PandoraPartyProject

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三人の絆を背に

登場人物一覧

プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
プラック・クラケーンの関係者
→ イラスト

 プラック・クラーケンは実家へとバイクを走らせる。頬を撫でる潮の香りは、あのときと同じで胸騒ぎが止まらない。
 そう、あのとき、お袋が暴行を受けた日。親父が魔種になって、関係のない魔種の被害者にお袋は腹を刺されたのだ。
 それでも、店を続けるお袋の姿が痛々しくて俺はみていられなかった。俺は逃げたんだ。
 そして今、親父は勝手に死んじまった。その話はきっとお袋の耳にも入っているだろう。
 あれだけ愛していた父が死んだら、お袋はショックのあまり自殺してしまうかもしれない。お袋のやりきれない気持ちは痛いほど分かる。お袋はずっと親父が帰ってくると信じてパン屋を続けているのだから。

 実家に着いた。いつもと変わらない香ばしいパンの香りがプラックの嫌な予想を否定してくれる。プラックはそれでも母が落ち込んでいるのではないかと心配で心配で仕方なかった。

「プラックちゃん、いつまでぼーっとしているの? おかえりなさい」

 そこにあったのは心からホッとするいつも通りの母の笑顔だった。どんなに心の中が嵐のようでも一瞬で陽だまりのような暖かさに変えてくれる魔法の笑顔。プラックの大好きなお袋の笑顔だった。

「……ただいま」

 そんな一言も照れ臭い。もう半年以上も帰ってきてないのだから当然だが。安心で溢れそうになる涙をリーゼントで隠して、お袋に悟られないようにする。
 お袋は俺の答えに破顔して、ただ頭を撫でてくれる。そういえばお袋には何を隠しても、いつも無駄だった。俺の心を見通して、理解してくれて、いつだって何も言わずに寄り添ってくれた。そういう人だ。

 俺が前を堂々と向けるようになる頃合いを見計らって、お袋は言う。

「心配したのよ、プラックちゃん! ちゃんと家には帰ってくるように、言っておいたでしょう?」

「お袋、ごめん……! でも……」

「お母さんは言い訳は聞きたくありません! 危険なことが終わったあとは帰ってくること。分かった?」

「……はい」

 いつもはピンと張ったリーゼントも心なしかへたっている気すらする。誰でも母親の怒りは怖いものだ。

「ところで、プラックちゃん、お母さんに報告することがあるんじゃないの?」

「……いや……何も……ないよ……」

「……プラックちゃん……じゃあ……お父さんの話を聞かせてくれるわよね?」

 お袋のその目は真剣そのものだった。噂ぐらいは聞いているのだろう。誤魔化せるような状況ではなかった。

「……親父は冠位魔種相手にダチの仇打ちして死んだよ……」

 今でもあの時のことを思うと震えが止まらない。三賊の在り方と親父の生き様とその最期。悔しいし悲しいけれど、憧れる。

「……そうなのね……。最期まで自由に生きて、そして……死んだのね……。……うぅ……お父さん……オクト……。……よかった……あの人は最後まで自由だったのね……。……あの人のそういうところが好きだったから、本当によかった……」

 母は涙を流さない。感情を殺しているのは分かりきっていた。プラックには、それが納得いかない。もっと自然に泣いて喚いて欲しかった。

「……いいのかよ、もう帰ってこねぇんだぞ!! お袋はそれでいいのかよ!」

「もう、いいのよ……。……もう帰ってきてはくれないけれど、あの人が決めたことだもの。あの人が友達のために仇討ちして死ぬなんて、とってもあの人らしいわ。きっと、とっても大切なお友達だったのね……」

