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その天使は食べてしまいたいほどに
登場人物一覧
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とある湖の近くに建てられた2階建て、石造りの建物。
そこは、異世界の建築様式を用いて作られた旅人の為の館だ。
湖に群生している黒い睡蓮から、通称『黒睡蓮の館』と呼ばれている。
先住者の没後、ひっそりと売りに出されていたこの館を、とある悪魔が購入した。
不気味な程に安い値段で購入できたというその館。
人の形をした壁の黒ずみや床にこびり付いた赤黒い染み。
館に点在している首のない人形、庭木に結ばれたロープ……。
それらが安売りされた理由なのは、今も分からない。
その館には、地下室があり、ワインセラーの隣に通常は鍵のかかった部屋がある。
しかし、その日、部屋の鍵は開いていた。
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異世界からやってきた旅人、元の世界では能天使だったという『食べ頃(?)天使』ティル・エクスシア(p3p007028)は金髪のくせっ毛が愛くるしい少女だ。
「ううん……」
夢心地だった彼女はそれなりにいい夢を見ていたのかもしれないが、ゆっくりと目蓋を開いて目覚めると……。
どうやら石造りの部屋らしいが、それがいつも通っている館の地下なのだと気づくまでにはやや時間を要した。
時刻は……分からない。まだ夜なのか、もう夜が明けたのか。薄暗い部屋で太陽が昇っているのかどうか判別がつかない。
朧げな意識が次第にはっきりしてくると、ティルはようやく自分の置かれている状態に気づく。
じゃらっ……。
髪をかき上げようとしたのだが……、思ったように腕が動いてくれない。
「……えっ、ええっ!?」
気づけば、ティルは両手両足を鎖で縛られ、身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
とはいえ、壁や床へと張りつけにされているなどして、完全に動けなくなっているわけではなく、ティルは床に転がされている。
元々、彼女は拘束具のようなバンドを両手首と両足首に付けているが、その上から鎖で縛られている状態だ。
(何? 何でこんなことに!?)
こうなった経緯が全く思い出せないティルはなんとか思い出そうと、痛む頭をフル回転させようとする。
なお、普段は背中に生えた大きな白い翼を見えないように隠しているのだが、この状況に慌てた彼女は思わず出してしまっていた。
その気になれば、強引に這って動くこともできそうだが、さすがに四肢を拘束されればできることは限られる。
何が起こっているのか理解が追い付いていないティルは涙目になりながらも、現状把握の為に周囲を見回すと……。
「おはよう、ティル」
そこにいたのは、足を組みながら椅子に座り、愉快そうな顔でティルを見下ろしていた『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)。この館の主人だ。
魔法に溢れた『豊穣なる次元』出身の旅人であるマルベート。
パッとした見た目は、やや小柄ですらりとした痩身の彼女。
ただ、背中には大型、頭から小型のコウモリの翼をそれぞれ一対ずつ生やし、お尻からは、先端がスペード型に尖った長く黒い尻尾が生えている。
マルベートはいわば、悪魔と呼ばれる存在だ。
「一体、何が始まるというのですか?」
何が起こるか分からないと見上げるティルは苦笑し、本心を隠そうとするのだが、星型の瞳孔の目に浮かぶ涙を拭うこともできず、その不安を隠すことが全くできていない。
「昨晩、酔いつぶれたので、介抱してあげたんだよ」
告げながら、マルベートは立ち上がる。
その一言で、少しだけティルも昨夜のことを思い出してきた。
確か、マルベートに勧められて、グラスに注がれた赤ワインを口にした。
決して高いものではないとマルベートは言っていたのだが、ワインの知識が全くないティルは勧められるままにそれを喉へと流し込んでいく。
飲んでいるうちに気分が高揚し、とても楽しい気分になって……たしか、理性があるうちに、酔い潰れたら適当な部屋へと連れて行ってほしいと願ったのは間違いない。
