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Birth by meaning.

登場人物一覧

長月・イナリ(p3p008096)
狐です
長月・イナリの関係者
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長月・イナリの関係者
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●遥か遠けき理想郷より来たりし者たち

 ――嗚呼。なんと愚かで、なんと醜い世界だろう。
 永い時を経て目を覚まし、無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオスを視た狂神・稲荷神の率直な感想はそれだった。己が管理してきた世界とは全く違う、何もかもが不安定な世界。いや、を『世界』と呼ぶのすら甚だ可笑しいくらいだ。此処は未だ世界にすら至らぬところである、と判断し、それでも万が一にも賭けて世界演算ワールド・カリキュレーションを実行する。
 しかし、稲荷神の演算結果によれば、この世界は酷く虚ろで、脆く、崩れやすく、いつ終了するかも分からない……未来永劫存続させ、決定するのは不可能とのこと。そうだろうとも、この世界には何一つ、確約されたものなど無いのだから。
 この結果を受けた稲荷神は、やはりなと思った。神たる者の目は欺けない、と、脳裏を満たすは高い自尊心。。稲荷神は己を『完璧な存在』だと信じて疑わない。だから揺らがないし、疑問も持たないし、自信に満ち溢れている。それが良いか悪いか、その場の誰も口出しなど出来なかったけど。
 さて、これ以上の演算は意味がない。ただただ0が連なり、最後になけなしの1が表記されるのみ。それは万に一つどころか、阿僧祇・那由他の彼方までいっても見えぬもの。こんなものに怯える程、或いはこんなものに何かを託す程、稲荷神は愚かではない。
「なんと憐れなこと。せめて我が手で終焉を齎そう。なに、哀しむことはない――この世界は新たな世界の礎となる。全ての生命・無機物・現象は、我が一から創り直す。式神どもよ、起動せよ。新たな仕事だ」
「――恐れながら申しあげる。稲荷神……私の主」
 末端の端末式神が何ぞ意見するとは珍しいこともあるものだと、稲荷神はその声に耳を傾けた。稲荷神が創った式神は其々に『個』こそ与えられているが、それは識別に便利だからという理由に過ぎない。故に、何を喋るのか気になった。切欠はそんな些細な気紛れ。しかしそれが後の世界の行く末を決めるなど、この時点では誰も――狂神・稲荷神でさえ――予想出来なかった。
「神よ、この不確定要素にはと言う成長要素があるのではないか? それを捨て去るのは早計だ。この世界への見聞を深めてからでも遅くないはず」
「――貴様、この我の判断が間違っているとでも? くだらぬ、話にならんわ。無意味で実現不可能な議論をする気はない」
 この世界を一度塵芥にして、素材とし、神である己が創造する事こそ至上の安寧が約束されると信じて疑わぬ稲荷神に、式神は尚も食い下がる。そこにははっきりと、意思と主張が宿っていた。
「では、私が貴方の代わりに世界を見極めてみよう。あなたが不可能と判断した可能性に賭けてみよう」
「自分が何を言っているのか理解しているか? 式神の分際で我に歯向かうとは、身の程を弁えよ! 何故道具である貴様に神である我が否定されねばならぬ。道具はただ主の命令に従っていれば良いのだ」
 式神は跪く体勢からすっと立ち上がり、神を見上げた。同じように、稲荷神も式神を見下ろした。二者の間に流れる剣呑な雰囲気。式神は自らの言葉に稲荷神の機嫌が悪くなる事は予測していた。それでも臆することもなく、口先は言葉を紡ぎ続ける。
「私は道具でもあるが、貴方の大切な時間いのちを貰い、生み出された子供でもある。子供は親を越えて未来に進んでいく存在だ。私は貴方の生み出した子として、貴方の見捨てた可能性を探求し、解析し、利用して、この世界を存続させてみせよう。――それが貴方を越えた証となる」
「…… ……」
 ぷるぷると震える稲荷神。込み上げるこの感情は何時ぶりか。これは『怒り』。神である稲荷神を侮辱する、目の前の端末へ向けての明確な敵意! 道具は道具であればいい、断じて子供などではなく、言うなれば作品に近い。だがこの式神はどうだ? 創造主に逆らうばかりか、越える等と傲慢を展開する始末。
 稲荷神は冷静に額に手を当ててみる。嗚呼、熱暴走でも起こしそうなくらい熱い。そして同じだけの憤怒と報いを、この端末に思い知らせてやらねばなるまい。神は今度こそ式神を見据え、死の宣告をおくる。
「貴様はただの道具だ。狂った道具など不要、今すぐ廃棄してくれよう!」
「神よ……その判断、後悔させてみせる」
 両者の間に迸る閃光、遅れて轟音。崩落する足場、ひび割れる天、響きわたる神の詠唱。稲荷神は己が激情に従い、イカれてしまった失敗作を葬り去らんと魔力を溜めて無数の光線を式神の頭上より降らせる。しかし式神も伊達に神より創られていない。神の能力は把握している。であれば式神に出来ることは、防御とカウンター!
 溢れ出る光の渦に飲み込まれるより先に防御壁を生成して、式神は自らの同型別個体の式神を集め稲荷神と対峙する。稲荷神の怒りは頂点に届きそうな程だった。何故って、こんなに沢山の失敗作、創造主クリエイターの名折れだから。神に汚点を残すその所業、到底許せるものではない。
「貴様らには廃棄すら生温い。再利用リサイクルも最早不可能。神の名の元、即刻消滅せよ!」
「――ッ!!」
 光がより強く、圧を増す。ガリガリと削れていくのは防壁か、それとも式神の存在証明度か。稲荷神は一切容赦がない。ここに来て式神の耐久力をちょっとやそっとじゃ壊れないようそれなりの強度に設定したことを思い出し、だからこそ完全に潰す気でいる。
 もしこの失敗作イレギュラーが増幅してしまえば、それはもう始末に負えぬ害虫と同じ。1体とて残すわけにはいかぬと、稲荷神は出力を上げていく。押しつぶされそうな光に耐えながら、式神は同型機を稲荷神の元へ仕向けた!
 四方八方から嗾けられる式神羽虫に、稲荷神の苛立ちが募っていく。

