PandoraPartyProject

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正しき者に勇気の緑を

登場人物一覧

ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
ユーリエ・シュトラールの関係者
→ イラスト

 寒い寒い、冬の日だった。
 この時期はお客さんもあまり来ないから、開店休業中みたいな感じで。
「ううん……」
 私は大きく伸びをして、ぼやりと天井の方へ視線を投げた。
 今日はもうお店を閉めてしまおうか。
 椅子から立ち上がって、外へ出る。
 身を切るような寒さに身を震わせながら、私は玄関に掛かるサインプレートを『CLOSED』にひっくりかえした。
「……一足遅かったかね?」
 ぬう、と背後から影が伸び──低く落ち着いた声が聞こえてきた。
「わっ……せ、先生!?」
「やあ、驚かせてしまったかな?」
 優しい笑みを浮かべる紳士然としたおじさま。
 ハルトヴィン・ケントニス。その筋の者で知らぬ人は居ない著名人。
 幻想に在る様々な道具への造詣が深い、私の先生と言うべき人。
「わざわざご足労いただかなくても、報せをくれれば私の方から出向いたのに……寒かったでしょう?」
「なあに。この昂り滾る血が私の中を駆け巡っているんだ。この程度、訳ないよ」
 そういって破顔する先生につられて、私も少しだけ笑って。彼を店内へと招き入れた。
 先生の背負う大荷物に、一抹の不安を感じながら。

「どうぞお掛けになって下さい。今、お茶でも」
「ああ、ああ、いいんだ。気を遣わずとも」
 先生は奥に向かおうとする私を引き留め、ちらちらとこちらを伺うような仕草を見せた。
 先生がこうするときは、大体『お使い』関連だったりするのだ。
「ユーリエ君。実は話があるんだが……」
 ほら、やっぱり。
 先生は道具を深く研究し、世に広める事を生き甲斐としている。
 未知のアイテムの噂を聞けば、動かずには居られない人だ。
 ──まだ見ぬマジックアイテムの捜索、確保、研究。これがいわゆる私に頼まれる『お使い』だった。
「はい……『お使い』ですよね?」
「話が早くて助かるよ。でもね、今回は私も同行する」
「えっ……と。それはどうして?」
「これから向かおうと思っている場所は、幻想貴族が管理している領地内でね。君一人で立ち入る事は出来ないんだよ」
 へえ……と私は頷いた。
 どうやって先生はそんなところの情報を仕入れているんだろう?
 たぶん、私が知らない凄い伝手やコネクションがあるんだろうなあ。
 そんな事を思いながら、私は先生の言葉を待った。
「本来であれば、ローレットなんかに護衛を頼みたいのだが、何せこの時期だ。どこも手隙の者が居なくてね」
 そう、新年はどこもあわただしい時期。
 私のお店に関しては、年末に物凄くお客さんやご依頼が殺到して、年明けからはちょっと落ち着くのだ。
 精々、アイテムの交換修理なんかのトラブル処理くらい。だから私は今日も暇を持て余していたわけで。
「……分かりました。私が先生の護衛を務めればいいんですね?」
「流石、私の助手だ!」
 先生は白い歯を見せながら、指を鳴らしてみせた。
 おまけに、ウインクまで。
 先生はいつも話が急で。でも、それがこの人の魅力でもあるんだろうな、と思った。
 きっと、待ちきれないんだ。未知のアイテムに早く出会いたくて。
 だって、それを話す時の先生の顔は──まるで幼い子供みたいに、きらきらと輝いているのだもの!
「しっかりと準備を整えてから声を掛けてくれたまえ。すぐに発つからね」
「わかりました」
 準備はしっかり。先生を待たせるのは忍びないけれど、これは二人が命を繋ぐために大事な事。
 かばんにナイフや着替え、保存食を詰めていく。
 腰に下げるポーチには、灯りとなるマジックアイテムなどを入れていく。
 そして、壁に掛けられた刀を手に取った。
 青白い光を湛える妖刀、不知火。今はこれが、私の選んだ『相棒』。
 後は──。
 部屋の中に、ぱちん、と音が響いた。
 両手で自分のほっぺたを叩くと、シャキッとする。私なりの気合の入れ方。
「……行こう!」
 かばんを背負って部屋を出て、先生の前に立つ。
「準備、できました」
「……よし。参ろうか」
 読んでいた本を閉じて、先生は私に笑顔を向けた。
 私たちは店を出て、今回の探索地である地へと足を進めた。
「そう言えば──今回の『目当て』ってどういうアイテムなんですか?」
「良く聞いてくれた、ユーリエ君!」
 早口で饒舌に語る先生。
 話を要約すると、こうだ。
 先生が求めるアイテムは『感情の鎖』と呼ばれるもので、触れた者のその時の感情が見えるアイテムだったとか。
 でも、悪用する者もやっぱり居たようで。ある貴族がその鎖を使って、自分の信用足りえる人物か『選別』したみたい。
 目の前の自分に『黒色』の感情を持つ者全員に罰として酷い事をしたり、追い出してしまったり。
 それに耐えかねたとある騎士が鎖を持ち出し、一人行方を眩ませてしまって──それきり鎖の居場所は、もう誰にもわからない。
「何とも悲しい話じゃないか」
 先生の言葉は続く。
「きっと良い事に使われるはずと、誰かが大切に作ったものが、陽の目も浴びずに朽ちていくだけなんて」
 そう語る先生の顔は、何処か遠い──遠いものを見ているような気がした。