その後、頭がくらくらして……、自分は何と言ったんだったか。
悪魔に甘えるいけない子とか、マルベートさまのものになりますとか……。
記憶がなくなったあたりの断片的な部分だけを思い出し、ティルは顔を真っ赤にしてしまって。
「仮にそうだとしても、状況が全くわかりません!」
介抱はいいとしても、鎖で拘束されている意味がティルには分からない。
「介抱する前に、解放してくださーい!!」
がちゃがちゃ、がちゃがちゃ。
ティルは泣きそうになりながらも、手足を思いっきりばたつかせてみるのだが、しっかりと縛り付けられた鎖は、どうやっても外すことはできず、困惑してしまう。
「これはこういうのを望んでるって意味じゃありませーん! ただのオシャレです! オシャレなんですー!!」
「どうしようかな……」
その間に、マルベートはティルへゆっくりと歩み寄ってくる。
「手足を自由にしてください!」
必死になってティルは懇願するが、マルベートはまさに悪魔の笑みを浮かべてこの状況を楽しんでいた。
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元々は獣の悪魔であるマルベートは、本能のままに獲物を食らう。
本人曰く美食家な部分はあるが、それでも食に対しては非常に貪欲だ。
特に、可愛らしい生き物の肉と年代物のワインには目がない。
好物はヴィネグレットソースをかけた天使の肉のカルパッチョなのだとか。
だからこそ、マルベートはティルも食べてみたいと思い、視線を投げかける。
とはいえ、ティルに対して同胞であるという意識も持ってはいるので、マルベートとしては本気ではなく、いたずら程度のつもりであったのだが……。
(ああ、なんて可愛らしいのだろう……)
半ばからかうつもりで拘束したティル。
彼女はとても愛らしい声を上げ、こんなにも美味しそうで。
捕らわれの小動物のように上目遣いで救いを求めるティルの姿は、マルベートの理性を少しずつ失わせてしまう。
彼女の眼光はまさに、獲物を襲う獣の目つきだ。
気を抜けば、その細い腕をそっと味見したくなってしまい、マルベートは体をうずうずさせていた。
「話し合えばわかります。ですから……!」
そんなマルベートに、ティルは危機感を募らせながらも、何もしないと信じているからとまっすぐな視線で訴えかける。
元の世界ではどうあれ、混沌では、同じローレット所属のイレギュラーズ同士。
いくら相手が悪魔だからといって、まさか食べられるなどとはティルも考えないようにしているのだが、どうしても過去の出来事が彼女を縛り付ける。
混沌に来る前、ティルは天界において悪魔と戦う役を担っていた。
その戦いの中で、彼女はかれこれ2度も体を悪魔のご飯にされてしまったのだという。
3度目の再生を果たしたことはよいが、悪魔に食べられるという行為はトラウマとして彼女の体に、そして心の奥底にまで染み付いてしまっているのだ。
視察の名目で人間界へ降り立ち、悪魔から少しでも離れた生活をしようとした矢先に、混沌へと飛ばされてこのザマである。
その事もあり、ティルは目の前の悪魔が何をするのかが分からず、相当に恐怖してしまっている。
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やや全身を震わせ、相手の出方を見るティル。
「な、何をするんですか!」
「ふふっ、そんなに怖がらなくても良いのに。君は本当に可愛らしいね」
そんな彼女の反応を楽しみつつ、近づくマルベートはまず、くんくんとティルの匂いを嗅ぎ始める。
かぐわしい天使の匂いは、それだけで悪魔の食欲をそそる。
余談だが、ティルのスキルには『食材適性』というものがある。実際、マルベートには美味しそうに感じられたのだろう。
「やめてくださいよ、ちゃんとお風呂には入って……」
別に、ティルは香水などつけているわけではない。
マルベートは構うことなく一通り彼女の香りを楽しむと、そっとティルへと抱き着いた。
「…………!?」
天使であるティルは顔を真っ赤にしてしまう。
悪魔のマルベートの狙いが分からず、ティルは縛られたままの手足をばたつかせ、体も思いっきりくねらせて抵抗する。
