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正しき者に勇気の緑を
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- ユーリエ・シュトラールの関係者
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寒い寒い、冬の日だった。
この時期はお客さんもあまり来ないから、開店休業中みたいな感じで。
「ううん……」
私は大きく伸びをして、ぼやりと天井の方へ視線を投げた。
今日はもうお店を閉めてしまおうか。
椅子から立ち上がって、外へ出る。
身を切るような寒さに身を震わせながら、私は玄関に掛かるサインプレートを『CLOSED』にひっくりかえした。
「……一足遅かったかね?」
ぬう、と背後から影が伸び──低く落ち着いた声が聞こえてきた。
「わっ……せ、先生!?」
「やあ、驚かせてしまったかな?」
優しい笑みを浮かべる紳士然としたおじさま。
ハルトヴィン・ケントニス。その筋の者で知らぬ人は居ない著名人。
幻想に在る様々な道具への造詣が深い、私の先生と言うべき人。
「わざわざご足労いただかなくても、報せをくれれば私の方から出向いたのに……寒かったでしょう?」
「なあに。この昂り滾る血が私の中を駆け巡っているんだ。この程度、訳ないよ」
そういって破顔する先生につられて、私も少しだけ笑って。彼を店内へと招き入れた。
先生の背負う大荷物に、一抹の不安を感じながら。
「どうぞお掛けになって下さい。今、お茶でも」
「ああ、ああ、いいんだ。気を遣わずとも」
先生は奥に向かおうとする私を引き留め、ちらちらとこちらを伺うような仕草を見せた。
先生がこうするときは、大体『お使い』関連だったりするのだ。
「ユーリエ君。実は話があるんだが……」
ほら、やっぱり。
先生は道具を深く研究し、世に広める事を生き甲斐としている。
未知のアイテムの噂を聞けば、動かずには居られない人だ。
──まだ見ぬマジックアイテムの捜索、確保、研究。これがいわゆる私に頼まれる『お使い』だった。
「はい……『お使い』ですよね?」
「話が早くて助かるよ。でもね、今回は私も同行する」
「えっ……と。それはどうして?」
「これから向かおうと思っている場所は、幻想貴族が管理している領地内でね。君一人で立ち入る事は出来ないんだよ」
へえ……と私は頷いた。
どうやって先生はそんなところの情報を仕入れているんだろう?
たぶん、私が知らない凄い伝手やコネクションがあるんだろうなあ。
そんな事を思いながら、私は先生の言葉を待った。
「本来であれば、ローレットなんかに護衛を頼みたいのだが、何せこの時期だ。どこも手隙の者が居なくてね」
そう、新年はどこもあわただしい時期。
私のお店に関しては、年末に物凄くお客さんやご依頼が殺到して、年明けからはちょっと落ち着くのだ。
精々、アイテムの交換修理なんかのトラブル処理くらい。だから私は今日も暇を持て余していたわけで。
「……分かりました。私が先生の護衛を務めればいいんですね?」
「流石、私の助手だ!」
先生は白い歯を見せながら、指を鳴らしてみせた。
おまけに、ウインクまで。
先生はいつも話が急で。でも、それがこの人の魅力でもあるんだろうな、と思った。
きっと、待ちきれないんだ。未知のアイテムに早く出会いたくて。
だって、それを話す時の先生の顔は──まるで幼い子供みたいに、きらきらと輝いているのだもの!
