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冥夜とクロサイトの話~雨のち晴れ~

登場人物一覧

クロサイト=F=キャラハン(p3p004306)
悲劇愛好家
鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号

 元気にしているか冥夜。

 暦の上では春とはいえ、毎日冷えるだろう?
 風邪は引いていないか、温かくして寝るんだよ──

「兄上……」
 冥夜はある日届いた文に滂沱の涙を流していた。それは屋敷の庭の片隅、梅の枝に結んであったものだ。もしかしたら見つけられることもなく忘れ去られていたかもしれないそれが、逆に今の自分と兄との関係性を象徴しているようで、冥夜の心は締め付けられた。思い出すのは共に過ごした幼少時代。いつも一歩以上先を行っていた兄の背中。あの背中に追いつきたいと願い続け、だけど兄は遠くへ行ってしまった。魔種という断崖絶壁の向こうへ。
(それでも……)
 そう、それでもと冥夜は思う。兄はやはり兄だったのだ。自分のことを見守ってくれているのだ。たとえそれが歪んだ形であったとしても。兄の中に残された一筋の人間性、それを思うと冥夜は泣けてくる。身も心も魔種になってしまえば、兄はきっと楽だろう。思いも体も狂い果ててしまえば、兄はきっとすべてから解放されるだろう。そうでないのは、いまだ兄が兄として存在していることの証左ではないか。身を削り、魂を押しつぶされながら、それでもなお冥夜のことを覚えてくれている。
 それは感動だった。それは喜びだった。それは愛情だった。それは憐憫だった。それは……。
 数限りない思いが溢れてきて冥夜はあふれてくる涙を止められなかった。
「うまのほねー」
「うおっ、なんだクロサイト、びっくりした。どうした?」
 背後から急に声をかけられ、冥夜は振り向いた。半開きの扉から彼の悪友、クロサイトが顔を出している。
「いい大人が何を泣いているんですか馬の骨」
「ちゃんと理由はあるぞ悲劇野郎、見てくれ、兄上からの文だ」
「なんですって?」
 クロサイトはあからさまに顔をしかめた。冥夜の兄、鵜来巣 朝時は魔種になったはずだ。その兄を討ち果たすべく鍛錬を積んでいるのではなかったか。
「奇跡でも起きたんですか?」
「なにが?」
「魔種から秘宝種へ戻ったとか」
「そんなことになれば俺は狂喜乱舞だ」
「じゃあ魔種のままなのですよね? なぜ手紙が来たくらいで泣くほど喜んでいるわけですか」
「……おまえにはわからんだろうなあ」
 冥夜はためいきをついた。
「俺にとって魔種であろうとも兄上は兄上なんだ」
「……そうですか」
 クロサイトがまぶたを落とし半眼になる。
「あの時、『兄打倒』と願ったのも、新年にお参りに行ったというのも、嘘だったのですね馬の骨……いえ、冥夜、あなたは馬の骨以下の存在、ミトコンドリアです」
 部屋が揺れた。気づくと冥夜は壁へ叩きつけられていた。
「そのぬるい根性……叩き直してさしあげます」