 私たちは関所を通り抜けた後、領民たちの住む村で休憩と食事をとり、『噂』について聞いて回った。
 どうやらこの近くには魔物の住む洞窟があって、周辺に住む人たちは近づかないらしい。
 でも興味本位で入り込んだ少年少女たちが、見つけてしまった。
 大きな宝箱と、そこに寄り添う骸骨を!
「……ビンゴかも知れないね」
 ぽっかりと空いた洞窟を前に、先生がぽつりと呟いた。
 洞窟の中は真っ暗で、中を窺う事は出来なかった。
「ユーリエ君。あれを」
「はい」
 私は腰に下げたポーチから、手のひらサイズの水晶玉と、薬草臭のする袋を取り出した。
 水晶玉はマジックアイテムで、長時間周囲を照らす力があるもの。
 そしてこの袋は、様々な魔物が嫌う臭いを漂わせるものだった。
 私は先生の手伝いで色々とこういった場所に赴く事が多く、『あれ』で先生が何を求めているかが分かる程度には疎通が取れていた。
「よし、これで進めそうだ。では、参ろうか」
 外は凍える程寒かったはずなのに、洞窟の中は生暖かかった。
 風が吹いていない。きっとこの奥は閉塞していて、どこにも繋がっていないのだ。
「年甲斐もなく、ワクワクするよ」
 ……何時にも増して、先生のテンションが高かった。
 何か、悪い事が起きないと良いんだけれど……。
 びっしりと群棲したコウモリ型の魔物がキーキーと鳴いて、外へ向かって飛び立っていった。
 きっと光と臭いを嫌がったのだろう。
 せっかくの快適だったろう住処にずかずか入り込んだ事に、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。
 また、狼型や兎型の魔物も数匹見かけたが、臭いを嫌ってか私たちに近づく事は無かった。
 それでも私たちは警戒を忘れずに歩き続け、そして──。

「む……あれは」
 横に立ち並ぶ先生が呟く。
 同じく、私もそれを見た。
 暗い昏い、洞窟の最奥。
 古びた宝箱に、もたれかかるような影があった。
 光を照らすと、『それ』はゆっくりと立ち上がる。
 間違いない。領民の少年少女が話していた──宝箱の守護者だ。
 その落ち窪んだ眼窩に、一切の感情は見えなかった。
「先生は後ろへ!」
 私は不知火を握り、即座に戦闘態勢へ入った。
 骸骨は朽ちた剣を手に、私に向かって突進してきた。
 ヒュッ、と風切り音と同時に、はらりと茶色の髪が舞う。
 不意打ちにも似た一撃を間一髪避けるも、暗さで満足に視界が確保できず、動きを視認するのが難しい。
「くっ……」
 私もイレギュラーズとして、様々な強敵と戦ってきた。
 大丈夫。必ず何処かに、勝機はある筈──!
 負けじと不知火を振るうも、剣の腹同士が打ち付けられ、大きく弾かれた。
「嘘っ!?」
 骸骨の纏う鎖が、錆ついた鉄色から、銀色に変貌していくのを私は見た。
 二度、三度、骸骨の振るう剣撃を防ぐ。ビリビリと腕が振るえる。
 生前は、さぞ名のある剣士だったに違いない。
 私は一度、大きく後退し、額から吹き出す汗を拭った。
 骸骨も剣を構えなおし、こちらの様子を伺っているようにも見えた。
 薄暗くて、その動向は憶測でしかないのだけど。
「いかんな、このままでは……」
 後ろから先生の声が聞こえる。
 水晶の灯りと、あの特有の匂いが弱まって行くのを私は感じ取った。
 あと数十分もすれば、完全に洞窟内は闇に支配されてしまうばかりか、魔物も引き寄せてしまう。
 どうしよう──。
 私は、目の前に敵が居ると言うのに、余計な考えに気を取られてしまっていた。
「危ない!」
「──っ!?」
 闇の中から、何かが私に向かって飛来した。
 咄嗟に身をよじって避けるも、ヂャラ、とした金属音と共に左腕に鈍い痛みを感じた。
「あ、ぐ……っ!」
 骸骨が腕に巻き付けていた鎖を飛ばし、私の左腕を捕らえていたのだ。
 動かそうと思えば思う程、左腕がみしりと悲鳴を上げる。
 そして骸骨は私の腕をあらぬ方向へと曲げ折ろうと、その骨の腕を緩慢と動かした。
「うあああっ!!」
 あまりの痛みに、思わず叫ぶ。
「ユーリエ君!!」
 先生が、咄嗟に骸骨に向かって石つぶてを投げつけたようだ。
 骸骨はそれを避ける為に後退した為、鎖の呪縛が弱まり、私はやっと解放された。
「ううっ……!」
 痛みによろめき、私は不知火を杖代わりに足を支えた。
 左腕は暫く使えないだろう。
 動くのは右腕一本。そして、私たちには一刻の猶予も残されていない。
 このまま逃げ帰る事も考えた。
 でも──さっきの先生の言葉が、頭の中でずっと響いていた。