「しっかりと準備を整えてから声を掛けてくれたまえ。すぐに発つからね」
「わかりました」
準備はしっかり。先生を待たせるのは忍びないけれど、これは二人が命を繋ぐために大事な事。
かばんにナイフや着替え、保存食を詰めていく。
腰に下げるポーチには、灯りとなるマジックアイテムなどを入れていく。
そして、壁に掛けられた刀を手に取った。
青白い光を湛える妖刀、不知火。今はこれが、私の選んだ『相棒』。
後は──。
部屋の中に、ぱちん、と音が響いた。
両手で自分のほっぺたを叩くと、シャキッとする。私なりの気合の入れ方。
「……行こう!」
かばんを背負って部屋を出て、先生の前に立つ。
「準備、できました」
「……よし。参ろうか」
読んでいた本を閉じて、先生は私に笑顔を向けた。
私たちは店を出て、今回の探索地である地へと足を進めた。
「そう言えば──今回の『目当て』ってどういうアイテムなんですか?」
「良く聞いてくれた、ユーリエ君!」
早口で饒舌に語る先生。
話を要約すると、こうだ。
先生が求めるアイテムは『感情の鎖』と呼ばれるもので、触れた者のその時の感情が見えるアイテムだったとか。
でも、悪用する者もやっぱり居たようで。ある貴族がその鎖を使って、自分の信用足りえる人物か『選別』したみたい。
目の前の自分に『黒色』の感情を持つ者全員に罰として酷い事をしたり、追い出してしまったり。
それに耐えかねたとある騎士が鎖を持ち出し、一人行方を眩ませてしまって──それきり鎖の居場所は、もう誰にもわからない。
「何とも悲しい話じゃないか」
先生の言葉は続く。
「きっと良い事に使われるはずと、誰かが大切に作ったものが、陽の目も浴びずに朽ちていくだけなんて」
そう語る先生の顔は、何処か遠い──遠いものを見ているような気がした。
私たちは関所を通り抜けた後、領民たちの住む村で休憩と食事をとり、『噂』について聞いて回った。
どうやらこの近くには魔物の住む洞窟があって、周辺に住む人たちは近づかないらしい。
でも興味本位で入り込んだ少年少女たちが、見つけてしまった。
大きな宝箱と、そこに寄り添う骸骨を!
「……ビンゴかも知れないね」
ぽっかりと空いた洞窟を前に、先生がぽつりと呟いた。
洞窟の中は真っ暗で、中を窺う事は出来なかった。
「ユーリエ君。あれを」
「はい」
私は腰に下げたポーチから、手のひらサイズの水晶玉と、薬草臭のする袋を取り出した。
水晶玉はマジックアイテムで、長時間周囲を照らす力があるもの。
そしてこの袋は、様々な魔物が嫌う臭いを漂わせるものだった。
私は先生の手伝いで色々とこういった場所に赴く事が多く、『あれ』で先生が何を求めているかが分かる程度には疎通が取れていた。
「よし、これで進めそうだ。では、参ろうか」
外は凍える程寒かったはずなのに、洞窟の中は生暖かかった。
風が吹いていない。きっとこの奥は閉塞していて、どこにも繋がっていないのだ。
「年甲斐もなく、ワクワクするよ」
……何時にも増して、先生のテンションが高かった。
何か、悪い事が起きないと良いんだけれど……。
びっしりと群棲したコウモリ型の魔物がキーキーと鳴いて、外へ向かって飛び立っていった。
きっと光と臭いを嫌がったのだろう。
せっかくの快適だったろう住処にずかずか入り込んだ事に、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。
また、狼型や兎型の魔物も数匹見かけたが、臭いを嫌ってか私たちに近づく事は無かった。
それでも私たちは警戒を忘れずに歩き続け、そして──。
「む……あれは」
横に立ち並ぶ先生が呟く。
同じく、私もそれを見た。
暗い昏い、洞窟の最奥。
古びた宝箱に、もたれかかるような影があった。
光を照らすと、『それ』はゆっくりと立ち上がる。
間違いない。領民の少年少女が話していた──宝箱の守護者だ。
その落ち窪んだ眼窩に、一切の感情は見えなかった。
「先生は後ろへ!」
私は不知火を握り、即座に戦闘態勢へ入った。
骸骨は朽ちた剣を手に、私に向かって突進してきた。
ヒュッ、と風切り音と同時に、はらりと茶色の髪が舞う。
不意打ちにも似た一撃を間一髪避けるも、暗さで満足に視界が確保できず、動きを視認するのが難しい。
「くっ……」
私もイレギュラーズとして、様々な強敵と戦ってきた。
大丈夫。必ず何処かに、勝機はある筈──!
