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遠きあの日のトロイメライ

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
死力の聖剣

 銀髪の青年──リゲル・アークライトは一人、メフ・メフィートの空地に佇んでいた。
 穏やかな時間。鳥は鳴き、川は潺々と流れ、遠い遠い向こう側で、子供たちの遊ぶ声が聞こえる。
 空を見上げれば、いつもと変わらぬ青空が広がっている。つい先日起きた『あの事件』がまるで嘘のようだ、と思った。
 眩しい陽射しに目を細め、心地良い微睡に揺れる。
 このまま寝転がってしまおうか。服を汚したら彼女に怒られるだろうか。
 だけどきっと、濃い緑の匂いを感じながら昼寝するのは気持ちが良い筈だ。
 ──その葛藤は、走り寄る足音の前に霧散していくのだが。

「はあ、はあっ……あのっ! リゲル・アークライト様ですよね!?」

 ──真っ直ぐな憧れが、遠い記憶を呼び覚ます。
 これは、とある青年が、過去に寄り添う物語。 

「ああ……確かにそうだけれど。君は……?」
 突然声を掛けられ、リゲルは硬直した身体をほぐすように息を吐くと、走り寄って来た少年にそう返す。
 小柄な少年だ。十歳くらいだろうか。不躾な視線を投げていたことに己を律しつつ、少年の言葉を待った。
「あっ、僕。サウレと言います! 僕も立派な騎士を目指していて、それで……」
 サウレと名乗った茶髪の少年は、一度言葉を切った。ふうふうと息を整え、大きく息を吸い込んだと思うと、透き通る声で叫んだ。
「天義の英雄、リゲル様に、剣の教えを請いたくて!!」
「え、英雄? 俺が?」
「はい!!」
 きらきらと目を輝かせ、サウレは大きく頷いた。
 参ったな──リゲルは内心で苦笑する。
 恐らく『例の事件』──『冥刻のエクリプス』と後に呼ばれる魔種との大決戦が切っ掛けだろう。
 実力を認めてもらえるのは素直に嬉しいが、英雄なんて柄ではないし、身に余りすぎて正直困惑している──というのが素直な現状であった。
「あはは……ええと、サウレだっけ。どうして君は騎士を目指しているんだい?」
「……あ、……」
 少年の顔に暗い影が落ちる。
 話をすり替える為に茶を濁す程度の話題を振ったが、不味い。地雷を踏んだだろうか。
「……すまない。無理に話す事も無いんだけれど」
 少年は首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。両親を魔種に殺されました。許せなくて、どうしても。だから騎士になりたいんです」
 嗚呼。
 こんな幼い少年が抱えるには、あまりに重すぎる現実。
 リゲルの心にやるせなさが募ると同時に、頭の中で『何か』が過ぎった。
「……魔種が、許せないのかい」
 昔は、魔種は絶対なる悪だと思っていた。
 いや、今もそうだと認識している。だが、『例外』もあった。
「……違います。両親を守れなかった、弱い自分が許せないんです」
 じわじわと、頭を巡る熱い『何か』がはっきりと輪郭を見せた。
 嗚呼。
 思い出した。
 似ているんだ。
 この少年は、俺に。
「僕は強くなりたいんです。貴方みたいに!」
 力強い叫びに、リゲルは──僅かに視線を宙へと投げた。
 真っ直ぐな瞳を、裏切るのは辛いから。
「ごめんな……サウレ。俺は、弱いよ」
「そんな! だって、法王様を守って、魔種も倒して! 弱い訳が!」
 耐えきれず口から零れだした。
「……俺も、守れなかったから」
「えっ──」
 救えなかった遠い背中が、今も脳裏に焼き付いている。
 低い声が紡ぐ、暖かい言葉が反芻される。
 確かに以前より強くなったかもしれない。
 でも、でもね。父上。それでも俺は、貴方を救えなかった──。
「──大丈夫。君は強くなれるよ」
 リゲルはふう、と息を吐き、少年の目を見据える。
 サウレは僅かに首を掲げた。それが本当に幼い子供みたいで、笑みがこぼれてしまう。
「優しい君は、きっと自分を追い詰めすぎてしまうだろう。でも──君のそばに。君を大切に思っている人が居る事を忘れないで」
 サウレは、はっと後ろを振り向く。
 三歳くらいの少女が、木陰に隠れてこちらの様子を伺っていた。
「ジーナ!」
 サウレがジーナと呼んだ少女の元に駆け寄る。
 妹です──と、ぼそりと呟いた。
 兄が心配で──もしくは兄までいなくなってしまうのではないかと不安で──着いて来たのだろうと、リゲルはそう察した。
「またおいで。剣の稽古だったら、付き合ってあげられるから」
「えっ……本当ですか!?」
「勿論。俺で良ければね」
 是非、お願いします! そう頭を下げるサウレと少しの会話を交わした後。
 リゲルは二人と別れを告げた。
 仲良く手を繋ぎながら去って行く二人の小さな背中を眺めながら、リゲルは流れる風にその思いを吐き出した。
「俺が、憧れられる立場になるなんて、ね」


 いつだったか。
 父上と母上と、三人で手を繋いで帰ったあの日。今も思い出す、痛いほど握り締められた、父上の大きな手。
 父上と剣の稽古でムキになり、泣いてわめいたあの日。父上の困って慌てた顔が、脳裏を掠めた。
 誕生日はいつも母上と共に祝ってくれていた。例え騎士の任務で家を空けていても、必ず手紙とプレゼントを用意してくれていた。
 憧れていた。ずっと目標だった。あの背中に追い付きたい。そしていつか共に──肩を並べたい。
 それはもう決して届かない、幼き日の夢。
 そして、ただ憧れに浸っていただけの少年も、もう居ない。
 確かにあの戦いで国は救われた。大切な人も、友人たちも、五体満足で帰ってきたことを喜び合った。
 これ以上ないほどの戦果と、身に余るほどの名声も得た。
 でもどんな称賛を得ようと、何処かにぽっかりと空いた穴は塞げない。
 大切なひとを喪っても、世界は何事も無く回り続けることに塞ぎ込んで、絶望と後悔の海に溺れる人もいるだろう。
 負の感情を抑え込み、何事も無かったかのように、明るく振る舞い続ける人もいるだろう。
 リゲルは後者を選んだ。決して忘れる事などできないけれど、暗い自分を表に出す事で、大切な人達が苦しむ姿を見たくなかったから。
 人間は前に進むしかない──だからリゲルは愚直に、父が目指し、父が託した、己が思う『正義』の為に生きている。
 それだけが父と息子の間にある、唯一の繋がりだったから。
 
 ──でも、今だけは。
 誰も見ていない、この瞬間だけは。
 父の背中に寄り添い縋る少年のように。
 涙を流しても、許されるでしょうか。

「もう一度会いたいよ、父上──」

 暖かな風が銀の髪を揺らし、青年の身体を優しく包み込む。
 頬を伝う涙と共に青年が絞り出した呟きは、広い青空に吸い込まれて、誰にも聞かれずに消えていった。

  • 遠きあの日のトロイメライ完了
  • NM名りばくる
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年08月02日 22時15分
  • 登場人物1人

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