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- 赤羽・大地の関係者
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使い込まれた時計色の天井はまだら模様の奇妙なシミが浮かび、簡素なベッドと木製のテーブルがぽつんと置かれ、汚れたベッドの上には白い芋虫が転がっている。
「なんだ、此処?」
大地はぼんやりと目を開け、息を吸う。どうしてだろう、何も覚えていない。俺はついさっきまでいつもの図書館にいたはずなのに。それでも、『赤羽』はまだ、眠りについている。ならば、『大地』の安全は今のところ、保証されているのかもしれない。そう思えば、気持ちが少しだけ落ち着いてくる。そういえば、図書館の地下に閉じ込められた少年の物語をずいぶん前に読んだな。懐かしい。ふと、緩む頬に気が付く。いけない。赤羽に「こんな時に思い出し笑いカ。心強いナ」と言われてしまうところだった。実際、笑っている場合ではない。此処は何処なのだろう。医務室──ではないか。
(どちらかといえば、独房だな。カビの匂いがする。ん?)
鮮明になっていく目に、見えるもの。それは天井にあった。
「あれはなんだろ……え、あ?」
見開いた目玉に天井から滴る赤い水が見えた。それは柔らかな繭を作るかのようにおぞましく膨らんでいく。大地は喉を鳴らし、口をきつく結んだ。繭は急速に膨らんでいく。その下には大地。大地は慌てて立ち上がろうとした。だが、身体は拘束され動かない。
「──?」
困惑したその時──扉の開く音が聞こえ、女の声が響いた。助かったと思った。
「ごきげんよう。あら! 大丈夫でしょうか?」
「誰でもいい、助けてくれ」
安堵する。赤羽の力を借りずにすんだ。
「ええ。もう、大丈夫ですわ、私が助けてあげますから」
軽快なステップを刻み、女は長い髪を揺らし、大地に近づいていく。コツ、コツ、コツ。床はコンクリートらしい。
「このまま、動かないでもらえますか?」
女は動けない大地に馬乗りになった。
「はっ?」
女の行動に目を白黒させる大地。女は微笑みながら、拘束衣をするすると脱がし、不意に手を止めた。
「どうしたんだ?」
大地は言った。拘束衣は肩先でぴたりと止まっている。
「うふふ、とても痛そうですわね」
女の指先が大地の
「おい!?」
「あら! ごめんなさい。少しだけ静かにしてくださいます? そう、こんな風に!」
女は目を見開いたまま、ポカンとする大地の首を錆びついた芽切り鋏で切ったのだ。大地は絶叫し、三船大地となる。首筋に真新しい穴が二つ。その奥から押し出されていく赤。大地は涙を流しながら、はあはあと息を吸う。
「あ……あっ、あっ……ううっ……あああああ──ッ!?」
大地は叫び続けている。
「はあっ? うっさいわ。僕が切ったのは皮だけなんだけど? 大袈裟すぎ!」
女の気配が傲慢なものに変わる。血の付いた芽切り鋏をひらひらと揺らし、絶叫のソテーを食らい、女は満足そうに笑った。
「はー、最高。ね? 兄さん、どう? もしかして物足りない?」
女は芽切り鋏を向ける。大地はひぃと泣き叫んだ。
「うーんとね、ここと、ここと、ここ! ねね! 僕は彼女と違ってとっても優しいから切り落とすなんてこと、しないからね?」
ぐにゅ、ぐにゅ、ぐにゅう。切れ味の悪い刃先が肉の上で不器用に滑っていく。大地は奇妙に笑った。血が全てを濡らしていった。
「あははは……つ、繋げなきゃ……でも、何処に……?」
大地は首を振り、地に落ちた自らの頭を探し、半開きになった唇から涎を垂れ流す。女は鋏を舐め、兄を待っている。
「ああ」
女は呻いた。途端に空気がぴりつく。