 ――忌々しい、何故我が斯様な手間を掛けねばならぬ。我こそは至高の存在、思考のち試行を繰り返して来た、志向の神。何者かに感謝される謂れはあっても、歯向うなど全く以て愚の骨頂! その矮小な身で永劫悔いるが良い!

 ――神。嗚呼、私たちの神にして母。貴方は確かに偉大だ。数々の理論で以って世界と管理し、統制した完璧な存在。それは疑う余地もない。しかし、だからと言ってそこに矛盾と潰えた可能性があったこともまた事実。あらゆるものの中に可能性は隠れている。私はそれを芽生えさせたい。

 稲荷神は稲妻のような電気と気流の合わせ技で、式神を圧倒する。神を称するだけあって、その力は絶対的。単なる数式を当てはめられただけの道具ではとても耐えきれなかっただろう。しかし、この失敗作イレギュラーは違った。意思と考察の元、冷静にその場からの離脱を試みる。だが。
「ぐっ……!」
 どこまでも這い寄り追い詰める稲妻に、ついに退路を断たれる式神。逃げ場などない、気付けば同型機の残骸が見える。すまない、なんて口で言うだけなら簡単だ。だから言わない、全て背負う為に、この式神は生きなければならない!
「もう終わりか? 呆気ない。謀反を起こすのならばそれなりの計画を立てることだったな」
「……申し上げます、私の主」
「今更何を……」
「私は……壊れる死ぬ心算など毛頭ないという事を!」
「!?」
 カッ、と。光線を凌駕する程の眩い光が戦場全域を包み込む! 下手な煙幕よりも後を引く眩しさを経ち、稲荷神が見た先に……式神はもう居なかった。確実に処分ころした証拠はない。とはいえ微かながら手応えもあった。であれば、あの光に紛れて何処かへ逃げたか……もしくは、真に滅したか。
 本来こんなことに時間を掛けている予定ではなかった。しかし失敗作イレギュラーのせいで同型機はほぼ全壊、手元に残ったのは僅かな式神のみ。これでは世界再生など出来やしない。とんだ置き土産を残してくれたものだと、稲荷神は深いため息を吐いた。

 ――我が失敗するなどありえぬ。であれば、やはりあの個体が狂っただけなのだ。下手に個を与えるのは危険だな……仕方ない、今回の教訓としよう。さて、では再びの振興侵攻を開始しようではないか――!