負けじと不知火を振るうも、剣の腹同士が打ち付けられ、大きく弾かれた。
「嘘っ!?」
骸骨の纏う鎖が、錆ついた鉄色から、銀色に変貌していくのを私は見た。
二度、三度、骸骨の振るう剣撃を防ぐ。ビリビリと腕が振るえる。
生前は、さぞ名のある剣士だったに違いない。
私は一度、大きく後退し、額から吹き出す汗を拭った。
骸骨も剣を構えなおし、こちらの様子を伺っているようにも見えた。
薄暗くて、その動向は憶測でしかないのだけど。
「いかんな、このままでは……」
後ろから先生の声が聞こえる。
水晶の灯りと、あの特有の匂いが弱まって行くのを私は感じ取った。
あと数十分もすれば、完全に洞窟内は闇に支配されてしまうばかりか、魔物も引き寄せてしまう。
どうしよう──。
私は、目の前に敵が居ると言うのに、余計な考えに気を取られてしまっていた。
「危ない!」
「──っ!?」
闇の中から、何かが私に向かって飛来した。
咄嗟に身をよじって避けるも、ヂャラ、とした金属音と共に左腕に鈍い痛みを感じた。
「あ、ぐ……っ!」
骸骨が腕に巻き付けていた鎖を飛ばし、私の左腕を捕らえていたのだ。
動かそうと思えば思う程、左腕がみしりと悲鳴を上げる。
そして骸骨は私の腕をあらぬ方向へと曲げ折ろうと、その骨の腕を緩慢と動かした。
「うあああっ!!」
あまりの痛みに、思わず叫ぶ。
「ユーリエ君!!」
先生が、咄嗟に骸骨に向かって石つぶてを投げつけたようだ。
骸骨はそれを避ける為に後退した為、鎖の呪縛が弱まり、私はやっと解放された。
「ううっ……!」
痛みによろめき、私は不知火を杖代わりに足を支えた。
左腕は暫く使えないだろう。
動くのは右腕一本。そして、私たちには一刻の猶予も残されていない。
このまま逃げ帰る事も考えた。
でも──さっきの先生の言葉が、頭の中でずっと響いていた。
『何とも悲しい話じゃないか』
いつの間にか、骸骨が纏う銀の鎖が、白色に発光している。
『きっと誰かに良い事に使われるはずだと、誰かが大切に作ったものが』
暗い洞窟内で──ハッキリと骸骨の姿が、私の視界に映し出された。
『陽の目も浴びずに朽ちていくだけなんて』
「これなら……見えるっ!!」
残る魔力を練り上げ、握る不知火の刃に吹き付けた。
これが最後のチャンス──!
「届けっ!!」
気合一閃!
剣圧が骸骨の元へぶつかり、派手に吹き飛ぶ。
骸骨は真っ二つになり、ばらばらと砕けながら、地面に転がった……。
「大丈夫か、ユーリエ君!」
「えぇ、何とか……」
駆け寄って来た先生に、私はちゃんと笑顔を向けられただろうか。
「それより、宝箱を……きっと、先生の……求めるものが……」
──徐々に私の意識は薄れて行った。
最後に覚えているのは、先生の大きな背中に負ぶさってもらっていた事と──鎖の音が共鳴するように、私の頭の中で響いていたことだけだった。
●正しき者に勇気の緑を
骸骨剣士との激闘の末に気を失ってしまったユーリエを背負いながら、ハルトヴィンは、ゆっくりと出口へと歩いていた。
結果から言えば、宝箱に入っていたのは、汚い羊皮紙一枚きりだった。
それに綴られていた文章を、ハルトヴィンはゆっくりと思い返していた。
──私に挑戦── 打ち勝──者よ 見事──
──私は ──騎士──
──古の鎖に魅入── 人々── 狂った──
──この力は── あまりに危険──
──故に私は鎖を持ち── 待ち続け──
──そなた── ──託すに相応しい──正しき力を──
──どうか見せて── 美しき緑に染まる── この鎖を──
……そこには、"騎士"の名も記されていたが、文字が掠れており多くを読み取る事は出来なかった。
ハルトヴィンの使命は、あらゆる道具を『幻想道具図鑑』に収め、世に広く知らしめる事であった。
だが確かに、この鎖は使い手を間違えれば、また悲劇を、同じ過ちが繰り返されるかもしれない。
「これは──私の中だけに仕舞っておこうか」
きっと、それがいい。
騎士の想いを無下にするほど、彼は人情の無い男ではないのだ。
●そして、現在
たっぷり療養を取り、すっかり左腕も戦いの傷も元通りになった私の元に、先生が訪れた。
そして──私にあの、『感情の鎖』を手渡した。
「これは君が使うべきものだ。それと──この鎖の事は誰にも話してはいけないよ」
そう言い残して、先生は帰って行った。
その鎖は不思議なほどに私に馴染んで、まるで自分のもう一つの腕みたいに動かせた。
たくさんの人の笑顔の為に、私はこの鎖と共に戦う事を選んだ。
「頑張ろう!」
雲一つない、この晴れた青空に手を高く掲げると、巻き付いた鎖がきれいな緑色に輝いた。
- 正しき者に勇気の緑を完了
- NM名りばくる
- 種別SS
- 納品日2019年08月04日
- ・ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
・ユーリエ・シュトラールの関係者