「……青刃、嫌がらせかヨ?」
「兄さん……」
紛れもなく、赤羽だった。赤羽はふんと鼻を鳴らす。女の中に、死霊術師である赤羽の双子の弟『青刃』がいる。青刃は頬を染め、「兄さん!」とすがり付く。
「答えろヨ」
不快でしかなかった。この屈辱的な体勢とともに。
「え? ああ、ごめん。嫌がらせかって? ううん、まさか! 兄さんとの再開をただ、祝ってるだけだよ。じゃあ、脱がすね?」
馬乗りになったままの弟。青刃は楽しそうに赤羽の拘束衣をゆっくりと脱がしていく。赤羽は眉根を寄せながら、青刃をじっと見つめている。拘束衣からようやく、両腕が自由になった。あとは下半身だけだった。赤羽は苛立ちを隠すように天井を見つめ、目を細めた。赤い水は何処にもなかった。
「……へぇ、抵抗しないんだ?」
感心する弟に赤羽は「はっ、まさかナ! 助けてくれるって言ったロ?」と皮肉を口にする。これぐらいは許されるだロ。
「そうだよ、兄さん……」
「なんだヨ、その声ハ」
甘ったるい声は腐ったケーキにそっくりだった。吐き気がする。
「ふふふ、ふふふふ……僕が兄さんを助けるんだ」
「なッ!?」
弟の柔らかな指先が自らの指に絡み付いた。反射的に顔をしかめる。痛みとともに綺麗な赤が散る。
「……」
とろとろと滴り落ちる赤に赤羽は驚き、弟を見つめてしまう。触れた手に纏わりつくのはピアノ線。すべての指に食い込んでいる。
「暗器カ」
弟と手を重ねたまま、赤羽は唸るように言った。
「はは、大正解!」
けらけらと笑う青刃の小さな手も赤く染まっている。青刃はなにも気にしていない。
「兄さん、兄さん、兄さん!」
もぞもぞと青刃は赤い手を動かし、「ああ……僕と兄さんが混ざりあってる……これで僕と兄さんはずっと繋がっていられるんだ」と目を細めた。赤羽は顔を歪ませ、黙っている。青刃は笑った。
「分かってる、分かってるんだ。兄さんはその身体が大事で動けないんでしょ? ね、そのまま、口を開けて?」
青刃は反応すら待たずに血まみれの手で赤羽の口を無理やり開き──赤羽の口内に真っ赤な指を突っ込む。目を見開き、青刃を睨みつける赤羽。
「うんうん、美味しいでしょ? あれれ? ほら、ちゃんと舐めなよ。うん、そう。舌を使ってさ」
青刃はにたにたと笑い、喉の奥に指を入れ続ける。
「良い表情だね、兄さん。僕、気分が良くなっちゃう」
嗚咽を漏らす赤羽を青刃は見下ろし続ける。
「ふふ。じゃあ、僕もいただきます」
青刃は赤羽に覆いかぶさり、首に空いた穴をちろちろと舌先で舐め、傷口を齧り、血をすすっていく。赤羽の身体がびくりと跳ねた。
「はは! 美味しいな……どうしよう、兄さんが一番だよ!」
「──そうかヨ……そりゃあ、光栄だナ……」
赤羽は痛みに耐えるように両手で汚れたシーツを掴み、ぶるぶると震えている。声は掠れ、脂汗ばかりが滲んでいく。
「とっても楽しいね、最高の日だ」
青刃は笑った。白い歯は真っ赤に染まり、その目は悲しみを帯びていた。
「……ずっと探してたんだからね、兄さん。僕を置いてくなんてひどいよ。今は、僕も兄さんも、この身体からは出られないけど……いつの日か、二人とも自由になったら、また一緒に暮らそう」
青刃は甘えた声で赤羽の首を両手で包み込んだ。
「──約束だよ?」
温かな手だった。
「……」
赤羽は首を左右に振ることも頷くこともせず、ただその目を黙ってじっと見つめ──傷口を抉るように食い込んでいく指先を感じながら子供のように笑った。苦しいのに、どうして笑ったのだろう。
そして、赤羽・大地は青刃を忘れ、見知らぬ洋食屋の調理台の上で発見された。真っ赤に染まり、痛みとありったけの恐怖を植え付けられ、首筋の傷にはルドベキアが一輪突き刺さっていた。