『何とも悲しい話じゃないか』

 いつの間にか、骸骨が纏う銀の鎖が、白色に発光している。

『きっと誰かに良い事に使われるはずだと、誰かが大切に作ったものが』

 暗い洞窟内で──ハッキリと骸骨の姿が、私の視界に映し出された。

『陽の目も浴びずに朽ちていくだけなんて』

「これなら……見えるっ!!」 

 残る魔力を練り上げ、握る不知火の刃に吹き付けた。
 これが最後のチャンス──! 

「届けっ!!」

 気合一閃!
 剣圧が骸骨の元へぶつかり、派手に吹き飛ぶ。
 骸骨は真っ二つになり、ばらばらと砕けながら、地面に転がった……。

「大丈夫か、ユーリエ君!」
「えぇ、何とか……」
 駆け寄って来た先生に、私はちゃんと笑顔を向けられただろうか。
「それより、宝箱を……きっと、先生の……求めるものが……」
 
 ──徐々に私の意識は薄れて行った。
 最後に覚えているのは、先生の大きな背中に負ぶさってもらっていた事と──鎖の音が共鳴するように、私の頭の中で響いていたことだけだった。

●正しき者に勇気の緑を

 骸骨剣士との激闘の末に気を失ってしまったユーリエを背負いながら、ハルトヴィンは、ゆっくりと出口へと歩いていた。
 結果から言えば、宝箱に入っていたのは、汚い羊皮紙一枚きりだった。
 それに綴られていた文章を、ハルトヴィンはゆっくりと思い返していた。

 ──私に挑戦── 打ち勝──者よ 見事──
 ──私は ──騎士──
 ──古の鎖に魅入── 人々── 狂った──
 ──この力は── あまりに危険──
 ──故に私は鎖を持ち── 待ち続け──
 ──そなた── ──託すに相応しい──正しき力を──
 ──どうか見せて── 美しき緑に染まる── この鎖を──

 ……そこには、"騎士"の名も記されていたが、文字が掠れており多くを読み取る事は出来なかった。
 ハルトヴィンの使命は、あらゆる道具を『幻想道具図鑑』に収め、世に広く知らしめる事であった。
 だが確かに、この鎖は使い手を間違えれば、また悲劇を、同じ過ちが繰り返されるかもしれない。
「これは──私の中だけに仕舞っておこうか」
 きっと、それがいい。
 騎士の想いを無下にするほど、彼は人情の無い男ではないのだ。

●そして、現在

 たっぷり療養を取り、すっかり左腕も戦いの傷も元通りになった私の元に、先生が訪れた。
 そして──私にあの、『感情の鎖』を手渡した。
「これは君が使うべきものだ。それと──この鎖の事は誰にも話してはいけないよ」
 そう言い残して、先生は帰って行った。
 その鎖は不思議なほどに私に馴染んで、まるで自分のもう一つの腕みたいに動かせた。
 たくさんの人の笑顔の為に、私はこの鎖と共に戦う事を選んだ。

「頑張ろう!」

 雲一つない、この晴れた青空に手を高く掲げると、巻き付いた鎖がきれいな緑色に輝いた。

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