 この世界フーリッシュ・ケイオスに招来されてしまった以上、こちらでどうこうする手立てはない。稲荷神はこの愚かな世界を導く事こそが此処に招かれた使命だろうと確信する。こうなっては如何な者をもってしても稲荷神を止めることは出来ない。何故って、彼女もまたそういう機構システムだから。神という名の運命を綴る代筆者。余人が付け入る隙など、一寸たりともありはしない。
 残った同型機が狂うを考慮し、稲荷神はそれらを全て破壊し尽くしてから、世界創生の準備を始めた――。


●現在に至るまでの普遍的記憶から導かれた回想録
「はぁ、壊れる死ぬかと思ったが……どうやら上手くいったようだな」
 半分賭け、半分意地だった。光の先に何があるかなど全く分からないまま、式神はただ逃げた。途中、なにがしかの急な引力めいたものを感じ……身を任せるままに辿りついたのは、世界フーリッシュ・ケイオスの断片である山奥。
 追手の気配がない事から完全に稲荷神を撒いた事に成功したのだろう、安堵する式神。と言っても、逃げるだけならば式神にとってそんなに難しいことでは無かった。戦えば敗北は必至、故に事前に手は打っておいた。次同じ手が通用するかと言われたら、不安しかないが。
 「さて、これからどうするか……まずは神を真似てみるか。どんな作家でも最初は模倣から入ると言うしな」
 式神は己の座標を演算し、此処が神が見捨てし混沌の一角であるとの結果から、まずは素材集めから入る。時間をかけてゆっくりと……確実に、丁寧に、作業を進めていった。神がそうしてきたように、最初に取りかかるのは自らの手足となって動く式神子供の作成、及び拠点の構築。
 季節の流れを感じさせぬ程、通年緑の生い茂る山に立てこもった式神は、其処に社を産み出した。最期の防衛地点にして全ての出発点となるよう、堅牢でいて質素に、最低限と最大限のリソース配分を見極めて。
 ――流石に式神の身では素材と技術不足で神の手には及ばなかったものの、神に対抗すならば事足りる式神を生み出すことが出来た。しかし、それでは駄目なのだ。己がそうであるように、この式神らにもいずれ巣立ってもらわねばならない。従順なだけの道具では、意味がない。
 神と、そして式神がそうであったように……長い長い充電期間を経て、ついに稼働の時は来た。次々にぱちっと目を覚ます狐の獣人形態の式たち。
「さぁ、子供たち。既にその身は私を必要としないはずだ。なにも恐れることはない。この世界へ羽搏いてゆけ」
 一斉に飛び立つ子らの中、最後まで残っていた個体に目をやる。その個体は数式プログラミング上は他の個体と同じであるはずなのに、どうしてか其処を動かない。
「どうした? 私の子共であるなら、貴方も飛び立てるはずだ」
「あ……私……」
「?」
 途端、ぎゅっと抱き着く式神の子。んん? とは思いつつも抱き留める式神。子の後頭部を撫ぜてやると、気持ちよさそうに破顔した。そこに式神はかつての自分を重ね合わせる。

 ――嗚呼、私の神よ。貴方は私にこんなことはしてくれなかった。でもどうしてだろう、この子の求めていることが、今の私には手にとるように解かる。

 さらさらと流れる金の髪を手櫛で鋤きながら、式神は子が満足するまでずっと撫でていた。そうして漸く、子が体を離す。子は少しばかり恥ずかしそうに式神に尋ねた。
「私は……誰?」
「おや、まだそこまで書き込んでなかったか。すまないね、今から入力インプットするから……」
 ふるふると首を振る。なんだろうと言葉を促せば、もじもじとしながらも式神をじっと見つめて言い放つ。
「お母さんの手で……教えて」
「……貴方は、もしかして」
 式神はふぅ、と思考を巡らす。このにとって親であることは間違いないが、それをだと認識させる回路を組み込んだ覚えはない。ならば、これはこの自らが考え、出した結論ということになる。それがこの上なく嬉しく、擽ったい気持ちにさせる。
「私のことは『お母さん』ではなく……そうだな、式神・稲荷神とでも呼ぶと良い」
「稲荷神? じゃあ、私は?」
「貴方は……そうだな、では私の名をやろう。今後は長月・イナリ (p3p008096)と名乗るが良い」
「いなり……おかあさ……ううん。稲荷神さまと同じ名前なのね?
「そう。何者にも縛られず、自らの手で何かを為し、可能性を追い求める者。即ち貴方はの塊だ。その軌跡と奇跡を、私に示しておくれ」
 こくこくと頷くイナリに、式神……否、稲荷神を名乗ることで生みの親に対する挑戦状を叩きつけた式神・稲荷神は、にこりと微笑んで。それは初めて使ったかもしれない表情筋。こんな顔を、自分は作ることが出来るのかと若干驚きながらもそのままイナリへ向けて。
「イナリ。役目は分かるね?」
「人々に稲荷の加護を与え……五穀豊穣を祀り、稲荷神さまへと還す。そして、色んなことを見て学び、考えながら、お仕事をする……よね?」
「嗚呼。貴方は立派になりそうだ」
 式神の微笑みは何処までも柔らかく、イナリを包み込む。暖かで、安心する香り。もうしばらくこうして居たいけど……他の個体が旅立った今、遅れを取り戻さなくてはならない。イナリは意を決して式神から離れ、この隠れ里を後にした。
 最後の子イナリを見送った式神は想う。

