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折れた刃、愚直な愚行
登場人物一覧
●I know that it thinks interesting for you to say "you are fool" .
手を伸ばせば伸ばすほどに、届かなくなっていくんだ。
空に瞬く星に手が届かないように。
流れ星を捕まえることができないように。
死を、阻むことができないように。
「ごめんね。お兄ちゃん、頑張ってね」
「うん。がんばるよ、だっておれ、おにいちゃんだから!」
●Nostalgia
どろどろと濁った感情が心の内を支配していく。苦いものを噛み潰した時のような刺激に胸を苛まれていく。ああ、苦しい。
なんて、誰にも言えるわけがない。
俺に頼れる人はない。なんでだろう。なんでおれが召喚されたんだろう。どうして俺が。なんで? なんでなんだよ。
父も、母も、ましてや妹も。憧れのヒーローも、此方の世界に来て出会った彼女にも誰にも、言うことはできないし言いたいとも思わない。
ヒーローは死んだ。ヒーローは消えたのだ。
あの日自分を救ってくれたヒーローは、線香花火がぽとりと落ちるようにあっけなく消えてしまった。フラッシュにも似た閃光ように、あまりにも一瞬のことだった。
彼は生きていた。確かに、自分が覚えている。だからこそ理解が出来なかった。敵になったと聞いたときは世界が壊れてしまったかのような錯覚に、眩暈に襲われて倒れてしまった。
潰えた希望。枯れた未来。
どうして。なんて問うても彼は死んでいるのだから応えてくれるはずもない。
あのチョコレートを溶かしたような甘ったるい声で。あのキャラメルに似た蕩けた声で。
「凛太郎くん」
整った顔を、男に向けてあのように柔らかく解かすのは、特定の人間にしか見たことがなかったような気がした。いや、其れを向けられていたと考えるのすら錯覚かもしれない。ヒーローなんていなかったのかもしれない。嗚呼。もう、何も知りたくない。解りたくない。
どうして。
問うても答えはない。
なんで。
聞いても誰も知らない。
教えてくれ、ヒーロー。
返事はない。嗚呼、どうして。
ヒーローであることを押し付けたのだろうか。
俺の憧れだと決めつけて、ヒーローの肖像を被らせてしまったのだろうか。
だとしたら、だとしたら、俺は、嗚呼、ヒーローに憧れているだけでは駄目じゃあないか!
ヒーロー。ヒーロー。英雄像。光の象徴。Hey HERO where are you now?
乾いた焦燥、弾む胸。もう何もわからない。ただ仮面を貼り付けたように笑みが浮かんで、頬が痙攣して、痛いほどに筋肉が緊張しているのにまだ頬は笑みを浮かべることを諦めようとはしなくて、また笑みを浮かべてしまうんだ。
胸が苦しい。取り出してしまいたい。
どうして何もできない俺を置いていってしまうんだ。
母さんもそうだ、どうして俺を、いや、いや、違う、母さんは悪くなんかないんだ、俺が悪いからいけないんだ!!!!!
俺がちゃんと言われたこともしっかりできない愚図だから失望して誰もかれも死んでしまうんじゃないかって思ったんだ嫌違うかもしれないけど実際死んでるわけだからその答えも聞くことはできないし誰にもわからないだろうから俺はそうだと判断するほか出来ないじゃないか。どうすればいいのか教えてくれよ。教えてくれないならもう俺はどうしたらいいのかなんてわからないんだよ。教えてくれ!!!!
吐き気がして眩暈がして頭痛がして立ち上がることもできなくなって、倒錯感に支配されて身体が震えた。失われた命は元には戻らないのだと聞いた。敵になんてなるからこんなことになるんだ、あの時俺が引き留めていたら何か変わったんだろうか、それすらもわからない。何を信じればいいのかもわからない。
「凛太郎くん」
誰も俺を呼ぶはずはない。だって俺はずっとずっとずっとずっとずっとずっと独りでいたはずだから。今までもそうだしこれからもそれは変わるはずはなくて、だから俺が独りでいるのはもう前提のようなものであって俺自身にも誰にも代えることはできなくて、嗚呼、それからなんだっけ。思い出せない。なんでなんだよ。これ以上俺を苦しめないでくれよ。弱いのも苦しいのももう嫌なんだよ。なんでなんだよ。なんでなんでなんでなんでなんで。
嗚呼そうだ俺自身が強くならなきゃいけないんだ、俺が強くならないきゃいみがないんだ、あと、あと、それから。
それ、から。
●Apocalypse
生きるということは非常に難しいもので、生きていることを喜んでくれるものがいるから生きている人間もいるし生きていることがつらくて死んでしまう人間も生きていることが疎ましくて殺されてしまう人間も行かされている人間もいる。この場合凛太郎を指すのはどれでもない。なぜなら導を失ったから。
導、或いは精神的な支柱。それを失うと人間は酷く動揺する。
それは彼――望月凛太郎についても、同じだ。
ましてや彼は、子供だ。未成熟だ。頼るべきよすがもない旅人だ。
それが、どれだけ支柱をぐらつかせているか。不安定であるか。彼は。彼とて。まだ、子供なのである。
親の愛を享受し健やかに成長することだってできるのだ。
そんな彼が誰かの為の光とならん為に力を、技を磨き、守護の魂を燃やしている。それがどれほどつらいことか。
元の世界において、彼はアルバイトを掛け持ちすることで命を繋ぎ妹を支えてきた。手は水仕事や力仕事で荒れ、豆ができ、それは潰れ、皮が剥け、子供として握るにはあまりにも、形が歪み始めていて。
美しくあった。その、掌は。
アルコール。ギャンブル。競馬。アルコールと夥しい酒気、割れる皿、怒号、慟哭で消えていく。
がんばればなんとかなる。俺が、がんばれば。
「お兄ちゃん、ごめんね。……これ、買わないといけないみたいなの。……で、でも、だいじょうぶ、」
「もう、お兄ちゃんを頼れよな。任せろ凛花、兄ちゃんがなんとかしてやる」
「っ……」
うん。
泣きそうな顔をして頷いていただろうか。今はもう、あの日を朧気に思い出すことしかできない。俺は笑っていた筈なのに。ただ、困ったように笑う、妹の姿。
どうしてなんだろう。
くしゃっと頭を撫でると、涙をぽろぽろと流しだすものだから、どうしていいのかわからなかった。
「頼ることは悪いことじゃないんだぞ?」
「……」
「おい、凛太郎」
「酒、どこだ」
「凛花、奥か外な。父さん、買ってきた。俺そろそろ年齢疑われるから、もう買えないかも――」
「はぁ?! てめ、ふざけんな。てめえはよぉ、おとなしく酒を買ってこればいいんだよ」
●Heterosynaptic and Dreamer
妹はどうやら俺が働いていることを気に病んでいるらしい。でも、俺が働けばどうにかなるんだ。
「望月くん、お皿割りすぎ」
俺が、
「望月くん、あのさー。本落としたら痛むってわかんない? てか積まないで。早くして」
働け、
「いいよもう。クビだよクビ」
ば?
