PandoraPartyProject

SS詳細

有難うとさようなら。それと、これからよろしく。

登場人物一覧

ノワール(p3p009373)
黒き魔法少女
ノワールの関係者
→ イラスト

●遠い世界での再会
「黒崎……?」
 その再開は、偶然だった。
 ノワールがノワールとなる前の知り合い。助けられなかった苦い後悔。
 血に濡れたその小さな体が徐々に力を失っていくのを感じながら、何も出来なかった相手。
 その相手が、ノワールの視線の先で笑っていた。
「それじゃぁ今度から無理しないでくださいねー?」
「有難うね、ゆりちゃん」
「ゆりちゃんまたねー!」
 母親と子供が笑顔で手を振り、手を振られた相手も笑顔で振り返す。そして振り向いたその視線の先にいたのはノワール。
「……滝原くん……?」
 思わずと言った様子でこぼれ出た名前。その名前に、ノワールは目の前の相手がかつてその手で倒した相手であり、助けることが出来なかった黒崎 ゆりだと確信した。
「久しぶり」
 泣きたいような、笑いたいような複雑な気持ちのまま声をかけると、ゆりは驚いたように目を見開いた後ふわりと笑った。

 落ち着いた雰囲気のカフェの一角でノワールとゆりは向かい合っていた。
「それにしても滝原くんも召喚されたなんてびっくりちゃった」
「俺も、黒崎が無事でいてくれて、この世界に召喚されていたなんてびっくりだ」
「あの時はわたしもびっくりしたなぁ。死後の世界かと思ったら、異世界なんてファンタジー小説みたいだよね」
 くすくす笑うゆりにあの頃のような不安さや暗さはない。
「それにしても……滝原くんは何でその恰好なの?」
「俺が聞きたい……!」
 楽し気に笑うゆりとゆりを恨めし気に見るノワールだが、二人の出会いは敵同士として戦う相手だった。


●魔法少女ノワール
「きゅきゅ」
 可愛らしいふわふわした小動物――ではなく魔法界からやって来た使者はご満悦だった。何故なら勧誘していた相手が魔法少女になってくれたのだから。
 ちょっとばかり詐欺めいた……母親が危険なので助けるためには使者と契約するしかないなんて言って半ばごり押しで契約したけど、契約してしまえばこちらのもの。それにあのまま彼が契約してくれなかったら、彼の母親が危険に陥るのは嘘ではなかったのだから文句を言われることはないはずだ。
「これからよろしくでしゅ、ノワール!」
 さらさらとした銀の髪が風に靡き、大きなエメラルドグリーンの瞳が怒りで吊り上がる。
「よろしくじゃねー!!!」
 母親を助けるために不審すぎる謎生命体と契約するしかなかった彼は、可憐な魔法少女となった自分を見て自称ラブリーマスコット☆ な使者を思いっきり投げ飛ばすのだった。

 魔法少女となったノワールこと滝原は、自室でチェリーと名乗った使者から事情を聞き出していた。母親を助けるためとは言え、何も知らずに魔法少女にされたのだ。その権利はあるだろう。
「つまり、この世界を滅ぼそうとする魔女を倒せば良いんだな?」
「そうでしゅ! 魔女を倒せば契約終了でしゅし、ノワールのママだけじゃなくてみんな危険に晒されることはなくなるでしゅ!」
 この口調無償に腹立つと思いながらも話を聞き終えた滝原は、魔法少女ノワールとして魔女を倒すために人知れず動き始めた。
 魔法少女になると身体能力が向上する他、チェリーの魔法で起きた騒動が知られることはなかった。その上どうやら魔女はノワールの住む地域を拠点にしているようで、魔女が動くとノワールもすぐに対応できた。
「どうしてこんなことするの!」
 正体がばれないように魔法少女になりきるノワールは、ある日ビルを破壊しようとしていた魔女と対話する機会を得た。
 魔女はノワールと似た年頃の少女で、その瞳も髪も、服さえも黒一色だった。
「あなたこそ、どうしてわたしの邪魔をするの?」
 黒い瞳を悲し気に伏せた魔女はブラックリリーと名乗った。
「こんな世界、滅んだ方が良いの」
「そんなのあなた一人が決めないで!」
 この世界にはノワールにとって沢山大切な人がいた。大切な思い出が沢山あった。それを滅ぼそうとするブラックリリーを許せなかった。
「あなたこそ何も知らないくせに……」
 泣きそうな眼差しで呟くと、ブラックリリーは逃げ遅れた人達を助けに向かったノワールを見ることなくその場を去った。

