつまでも子ども扱いして。わたし、15歳になったのよ。立派な大人だわ」
「んー? その割には、随分はしゃいでるな?」
親友──リゴールが、悪戯っぽい笑顔でそう言った。
カティは赤く染まった頬を隠すようにして、視線を逸らした。
私の親友も……嗚呼、表情こそ変わらないが、耳が真っ赤じゃないか。
「明日はお祭りなんだもの。少しくらいはしゃいだって良いじゃない」
「祭り……? ああ、そう言えば、そうだった気がする」
「おいおい、しっかりしてくれよ。アラン」
祭り──何の祭りだったか。
私には思い出せないが、まあ二人が言うのなら、そうなんだろう。
私達の元を離れ、花畑の中を駆ける少女。
太陽の光と、舞い散る花弁の中に咲く彼女の笑顔は──嗚呼、我が妹ながら、美しかった。
「カティはまだまだ子供だ。俺たちが付いてやらなくちゃな」
私は気付いていた。
私の唯一の親友は、私の大切な妹を、愛してしまった事に。
そしてきっと──
「リゴールさんっ。こっちこっち!」
「うおっ、と!」
カティも、彼を愛しているのだと。
リゴールの手を引くカティの姿を見て、私は深く悩むようになった。
聖職者は神に仕える者。結婚どころか、恋愛も厳しく禁じられている。
正直に言うと──私は、親友と妹の仲を取り持ちたいとすら思っていた。
私は大切な妹の為なら、何だってする覚悟があったつもりだ。
そして、この親友になら、彼女を任せてもいいと、そうも思っていた。
──しかしそれは、『不正義』なのだ。
国に、神に見放されたら、私たちは今度こそ、生きてはいけないだろう。
「──ほらっ、兄さんも!」
「うわっ!?」
不意に、カティに手を引かれ、私は思わず倒れ込んだ。
三人、川の字で花畑に寝転ぶ。
深く息を吸い込むと、甘酸っぱいような、濃い草花の香りがいっぱいに広がった。
青空に転々とある雲をぼやりと眺め、子供の時を思い出していた。
「昔もさ」
「ああ」
「こうやってたよね。わたしたち」
三人で遊び疲れて、原っぱで寝ころび、こうして流れる雲を目で追いかけた。
いつしかグッスリと寝てしまい、シスターに怒られながら連れ帰られたっけ──。
私達が起き上がると同時に、ひときわ大きな風が吹いて。
「綺麗……」
風に乗って舞う花弁が、私達の視界を散りばめて彩った。
嗚呼、このまま、この時が永遠に続けばいいと願って。
──あの日、私達の見る世界には、確かに『色』があった。
●モノクロの世界で
「あぁ……?」
ガンガンと痛みが響く頭を押さえつけ、身を起こした。
俺、どうしたんだ。酒場で死ぬほど酒を飲んで、それから──。
サイフ代わりの麻袋には、一銭のカネも無い。ついでにその時の記憶も無い。
辺りを見渡す。夜。裏路地。冷たい石床。ドブ臭い。
先程の夢で寝ころんだ花畑とは大違いの、ゴミ溜め同然の場所。
随分都合のいい夢だった。胸糞が悪い。
今更、何を。あんな世界は、もう二度と。二度とは。
「ウッ……」
飲み過ぎだ。
思い切り吐いた。ぶちまけた。胃の内容物を、幸せな夢の内容と共に。
足元を走り去る子鼠も、すれ違う薄汚い野良犬も。俺を避けて通りやがる。
どいつもこいつも、道端で吐く俺を、ゴミのような眼で見る。
当然か。当然だ。何処から見たって、俺は惨めなクズ野郎だ。
糸の切れた人形のように、ごろりと地面に転がった。
疲れた。何もする気が起きない。
出来るなら、また、あの夢の中に逃げ込みたい。
俺は日々の戦いの中で、何度も都合のいい夢を見せて来る存在に出会ってきた。
だが、それらを悉く跳ね返して潰してきた。
結局、夢から覚めてしまえば、辛い現実が待っている事が分かっているから。
永遠なんて、この世界には存在しない。
夢も、酒も同じだ。
こうして人を狂わせる。求めても、浸っても。後が辛いだけなのに。
分かってる。分かってるのに──。
「また、三人で……か」
そう思わずに居られないのは、俺の弱さなのだろう。
ポケットに入れたロケットを握りしめて、目を閉じた。
嗚呼、もう二度と、幸せな夢を与えないでくれと願って。
──あの日から俺の見る世界に、『色』は無い。