 プラックはただ俯いて拳を堅く握りしめて、涙を堪える。俺より悲しい癖に、俺よりお袋の方が強い。俺は漸く半年経って、やっとお袋の前に顔を出せたくらいだっていうのに。

「……プラックちゃん、……もう『ちゃん』づけは卒業かしら? プラックちゃんも、もう立派な海の漢だものね」

「……そーだよ! だから、もう『ちゃん』づけは止めてくれよな!!」

 お袋に突然そんなことを言われると照れるし、恥ずかしい。泣きそうな気分も吹き飛んでしまう。それがお袋の狙いなんだろう。お袋の手のひらで転がされているのを感じて、懐の大きさの違いをいやがおうにも感じてしまう。

「ふふ、気をつけるわ。……プラック、ありがとう。あなたの口からお父さんの最期を聞いて漸く実感できたわ……。……勿論あの人に帰ってきて欲しかったけれど、あの人にそんな枷を嵌めたくなったから……。……これで……これで……よかったのよ……。……うっうっ、オクトのバカー! ……ずっとずっと待ってたのに!」

 お袋はそう言うと、堰が切れたように泣きだした。プラックは無力感に苛まれていた。

「……俺は……何もできなかった……。……親父のダチも親父自身も助けられなかった……」

 お袋は泣きながらも、俺をまっすぐ見る。こういう時のお袋の言葉はいつだって重かった。

「……お父さんの背中みてどう思った? あなたはあのオクト・クラケーンの息子なのよ。あなたにはお父さんの魂が宿っているの。あなたはきっと強くなれるわ。ただの力だけではない、心に強さと優しさの両方をもった強い漢になる。あなたはお母さんとお父さんの大切な子供なんだから間違いないわ」

「……親父の背中は俺が思ったよりずっとずっと広かった……。……俺も親父やお袋みたいになれるかな……?」

「……なれるわ。……あなたは私達が愛する息子なんだから……ううっ……お父さんも空から見守ってくれるわ……うくっ……」

 今度はプラックの涙腺が崩壊した。親子は抱き合いながら、涙も枯れんばかりに泣きじゃくる。プラックは漸く本当に親父を見送れた気がした。

「……うっくっ……お袋……ごめんよぉ……ありがとう……うっうっうっ……」

「……うっうっうっ……プラック……が謝ることなんて……なあんにもないのよ……」

「……うっうっ……お袋ぉ!……親父ぃ!……ううううっ……!」

「……うっうっうっ……泣かないの……プラック……」

「……ううっ……お袋のほうが泣いてるじゃねぇか……ひくっ……」

「……うっうっうっ……お母さんはいいの……お母さんはいっぱいいっぱいいーっぱい待ったんだから……うっくっうっ……」

「……うっうっ……そうだよな……お袋の権利だよな……ごめん……親父を連れ帰れなくて……うっうっ……」

「……うっうっ……いいのよ……それがお父さんの選択だったんだから……プラックが気負う必要ないわ……ううぅ……」

 気がつけば、太陽はとっぷりと海に沈んでいた。抱き合う親子の影が長く伸びる。窓から黄金色の光が差し込んで、別れの時を告げていた。

「お袋、俺、もう行くよ」

 そう告げると、お袋に背中をバシッと叩かれた。手から優しさが沁みるように広がっていく。それだけで、自分は無敵になった気がして、お袋の偉大さを感じる。

「プラック、いつでも帰っておいで。お母さんはプラックのことをずっとずっとずーっと待っているから」

(参ったな。親父の次は俺かよ。おちおち死んでらんねーぜ。今度こそお袋を泣かせないようにしなきゃいけないからな)

 背を向けたまま、お袋に手をあげて、バイクに跨る。バイクにエンジンをかけて、思いっきりアクセルを踏みこむ。
 お袋がバックミラーの中でどんどん小さくなっていく。どんなに小さくなっても手を振ってくれているのが見えて、男泣きしそうになるのをグッと堪える。だって、俺は親父とお袋の子供なんだから。

 ——三人の絆を背に漢はもっと強くなるだろう。両親をも超える強い漢に。

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