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死牡丹遊戯・外

登場人物一覧

死牡丹・梅泉(p3n000087)
一菱流
彼岸会 空観(p3p007169)

●雪牡丹
「良い事はしておくべき――という事ですか。
 いえ、この場合は『悪い事はしないに限る』と言った方が正解でしょうか」
「どの口でそれを言う。主こそ、大概に業の深き女であろうに」
「宿る業のこれまでと、私が歩むこれからは常に同じではありますまい?
 貴方がもし『これまで斬った強敵でもうお腹はいっぱいだというのならば』その言葉も訂正しようというものですが」
 嘯くようにそう言った無量に目の前の男――死牡丹梅泉は小さく鼻を鳴らしていた。
 厳しい気候に晒される山の寒村に焔の熱が揺らめいたのは青天の霹靂の如き出来事であった。
 曰く「遊びに来た」らしい梅泉は彼を良く知らぬ――実に不幸な衛士達の――大いなる不幸を呼び起こしたものだ。
 急を受け、こうして無量が現れるまで。準備運動とばかりに暴れた梅泉は実に大量の怪我人を自身の周囲に積み上げていた。
「貴方がこうして参じてくれるというのならもっと違う歓待も出来ましたものを。
 然し乍ら、あまり手酷くされてはこちらも苦慮せねばならなかった所です。
 ……その点についてはむしろ此方が『お気遣い』を感謝するべきなのでしょうね?」
 但し、実を言えば今日の梅泉は恐らく無量の言う通り十分に好意的だったのだろう。
『彼の周りに積み上げられたのが怪我人に留まっているのは無量の言葉を正しく肯定している』。
 剣修羅も茶飲み話に訪れて人を大量に死なせては寝覚めが悪いと思ったのか、はたまた何かの気まぐれなのかは知れないが――
「時に、わざわざ主が顔を見せたのじゃ。ようやく茶の一杯でも馳走する気になったのであろうな?」
「では、本日はこれにて手打ちで。
 何もない所ではございますが、出せば出るものもありましょう。
 貴方はきっと――そうですね。『あるものをお出しすれば風流を感じる方』とお見受けしておりますし」
 ――遊戯めいた友誼。死牡丹の戯れ、破願したのは寒中に咲き誇る梅の花そのものに違いない。
 何れにせよ、今日の彼はそこまで本気で命のやり取りをする気がないのは確かであったのだろう。
 言われずとも村民達はもう梅泉に近付こうとはせず、全ては無量が預かる話で決着した。
『後始末』は大変であったが、まさに人心地をついた格好と言えるだろう。
「しかし、領地か。主等もいよいよ数奇な運命を持ちよるな?」
「私とて、似合いとは思ってはおりませぬ。こういう手合いの仕事なれば、向きとも言えるのでしょうが……」
「違いない!」
 屋敷の軒で穀物を練った団子を供し、熱い茶を啜りながら梅泉が呵々と笑う。
「では、仕事をくれてやったのじゃ。もっと嬉しそうな顔をせい」
「生憎とこういう顔の造作なものでして。面白味がなくて申し訳ありませんが」
「いや? 主は主でありながら、案外見え易い方ではないか?
 今日なぞ、随分と華やいでおるようにも見えるがなぁ」
 梅泉が酷い自信家であるのは何時もの事だが、目を丸くした無量の方は自身の顔をぺたぺた触る。
「……幾ばくか不思議な気分ではありますが、言われてみれば間違いはないのでしょうね。
 何分そちら様は酷く自由な御方ですので、追いかけて捕まる相手でもない……
 第一、素敵な方を追いかけるのも良いですが、素敵な方には追いかけられたいと思うのもまた女の性というものですから」
 その美貌に幾分かの艶を乗せて微笑んだ無量は、梅泉の言葉を否定はしなかった。
 混沌世界の首脳達による『政治的駆け引き』の結果、領地を預かる事になった者も多いイレギュラーズではあったが、彼女の場合、領地を得たというのはあくまで格好であり、多少の利便を図ってもらう程度の意味合いが大きい。荒んで何もない村なのだ。実際の所、村民達も悪辣な貴族階級に対しての治外法権になる事は余程有難い話であり、どちらにもそれ相応に都合が良かった為、『領民』との関係は決して悪くないと言えるだろう。故に『梅泉に暴れて貰う』のは嬉しくないのだが、そういう場所があった事で彼が自身を訪ねてきたのは嬉しかった。
「ただ、こんな気まぐれを頂かなくても――
 ただ、『無量』とそのお声を頂ければ私は何時でも逢瀬に参じますのに。
 仄昏い月明かりの下、舞い散る白雪はさぞ映えましょう。
 春は幽玄たる桜の吹雪を眺めながら。
 夏は川沿いに灯りを点す蛍火を愛でながら。
 秋は色付いた紅葉を肴にして……ふふ、女からこんな事を言うのはやはり恥ずかしいものですね」
「まったく。つくづくとわしは女怪に縁が多いもの。頼んだ覚えはないが、次から次へと参りよる」
「あら、非道い方。本気にさせるだけさせておいてそんな仰り様では、たてはさんも『ああ』なのも頷けます。
 ……おや。そんな顔をなさって。村の特産は渋茶だったでしょうか?」
 軽やかな冗句に梅泉が苦笑した。
 やり取りは耳に挟むだけならば趣あり、小気味よい男女のそれだが、無量の価値観は一般的な男女の機微と等しいとは言えない。
 言葉だけを聞けばまるで恋する乙女のようでもあるが、彼を求めるのは理性よりも『はしたない』獣性の方であった。
 剣を握る無量の本能、欲望、羨望――彼に拘泥しているという意味では変わらないのだが。
「馴れ初めをお聞きしても?」
「よく考えなくとも分かるが――主、遊んでおるな?」
「ええ、勿論」
 涼やかに無量は肩を竦めて見せた。
 梅泉という男がこんなに困った顔をする事柄は多くはない。
『口撃』で倒せるような男でもないし、それで満足する無量では無いのだが、それはそれ。これはこれというものだ。
「どの位を聞き知っておるのかは知らぬがな。『あれ』は元の世界の武門の娘でな。
 親父殿が余計な事を考えて……決裂した見合いの結果がこの様じゃ」
「知ったような事を言っても?」
「駄目と云うて黙るのか?」
「……はい、一応はその心算で。但し、お約束はいたしかねます」
 言葉自体が無量の『珍しい』冗句である。
 諦めたらしい梅泉は「好きにせい」と嘆息する。
「では、僭越ながら――『決裂したと思ったのは貴方だけなのではありませんか?』
 いえ、厳密には。両家のお歴々もそう感じたのかも知れませんが、御本人が『ああ』です故に」
「まったくもって」
「余計な事のついでにもう一つ。
 これはあくまで私の想像に過ぎませんが、梅泉さん、『その時に余計な事を云った覚え』は?」
「……」
「……………」
「……はて。確か。
『まだまだおぼこい。間合いも切れ味も子供じゃな。
 十年の後に今一度。もっともわしはもっともっと――強くなるがな』とか何とか」
 恋だ愛だに相応しい相手かはさて置いて、彼は近しい価値観を持つ女性に対する自分の魅力を過小評価するふしがある。
 そして流麗雅にその気も無いのにまるで口説いているような事を言う悪癖も持ち合わせている。
「残酷な位に、朴念仁であられますこと」
 これまた想像に過ぎないが、無量は見合いは恐らく一目惚れではなかったのではないかと考えた。
『犯人』が分かり至極納得する。無量は自身が揶揄した真っ直ぐな女たてはが少し羨ましかった。
 あれ程素直に感情を剥くには、少し遅い。彼女の場合、纏った着物が重過ぎる――
「――梅泉さんが悪い事が分かった所で。
 お誘いは何時でも。それとも誘った方がお好きでしょうか?」
「もう良いわ!
 ……それは時々じゃな。しかして、折角の馳走も度々喰ろうては飽きもこよう。
 それより何より、わしに言わせるのであらば――『誘いたくなるようにして欲しいもの』よ」
「……まだその段には遠い、と?」
「細心を尽くし、花を飾り立てるのは華道であろう?
 確か主等の握るのは剣、修めるは殺人の術だったように記憶しておるがな?」
「……」
「虚飾を喰らうもたまには乙というものじゃがな。牛飲馬食、唯貪るが如しこそわしには良い」
「……これは、手厳しい」
 今度は無量が苦笑をさせられる番だった。
 梅泉はつまりこう言っている。

