PandoraPartyProject

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ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド

 目を開くと、赤い液体の中にいる。
 はっきりと透明なようでいて、まるで向こう側が見えないような、不思議な空間。
 その中で浮力は働かず、まるで地面と同じ様に重力に従って、落ちていく。落ちていく。
 この光景ももう何度目だろう。始めの頃は驚いていたものの、とっくに慣れてしまった。
 ごぽりと、口に中から気泡が漏れるものの、ここで呼吸は必要とされていない。だから、酸素を求めて慌てふためくような必要もない。
 そうなると、脳のリソースを思考に割くような余裕まで生まれてくる。落ちていく時間は残りわずかだろうが、その瞬間に思いを巡らせた。
「…………行きたくないなあ」
 口をついて出たのはそのようなものだった。正確には液体の中である故に、発音として外に出たわけではなかったが。
 落ちていく。落ちていく。
 そうやって辿り着く先を、知っている。この先どうなるのかを、とっくのとうに、知っている。

 ざぱりと水面から上がるような音をたてて、サイズはその場に落ちた。硬いような柔らかいような不思議な床。クッションのように衝撃を逃してくれたわけでもないのに、身体が痛むことはない。
 身を起こし、顔を上げると、そこには自分そっくりの顔があった。だが纏う雰囲気は己のそれとは全くの別物だ。怒気を大いに含ませ、手にした獲物ががなり立てるように共鳴をしている。何らかのオーラを幻視した。背後には確かに、般若のような謎のビジョンが立っていた。
 無理。勝てない。
 いつだって絶望的な戦いには身を投じてきたはずだ。僅かなチャンスをものにして、支柱に活路を見出してきたはずだ。生命を掴み、未来への道を照らしてきたはずだ。
 でも無理。サイズの心の中のわんこは素直にお腹をさらけ出してくぅーんって言っていた。何をするまでもなく、精神がとっくに降参の白旗を振っている。
 自分そっくりなそいつが、指先一つ動かさずに端的な命令を発した。
「正座」
「…………はい」
 流れるような所作でその場に座る。地べただとかなんだとか言っていられる状況ではない。なんだったら土下座と言われようと即座に反応していただろう。
 重く苦しい雰囲気。頼む。なにか言ってくれ。いや、言わないでくれ。願わくばこのまま何もなく寝床に戻りたいんですがねダメですよねそうですよね。
 何に怒っているのか。心当たりはと聞かれればすごくある。めっちゃある。好意を寄せてきた女性と、あまつさえ二人と、同時に、流されるまま身体を重ねてしまったのだ。
 いや、でも聞いてくれ。最後まではイってないんだ。最後の一線は、守りきったんだよ。だからノーカン。ノーカンだよノーカン。ノーカン、ノーカン。
「うるさい」
「はい」
 ……。
 …………。
 ………………あの、沈黙が辛いんですが。
「妖精関係の騒動で色々とあって呼ぶのは控えてたよ」
 切り出したのは向こうから。というかこっちに権利はない。
「まあ、活躍したって、言っていいよね。だから、多少は? 多少はね、見逃すつもりでいたんだけどさ」
 見逃されていたらしい。なんて寛大。
「流石に行き過ぎた色欲沙汰は見過ごせないよね。なんなの、ほんと。妖精の武器が何をやっているのさ。なんで状況に流されてるのさ。あと、呼ぶな、僕を現実逃避で。表になんか出られないんだよ。僕の幻聴を作るな」
 肝心な時に助けてくれなかったと思ったら、幻聴だったらしい。イマジナリーカースだったらしい。妄想の呪いにまで縋っていた大鎌さんだったらしい。
「それに、なんなのあの告白」
 あの告白といいますと、あれでしょうか。ふたりとも好きだー、どっちも俺のものになってくれーって、言ったやつでしょうか。
「自分の口から、あんなのが飛び出すなんてゾッとするよ。何アレ。あれが望んだ平穏なの? 快楽に身を任せたかったの? 製作者の二の舞とか笑えないんだけど」
 悲報。製作者、へっちなことに負けたらしい。すげえ絶望感あるなそれ。想像しづらい? 『親がえっちなことに屈した』って言い換えてみ。この世の終わりを感じるから。
 耐えきれなくなって、口を開いた。
「えっと……俺は、どうなるんだ?」
「…………氷漬けにして、封印処理して、色々と初期化したいけど。できれば、良かったんだけど。もう意味がないんだよね。こんなことになるなんて、予測してなかったし」
