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レイリーとアイリスの、美味しい食べ歩き
登場人物一覧
●潮の香に惹かれて
海鳥たちの鳴き声に潮の香。客を呼び込む賑やかな声を聞きながら、レイリー=シュタインとアイリス・アニェラ・クラリッサは屋台や大きく開かれた窓やドアから見える海鮮料理に目を輝かせた。
「どれも美味しそうだね~」
「えぇ。どの店も気になるし、今日はつきあってくれてありがとう。アイリス殿がいると一杯頼めるから助かるのよ」
「こちらこそまたお誘いありがとうだよ〜。残ったら全部食べちゃうからね〜?」
色々食べたいけど食べきれない分は頼めない真面目なレイリーと、いつも空腹でなんでも食べられるアイリスはグルメ仲間で食べ歩き友達。今日は海洋に海鮮食べ歩きにやって来たのだ。
「とりあえず、まずは乾杯しましょう」
「さんせ~い」
レイリーはキンキンに消えたビール、まだ未成年のアイリスはさっぱりとしたお茶を頼み、ついでに隣で売っていた貝の串焼きを――塩と醤油と悩んで二本ずつ――買って乾杯。
「朝から飲むなんて贅沢……!」
「串焼きぷりっぷりで美味し~」
市場と言えば朝市。というわけで実は朝食を兼ねた食べ歩きなのだが、今日は仕事もないし、朝から思いっきり贅沢する二人。
豪快にコップ半分までビールを飲んだレイリーも、器用に串だけ残して両手の口で串焼きを食べるアイリスも幸せそうだ。
とは言え辺りを見渡せば、似たように朝からお酒を片手に市場を満喫している客は結構多い。
ぺろりと一杯目と串焼きを食べ終えると、早速二杯目を買って次を探しに行く。
目の前で注がれる真っ赤なトマトと海鮮の煮込みに、アイリスの虹色の瞳がきらきらと輝く。
隣の鍋では追加を作っているのか、たっぷりのオリーブオイルでニンニクが炒められていい香りを放っている。
「はいよ! 可愛いお嬢さんにはおまけで多めにしておいたよ」
「わぁ~。有難うございます~」
嬉しそうに両手でトマト煮込みを持って礼を言うと、アイリスはその場で食べたいのを我慢してレイリーの下へ。
「お待たせしました~」
「良い匂い」
「ワインには浜焼きよりトマト煮込みのほうが合うって言われて、今回はこれにしてみました~」
大きなお椀に入ったトマト煮込みには、大きく切られた魚や丸ごとの貝やエビが入っている。
「有難う」
確かに、ワインには浜焼きよりトマト煮込みのほうが合うだろう。
「確か、アイリス殿は19よね?」
「そうですよ~。今年の12月で20歳ですよ~」
「なら、もうすぐ一緒に飲めそうね」
「そうですよ~。実は、レイリーが美味しそうにお酒飲んでいるのでお酒飲めるようになるの楽しみなんですよ~」
「あら」
目の前でにこにこ笑顔でトマト煮込みを食べるアイリスの細やかな楽しみに、レイリーはアイリスが成人したら一緒に飲もうと心に決めるのだった。
「なら、どんなお酒が良いか決めておいてね?」
「え~。その前に、どんなお酒があるのか教えてくださいよ~」
明るく笑いながらぺろりとトマト煮込みを食べ終えたアイリスに、レイリーは「それは大事ね」と笑いながらトマト煮込みを一口放り込んだ。
「っ!」
魚の切り身だと思ったそれは背潰ししただけのニンニクで、だけどほこほことした食感と予想外の甘味に、アイリスに羨ましがられるのだった。
●美味しい時間
「これは悩むわね……」
むむむ。と眉根を寄せるレイリーの前には新鮮な魚の切り身。これを今から調理して貰うのだが、ワサビと醤油で食べる刺身と、オリーブオイルと塩、ハーブで食べるカルパッチョ、どちらが良いかと聞かれたのだ。
切り身はそんなに大きくない。両方食べたいが、両方作って貰えば二人が満足できる量は作れない。