 ――現状の相手は、華道の如く花を生ける為のものに過ぎない――

 焦がれた魔人に『花呼ばわり』は立つ瀬も無い。
 憤慨せぬでもないが、それを声高に否定出来る程に未熟でもない。
 実際の所、彼に『遠慮』をさせている事実は否定出来まい。
 
 眉をハの字にした無量を団子を頬張った梅泉は気にしている様子はなかった。
 まぁ、無量も分かってはいる。理性でも理屈でも理解している。
 
 ……それはそれとして女心ひがんえはそれで素直に納得しないものなのだ。
「何時か、そのお言葉を翻す時を楽しみにしております。
 例えば――例えば、そう。次に出逢った時等はまた違ったお話になりましょう?」
「奇遇じゃな」
 梅泉はやはり笑った。
 鋭利過ぎるかんばせから険というものが抜けていた。

 男女一組の声が揃って笑う。
 山の寒村に訪れた『外の一幕』はこうして――今日ばかりは長閑に過ぎていくのだろう。
 何時か近い、或いは遠い将来に剣呑な約束を匂わせて。

 ――庭の梅枝はまだ見頃に咲いていた。

  • 死牡丹遊戯・外完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2021年02月28日
  • ・死牡丹・梅泉(p3n000087
    ・彼岸会 空観(p3p007169

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