「なっ、やめんか悲劇野郎!」
「どうしてです? 魔種はいつ襲来するのかわからないのですよ? その手紙だって、あなたを油断させるためのものかもしれないじゃないですか」
「……!」
 半分にちぎれた文を懐へ隠し、冥夜はクロサイトを睨みつけた。
「兄上はそんなことをしない」
「どうしてそう言えるんです? だいたい家なんてものは、しがらみと権力争いの巣窟です。私にとって信用がおけるのは妻ただひとり」
「さっきから聞いていれば愚弄ばかり、鵜来巣の家はそんなことろじゃない! おまえにはわからん!」
「わかりたくもないですね。腑抜けた馬の骨以下には同情の余地もありません」
 クロサイトが素早く十字を切る。その指先が銀に染まり、剥がれた銀光が宙に浮くナイフと化してクロサイトの周りへ円状に整列した。
「私の嘆きの片鱗を見るがいい!」
 重く暗い波の幻影が冥夜を襲う。同時にクロサイトの周囲に浮かんでいたナイフが波に乗って冥夜を傷つけた。マギ・インステクトからのディスペアーブルー、それはしたたかに冥夜を打ち据えた。冥夜は壊れた壁の勢いに任せて庭へ転がりでた。
 跳ねるように飛び起き、pPhone12 ProMaxの電源を入れると『JUIN』を起動する。正円が現れ、内側へ力が溜まっていくのがわかる。冥夜は力の流れを意識し、aPhoneを突き出した。
「式符・黒鴉!」
 強化され放たれた悪意はクロサイトめがけ、一直線に進む。だがクロサイトはそれを掴み取った。ギリギリと握りしめているうちに、首の骨が折れるごきりという音がした。その音を最後に式は雲散霧消する。
「ずいぶんと情けない得物ですね。とても戦う意志が感じられない」
「クロサイト……おまえが何を思って戦いを挑んだかは知らんが、俺にはおまえと戦う理由がない」
「そうですか。あなたはそう言って死んでいくのでしょうね」
「クロサイト?」
「魔種がどれほどの惨劇をもたらすか知っているのでしょう? 手加減などできない相手です。違いますか?」
「それは……そのとおりだが」
「いずれ戦うべき相手にもかかわらず、手紙が来たからと喜んでいる。その悠長な態度が私を苛立たせるのです!」
 再び津波が起こった。真っ黒な壁のような波だ。あれが直撃したらただでは済まないだろう。
「……本気だなクロサイト。いいだろう。ならば俺も全力でいかねば失礼というもの」
 異変に気づいたクロサイトがステップで後ろへ飛ぶ。
「無駄だ! 既に捕らえた!」
 クロサイトが構築しかけた術式が崩れていく。泡と消えていく波が、空を覆うほど巨大な陣へ吸い込まれていく。冥夜はaPhoneを手放し、両腕を揺らして正円を描いた。
「我流・黒染乱雨」
 クロサイトが苦し紛れに魔力弾を放つのと、冥夜がaPhoneを弾くのが同時だった。上空からバケツを引っくり返したような激しい雨が降り注いだ。嘆きを凝縮したかのようなドス黒い雨だ。
「あ、ぐう!」
 両腕で自分を抱えるも苦痛がしみとおる。クロサイトは膝を折り、地に頭を打ちつけると、そのまま意識を手放した。

「生きてるか、クロサイト」
 次にクロサイトが目を覚ましたのは、冥夜の屋敷の布団でだった。
「すまなかった、まだ研究中でな。力加減がうまくいかな……なんだその目は悲劇野郎」
 じとーっと自分を見上げてくるクロサイト。まだ彼の中では自分への不信が渦巻いているのだろう。冥夜は姿勢を正した。
「クロサイト、俺は兄を倒す。必ず、必ずだ。だが同じくらい俺は兄を慕っている。おまえには矛盾して見えるかもしれないが、これが俺の嘘偽りない気持ちだ」
「……」
「俺は兄を……魔道から救ってやりたいんだ。幼い頃兄が、いつも俺を導いてくれていたように」
「そうですか馬の骨」
 お、微妙にランクアップしたぞ。ミトコンドリアから。
「私には理解しかねる感情ですね。だけど、あなたがそこまで言うなら……手伝ってあげないこともないですよ」
「ん? なんだって?」
「世話が焼けると言ったのですミジンコ」
「言いたい放題だな、悲劇野郎」
「率直にあなたの存在価値を推し量ったまでですが?」
「おーまーえーなー」
 クロサイトはつんと顔を背けてしまった。そのままのそのそと布団に潜っていく。
「死んだら許しませんから」
「……そうだな。それは肝に銘じておく」
「今のままじゃ、あなた返り討ちですよ」
「そうか。なかなかなぁ……」
「だからたまには私が戦闘訓練へ付き合ってあげます」
 冥夜は真顔になった。
「つまり、なんだ? おまえは俺を心配してくれているのかクロサイト」
「知りません、この鞭毛虫」
 冥夜は腹を抱えて笑った。この素直でない友人へ、シャーマナイトで一杯奢ろうとも思った。

  • 冥夜とクロサイトの話~雨のち晴れ~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2021年03月07日
  • ・クロサイト=F=キャラハン(p3p004306
    ・鵜来巣 冥夜(p3p008218

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