 深くため息をつく滝原に、チェリーがふさふさの尻尾を振りながら首を傾げた。
「どうかしたでしゅ?」
「ブラックリリーのあの目、どこかで見た気がするんだよな……」
「きゅ? チェリーは思い当たる人いないでしゅよ?」
「どこでだろうな……」
 一人悩む滝原だったが、その答えを知ったのはブラックリリーを倒しに行く直前の事だった。

●黒に染まったユリ
 滝原が通う学校の校庭の花壇。そこに黒い百合の花が植えられていて、思わずブラックリリーを思い出して引き抜こうと触れた瞬間、流れ込んできたある少女の記憶。
『あんたみたいな子がいるから!」
『ごめんなさい!」
 顔の見えない母親に叩かれる少女と、それを止めることもせずに新聞を読み続ける父親。
『おい、顔は叩くな。怪我になると面倒だ」
『あなたは黙ってて!」
 ヒステリックな母親の叫びを聞きながら、少女は身を縮めて謝り続けるしか出来なかった。

 俯き暗い眼差しでドアを開けると、少女の机にはクラスメイトの少女たちが座っていた。
『……そこ……わたしの席……」
 小さな声で退いてほしいと訴えるが、少女たちはけらけら笑っている。
『ねぇ、今なんか聞こえたー?」
『ぜんぜーん。あ、野球部の掛け声じゃない?」
 少女の声を無視し、距離的に聞こえるはずのない声が聞こえたと笑う少女たち。クラスメイトの誰も少女を助けることはなく、予鈴で立ち上がった少女たちが少女の机を元に戻すこともなく自分たちの席に戻っていく。
 担任も少女を助けることはなく、悪いのは少女だと責めるだけ。
 家にも居場所はなく、学校も虐められるだけの少女だったが、唯一安らげるのは校庭の片隅にある花壇だけ。
 用務員に許可を貰って草抜きをしていると無心になれるし、水やりをしていると心が癒される。そんな時だった。
『あれ? 用務員のおっさんじゃなくて生徒が世話してんの?」
『!?」
 突然背後で呟かれ、びくりと肩が跳ねる。
『わ、悪い。びっくりさせるつもりはなかったんだ」
 少女を悪しく言う様子もなくむしろ謝罪するその声に恐る恐る振りかえると、そこには一人の男性生徒の姿。
『ここ、お前が綺麗にしてたんだな。他に比べて花も生き生きしてるから不思議だったんだ」
『え、あ、あの……』
 敵意や悪意以外を向けられるのはどれぐらいぶりだろう。しどろもどろになる少女に少年は笑顔を向ける。
『あ、俺は滝原。お前確か隣のクラスの――』

「黒崎、ゆり……」
 苛められていると有名な女子生徒だった。
 滝原はクラスも違うし、接点がなくていじめの現場に遭遇することもなかったので詳しくなかったが、ゆりを苛めたことを誇らしげに笑う女子生徒たちを見たことはある。
 今流れ込んできた記憶がゆりの過去なら、ゆりはどれほどこの世界を憎んでいるだろうか。
「ブラックリリーの過去を知ったのか……」
「お前は……?」
 振り返ればチェリーによく似ているが、チェリーではない魔法界の使者。
「私はミント。黒崎ゆりと契約し、彼女に魔法少女の力を与えたものだ」
 愛らしい見た目に似合わないごつい首輪をつけた使者は、ゆりと、ブラックリリーと契約してからのことを語った。
「彼女は魔法少女の適性があった。だけど、その心は負に傾きすぎていて、人々を守るための魔法少女の力を、個人的な復讐に使ってしまった」
 鬱屈していたゆりの心は、それまで絶対的強者であった両親に、ゆりを苛めていたクラスメイトや見て見ぬふりをしていた担任に力を向けてしまった。
 ゆりの心を傷つけ続けてきたのはゆりの両親たちだが、そこにミントが力を与えてしまったことでゆりの歯車は狂った。
 親からの愛情を求めたはずなのに、楽しい学校生活を望んでいたはずなのに、得たのは圧倒的暴力に対する恐怖と畏怖。
 あぁ、なんてツマラナイ、カナシイ世界。
「こんな世界、滅んだ方が良いの」
 だから、滅ぼそう。
 ブラックリリーの望みは、世界の、自分の、全ての破滅となった。