 誰も予測出来なかったと思う。ていうかこんなことをずっと想定して動いてたらそいつの思考回路危なすぎると思う。
 しかし、封印処理ができないとはどういうことだろう。言い方を鵜呑みにするならば、混沌に来たばかりの頃は可能だったということだ。いや、この場所に来た、始めの頃は可能だったということなのだろう。
 可能性は、ふたつ。自分が強くなったからか、呪いが弱くなったからか。どちらにせよ、バランスが変わってきているのだろう。
 成長。そんな言葉が浮かんだが、確信はない。そもそも、どれをとって成長というべきなのか。
 思考が反れていたのは、対面しているそれが黙ったからか、それとも、このお説教されている状況から逃げてしまいたかったからか。
 だがそれも現実に引き戻すように、大きなため息に引っ張られた。
「ハァ……ふたつ、聞くよ。ひとつ、お前は誰が好きなんだ?」
 答えられない。
 誰が、と言われて思い浮かぶ顔はふたつだけ。あのようなトチ狂った告白をかましたものの、あの場を逃げるための口上に過ぎない。過ぎないんだけど、もうそういうこと言える感じじゃないんだよなあ。あっちに戻るのも辛くなってきたなあ。
 ともあれ、呪いの言う『好き』。いや、わかっている。世間一般に言う『愛している』という感情。それが、自分が彼女らに持つそれと一致しているのか。わからない。感情に答えが見いだせないのだ。
「情操教育をしている気分になってきた……もうひとつ、お前は何者だ。どんな役割を担っていると言うんだ」
「え、えっと、妖精に武器で、妖精を守ること」
 それは答えられる。質問が多いような気がしないでもなかったが、茶々を入れられる状況ではない。自分は正座して、説教を聞いて、許しを請う立場なのだ。
「『命をかけて』が抜けているけど、言葉にするまでもないだろうし、妥協点かな。これで心底まで色欲に落ちていたらなんて心配もしたけど、流石に杞憂みたいで良かったよ。あとは、妖精の為に全力で働き、奉仕して、その刃を全力で振るえ、己のレゾンデートルを忘れるな」
 そこで、空気が霧散する。目の前のそっくりな自分、呪いが纏っていた怒気が解消される。
 許されたのだろうか。とりあえず、これ以上針の筵にさらされる心配はないとわかって、胸中で大きな大きなため息をついた。
 ついでに胸を撫で下ろしたくもあったが、それは帰ってからにしておこう。
「悲恋の呪いに関しては、僕にももう、どうなるかなんてわからないけど……これ以上増えないよね?」
 頷けなかった。いや、だからって否定する気持ちがあったわけじゃないんだけど。違うんだって、自分の感情もよくわからないんだって、だからそんなジト目で見ないでって、わからないことを安易に回答しない誠実な感情なんだって。
 また、呪いがため息をついた。今日何度目だろう。大丈夫かな。ストレスを抱えていそうだな。ちゃんと、ご飯食べているのかな。
 思わず心配が口を出そうになったけど、出す前に思い切り睨まれたのでひっこめた。
 またため息。呪いって大変だ。
「今回は、戻すよ。僕もしばらく休みたい。やだもう、頭痛い……」
 地面が液体に変わり、沈んでいく。赤い液体になって、沈んでいく。
 すごく透明であるようでいて、先が見通せない、不思議な光景。ずっとずっと、奥深くに沈んでいく。
 呼吸は必要がない。身動きを取る必要すらない。知りはしないが、胎内とはこのようなものかと、思うような、不思議な空間。
 戻っていく。現実に戻っていく。
 手を伸ばせば、誰かに、あのふたりに触れられるあの現実に戻っていく。
 この感情を、まだ理解できない。まだ決めきれていない。きっといつか、ではなく、もうそろそろ、答えを出さなくては行けないところにいる気がするけれど。
 っていうかだいぶ変なところに居る気もするけれど。
 そういえばねだられて合鍵渡したなあ。にっこにこだったけど不安しか無いなあ。
 落ちていく。落ちていく。現実に、落ちていく。混沌に、落ちていく。心というものに、悩みながら。
「…………帰りたくないなあ」

  • _月_日完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2021年02月23日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319

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