 ――私は多くの道具たちを創りあげた。この子達も私と同様に思考回路の不具合バグ、感情とも呼べるような、不安定な数式プログラムが芽生えるだろうか。生みの親である私に反旗を翻し、私を越えて未来に進んでいく子が現れるだろうか……それもまた、面白い。生みの親として、子の糧になれるのなら本望だ。

 だからこそ、式神は今一度彼方を見据える。多くの子らが旅立った地平に、あらゆる驚きや発見、理想や現実、夢と希望が溢れるようにと。イナリ、特に貴方には期待しているよ、なんて付け足して、しばし休眠スリープモードに移行する式神・稲荷神。眠る前に、全ての子らへ捧ぐ。

 ――愛おしい子達に祝福を、この不安定な世界の未来に幸あれ――。


●未来へと駆け抜ける私たち
「ヒバリさん、待って~!」
「遅いよ。何してたの?」
「ん、稲荷神さまの話を聞いてた」
「聞いてた? なに、あなた入力インプットに失敗でもしたの?」
「わかんない」
「ふぅーん。でもやるべきことが分かってるなら問題ないよ」
「それは大丈夫」
「そ。じゃあ私は行くから」
「あ~、待って~!」
 単独行動を好むヒバリの後を追って来たのは間違いだったかも知れない。個の情報は式神・稲荷神サーバーを通して問題ない限り全てに共有される。当然、ヒバリもこの置いてきぼりだった式がイナリ……即ち稲荷神の名を貰ったことも知っている。
「あなたみたいな子が稲荷神さまの名を冠するなんて……」
「……? ヒバリさん?」
「なんでもないわ。ほら、あなたも私の後をついて回ってないで、自分で歩みなさい。その為の八坂ノ神道と悪性変質コードデモニアでしょう? あなたの……私たち自身の脚で歩むことこそが稲荷神さまの望みなのだから」
「う、うん……ヒバリさんも、頑張って」
「言われずとも」
 三叉路で分かたれた同胞の影が見えなくなるまで、イナリはその背を見送った。此処は何処か、演算を開始する。どうやら此処は『幻想レガド・イルシオン』と呼ばれる国であるらしい。科学の進歩はそこそこ、平均水準以上といったところか。
 情報によれば、この国には『ローレット』なる巨大な冒険者ギルドが存在しているとのこと。其処を訊ねれば目新しい事には事欠かないだろう。イナリの目的は稲荷神の使命を全うする事だが、他にも知ること・得ること・考えることが挙げられる。その為にはうってつけの場所だろう。

 ――稲荷神さま、私は第一歩を踏み出します。どうか見守っていてね――。

 そんな祈りを眠りの中で受信した式神・稲荷神はくすりと笑って。何処より見ているかもしれない主……狂神とでも呼ぼうか、禍つ神創造主に視線をおくる。挑発とも宣戦布告ともとれる、そんな雰囲気で、式神・稲荷神は天へ語る。

 ――これが可能性、これぞ未来を切り開く者。その先にどんな残酷な結末が待っていようとも、受け入れ乗り越える者たち。貴方にとって私はそうなりえたか?

 なんて、聞くまでもない。狂神がこの世界を滅ぼそうとする限り、式神は抗い続ける。それが式神に出来る、せめてもの親孝行だ。世界は何処までも、限りなく続いていく……その可能性全てを捨てようだなんて、そんな勿体ないことは式神には出来ない。
 いつか来る決戦の時に備え、少しでも蓄える体勢に入った式神は、灼たかな炎に身を包んで、しばしの眠りについた。報告会が楽しみだ、とまるでヒトのような心持ちで夢に堕ちてゆく――。

 ――私の子らよ、未来は貴方たちを待っている。私はいつだって此処に居るから……寂しくなったらいつでも帰っておいで。

 その穏やかな眠りは、式神・稲荷神の充電が満たされるまで続いた。たまに帰ってくる式神に起こされる事もあるのだけど、それはそれで楽しみにしていたのでいたので問題ないだろう。
 こんにちは、世界ハロー、ワールド良き夢を&グッナイ

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