『ブラックリリーを助けてやって欲しい』

 そう頭を下げたミントに、ノワールは何も言えなかった。
 もっと早くにゆりの置かれている状況に気づいていれば、もっと違う道があったのかもしれない。だけどもう、ノワールとブラックリリーの間には戦う道しか残されていなかった。

●救済、そして――
「ごめん。俺がもっと早くに気づいていれば……」
 ノワールとブラックリリーの戦いは熾烈なものだった。チェリーとミントの助けがなければノワールが負けていたかもしれない。だけど、ノワールが勝ち、ブラックリリーはその生に終わりを告げようとしていた。
「どうして……」
「お前、黒崎 ゆりだろ? 俺は隣のクラスの滝原」
 魔法少女姿で正体をばらすのは恥ずかしかったけど、今はゆりの心だけでも助けたかった。
「ごめんな。学校でのいじめ、助けてやれなくて。お前の親も、あんな親だって知っていればもっと」
「良いの……」
 ゆりを助ける機会は沢山あった。だけどそれはもう過ぎた過去の話で覆すことは出来ない。
 もしもの仮定ばかりで、滝原は、ノワールは、ゆりを助けることが出来なかった。
 傷だらけになったブラックリリーの姿に、広がっていくあたたかな血に、胸に苦いものが広がっていく。
「みんな……わたしのこと、どうでも良いか、嫌ってると思ってた……」
 だけど、そんなノワールとは対照的にブラックリリーの表情は穏やかだ。
「滝原くんみたいな人が……ううん、滝原くんがそばにいてくれたら……何か、変わってたのかなぁ? 滝原くんが笑顔、向けてくれて……助けようとしてくれて……嬉し……たよ……」
 もう声にはならなかったけど、「ありがとう」と思いを告げるとブラックリリーの体から力が抜け、ノワールの腕の中から消えた。
「黒崎……?」
 ブラックリリーが突如として消えてしまったことに呆然とするノワールだったが、その日以降ブラックリリーによる襲撃はパタリと止んだ。

 ブラックリリーが、ゆりが消えたことでゆりの周辺は騒がしくなった。
 実の両親はゆりが消えたことをゆりの家出だと語ったが、昔からゆりの悲鳴を知っていた近所の人が、ゆりが両親によって虐待されていたことを連絡。その結果、ゆりの家出は両親からの虐待が原因ではないかと噂され、二人は夜逃げするように住んでいた家から消えた。
 学校側も、登校してこないゆりのことを不審に思った先生や生徒がいじめに関する団体に相談、密告した結果、苛めていた生徒やいじめを見て見ぬふりをしていた先生はそれ相応の処分を受けた。
 残された滝原は誰にも言えないゆりの真相を胸に、世界を救った功績を誰にも知られることなく平和な生活を送っていた。
 それから半年後――。
「……ここ、どこ……?」
 ゆりが世話していた花壇の世話を終えた滝原は、帰ろうと校門を抜けると見知らぬ場所に立っていた。
「なんで、この姿……!?」
 魔法少女ノワールの姿で。

●もたらされた救い
「そっかぁ……。わたしが召喚された後、色々あったんだねぇ」
「あぁ。黒崎も、召喚されてから一人で頑張って来たんだな」
 召喚された後、ゆりは滝原という救いのお陰で元の世界での行いを悔いることが出来、その罪滅ぼしとして混沌の人たちを助けようと一人奮闘していた。
「ちょっとしたお手伝いしか出来ないけどね」
 ぬるくなった紅茶を飲みながら恥ずかしそうに微笑むゆりに、かつての暗さは見えない。
「いや、十分すげぇよ」
 それが嬉しくてノワールが笑うと、ゆりも嬉しそうに笑う。
「滝原くんは今どうしてるの?」
「それがよぉ……」
 サンドイッチを頬張りながら召喚されてからの事をかいつまんで話すと、ゆりは笑いながらそれを聞いていた。

「俺への連絡は、ローレットに頼めば繋いでくれるはずだから何かあれば遠慮なく言えよ?」
「うん。その時は遠慮なく連絡するね!」
 積もる話はあるけれど、今日はお開きの時間。だけど大丈夫。
「ねえ滝原く……じゃなかった、ノワールちゃん! これからよろしくね!」
「黒崎も、いや、ゆりちゃんこそよろしくね!」
 明日も明後日も、時間はたっぷりあるのだから。

 魔法少女と魔女の話はもうおしまい。
 今日からは、魔法少女とある優しい少女の話が始まります。

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