「望月くん」
どうにかならないこともあった。食事も減らして、お酒は買って。妹の為にできることは全部やった。
義務教育課程修了。それだけの肩書が齎してくれるのは、偏見と嘲笑。或いは、話にもならない賃金。
「え、っと。最低賃金と、違うと思うんですけど」
「あー? ちゃんと振り込んであんだろ。文句言うならクビだ、クビ」
「っ……」
俺が働けば何とかなると思っていた。
俺が働いても何とかなることはなかった。
状況は悪化していく。悲しいくらいに残酷に。
凛太郎は頑張っていた。それ以上に、世界は凛太郎の希望の芽を摘んでいく。
残酷だった。
残酷だった。
残酷だった。
残酷だった。
残酷だった。
どれだけ頑張っても頑張っても。汗を流し血を流し涙をたらそうが、世界も大人も手を差しのべることすらしなかった。生きているだけでも難しいのに、こうやって生きているのに、誰も見てはくれなかった。
俺は、頑張っていない、の、かな。
そのうちに腹を刺された。
不安になることだってあった。それでも頑張った。俺が頑張れば妹を食べさせることもできる。父さんだって、元に戻ってくれると思ったから。
怖かった。痛かった。それ以上に、楽だった。
ようやく許されるのかもしれない。おれは、がんばったのだと。そう、認めてもらえるんだ。
そんなことはなかったけれど。
●Euphoria
いつもそうだった。
大人は頼りにならない。なるわけがない。俺が、一番知っていたじゃあないか。
肌をねっとりとつつむ汗も何もかも、受け入れてみることにした。諦めを理解して、受け入れることにした。
俺自身が強くならなきゃ、変わらない。何も。
俺が強くないから俺は親父にこき使われていたし親父の為に働かなきゃいけなかったし勉強だって中途半端になったし夢も進学したいって願いも何もかもなくなった。俺だって同じに、母さんが死んで悲しかったし苦しかった。だからってそれを言い訳に酒に逃げたんじゃあ意味がないだろう。
世界は美しい。だが、それ以上に残酷だ。
俺が強くなることでしか、俺が苦しむ手段を潰すことも俺が悲しむ未来も無くすことはできない。
なぁ、ヒーロー。教えてくれよ。
俺って、どうしたらいいんだろう。
導はない。よすがもない。救ってくれるようなひとも、誰も居ない。
俺は俺の正しいと思うやり方で強くなる。俺は独りだ。孤独だ。そうするしかないんだ。
あの時俺の腹を貫いたちっぽけな包丁。刃渡りはどれくらいだろうか。いや、どうだっていい。あんな小さなものですら俺を、ひとを殺すことができるんだから。俺がしなきゃいけないのは、そういう覚悟を決めることだろう。もう、そうするしかないんだ。
あの日汚い路地裏で現れたヒーローは、俺にはもういない。
あの日薄暗い世界で現れたヒーローは、俺には不釣り合いだ。
不相応な真似はもうやめよう。
俺が、俺の為に強くなるんだ。
あの日腹を貫いた薄く濡れた包丁を弾けるような。
堕ちたヒーローを無理やりにでも救い出せるような。
泣きぬれた妹の涙を枯らせるような。
そんな、強いヒーローに。英雄に。
「 」
俺の名前を呼んでくれる人はもういないも同じだ。
だから俺は、俺は、俺は、
おれは、どうして、つよく、なりたいんだろう???
わからない。教えてくれ。
なぁ、ヒーロー、
「俺を置いて、どこに行ったんだよ!!!!!!!!!」
大好きだった。憧れていた。あの赤紫に。
砂糖を溶かしても足りないような甘ったるくて蕩けた声も。
少年とからかうように笑ったあの声も。
全部。全部。好きだった。大好きだった。ひかりだった。
なのに、俺を置いて。死んじゃうなんて。
ずるいよ。うそつきだ。
そんなことするくらいなら、俺の手なんて取らないでくれよ。
●「ばーか」
Like a fool.
Like an idiot.
Like a stupid.
愚か者の唄。届かない声、愛しきかいな。
されど少年は拳を握る。
されど少年は拳に傷を生む。
すべては己が正義の為に。
すべては己の願いの為に。
「俺は。強くなるよ」