真剣に悩むレイリーだったが、そんなレイリーを横にアイリスは
「これもお願いします~」
と別の魚を持ってきて、たっぷりの刺身とカルパッチョを作って貰うのだった。
新鮮ぷりぷりなカルパッチョと、もっちりした食感と魚の甘さが引き立つ刺身。
お勧めはキリリとした辛口の白と、ビールか練達から仕入れた日本酒と言われて白ワインと日本酒をチョイス。
「新鮮だから美味し~」
刺身にも豪快に醤油をかけたアイリスは、右手でカルパッチョ、左手で刺身を食べるという何とも贅沢な食べ方をしていく。
「本当、塩気が身の甘さを引き立てていて美味しいわ」
ワインや日本酒との組み合わせも良く、あっという間にお皿は空っぽに。
「ちょっとお肉が欲しくなるわね」
「さんせ~い」
お魚も美味しいけれど、お肉も捨てがたい。特にレイリーはお酒とお肉とおつまみが好物だから余計に。
「あ、あれ美味しそう~」
ふらふらとアイリスが引き寄せられたのは炭火で焼いたお肉。食べ歩きがしやすいようにか串に刺されていて、見るからにしっとりで口の中に入れれば蕩けそう。
「二本お願いします~」
「はいよ」
分厚い串焼きを二本袋に入れて貰い、きょろきょろとレイリーを探すとレイリーはサンドイッチ屋の前で頼んだサンドイッチが出来上がるのを待っていた。
「何か良いのあった?」
「串焼きありましたよ~」
「あら、良いわね。こっちも生ハムのサンドイッチと、ステーキサンド頼んだ所よ」
「わぁ、良いですね~」
サンドイッチが出来るまでの間に、レイリーは次の飲み物を買いに行く。今度は赤ワインとアイリス用に搾りたてジュースの炭酸割り。
サンドイッチに合わせたのもあるが、少しだけ、スパークリングワイン気分を味わえるかもしれない。
「お待たせ~」
両手でサンドイッチと串焼きを持ったアイリスと合流すると、早速串焼きをがぶり!
「お肉蕩ける~」
「塩胡椒だけなのに、思ったよりさっぱりしてて美味しい」
目を輝かせながらぺろりと食べ終えると、今度はサンドイッチ。
たっぷりの生ハムと野菜が入ったサンドイッチは、ぎゅっと詰まった旨味とシャキシャキ野菜の食感が嬉しい。
ステーキサンドは分厚いミディアムレアのお肉と軽く炒めた玉ねぎときのこで分厚く、一切れでも食べ応え満点。
「魚も良いけどやっぱりお肉よね」
「お肉も美味しいですよ~。あら~? でもこれ……」
ふと気になったアイリスがサンドイッチ屋さんを見れば
「この生ハム、お魚の生ハムですよ~」
「え!?」
POPに大きく描かれた「名物! マグロの生ハムサンド!!」の文字とイラスト。
「魚の生ハムなんて初めて聞いたわ……」
それを見てレイリーも目を丸くしている。どうやら赤身を使ったせいもあって気づかなかったようだ。
「私もですよ~。でも美味しいから、今度は生ハムだけ買ってみましょうか~」
見ればマグロだけでなく、鯛やサバ、色んな魚の生ハムがあるようだ。
ちなみに先ほど食べた串焼きも、お肉ではなくマグロの串焼きだ。しっかり脂がのった身はジューシーで、お肉に負けない旨味がある。
「これも魚なのかしら?」
「これは普通にお肉っぽいですよ~?」
ステーキサンドも魚なのでは? と思ってしまったが、これはお肉のようだ。
「まさか魚だったなんて……」
「びっくりですね~。でも美味しいからありだと思いますよ~」
びっくり、だけどワクワク。
「そうね。他にどんな美味しいびっくりが待っているか楽しみだわ」
そろそろお腹がいっぱいだけど、今日はお休み。
沢山二人で見て歩けば、きっとすぐにお腹が空いてくるに違いない。
「そろそろ朝市は終わりみたいね」
「お昼まで観光しましょうか~」
美味しい出会いを求めて、二人の食べ歩きはまだ続く。