しばらく響く鎖の音。精一杯の反抗心をティルは見せるのだが、相手にとっては逆効果だったらしい。
「もう、我慢ができない……」
「あ、あはは……冗談ですよね? マルベート様? あの、目が飢えた獣みたいですけど……」
そんなティルの頬を、舌を出したマルベートが一舐め。
マルベートとしては、ちょっとした味見のつもりだったのだが、ティルはそれに恐怖してしまう。
「いやー! やーめーてー!」
やっぱり食べられると確信して、一層激しくティルは暴れてしまう。
しかし、じたばたと全身をばたつかせるティルを、マルベートはあっさりと抑えつけて。
「大丈夫だよ。たっぷり愛してあげるからね」
「ウチが知っている愛し方とは、何もかもが違うのですがっ!」
天使は慈しみを持って接し、相手と接していくもの。
しかしながら、悪魔は思うがまま相手へと接し、中には自分の色に染めようとする者だっている。
マルベートはティルの顔から頭、金色の髪をさすっていき、肩や胸、腕へと手を動かしていく。
「痛くない……かどうかは分からないけど、きっと素敵な夜になるよ」
さらに背中や天使の翼。腹、腰やお尻、股下や太もも、ふくらはぎやくるぶし、足の裏まで。
触っていない部分がないほど、マルベートは愛らしい天使の全身を無遠慮にさすり、弄って見せる。
「ちょ、何やって……ううん……」
その指はティルの柔肌を滑るように、動いていく。
マルベートが反応を楽しんでいるのは間違いないのだが、それでも優しく、丁寧にさすってくれる。
やろうと思えば乱暴にもできるはずなのだが、悪魔のマルベートの手の動きに荒々しさは感じず、丁寧にもてなしてくれる。
だが、一方で、ティルはそんな彼女の気遣いなど気づかず、いつ食べられてしまうかと気が気ではない。
(きっと、どこが美味しいのか、品定めにしているに違いないです……!)
体のあちこちを触られ、その度にマルベートの笑いから野獣の眼光を感じるティル。
「この辺りなんて、とっても美味しそうだね」
時折、彼女はあちらこちらをペロリ。首筋や鎖骨、腰やおへそ。そして、ふともも……。
「ひゃうっ……!」
――いい声で鳴いてくれる。
美味しそうに、マルベートは愉悦の表情で舌なめずりする。
怯える天使のなんと愛らしいことか……。
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とはいえ、さすがに体を硬直させ続けるティルは四肢を縛られた上、思いっきり暴れまくったこともあって疲れを見せ始める。
ぐったりしてしまうと面白くなくなるし、何よりマルベートが望むもてなしとは少しずつずれてくる。
そこで、マルベートは徐にティルを拘束していた鎖を解いていく。
じゃらっ……。
床に放置される鎖。縛られていたはずのティルだが、元々つけていた拘束具もあって傷一つ残っていない。
「これでいいのかな?」
ようやく、四肢の拘束が解かれたティルは自由の身となったものの、それまでのマルベートの行為もあって、ティルの警戒心は最大限に高まってしまって。
「このような蛮行、許すわけにはいきません…………!」
聖痕を刻んだグローブを嵌めた両手で、ティルはファイティングポーズをとる。無謀にも、彼女は真正面からマルベートと戦うつもりのようだ。
「覚悟してください」
そんな強硬姿勢のティルにも、マルベートは飄々とした態度を崩さず。
「今回の事は私流の歓迎だ」
そう嘯くマルベートに、ティルは握る拳に力を籠める。
いじらしく叩く姿勢を見せる天使の姿に、マルベートはなおも嗜虐心を刺激され、疼きだしたようで。
「もう少し、体を動かす『歓迎』が良いのなら、そうしよう」
そして、マルベートも少し本腰を入れ、ティルへと向き直る。
「けど、君が負けたら、さっきの続きをさせてもらうよ?」
マルベートが放つ威圧感。それはまるで、小動物を襲う獣のような雰囲気すら思わせる。
くすりと整った唇を吊り上げるように笑うマルベート。
今度はどうしてやろうかと楽しげな彼女は、またティルへと近づいていく。
「ま、負けませんよ。ウチは負けませ……あっ、あああああああああああっ!」
静かな夜の闇の中、館の地下から天使の可愛らしい悲鳴がこだまする。
果たして、ティルは一体、どんな仕打ちを受けたのだろうか……?